メジロアルダン短編集『to the MEJIRO ARDAN』   作:いずさわ

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ずっと、ずっと、見つめてて。




Never say never(+渋谷凛fromアイドルマスターシンデレラガールズ)

「ときめっき♪どっこっまーでもー♪えすかーれいとー♪」

「…………」

「さいだーみたいに♪はーじけーる♪こーいもーどー♪」

「……ふふ、随分ご機嫌だね?」

「あら?申し訳ございません、無意識に口ずさんでしまいました♪」

 

いつも通りの昼下がり、トレーナー室でこれまたいつも通りの仕事をこなしている、輝かしくもない、ただの日常。

そんな最中に聞こえてきた、我が担当ウマ娘、メジロアルダンのきらめくような愛らしい歌声に、思わず僕はキーボードを叩く手を止め、しばしその声に耳を傾ける。

 

「なんだか聞いた事のない曲だなあ、誰の、なんて曲なの?」

「……あら、そう言えばトレーナーさんにはまだお伝えしていませんでしたか。そうですねえ、ええと……」

「?」

 

何か考え込むように、視線を泳がすアルダン。その様子を僕はいつも通り、しばし観察する。

 

「まず、先程の曲は『TOKIMEKIエスカレート』。城ヶ崎美嘉さんという方が歌っている曲なのです」

「城ヶ崎……うーん、やっぱり知らないなあ」

「城ヶ崎美嘉さん、巷で話題のトップアイドルなのです。『カリスマギャルアイドル』としてモデル活動も精力的に活動されていて、若い女性の間でも大人気なのですよ?」

「カリスマギャルアイドル……ははあ、アイドルも多様性の時代かぁ」

「ええと、あ、これです。こちらが城ヶ崎美嘉さん」

 

ご機嫌に彼女が見せてきた携帯画面の中、ファッション誌の表紙画像に映っていた二人組をしかと見つめる。片方は僕らもよく知るカリスマモデルウマ娘、ゴールドシチーで……と、なるとこっち側。派手なピンク色の髪を緩めに巻いた、ビビットメイクの彼女がその『城ヶ崎美嘉』ということか。

 

「なるほど……確かにいいポーズにいい表情、これは相当なカリスマと見た……で、アルダンもハマってるんだね?彼女」

「ふふふ、まあ、私だけではありませんよ?トレセン学園にも彼女のファンは大勢いますから」

「もしかして、僕のアンテナ、低すぎ?」

「まあまあ、あまり気は落とさず……」

「否定は、してくれないんだね……」

 

まあ、それはそれとして。なんとも、彼女がこうして『普通の女の子』らしい趣味に没頭しているのは、素直に喜ばしいことだ。

いつだったかも思ったが、彼女をこの世界に繋ぎ止めてくれる存在、というものはやはりできるだけ沢山あって欲しいと、そう思う。レースに全てを捧ぐ覚悟でトゥインクルシリーズの門を叩いた彼女であるが、僕自身はそれが彼女の全てだ、などとは露ほども思わない。彼女には彼女のやりたいこと、煌めくような『可能性』がまだまだ山ほど眠っている、はずなのだ。

 

「と、言う訳で、こちらをご覧下さい?」

「なにこれ?チケット?……って、この話の流れってことは、まさか……」

「ふふふ、そのまさか。なんとなんと、彼女の、城ヶ崎美嘉さんのライブチケットが取れてしまったんです♪それもアリーナ席ですよ?アリーナ♪」

「うわーっ!すごい!そんなに人気な人なら、かなり苦労したんじゃない?」

「それはそれは大変でしたねぇ……あ、もちろん、正々堂々とですよ?メジロ家の力など、使ってませんからね?」

「う、うん……?別に疑ってないよ?」

「なので、私は今ライブのコールアンドレスポンスを練習中なのです。もう来週に迫っていますので、そろそろ最後の追い込みを……と」

 

なんともウキウキを隠しきれない様子で、カラフルに光る棒を小さく胸の前で振るアルダン。なんて名前だっけこの棒……ビームサーベルでもライトセーバーでもなくて……

 

「という訳で、はい、トレーナーさん♪」

「うん?何?この……ビームジャベリン?くれるの?」

「ええ、差し上げますよ。当日、忘れずに持ってきてくださいね?」

「ああ、うん、もちろん……当日?」

 

僕の手の中で光るこの……なんか、棒。そして、何が何だか分からず立ち尽くす僕に向かって、屈託のない笑顔を見せてくる彼女。その手元には……先程自慢されたチケットが、二枚。二枚?

