メジロアルダン短編集『to the MEJIRO ARDAN』   作:いずさわ

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天高く、ウマ娘肥ゆる秋。




Comic Sonic(+メジロマックイーン)

「秋祭りッ!!」

 

「えっ!今日はスイーツ好きなだけ食べていいんですか!?」

「いいのか!?」

「勿論ッ!どんどん食べたまえッ!」

「…………」

「…………」

「おかわりもあるぞッ!」

「り……理事長さん……!」

「うま……うま……」

 

天高く、ウマ娘肥ゆる秋……トレセン学園にもやってきた、実りの季節。芋、栗、かぼちゃに、柿、銀杏と、今年も学園内の畑で、秋の味覚が山盛りの大豊作、なのであった。

と言う訳で、そんな状況に気を良くしたのは、お馴染み秋川理事長。彼女はこの実りを生徒たちに還元すべく、『トレセン学園秋祭り』と称し、秋の味覚を使ったスイーツを本日に限り、ビュッフェ形式で大解放するに至ったのである。

 

「席、空いてないね?」

「空いてないですねぇ……ううむ……」

「……ふふ、早く食べたいんだね?」

「あら?うふふ……そんなに、顔に出ていたでしょうか?」

 

生徒やトレーナー陣でごった返すカフェテラスを、山盛りのトレイ片手に彷徨う僕とアルダン。いつもは広々としたこの空間も、今日に限ってはまるで行き場の無い程のすし詰め状態である。

 

「モンブランに、スイートポテト、パンプキンパイに柿のタルト……うふふ、こんなものを見せられれば、誰だって我慢出来なくって当然、です♪」

「そりゃ間違いないね?秋だもん」

 

華麗なワルツを踊るように、その場でご機嫌なステップを踏むアルダン。スイーツもそうだが、このお祭り騒ぎの雰囲気にも当てられているようである。本当に、見ていて飽きないウマ娘だこと……と、そんな彼女に当てられそうになる心をなんとか叩き直して、僕は改めて周囲を見渡した。

 

「しかし、こうなると……誰かに相席を頼むしかないかな?」

「そうですねえ、どなたか見知った方がいれば良いのですが……あら?あれはもしかして……」

 

両の耳をピコンと愛らしく立ち上げ、トコトコとカフェテラスの端の方へ歩き出すアルダン。しばらく大人しくその背中を追いかけていると、たどり着いたのは、一つの小さなテーブルの前。

 

「……うふふ、やっぱり見間違えではありませんでしたね?ごきげんよう♪」

「……まあ、アルダンさん?ごきげんよう、ですわ」

 

アルダンが気さくに声をかけた、小柄な、けれどもなんとも優雅な後ろ姿。やや紫がかった長い芦毛を揺らめかせながら、こちらに振り向いた彼女は……

 

「あら?貴方は……アルダンさんのトレーナーさん、でしょうか?」

「ああ、そうだけど……ええと、君は、確か……」

「お初にお目にかかります。私、メジロマックイーンと申しますわ。以後、お見知り置きを」

「ああ、そうだそうだ、『メジロマックイーン』」

 

初対面の僕に対して、律儀に席から立ち上がり、胸に手を置きながら堂々と会釈をする彼女……『メジロマックイーン』。

その名の通り、アルダンと同じく名門メジロ家出身のウマ娘であり、そしてその非凡な血統と、それに恥じぬ類まれなる才覚から、未だデビュー前にも関わらずトレーナー陣の間で広く名が知れ渡っている、『メジロの秘蔵っ子』。

 

「初めまして、君の事はアルダンからよく聞いているよ。こんな所で会えるなんて、光栄だ」

「まあ、左様でしたか。私も僅かばかりですが、アルダンさんから貴方の事は伺っております。こちらこそ、お会いできて光栄ですわ」

 

これまた律儀に差し出された手を、軽く握る僕。なんだかイメージ通り、まるで精神の根に宿る品格が、とめどなく外側へ溢れ出ているような高貴さを感じる、そんなウマ娘だと、その真っ白な肌色を見て率直にそう思った。

