メジロアルダン短編集『to the MEJIRO ARDAN』 作:いずさわ
「あけまして……」
「おめでとうございます♪」
一月一日、午前十時ぴったり。めでたいめでたい初日の出……も、すっかり登りきってしまった頃合。凍える手先を握りしめながら僕がやってきたのは、いつもと違い、なんとも侘しさ漂うトレセン学園の校門前であった。
「私たち以外、誰もいませんね?」
「そりゃそうだ、お正月なんだもん」
「今のうちに、学園内を探索してみましょうか?」
「いや、君は問題ないだろうけどさ?」
太陽に負けじと、新年初笑いをくすくす見せてくれた彼女は、もちろん我が担当ウマ娘、メジロアルダンである。クリスマスに買ったばかりの真っ白な真新しいコートを身にまとったその姿、なんだか鷹だの富士だのなすびだのなんかよりおめでたく見えて、思わず僕は手を合わせた。
「なんて、半分冗談ですよ♪」
「半分は本気なんだ……」
「ふふふ、では早速行きましょうか、『初詣』」
「そうそう、そのためのお正月なんだから、ね?」
こんな寒空の中僕らが集まった目的は、他でもない。彼女のキャリアもいよいよシニア級に突入する本年、ここらで一発ゲン担ぎ……という訳で、昨年は行けずじまいであった『初詣』へと洒落込む算段なのである。
……まあ別に、僕自身それ程信心深い訳では無いのだが。新年早々彼女と会える口実ができる、というのはなんとも有難い。ここは全力で、乗っからせてもらうとしよう。
「ここから近い神社と言えば……やっぱり『根性トレーニング』のあの場所、でしょうか?」
「うーん、まあ、あそこが一番近いけど……」
トレセン学園伝統、通称『根性トレーニングLv4』。
山中にある長い長ーーーい階段をひたすら延々と駆け上がり、駆け上がり、駆け上がり続ける。恐らく皆一度は見た事があるだろう、トレセン学園の名物トレーニングである。何故『Lv4』と呼ばれているのか、その経緯は永遠の謎らしいが。
そのトレーニングに用いられている階段のある神社、あそこがやはり、ここから一番近い神社だろう。が、しかし……
「なにか、お悩みですか?」
「ああ、ほら、その神社と真反対の方にさ、あるじゃない?もっと大きな神社」
「ああ、そういえばありましたね?真反対と言っても、距離的には倍ほど離れていますけれども」
「少し前にたまたま聞いたんだけど、その神社に祀られているのが『必勝の神』らしくてさ。勝負事のご利益があるらしいんだよね」
「まあ……!確かにそれは、私たちにぴったりかもしれませんね?」
「ね?まあ、でも、アルダンの言うとおりここから結構離れてるから、行くのは大変になっちゃうけど……」
「私なら大丈夫ですよ?どちらに行くかは、トレーナーさんにおまかせします」
彼女にそう言われて、しばし顎に手を置き考える。それ程信心深い訳では無い……が、なんともここで妥協してしまうのも、もしかしたらいずれ後悔することになるかもしれないと考えると……
「……うん、せっかくのお正月だ。ここはひとつ、思い切って遠出でもしてみようか」
「ふふふ、承知しました♪」
何事も、まずは気の持ちようから。アルダンにとって大切な一年が始まる、人生でたった一度の今日という日。こんなところで妥協などしていては、なんとも彼女のトレーナーとして示しがつかない、というものだろう。
「さあさあ、そうと決まれば行動あるのみ。早速出発しよう」