 

「……えっ!?もしかして、僕の分もあるの!?」

「もちろん、こういうものは絶対に、誰かと一緒に行く方が楽しいですから♪」

「えっ、ええーと……その、ほ、本気?」

「あら……トレーナーさん、アイドルはあまり、お好きではなかったですか?」

「いやいやいや!別に嫌いという訳じゃないし、そんな凄い人を生で見れるなんて、是非ともって感じだけれどさ?」

 

アイドルという文化、確かに馴染みは薄いのだが、しかしやはりどんな分野だろうとその道を極めた人間というのは偉大なもの。そんな人間を間近で見るというのは、なんにせよきっと他で得ることの出来ない学びがあるはずだ……が、だからこそ。

 

「だからこそ。こんな生半可な、今日この日まで彼女の存在すら知らなかったような人間が行っていいのかと思うと、さ?きっと、行きたくても行けなかった人だって、沢山いるはずだし……」

「……ふふ、だからこそ、ではないですか?」

「アルダン?」

「知らなかった、からこそです。きっとこんな機会が無ければトレーナーさんは、彼女の歌に彼女のダンス……彼女が創る『ステージ』に触れることなんて、一生ないでしょう?」

「それはまあ、確かに……」

「今、好きかどうかなんて関係ありません。彼女の創るステージを見れば、もしかしたら貴方も……いえ、間違いなく貴方も自然と好きになるはずです。私が、好きなものなのですから♪」

「……そんなもん、かな?」

「そんなもん、です♪」

 

なんとも情けなくぶつぶつと呟く僕に向かって、胸を張りながら堂々と語るアルダン。なんだかその様が、ギラギラと輝く一等星みたいで……思わず僕は、目を細めた。

 

「……そうだね、まあ、理屈はともあれ、せっかく君が頑張って取ってくれたチケットなんだ。とにかく、何がなんでも、全力で楽しんでみせるよ?」

「ふふふ、その意気です♪」

 

そうだな、彼女ほど煌めいてはいなくても。多少は……本当に多少ぐらいなら、僕にだって『可能性』があるはずだ。

なんとも、少しバツの悪い顔を浮かべつつ、僕は彼女から一枚、チケットを受け取……

 

「あ、ところでそのチケットいくらだったの?ちょっと、今の手持ちで足りるぐらいならいいんだけど……」

「……ふふふ」

「……アルダン?あの、アルダン?」

「ふふふふ♪」

 

 

──────────────

 

 

そんな会話をアルダンと繰り広げた、翌日の真昼間。

 

「お買い上げ、ありがとうございましたー」

 

 

「……ふう」

 

ずしりと、結構重たくなってしまった紙袋を抱えて、ここらで一番大きなCDショップから一歩踏み出す。CDなんて買うの、一体何年ぶりなんだろうなぁ……なんだか学生時代の青臭い思い出が蘇ってきて、僕は思わず、鼻の頭を掻きむしった。

 

「まあ、ざっとこんなもの……かな?」

 

なんとも極彩色に染まってしまった袋の中身を、チラリと覗き込む。他でもない、件の彼女『城ヶ崎美嘉』の今まで出した楽曲……ソロ名義に加えて、念の為グループ参加している曲も含めて、目に付いたものから順に片っ端からかき集めてきた、そのCD達である。

……結局、はぐらかされるばかりで受け取って貰えなかったチケット代……まあ、彼女の事だ。一庶民の僕が値段で萎縮してしまわないように、純粋にライブを楽しめるように、なんていう暖かな心遣いなのだろう。本当に、こんなに優しいウマ娘を担当に持てて、僕は幸せものである。

が、それはそれとして、やっぱり一銭も払わずに、なんの対価も無しに……というのは、それはそれで納得がいかない。誰が許そうとも、僕自身が僕自身に納得がいかないのである。と、言う訳で。チケット代が出せないのなら、代わりに予習がてら彼女の作品を購入し、少しでも売上に貢献してみせよう、という算段なのである。

