メジロアルダン短編集『to the MEJIRO ARDAN』   作:いずさわ

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どうせ、結局、君が好き。




I LOVE...

「トレーナーさんは、私のどこが好きなのですか?」

「ぶふぉっ……!?」

 

放課後のトレーナー室、優雅にちびちびと啜っていたドリップコーヒーを……思わず、吹き出しかける僕。いいい、一体いつから気付い……じゃなくてじゃなくて……

数秒ほど遅れて処理を始めた頭で、僕は慌てて、返す言葉を紡ぎ出す。

 

「ええと、ど、どうしたの急に?」

「ふふふ、実は先日、デュランダルさんに、それと、ヴィブロスさんとお茶をご一緒したのですが……」

「何をどうしたらそんなメンツに……?」

「その際におふたりとも、ご自身のトレーナーさんからこういったことを褒められた、こういったところが好きだと言われた……なんてお話を沢山されておりましたので、ですね?」

「へぇ、それはそれは二人とも、トレーナーに大切にされてるん……」

「………………」

「……っ!はっ!?」

「……?」

 

思わず、膝から崩れ落ち……かけて、何とか体勢を立て直した僕。で、あるが、その心持ちはやはり、とても穏やかなままではいられないのであった……遠回しのアピール……現状への不満……愛情の不足……コミュニケーションの減少……モチベーションの低下……信頼関係の崩壊……

 

「ご、ごめ……!僕、確かにそのっ!君がいるのが当たり前になり過ぎててっ!感謝とか

伝えるのいつも、疎かになっちゃってっ、そのっ!」

「と、トレーナーさん?その、別に責めている訳ではありませんよ?」

「でも、それでも僕、本気で……!アルダンの事は大好きでっ!本当に本気で愛しててっ、心から大切に思っててっ……!」

「……へ?そ、そんなに……ではなくっ!別に責めている訳ではないと、言っているでしょう?」

「……へ?そ、そうなの?」

「ま、まあ、すこーしだけ?女心は、分かっていないなー?とは、思わなくも、ありません、けれども?」

「ひ、ひぃ!それはほんとごめんって!」

 

……どうやら、現状に決定的に不満がある。というわけでは無いこと、軽やかな彼女の表情から感じ取り、ほっと胸を撫で下ろす。

とはいえ、そうだな……確かに間違いなく、僕は彼女の事を心から大切に思っている。が、改めてそれをきちんと口にして伝えているのかと言われると……とても胸を張ることが出来ないのも、また事実ではあるだろう。

 

「少し調べたのですが、『ピグマリオン効果』という心理学の用語がありましてですね。人から期待されたり褒められたりすることによって、実際に能力が向上してしまうということが、実験で明らかにされているそうなのです」

「ああー、そういや、トレーナーの養成学校でそういうの聞いた事あるかも」

「と、言うわけで、せっかくですしおふたりに倣って、私たちもお互いをたっぷりと褒めあってみましょう。なんて、考えてみたのです♪」

「おおー、それはいいね?まあ別にお互いじゃなくって、アルダンだけでいいんだけどね?」

「あら?まあまあそんなことおっしゃらずに。昨日の夜即興で、私の思うトレーナーさんの好きな所を厳選して、原稿用紙十枚程にまとめてきたのですよ?」

「そんなに」

 

……まあ、本当に僕のことなんてどうでも良いのだが。せっかくの機会である、今日は今まで我慢させていた分、たっぷりとアルダンを褒めて褒めて褒めちぎって、甘やかすだけ甘やかして、彼女に心から喜んでもらおう。

普段から、彼女が僕に与えてくれる『癒し』の、そのほんの一部でも返してあげられれば、まさしく御の字である。

 

「しかしまあ、そこまでやる気があるのならば、先攻はお譲りいたしましょう♪」

「先攻?バトルなのこれ?」

「ふふふ、どちらかがノックアウトするまでのサドンデス、ですよ♪」

「そんな物騒な!?」

「なんちゃって♪ささ、それではトレーナーさん?一体私の、どこが好きなのですか?」

「よ、よーし、まずは……そうだなあ……」

 

彼女から話を振られて、まずは顎に手を置き、しばし思案する。一体、何から伝えれば良いものか……

当然、彼女の好きなところなと、ざっと考えただけでも銀河系の数ほど存在するのだ。一つ一つ丁寧に伝えてなどいれば、本気で日が暮れてしまうだろう。という訳で、その中から厳選して伝えようと思うのだが。

 

やはりここは、そうだな。彼女の精神性。その優しさと、品の高さ。相手を不快にさせない、思いやり溢れる言動。これをまず一番に伝えるべきであろう。彼女のその『心』には、どれだけ支えてもらったのかまるで分からないくらいだ。

と、いうわけで、早速僕は大きく息を吸い込み、彼女に向けて言葉を……

 

「………………」

「……?」

 

……すんでのところで、僕は飛び出しかけた言葉を押しとどめる。果たして、それは本当に『好きな所』と言っていいのだろうか。

確かに、その優しい心は間違いなく彼女の魅力のひとつではある。が、果たしてどうだろう。

 

僕は彼女のことを、『優しい』から好きなのか?

 

ではもし、彼女が『優しくなくなって』しまったら、僕は彼女の事が、嫌いになってしまうのだろうか?