「そうですね?善は急げ、です♪」
心機一転、昨日までの優柔不断な自分を道端に捨て去って、僕は歩き出す。新年の澄み切った青空も、まるで僕らの新たな門出を祝福しているかのようだった。
が…………
──────────────
「……まだ、見えないねえ」
「見えませんね……本殿……」
件の神社に到着してから、早二十分。僕らは新たな門出……どころか、スタートダッシュも決められずに、ひたすらその場に立ち尽くしていた。
「そうだよなぁ……有名な神社だもん、元旦にはこうなるに決まってるよなぁ……」
「ふふ、仕方ないですよ、こればかりは」
「やっぱり、近くの神社の方が……いや、それは今更いいっこなし、か……」
「ですです♪」
一面、視界を覆い尽くさんばかりの人、人、人。目を丸くしながら、焦って参拝の列の最後尾に位置取った僕たちであったが……待てど暮らせど、終点には辿り着けずにその場で立ち往生してしまっているのであった。
「どれくらい進んだ?二十メートルぐらい?」
「恐らく、十メートル弱ぐらいかと……」
「ひぃ、長らく元旦には出かけてなかったからなぁ。この感覚、忘れてたよ……」
「ふふふ、しかし私は少し楽しいですよ?こんなに、人が……いっぱい、なん……っ、くちゅんっ!」
「……!」
お上品にハンカチを取り出して、小さなくしゃみをするアルダン。その所作の上品さに、思わず目を奪われ……ではなく。
「だ、大丈夫?寒かったりする?」
「ふふふ、大丈夫ですよ?少し鼻がむずむずしただけですから」
「…………」
彼女の、少し朱色に染まった鼻の頭をふと見つめる。快晴だが、北風が強く吹き付ける真冬の屋外。モコモコとたっぷり着込んでいるとはいえ、まだまだ上がりきっていない一桁台の気温に晒される彼女は、果たして本当に、大丈……っ……
「ふぇ……っくしっ!」
「ひゃっ!?」
「っ、うう、ごめんごめん……」
つい、考え過ぎで頭に血が上った僕は、思わずなんとも品のないくしゃみをしてしまう。いけないいけない、少し冷静にならなければ……
「……ふふふ、トレーナーさんの方こそ、お身体冷えきっているのではないですか?」
「えっ?い、いやいや、僕は別に、全然……」
「ご無理はなさらずに……あら?なんでしょうか、あれは?」
「ん?あ、あれは……」
気を取り直して、彼女の指さす方に目を向ける。行列から外れた片隅の方、なんだか湯気がもくもくと立ち込める簡易テントの中、あれはもしや……
「ああ、甘酒!いいなあ、今時も配ってるとこあるんだね?」
「まあ、甘酒をいただけるのですか?ふふふ、良いですねぇ……とっても、暖かそう……」
「……!」
そうだ、甘酒……!
焼け石に水かもしれないが、暖かい飲み物があればこの寒さも相当マシになるだろう。アルダンも随分惹かれているようだし、ここはひとつ……
「……ふふ、そんなにお目目を光らせて……飲みたいのなら、直接言ってくださればいいのに……」
「えっ?い、いや、僕というより君が……」
「ふふふ、照れなくたって良いのですよ♪しかし、どうしましょうか?一度列から離れてしまえば、また並び直しになってしまいますね?」
「うっ……そ、それは……」
アルダンの言う通り、今、僕たちがいるのは行列の丁度ど真ん中。今抜け出せば間違いなく最後尾に逆戻りである。この分だと、一人が抜け出して一人が場所取りを……というのも、とても許されなさそうだ。と、すると、どうする……?