 

……なんとも、面倒な性分なのは自分でも分かっているが、それはまあ、放っておいてほしい。

 

「でも、これとこれは無かったんだよなあ……他に、CD売ってる店って、どこか……」

 

 

「少し、話を聞かせて貰えるかな?」

「別に……何もしてないよ」

「な、なんでもないってことは……!」

「っ……!うぇぇぇん……!」

 

 

「……?なんだ、あれ?」

 

携帯の画面とにらめっこしながら歩いていると……何やら、耳元に入り込んできた騒々しい声。目線を向ければそこには……何やら怪訝な顔をした女子高生に、眉間に皺を寄せた警察官。そしてその足元で泣きじゃくる、小さな男の子の姿があった。

 

「どうしたんだろ……?」

「さあ……?」

 

なんとも異様な光景に、通行人たちも足を止め、訝しんでいる様子である。まあ、例に漏れず僕も足を止めているわけだけれど……

何気なく、じっくりと様子を観察してみる。彼女らの足元、チラリと見えたのは……あれは、壊れたおもちゃのロボット、だろうか?肘の部分が取れてしまった、なんとも痛々しい姿である。状況から察するに、何らかの拍子にあの女子高生がぶつかって壊してしまい、男の子を泣かせてしまった、ように見受けられる。が。

 

「……いや、違うな」

 

それにしてはあのおもちゃ、外傷も何もない。恐らく肘関節を固定するネジが取れてしまっただけで、壊れた訳ではないのだろう。

と、なると話が変わってくる。ぶつかったりなんたりしたって、ピンポイントでネジだけ取れてしまうはずがない。恐らくこの件、あの子は本当に無関係なのだろう。

 

「………………」

 

……が、しかし、そうだな。こんな所で僕なんかが考察した所で、特に意味は無い、か。

そもそもこんなのはただの僕の推論だし、実際のところ何があったかなんて僕には分からない。僕なんかがしゃしゃり出て、華麗な推理を披露したところで……物語の主人公じゃあるまいし、余計場を混乱させるだけだろう。

と、なると、そうだな。あとはプロの警察官に任せて、僕はここらで失礼させてもらおうか……

 

 

……こんな時、彼女なら。『メジロアルダン』なら、どうするのだろう。

 

 

「とりあえず、話は署で聞かせてもらうから」

「えっ、ちょっと、私……」

 

「あ、あのぉ……?ちょっと、いい、ですか、ねぇ?」

 

「………………」

「………………」

「あのー……も、もう少し、彼女の話も、聞いてあげたり、した方が……」

「……う、うわぁ!?なんだ?誰だね君は!?」

 

 

──────────────

 

 

「……あ、はは、なんかごめんね?僕のせいで余計面倒なことになっちゃったみたいで……」

 

……結論から言えば、僕の読み通り。

『遊んでいて落としてしまったネジを踏まないように、立ち止まってもらっていた』という男の子の証言で、彼女の無実は証明された。

が、まあ、これまた僕の読み通り。僕の参戦によって場は更なる混沌に包まれ、気付けば僕ら二人、みっちり一時間ほど取り調べを受ける羽目になったのであった。

 

「大丈夫、こういうこと前もあったし……それに私の方こそ、巻き込んじゃって……」

 

共に警察署からふらふらと解放された彼女……膝上ほどの長さのスカートを堂々着こなし、首元にはネックレス、耳元にはピアスを光らせた、なんとも今時の女子高生……といった風貌の彼女は、特徴的な艶のある黒髪の毛先を弄りつつ、ややバツの悪そうな面持ちで話し始める。確かにやや誤解されやすそうな出で立ちだが、こんなことが前にもあったとは、なんだか同情してしまうなあ……

 

「………………」

「……えと、な、何?」

「あ、ああ、いや、なんでもないんだけど。ええーと、えっと……」

「?」

「……僕、こういうもの、なんだけどさ?」

 

何の気なしに差し出した僕の名刺を、何故だかキョトンとした目で見つめる彼女。なんとも言えない間を置いてから、彼女は再び口を開く。

 