 

「………………」

「……?いかがされましたか、アルダンさん?私の顔を、そんなに見つめられて……」

「ああ、いえ、なんでもありませんよ?申し訳ございませんが、この席、空いているのであればご相席させていただいても?」

「ええ、もちろんですわ。何故かどなたも座ってこられなくて、少し申し訳なく思っていたところでしたの」

 

彼女の向かい側、丁度二つ並んだ椅子を指さすアルダン。そりゃあ、まあ、こんなに高貴なオーラを醸し出している彼女と相席させてもらおうとする娘は、そうそういないだろう。

 

「あれ?君のその食事……」

「はい?何か?」

 

有難く椅子を拝借しようとしたその時に、僕の目に入り込んできたのは……彼女の、マックイーンの目の前に並ぶ、なんとも質素そうに見える食事たちであった。

 

「それが、今日のお昼?」

「ええ、今日というよりいつもの、ですけれど。鶏むね肉とブロッコリーのサラダに、少量の玄米、ゆで卵。それと飲み物は、豆乳、ですわ」

「ふふ、相変わらず見事なバランスの食事ですね?」

「確かに、お手本みたいなアスリート食だ……いつもって、もしかして毎日これなの?」

「ええ、厨房のスタッフさんにご協力頂き、毎日同じメニューをいただいております」

 

器用にフォークとナイフを使って、適度にボイルされた鶏むね肉を少しずつ、よく噛み締めながら……まるで、その豊富なタンパク質を余すことなくその肉体に取り込むように飲み込んでいく。食べているものもそうだが、その一連の所作からすら滲み出る、彼女のストイックな精神性。なるほど、これが『メジロマックイーン』か。

 

「しかし、今日に限っては流石にしんどいんじゃない?スイーツ、食べたかったりしないの?」

「………………スイーツ」

「……?」

 

優雅にナイフを扱っていた手が、不意にピタリと静止する。そのただならぬ雰囲気に慌てて口を開こうとする僕であったが、タッチの差、先に話し始めたのは彼女の、マックイーンの方であった。

 

「必要、ございません。私にはそのようなもの」

「えっ」

「私には使命がございます。メジロ家に、私の敬愛するメジロ家に再び、春の盾をもたらすという使命が。その使命を全うする為であれば、自分の何を切り捨てようと私は構いません。スイーツなど……もってのほか、ですわ」

「え、あ、えーと……」

「……ふふっ♪」

 

突然、シリアスに、けれども饒舌に語り始めたマックイーン。そのあまりの熱量にただただ気圧されるがまま、情けなく助けを求めてアルダンの顔色を覗き込む僕であった。が、なぜだかそんな様子を彼女は……メジロアルダンはなんとも微笑ましそうに見つめていたのだった。

 

「第一、まるで分かりませんわ。この学園に、トレセン学園に脚を踏み入れておきながらスイーツだなんだとうつつを抜かしている方々のお気持ちが。トゥインクルシリーズというものは弱肉強食の世界、少しでも気を抜けばまるでケーキバイキングの如く別の誰かに何もかも攫われてしまうようなこの場所で、少しでも楽しもう、青春を謳歌しよう、などという考えの方が、スイーツよりも何よりも、甘ったるくて仕方ありません。きっとそのような方々の精神というのは、まるでスプーンを入れた瞬間にとろりと形が崩れてしまう、まったりとしたパンプキンプリンのように不安定なのでしょうね。ああ、なんと美味しそ、ではなく、なんと嘆かわしいことでしょう……」

「ふふ、マックイーンは本当に、真面目な良い子、ですね♪」

「もちろん、メジロの名を継ぐものとして当然ですわ。私も、アルダンさんも、メジロの志を共にする者として、トレセン学園のこの現状……を……?」

「……ふふっ♪」

「………………ぎゃああああああああああああああああっ!?ですわぁ!?」

 

ここでようやく、彼女も気づいたらしい。同じメジロの名を継ぐもの、メジロアルダンが今まさに手にしているトレイ、その上に山盛りに積まれたものの正体を。

 