「私は、どちらでも良いですよ?トレーナーさんにお任せします♪」
「そう、だなぁ……」
……いや、このまま待っていればいつ甘酒にありつけるか分かったものでは無い。最優先すべきなのは、もちろんアルダンの身体を温めてあげる事。それに、そうだ、昨日までの優柔不断な自分は、既に捨ててきたのである。
「……よし、背に腹はかえられない。一旦たっぷり甘酒で暖めさせてもらってから、改めて並び直そう!」
「ふふふ、了解です♪」
ワルツのリズムで、堂々と人波をすり抜ける僕とアルダン。遠くから聴こえてくる祭囃子の音色も、まるで僕らの新たな門出を祝福しているかのようだった。
が…………
──────────────
「すいませーん!丁度さっきの方で、今日の分は終了なんですー!」
「あっ……あ、ああー……そう、ですかぁ……」
こちらに向かって、何度も何度も頭を下げる巫女さん……アルダンと同じくらいの歳っぽいなあ、多分アルバイトかなぁ……なんだか、こちらの方がとても申し訳ない気分になってきて、いそいそと背を向け立ち去る僕。
「ううむ、残念でしたねトレーナーさん。あんなに飲みたがっていたのに……」
「いや、だから僕じゃなくって……まあ、飲みたくなかったと言えば嘘になるけど」
「まあまあ、こればかりも仕方ないですよ?」
「ううん……なんだかさっきから絶妙についてないなあ……せっかくのお正月なのに……」
なんだか小さな子をあやすみたいに、生暖かい笑みを向けてくるアルダン。なんともバツが悪くなり、目を逸らす僕。心機一転なんて夢のまた夢、実にいつも通りの僕らの姿が、そこにあったのだった。
「……あ、自販機あった。甘酒じゃないけどなんかあったかいの買ってあげる。何がいい?」
「あら、ありがとうございます♪それもトレーナーさんにお任せしますよ?」
「おっけー。じゃあここはココアで……」
「ここは……ココア……ふふっ♪」
ガコンッ……
「ふー、よっこい……うおっ!?えっ、えっ!?」
「ど、どうされましたかトレーナーさん!?」
「……冷たい……?」
「えっ?」
手のひらの中の缶と、自販機の表示を何度も何度も見比べる。何度見たってそこには確かに、『あったか〜い』なんて言う、なんとも呑気そうな文字が並んでいる、のだが。
「まあ、本当に冷たい……!何故でしょう?補充したてで、まだ温まっていなかったのでしょうかね?」
「こんな寒い中じゃ、流石にこんなの飲めないなぁ。持って帰って自分で飲むかあ……」
「まあまあ、ほら、横にも別の自販機がありますから、こちらなら大丈夫なはず……」
「そ、そうだね?あ、でもこっちはココアないのかぁ……じゃあこの緑茶で……」
ガコンッ……
「……お、うんうんよかった、今度はちゃんとあったか……ん?なんだこれ?」
「ど、どうされましたか、トレーナーさん?」
手のひらの中の缶と、自販機の表示を何度も何度も見比べる。何度見たってそこには確かに、『おいしい緑茶』なんて言う、やたらと達筆な文字が並んでいる、のだが。
「『ホットさくらんぼジュース』……?って、今度は商品自体が違うぞ!?何このジュース!?なんでさくらんぼをホットにしちゃったんだ!?」
「う……さ、さくらんぼ、ですか……」
「あ、ああ、そういえば苦手だったよね、さくらんぼ」
「え、ええ、お恥ずかしながら……」
「恥ずかしがることじゃないよ、大丈夫……とはいえ、僕も今はホットさくらんぼの気分じゃないから、これも後で気が向いたら飲もうかな。ホットさくらんぼの気分になることなんて、人生で一度でもあるかどうかはわかんないけど……」
「ふふふ……あ、後ろにも一台、自販機ありますね?」
「ほんと、今度は頼むよ……?っと、小銭なくなっちゃったか。ええと、お札、お札……」
ウィーン……
ビーー……
「…………」
「…………」
ウィーン……
ビーー……
ウィーン……
ビーー……
ウィーン……
ビーー……
「入んないね」
「入りませんね?」
「うぉぉぉぉ……僕っ、もう、今年ダメだあっ……!」
思わず、僕はその場でガックリと腰を落として、項垂れる。
何事も、まずは気の持ちようから。アルダンにとって大切な一年が始まる、人生でたった一度の今日という日……だと言うのに、僕という奴は……
なんとも、自分が情けなくなってくる。一つ一つの小さな後悔が、積み重なって僕の肩に重くのしかかる。あそこで甘酒を選ばなければ、もしかしたら今頃は参拝を終えれてたのかも……それに、あんなに焦って並ばなければ、もっと早く甘酒の存在に気づいて……いや、そもそも近くの神社にしておけば、彼女にこんな寒い思いはさせずに……