「……なんだ、勧誘の人だったんだ。悪いけど、私もう……ん?トレーナー?トレセン学園?」

「あ、うん、そう。これでも一応、トレーナーやってるんだ」

「……えーと、私、ウマ娘じゃないんだけと」

「……うん、それは……確かに、そう、だね?なんだろう……君を見てると、何故だか名刺を差し出さなくちゃいけない気がしてさ?」

「いや、知らないしそんなの……」

 

なんとも至極当然の指摘を受けて、差し出した名刺を引っ込める僕。いけないいけない、学生に向かって名刺を渡すなんて、それこそアイドルのスカウトくらいのものだろう。

 

「……まあでも、その、助けようとしてくれたのは感謝してる。ありがと」

「えっ?いやいやいや!むしろ僕のせいで時間かかっちゃったし……あ、な、何かお詫びを……ええーと、えーと……」

「えっ?いやいや、いいってそういうのほんと」

「いやほんと、このままじゃ自分に納得いかないからさ……何か、僕にできることならなんでも……うわっ!?」

 

ガシャン……!

 

「……!」

「うわっ!?しまったぁ……!割れてない……よね?」

 

何か役立ちそうなものはないか、慌ててポケットを探っていると……その拍子に持っていた紙袋を落としてしまう僕。飛び出したCDを慌てて拾い、大きな傷がないことに、ほっと胸を撫で下ろすのだった。

 

「えと、だ、大丈夫?」

「あ、うん。僕は大丈夫だよ、ごめんねびっくりさせちゃって」

「……それ、城ヶ崎美嘉の……」

「……あ、ま、まあね?」

 

……僕の手の中のCDをまじまじと見つめながら、ぼそりと呟く彼女。なんとも微妙な返事しか返せなかった僕を尻目に、彼女はひたすら、淡々と話し始めた。

 

「ふーん……好きなの?アイドル」

「えっ?えーと、まあ、知り合いに……」

 

勧められてて、僕自身はまだ……と、言いかけて、ふと、口を噤んだ。

そういえばそうか、城ヶ崎美嘉。『カリスマギャルアイドル』としてモデル活動も精力的に活動していて、若い女性の間でも大人気。なんだった。と、なると、もしかしてそれに食いつくということは、この子も彼女の、ファン。ということなのでは?

 

「……何?どうしたの急に固まって?」

「あ、いやいや、なんでもないよ?いやー、そうなんだよね!知り合いに勧められて、今めちゃくちゃハマっちゃっててさ!」

「ふーん、そうなんだ」

 

それであれば好都合。どう見ても人間として対局にいそうな彼女と僕を繋ぐ共通項になり得るかもしれない。

……まあ、彼女はただの女子高生で、僕はウマ娘のトレーナー。繋がりを持ったところで何に活かせるという訳でもないが。けれども、袖振り合うもなんとやら。こういうか細い縁が、巡り巡って人生を大きく変えてしまうことだってあるのだと、僕は『経験則』で知っているのだ。

 

「それでさ、今日はちょっと彼女の作品を履修でもしようと思って色々と……あ、見る?案外レア物なんかも混ざってるかも……」

「いや別に、見たくはない……けど」

「……けど?」

 

何か考え込むように、視線を泳がす彼女。その仕草が、なんだかどこかの誰かと重なって見えて……思わず僕は、いつものようにその様子を観察する。

 

「………………」

「……何か、悩みでもあるのかな?」

「悩み、って程じゃないんだけど。あ、あのさ?」

「うん?」

「……アンタにとって、『アイドル』って、何?」

「えっ」

 

 

──────────────

 

 

「はい、どうぞ?」

「あ、ありがと……」

 

自販機で買ってきたお茶を手渡し、やや遠慮しつつ、彼女の隣に腰掛ける。たまたま近くにあった公園……桜の季節が過ぎ去って、青々とした緑が生い茂る公園のベンチ、先に話し始めたのは、僕の方だった。

 

「ええと、何だ、僕にとってのアイドル……だっけ?そんなに好きなんだね、アイドル」

「いや、別に……好きって訳じゃない、と、思う。多分」

「あれ!?そうなの!?」

 