「もっ!もももっ、もうっ、申し訳ございませっ!わわ、私っ、何もアルダンさんを否定している訳ではなくってっ!そのっ!」

「大丈夫です、大丈夫ですよマックイーン?貴方が何を言いたいのかなんて、私もきちんと、解っています」

「あ、アルダンさん……」

「……本日中に、荷物をまとめさせて頂きます。名残惜しいですが仕方がありません。トレセン学園も、メジロ家も、私には相応しくない場所……なのですよね、マックイーン?」

「ぎゃーっ!?違います!違いますから!いやー!いいですわよねースイーツ!最高ですわー!美味ですわー!」

「ふふ、ま、冗談ですけど♪」

「いくらアルダンさんでも、やっていい事と悪い事があるというのはご存知で???」

 

小さく舌を出しながら優雅に椅子に腰掛けるアルダンと、口角をびくつかせながらその様を見つめるマックイーン。なるほど、この二人はこういうパワーバランスなのか……と、なんだか妙に腑に落ちた感覚を覚えながら、僕も続いて、アルダンの横に腰掛けた。

 

「しかし、それはそれとして。やはり先程の発言はいただけませんね?他人が楽しんでいるものに対して、頭ごなしに否定をするなんて、それこそメジロの風上にも置けません。めっ、です」

「うっ……それは、アルダンさんの言う通りですわね……申し訳ございません」

「わかればよろしい♪」

「しかし、本当に食べなくて大丈夫?無理してない?」

「……ええ、もちろんですわ。他の方への口出しはもう二度といたしませんが、私は大丈夫です。無理など、しておりませんわ」

「ふふ、流石マックイーン♪ではでは、私達は遠慮なく、いただきましょうか?」

「そうだね、それじゃ、いただきます」

「いただきます♪」

「…………」

 

……何となく、どこかから向けられている気がする視線を今は見ぬふりをして、目の前の山盛りのスイーツ達に向かい合う。さて、まずはどれからいただこうか……

 

「よし、じゃあ僕はスイートポテトからいこうかな」

「あら、では私はこのパンプキンパイを……」

 

「…………」

 

「……うわっ!美味っ!ねっとりとしたさつまいもの甘みが濃厚に舌と絡み合って、けれども全然くどくない、すっ、と口の中で溶けていくこの優しい口当たり……流石理事長が育てたおいもだなぁ……」

「んぅ……!パンプキンパイも美味しい……!ほろほろになるまで火を通した甘いかぼちゃとカスタードのもったり感が……こちらはいつまでも口の中に残って、噛めば噛むほど芳ばしさが引き立って、たまらない、です♪」

 

「………………」

 

「どれどれ、じゃあ今度はこの栗餡のどら焼きを……んーっ!美味い!餡自体の甘さを控えめにして、じっくり煮詰めた栗の甘みを引き立ててるんだ、凄いな……あれ?というかこれ、生地にまで刻んだ栗が入ってるね?ふわふわの中にちょっとこりこりした食感も混ざって……おお、たまらないなあ、これ……」

「では私は……リンゴのタルト・タタンを♪」

「えっ、タルト・タタンなんてあったんだ?」

「少し端の方にありましたよ?ああ、でも他のものより減りが速かったので、もしかしたらすぐなくなってしまうかも……」

 

「あの、お二人とも?」

「んっ?」

「はい、なんでしょう?」

「その……口を挟むのもどうかとは思いましたが。お二人は、いつもお食事の時はそのようにお話をされているのですか?」

「えっ?えーと、どうだろう。あんまり気にした事なかったなあ」

「でも、確かに私もトレーナーさんも、美味しいものを食べる時はいつもより饒舌になってしまうかもしれません……あ、ごめんなさい、少し騒々しかった、ですかね?」

「い、いえ、楽しくお食事されているのであれば、何より、ですわ」

 

そう、なんだか取り繕うように言い放ったマックイーンはそのまま、なんだか少し伏し目がちに、ゆで卵の殻を少しずつ少しずつ、ゆっくりと剥いていた。ちらりとアルダンの方に目を向けると、やはり彼女は先程と変わらぬ微笑ましそうな顔で、相変わらずのんびりとマックイーンのことを見つめていたのだった。