「……あっ」
「……アルダン?」
……そんな僕の気持ちを知ってか知らずか、何やら辺りをキョロキョロ見回すアルダン。そのくりくりとした大きな瞳で……何かを見つけたらしく、テンション高めに僕の肩を叩いてきた。
「ふふふ、トレーナーさん、トレーナーさん?飲み物はまたあとででいいですので、ご一緒に、あれ、やってみませんか?」
「あれは……『おみくじ』?」
彼女が指さす方に目を向けると……そこには、巫女さんから渡される木製の筒を、一喜一憂しながら振る人々の姿が見えた。まだああいうタイプのおみくじ、やってるとこあるんだなあ、懐かしい。
「本当に今年がダメな年なのかどうか……おみくじでハッキリさせてみましょう?ね?」
「えっ、いや、僕はいいよ……なんか全然いい結果になりそうなビジョンが見えないというか……」
「まあまあまあ、ほら、行きますよ?」
「あっ、ちょ、ちょっとっ!?」
モゾモゾと足踏みをする僕の手を引いて、無邪気に駆け出すアルダン。その様が、なんだか初日の出なんかよりもずっとずっと眩しくて、思わず僕は、しばし思考をやめて見蕩れてしまう。
「すみません、おみくじを二回お願いします♪お会計は……」
「ああ、ああ、大丈夫、僕が出すから」
巫女さんに千円札を一枚手渡し、百円玉八枚が帰ってくる。やたらとジャラジャラ重くなった財布をポケットにしまってから、僕とアルダンは、それぞれおみくじの筒を受け取った。
「それでは、ご一緒に参りましょうか?せーのっ♪」
「せ、せーのっ!」
なんだか流されるまま、半ばヤケクソで筒を振る僕。しかし、そうだな、なんともグダグダなお正月だったけど、終わりよければすべてよし。もしここで大吉を引くことが出来れば……きっと今度こそ、僕は変われるのかもしれない。
少しだけ、おみくじを振る僕の手に熱がこもっていく。遠くで鳴り響くけたたましい鐘の音も、まるで僕らの新たな門出を祝福しているかのようだった。
が…………
──────────────
『末吉』
『凶』
「あらあら……」
「……ま、そうなるよね!」
巫女さんから受け取った結果の紙を見て、ますますガックリと項垂れる僕……言うまでもなくアルダンが『末吉』で僕が『凶』である。
「やっぱりダメだぁ……おしまいだぁ……ごめんねアルダン、こんな情けないトレーナーで……」
「……あの、すみません?」
虚空を見つめながらうわ言のように呟く僕の姿をじっくり観察してから、アルダンは不意に口を開いた。が、言葉を向けた相手は、僕ではない。
「おみくじ、もう一度お願いできますでしょうか?一人で何度やっても、問題は無い、ですよね?」
「えっ」
アルダンが話しかけたのは、先程のおみくじの巫女さん。今度は自分の財布から一万円札を取り出して、彼女は再び、おみくじの筒に手をかける。
「えっ?おみくじってそんな、何回もやっていいの?」
「良いのではないですか?巫女さんは許してくれましたよ?それに……」
「それに?」
「忘れましたか?私は、とびきり欲張りなのです。たとえダメだと言われたって、末吉なんかじゃ私、とても『満足』できませんから♪」
「……!」
僕の中の常識とか、固定観念だとか、そんなものを全部、全部ぶっ壊してしまうような、彼女のわがままな笑顔。
やっぱり、そうだな、年を越そうが、何を乗り越えようが、いつも通り。過去の後悔も未来の不安もなく、彼女はただ、目の前の『今を彩る』ことだけに、夢中なのであった。
『大吉』
「……ね?こちらの方が、とびっきり素敵でしょう?」
「……ふふっ、うん、そうだね?間違いなく素敵だよ、君は」
受け取った紙を大胆不敵に見せつけながら、今日一番の笑顔を見せるアルダン。こんな場面で、こんなにあっさりと大吉を引いてしまうなんて……やっぱり彼女は本当に本当に、憧れすら追いつかない程凄いウマ娘だ、けど。
「トレーナーさんもいかがです?他でもない『メジロアルダンのトレーナー』なんですもの、そんな結果で満足など、してはいませんでしょう?」
「もちろん、満足なんかしてないさ。でも……うん、いいや、僕は大丈夫」
「あら?どうしてですか?」
「この『凶』が間違いなく、今の僕の現在地なんだ。神社選びも、甘酒も自販機も、他の誰でもない、僕自身が選択して、そうして起こったのがこの結果だから。だから今は受け入れる。今は受け入れて、来年こそは君に……『大吉』に追いつけるよう、一年間頑張りたいから、さ」