開口一番、なんだか思っていた反応と真逆の言葉を返す彼女に、思わずズッコケそうになる僕。気を取り直して、僕は恐る恐る、探るように言葉を繋いでいく。

 

「じゃあなんでまた、そんな質問を……?」

「……別に好きじゃないんだけど、なんか、なっちゃったんだよね、『アイドル』」

「……えっ!?えっ、君っ、アイドルだったの!?」

「ああ、いや、アイドルっていうか……なんだろ、その卵、みたいな?別にまだCDとかも出してないし、ライブとかもまだ……まあ、一応ちょっとだけ、今度出る事になったんだけど」

「えっ!そうなんだ!?いやいや充分凄いことだと思うよ!ほんと!」

「別に、凄くなんてないよ。私の他にも十数人くらいは同期がいるし。ライブに出る事になったのも……なんか、気まぐれ?みたいに選ばれちゃっただけだし」

 

ぶつぶつと、自分の足元を見つめながら語り出す彼女。なんともその足元は、まるで舗装されていない道のように、僕の目にも確かに

不安定に見えた。

 

「だからさ、わかんないんだよ、『アイドル』って。みんな、『人生全部捧げる』みたいに必死になって頑張ってるし、それに水を刺すようなこと絶対したくないんだけど、やっぱりその感じ、私にはわかんなくてさ」

「……なるほど、それでさっきの質問、か。ん?しかしまた、それじゃなんでその、なっちゃったの?アイドルの卵」

「スカウトされたんだよ、事務所のプロデューサーに。ああ、丁度さっきのアンタみたいに……何回断っても、しつこく名刺渡そうとしてきてさ。それで……なんかよくわかんないけど、成り行きで」

「成り行き、かぁ」

 

こんな時でも思い出すのは、やっぱり彼女の、『メジロアルダン』の事だった。

僕が彼女に手を差し出したのも、間違いなく『成り行き』と言う他ないだろう。特に大層な理由も根拠もあったものではない。ただ、彼女がそこにいた。それだけのこと、だったのだ。

 

「でもきっと、その……プロデューサー、さん?多分凄い人だよ。そんなに何度も何度も断られても、それでも諦めずに話しかけて来たんでしょ?なかなか、できる事じゃないよ、そんなの」

「そう、なのかな?」

「そうそう、僕なんかさっき一回声かけるのだって、とてもひとりじゃ出来なかった、からさ」

「何、言ってんの?一人だったじゃん」

「一人、なんかじゃないよ。今、僕が担当してるウマ娘、ほんとに凄い娘でさ。むしろ僕の方がいつも彼女に勇気を貰ってて……まあ、僕のことはいいや、とにかくさ」

「う、うん」

「そんなに凄いプロデューサーさんが惚れ込んだんだ。きっと自分でも気付いてないだけで、君も間違いなく、凄い人……なんじゃないの、かな?」

「……そんなもん、かな?」

「そんなもん、だよ」

 

彼女がふわりと、目線を上にあげる。やっぱり僕が……あまりに臆病に、徹底して足元を確認してからでないと一歩を踏み出せなかったようなこの僕なんかがこんな事を言うのは烏滸がましい気もするけど、でも、やっぱりこんな時、メジロアルダンなら。

 

「……勇気を貰って、か」

「……でも確かにわかんないよね。ウマ娘は『走る』、トレーナーは『教える』。なんて、僕らには教科書に書いてありそうな、明確な答えというか、存在価値みたいなものがあるけど。でも、『アイドル』って……なんだか抽象的でわかんないよ。ほんと、不思議なものだ」

「それは、確かに……はぁ、私もウマ娘だったら良かったのかもね?」

「けれども、教科書的にはそうなんだろうけど。僕はそう思わないかな。別に、走るだけがウマ娘の全てなんかじゃない。彼女達にも、もっともっと色んな、煌めくような『可能性』があるんだと、僕はそう、思う。そしてそれは、アイドルだって同じ、なんじゃないかな?」

 

ふと、僕は紙袋の中のCDを一枚、手に取って眺めてみた。派手なピンク色の髪を更に派手に盛り付けた彼女の、自由さを体現したような笑顔。なんだか僕の瞳までビビットに染められているみたいで、少しむず痒い気持ちにさせられる。