 

「うーむ、それではこのタルト・タタンはトレーナーさんに差し上げましょう」

「え?いいの?」

「良いのです、何故なら私にはとっておきの、この『和栗のモンブラン』がありますので♪」

 

「…………!?」

 

なんだかこれみよがしに、別口で彼女が用意していたお高そうなケーキ箱の中から現れたのは……あまりにも芳醇な香りを纏った、黄金色が眩しい、一つのモンブラン、であった。

 

「あっ!?もしかしてそれ今日のスイーツの中で唯一、どうしても十人分しか用意出来なかったって理事長が言ってた、最高級モンブランってやつ!?」

「そのとおり、です♪早朝に行われたジャンケン大会でなんとか勝ち残って、引換券を手に入れていたのです」

「うわーっ!凄い!いいなぁ……僕一回戦で負けちゃったんだよなぁ……」

「じ、ジャンケン大会!?そんなもの、いつの間に……はっ!?」

「……あら?」

 

思わず……といった面持ちで声を上げたマックイーンの顔を、なんとも嬉しそうに覗き込むアルダン。そのなんでも見通してしまいそうな透き通った瞳に、流石のマックイーンも、思わず虚空へと目線を移した。

 

「どうされましたか、マックイーン?そんなに大きな声を出して……」

「いっ!いえ!なんでもありませんわ!私の事は気にせず、お食事を続けてくださいませ!」

「あらあら、では気を取り直して……ご覧下さい、このてっぺんの栗。とっても大きいでしょう?この栗だけは学園内ではなく、京都で採れた最高級の丹波栗を使用しているそうなのです」

「えーっ!凄い!そうなんだ!」

「それにこの美しいマロンクリームは、理事長のお知り合いの三ツ星パティシエさん特製。なんと十年の研究の末辿り着いたレシピで作り上げた、門外不出の奇跡のクリームなのです!」

「十年!?途方もないなぁ……!」

「そしてなんと言ってもこの生地!この生地にはなんと……」

「なんと!?」

「あの!アルダンさん!先程から誰に向かって喋っているのですか!?」

「はい?もちろんトレーナーさんに、ですが?」

「どう聞いてもグルメ番組のナレーションでしてよ!?普段からこんなことしていたら流石に怖いですわ!?」

「あちゃー、バレたか」

「というかトレーナーさんも!今、アドリブでアルダンさんに合わせてましたの!?」

「えっ?いやいや、それほどでも……」

「褒めてませんわ!軽く引いてるんですの!」

 

テーブルから身を乗り出して、手際よく僕らにツッコミをいれてくるマックイーン。百戦錬磨の漫才師もかくやといった切れ味に、思わず感嘆の声を上げてしまう。

 

「まったくもう……どこかの黄金のおバカさんではあるまいし、アルダンさんらしくありませんわよ?」

「ふふふ、困らせてしまったのなら申し訳ございません。けれども、『らしくない』ですか……」

「は、はい?なんでしょう?」

「どうでしょうね?私から見れば、今のマックイーンの方が余程『らしくない』ように見受けられますけれども?」

「なっ……!?」

 

両の耳をピコンと立てる、どこかの誰かと似たような仕草を浮かべたマックイーン。何かを取り繕うようにコロコロ移り変わる表情に、僕も思わず、口元を押さえてしまう。

 

「な、何を急に、お菓子な……ゴホン……おかしな事をおっしゃいますの?私らしくないとは、い、一体……」

「モンブラン、そんなに見つめていたら、穴があいてしまいますよ♪」

「………………」

「それだけではありませんね?スイートポテトもパンプキンパイも、芋餡どら焼きも……全てに向けられた視線、ふふ、とってもお熱くて妬けてしまいます♪」

「い、いつから、気付いて……」

 

あ、本気でバレてないと思ってたんだ。

……なんて、余計な口を挟むのをなんとか我慢して、彼女達の話に耳を澄ます。

 