「……ふふ、それでこそトレーナーさんですね。やっぱり『未来を夢見て』いる方が、貴方らしいです」
彼女や他の皆みたいに、間違わず一段飛ばしで進んで行けるような力なんて、今の僕には無い。間違いなく、それが僕の『現在地』。
だからこそ、ちょっとずつでも、そこから僕は動いて行きたい。前進だか後退だか分からないけど、とにかく『未来』に向かって、相変わらずに、変わっていきたいと、そう思う。
「……まあ、それと純粋に、今の僕がもう一回やっても『大凶』にしかならなさそうな気がしてさ……」
「それは……ふふ、正直私もそう思いますね?」
「だから、よし!今日のところはこれでよし!それじゃあ小銭も出来たから、気を取り直して今度こそあったかい飲み物でも……」
「ふふふ、次は何が出てくるのでしょうか?楽しみですね♪」
「いや、普通に押したやつが出てきて欲しいんだけどね、僕は……」
「あと、先程から随分心配されているようですが、本当に私、ちっとも寒くありませんからね?」
「え、ほんと?」
「本当です。今日の私は『メジロの雪だるまモード』ですから♪」
「なにそれ可愛い……」
「むしろトレーナーさんの方が心配です。その上着、どう見ても薄手すぎると思いますよ?」
「うっ……まあ、まあ……これ以外あんまりいい冬物、持ってなくてさ……」
「それでしたら、参拝した後は街に出て、初売りセールに行ってみませんか?トレーナーさんに似合いそうな上着、選んでさしあげましょう♪」
「おお、それはありがたい!って言っても、お参りできるの、いつになるやら……あれ?」
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「急に行列が落ち着いてくるなんて……ふふふ、これはもしや、私の大吉パワーかしら♪」
「多分、もうお昼どきだから……いや、うん、そうだね?間違いないよ、流石アルダン」
「ふふふ、あ、もう私達の番ですよ?」
「うん、じゃあ今年もいい年になりますように……」
一月一日、午前十二時ぴったり。めでたいめでたい初日の出……も、ぴったり青空のど真ん中までやってきた頃、ようやく僕たちは、神社の本殿にたどり着く。二人並んでお賽銭を投げ入れ、二礼二拍手、しっかりと心を込めて、丁寧に手を合わせた。
今年こそ、アルダンに相応しい男になれますように……いや、『なれますように』じゃ他力本願みたいでちょっと嫌だな?
相応しい男に、なります!……そんなこと言われたって、神様も困るだけか……
相応しい男に……なろうと思いますので、どうか末永く、お見守り頂けますと……
……うん、ややこしくなってきたな、もういいや、最初ので。
凍える手先を強く擦りながら、更に強く、強く、僕は願ったのだった。
「……よし、と」
「あら、随分長かったですね。そんなに沢山お願いしたのですか?欲張りさん♪」
「えっ、いやいや、一個だけだよ!ほんと、一個だけ!」
「ふふふ……それにしても、この神社はなんというか、愛らしい建物ですね?全体的に装飾が丸くて、とっても可愛いです♪」
「え?ああ、確かにね?なんだか『必勝の神』っぽくはない、かも……あっ」
アルダンに促されて建物の装飾を見つめてみる僕……の、視界の端に、確かに入り込んできた立て看板の文字……
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『恋愛必勝の神』
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「あら、どうかされましたか?トレーナーさん?」
「えっ!?い、いや、なんでもないよ!ほんと、相応しいって、トレーナーとしてであって、そういう……そういう意味じゃないから!ね?」
「相応しい……?何の話ですか?」
「あっ……いやいや、こっちの話!さ、さあ、お参りも済んだことだし、早速、初売り!行こう行こう!」
「あらあら、もう、トレーナーさんったら……焦らないで、一歩ずつ、行きましょうね?」
バタバタと慌ただしく動き出す僕の裾を、優しく、緩やかに掴むアルダン。そんな、新しくもなんともない、いつも通りの僕らの門出を祝ってくれる人なんてどこにもいない。けど、うん、やっぱり今はこれで、いいや。
爽やかな新年の空気に包まれながら、アルダンに言われた通り、僕は慎重に、ゆっくりと一歩ずつ、それでも確かに、歩き出すのであった。