 

「ほら、アイドルだって多様性の時代だしさ?いてもいいと思うよ、特に理由もなく、成り行きでアイドルをやるような人だって。自分のためでもお客さんのためでも、仲間のためでもプロデューサーさんのためでも、なんでもいいさ、ずっと永く、永く続けてみたら、その先に何かあるかもしれないから、さ」

「……まあ、そうかもね。ありがと、やっぱりアンタも、『凄い人』なのかもね?」

「えっ、いやいや、僕なんかは全然……」

「アンタの担当ウマ娘、凄い娘なんでしょ?そんなに凄いウマ娘を担当できてるんだから、きっと自分で気づいてないだけで、アンタも間違いなく、凄い人……なんてね。お返し」

「……ふふ、まあ、そうだね?君みたいな凄い人に言われるんなら、そうかもね?」

 

ステージの上にいる、沢山のアイドル達。それを客席から見守る、もっと沢山の観客達。そしてそれらを舞台袖から見守る、プロデューサー達。

立ち位置が違っても、きっと『凄くない人』なんてその場には誰一人いないのだろう。誰もが誰かのセンターで、主人公で、『特別な存在』なのだろう。そして、そうだな。

 

場所や形は関係ない。その事をみんなに教えてくれる存在……それこそが、そんな存在こそがまさしく『アイドル』と呼ばれるのだろうな。

そして、こんな僕にもその事を教えてくれた、目の前の彼女もそうだ。きっと彼女は、もっとずっとずっと大きな、それこそ世界中の人を明るく照らし出すような、そんなアイドルに、これからなっていく。そんな確信が、僕の中に芽生えたのだった。

 

「そういえば、名前。聞いてなかったね?教えてくれる、かな?」

「……やっぱり勧誘の人だったんだ。悪いけど、私レースには興味ないから」

「えっ!?いやいや!違っ!」

「っ……!ふふっ、本気で焦ってるし……冗談だよ?」

「あ、そう、なの?」

 

コロリと印象を変えた、なんとも人懐っこそうな笑顔を振りまきながら、不意に立ち上がった彼女。どこまでも続いていきそうな流れる黒髪を揺らめかせ、こちらに目線を向ける。

 

「『渋谷凛』、私の名前……まあ、出来れば覚えといてほしい、かも」

「渋谷凛、か。もちろん忘れたりしないさ。君の『ファン』として、ずっと見守ってるから、ね」

「……ふーん、アンタが私のファン?……まあ、悪くない、かな」

 

彼女の、どこまでも深く輝く大きな青緑色の瞳が、僕の両の眼を貫いてきた。なんともビビットな、人を強く惹きつけそうな力強い瞳……なるほど確かにこれは、『自然と好きになるはず』かも、な。

 

「……あっ、そうだ、せっかくの機会だしさ。サイン、貰っていいかな?後生大事に、トレーナー室に飾るから、ね?」

「別にいいけど、色紙とか、持ってるの?」

「あっ!?あぁー、ええーと……じゃあこの、CDに……」

「……ふふっ!他人のCDに私がサインするの、おかしくない?」

「あ、はは、確かに、そう、だよねぇ……」

「……それじゃあさ、さっきの名刺、やっぱり貰えない?」

「えっ?あ、ああ、もちろん」

 

改めて、恐る恐る差し出した僕の名刺を、彼女はすこしぶっきらぼうに、けれども優しく受け取ってくれた。なんだか、なんだろうな。何故だか無性に懐かしい気持ちになって、僕は思わず、鼻の頭を掻きむしった。

 

「ここに書いてある住所に送れば、アンタ宛に届くの?」

「う、うんまあ、トレセン学園の住所だけど、僕の名前宛に送ってもらえれば……って、ん?」

「ん、分かった。もし、これから私がちゃんとアイドル続けられて、自分のCDとか出せたらさ。その時はそれにサインして、ちゃんと送ってあげるから。だから……その時までちゃんと、見守っててね?」

「……もちろん、何年だろうと、何十年だろうと待ってるから、ね?」

 

 

「……あっ!やっぱり!凛ちゃーん!そんな所でなにしてるんですかぁー?」

「おーい!しぶりーん!もうすぐレッスンの時間だよー!」

「………………」

 