 

……いいや、そんなことはない。彼女だって一人のウマ娘である。四六時中、いつ何時でも周りに優しくあれるなんて、そんなはずは絶対にない。実際、彼女の心が深く傷付き、いつも通りの彼女でいられない場面だって、何度か僕は目撃してきた。

しかし、それで僕が彼女に幻滅してしまうようなことなど、今までほんの一度たりとも起こることはなかった。むしろその度、彼女をより近くに感じることができたし、その度ますます、彼女が特別な存在に思えるようになっていったのだ。僕は決して、『優しい』から彼女が好きなわけではない。

 

と、なると、これはやはり『好きな所』として相応しくないだろう……もっと、他の言葉にしなくては……

 

「…………ううん」

「………………」

 

……そうだ、彼女はとてつもない『努力家』である。彼女は決して、肉体的に他者より恵まれている訳ではないし、チャンスに恵まれている訳でもない。が、彼女は決してそれを悲観することはない。常に勤勉で、自らのできることを100%全力で遂行できるだけの胆力がある。間違いなく彼女の非凡な才能の一つであるし、僕が彼女のことを、心から尊敬する一つの要因である。そうと決まれば今度こそ、その事を言葉にして……

 

いや、待てよ、それこそ、どうだろう。

 

彼女がもし、『頑張ることをやめてしまった』ら、僕は彼女のことを嫌いになってしまうのか?

 

……そんなことはない、間違いなく。たとえ彼女が疲れ果て、頑張ることをやめてしまったとしても、僕は絶対に彼女を見捨てることはない。そもそも、既に彼女は頑張りすぎている。彼女がもし僕に対して、愚痴や不平不満をこぼしてくれるのであれば、それは本当に、心から喜ばしいことである。絶対に、僕は彼女が文句も言わず努力できる娘だから好き、という訳でもないのだ。

 

と、なると……次はなんだ?

そうだ、明確に彼女は『強い』。間違いなく今のトゥインクルシリーズではトップクラスの実力だし、僕の見立てではまだまだまだまだ伸びしろがある。史上最強のウマ娘になるのだって、そう遠くな……

 

いや、それも違う。僕は彼女が『強いウマ娘』だからスカウトした訳ではない。好きになったからスカウトしたのだ。『強い』から好き、なんてことは決してない。むしろ、好きだから強くなって欲しいのだろう。

 

となると、なんだ、ああ、彼女は本当に本当に、シンプルに見た目が『美しい』。このどこまでも広がる青空のような髪も、そして白雪のような透き通る肌も……

 

……うーん。アルダン、絶対ショートカットも似合うだろうなぁ……夏合宿で日焼けした顔も、それはそれは大層可愛かったし……

 

 

……あれ?なんで僕、彼女が、『メジロアルダン』が好きなんだ?

 

 

『好き』という気持ちは、間違いない。僕は絶対に、絶対に、絶対に、世界中の誰よりもメジロアルダンを『愛している』。が。

明確な理由が、思い当たらない。『これだから、好きだ』なんて言葉が、どうしても喉につっかえて出てこない。彼女が『そう』でなくなったとしても、どうせ僕は、どうあったとしても、彼女が好き、なのだろうから。

と、いうか、そもそも『好き』とはなんだ?どんな要件を満たせば、僕は『それ』を『好き』だと言えるのだろうか。というか、なんというか、なんだ?

 

「……う……ううう……おおおぉ……」

「と、トレーナーさん?その、なんだか頭から湯気が出ていますよ?」

 

好きとはなんだ、好きとは。好き、愛、LOVE……僕は、アルダンの、アルダンのことを……

 

「え、えいっ!」

「ひゃっ!?」

 

両頬を包み込む、ひんやりとしたあたたかみに……オーバーヒート寸前の脳が、ふわりふわりと解きほぐされていく。ああ、そうだ、ウマ娘にしては少しだけひんやりとした体温、間違いない、これも『大好き』だ。

 

「ひゃ、ひゃるだん……」

「お、落ち着きましたか……?申し訳ございません、無理を、言ってしまいましたね……」

「……いいや、そんなことない、そんなこと、ないよ、アルダン」

「……!」

 

頬に触れたアルダンの手のひらを、更に上から包み込む。この細長い指先も、少しだけ桃色に染まった頬も、やっぱり、全部、全部。

 

「全部、大好きなんだ」

「へっ……?」

「ごめんね、ちょっと、考え過ぎちゃって……君の好きな所を考えていると、途端に何も分からなくなってしまって、さ」

「と、トレーナーさん……」

「どうしても、どうしても、君の『好きな所』と『そうじゃない所』を分別する事が、出来ないんだ、僕は。君の優しい所も、優しくない所も、努力してる所も、努力してない所も、強い所も、弱い所も、可愛い所も、カッコ良い所も……全部、全部、『全部大好き』なんだ」

 

なんとも締まらないし、こんなこと言われたって、彼女も困るだけだろう。けれども。

どうしたって、そうとしか言いようが無い。『好き』と『それ以外』の区分けなんて、僕にはとても、できっこない。今の彼女だって何もかも全てが輝いているし、これからも、ずっと。彼女がどう変わっていこうとも、ずっと、ずっと、どうせ僕は、君のことが好きなまま、なのだろう。

 

「だから、その、先攻は譲るよ。というかごめん……出来ればその、お手本とか見せて欲しいなぁ……なんか、人を褒めるのヘタクソみたいだから、僕……」

「………………」

「……あ、アルダン?」

「……む、む〜り〜!」

 

ヒュ〜〜〜……

 

「えっ!?あ、アルダン、急に倒れちゃ……って、か、顔赤っ!?身体熱っ!?ちょ、大丈夫!?アルダン?アルダーーン!!」

 

まるで一発KOされたみたいに、ふらりふらりとその場に倒れ込むアルダン。すっかりじっくり茹でられたように、熱々に染まったその体温も……やっぱり僕は『大好き』でしかないのであった。

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