 

「……あっ!やば、もうそんな時間?」

「あれ?彼女たちはもしかして、君の同期の子?」

 

突然、聞こえてきた明るく朗らかな声。ちらりと目線を向けるとそこには、バラバラな制服を着た二人の女の子と……なんだか僕よりも立派そうに見えるスーツを着た、一人の男性が立っていたのだった。

 

「うん、まあ……そうだね、私の『仲間たち』、かな?」

「ふふっ、そっか。それじゃあ、また、ね?」

「うん、またね。約束、忘れないから」

 

そう言い残して、彼女は舞い踊るように、僕に背を向けて駆け出していく。まるで舗装されていない道の上、ガラスの靴でステップを踏むような不安定な足取り……けれども、そんな足元も気にせずに、振り返ることもせずに、彼女はただ、ただ、進んでいったのだった。

 

「……そうだな、僕も。もっと、ずっと、頑張らないと、な」

 

なんだか少し切なくなる胸を押さえながら見上げた空は、蒼く蒼く、どこまでも広がっていた。

 

 

──────────────

 

 

『みんなー!来てくれてありがとー!みんなの顔、ちゃーんと見えてっからねー?』

 

 

「きゃーっ♪見えましたかトレーナーさん!今、こちらを見てくれましたよ!」

「………………」

「トレーナー、さん?」

「……凄い……なんて、凄いんだ……うっ……ううっ……」

「……ふふっ?ハンカチ、使いますか?」

「い、いや……大丈夫……」

 

せっかく貰ったこの……なんか、光る棒も使う余裕なく、僕は必死に、涙を堪えていた。視覚に、聴覚に、何よりこのハートに。ダイレクトに響き渡るむせ返るほどの熱気と歓喜のサンドイッチ……なんて、なんて凄いんだ……アイドルのライブ……まるで僕の中の常識が一気に書き換えられていくような、不思議な感覚に見舞われる。

 

「ありがとう、本当にありがとうアルダン……僕をこんなところに連れてきてくれて……やっぱり君は、凄い娘だよ……」

「ふふふ、お礼なら私よりも、城ヶ崎美嘉さんに……♪」

 

アルダンに促されて。ステージの上で胸を張り、堂々と話す彼女の姿を今一度この瞳に焼き付ける。と、同時に脳裏に浮かんできた、先日出会った彼女の、『渋谷凛』の姿。

彼女もいずれ必ず、これくらい大きなステージに立つのだろう。その初めての時は是非とも立ち会いたいものだが……どうだろう、知り合いのよしみでちょーっとだけ優先してチケットを……いやいや、それはいけない。僕だってアルダンみたいに、正々堂々と……

 

~♪~~♫

 

「あら……!このイントロは……!」

「……!うおぉ!『TOKIMEKIエスカレート』だっ!」

「準備はよろしいですね?練習の成果、見せますよ、トレーナーさん?」

「もちろん!僕のこの……ファイズエッジ捌き、見せてあげる!」

 

なんて、僕のなんとも気の早い妄想をかき消すように流れ出した、次の曲のイントロ。そうだな、今はとにかくこの瞬間、このライブに集中して……

 

 

ダンッ……!!

 

 

「……あら?なんでしょう?」

「バックダンサー?初めて見る演出だけど……」

「アイドルの卵さん達、でしょうか?ふふ、初々しいけれど、可愛らしいダンスです♪」

 

突然、ステージの後方から飛び出してきた三人のバックダンサー達。アルダンの言う通り、皆少し動きは硬いものの、確かに若々しくて、一生懸命さが伝わってくるなぁ……特にあの、黒髪の子なんかは……

 

「えっ」

「……トレーナーさん?どうされましたか?手、止まってますよ?」

「……は、はは……まさか今日、立ち会えちゃうなんて、なあ……」

「えと、トレーナーさん?やっぱりハンカチ、使います?」

「う、うん……使わせてもらって、いい、かなぁ……?」

 

……帰ったら、すぐに棚を空けて置かないと、かなぁ……じわじわと滲んでいく、蒼く輝くスポットライトに照らされたステージは、まだまだ続く『可能性』に満ち溢れていて、本当に、美しかった。

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