「ばあやの作ってくれた焼き菓子も、お父様達が買ってきてくれたケーキも、いつも一番に食いついていたのは、マックイーンでしたものね?」

「そっ、それは、子供の頃の話で……」

「けれども、私にとってはまるで昨日のように思い出せますよ。だからね、マックイーン?」

「…………」

「私の前であれば、いいのよ?私はなんでも、貴方の事ならなんでも解っているから、ね?」

 

小さく首を傾げながら、優しく、優しくマックイーンに語りかけるアルダン。ちらりと開いた窓の外から優しく吹き込んで来たのは、ふわりと花の香りを纏った、冷たい北風であった。

 

「……るい、ですわ……」

「……?」

 

「ずるいですわぁああ!皆して秋祭り秋祭りと!私が!一体!どんな思いで!減量に努めていると!」

 

「えっ、え、あ、アルダン?これ大丈夫?今にもこっちに食らいついてきそうな勢いなんだけど……」

「うふ、うふふふ……」

 

突如、頭を抱えながら天に向けて慟哭するマックイーン。と、そんな彼女の様子を眉ひとつ動かさずに笑顔で見守るアルダン。なんともカオスな光景に、思わず僕もたじろいでしまうが……

 

「あぁぁーっ!私も食べたいぃー!アップルパイに栗まんじゅう!ブドウのゼリーに大学いもーっ!」

「え、えっと、そんなに食べたいのなら少しぐらい……」

「ダメですわダメですわダメですわダメですわ今の体重まで落とすのにどれだけ苦労してきたとお思いですのせめてメイクデビューまではキープですのキープですの絶対絶対絶対絶対」

「あ、アルダンん……」

「ふふっ、仕方の無い子……♪」

 

あまりに壮絶な彼女の語りに、こちらまで涙が出てきたところで、ようやくアルダンが口を開く。彼女はまずそっとマックイーンに向き直り、優しく、優しく、まるで赤子に触れるように語りかけた。

 

「マックイーン、貴方の努力は、私もたんと見ていましたよ。だから、顔を上げて、胸を張って?」

「っ……あ、アルダンさん……申し訳ございません、お見苦しいところを……」

「見苦しくなんてありません。貴方は私達同年代のメジロのウマ娘達のなかで、一番真面目で、一番ストイックで、そして一番不器用な子、でしたから。そんな今の貴方からちゃんと、貴方らしい言葉が聴けた事、私はとっても、嬉しく思います」

「……アルダン、さん」

「だからね、これは私からのプレゼント。良いものを見せてくれたお礼です。どうか、受け取って下さい、マックイーン?」

 

「えっ?アルダン、それ……!」

 

そっと、優しい言葉を投げかけてから、彼女がマックイーンの目の前に差し出したのは……先程の、『和栗のモンブラン』であった。

 

「あ、アルダンさん、これは……」

「貴方のトレーナーさんにも、ばあやにも主治医にも、おばあ様にだって内緒にしておきます。ケーキの一つくらい、きっとバレやしないでしょうから、ね?」

「……本当に、貴方は凄い方ですね。アルダンさん」

「あら、褒め言葉であればいくらでも頂戴いたしますよ♪」

 

すっかり落ち着きを取り戻したマックイーンが、アルダンの瞳をじっと覗き込む。その様子をアルダンは、本当に、どのスイーツを食べた時よりも心底嬉しそうな笑顔で覗き返すのだった。

 

「本当に、これは、私の好きにしてよろしいのでしょうか?」

「ええ、もちろん」

「……本当に本当に、ですの?」

「ええ、ええ、栗からでもクリームからでも、お好きな所からかぶりついてくださいね♪」

「……かしこまりました、それでしたら」

 

「これは、このモンブランは、貴方にお返しいたしますわ、アルダンさん」

「……あら?」

 

そっと、ぶつけ合っていた視線を逸らしながら、マックイーンは再びアルダンの元へモンブランを差し出し返した。きょとんとした顔で再び戻ってきたモンブランを見つめるアルダンに対して、マックイーンは落ち着いて、けれども凛々しく言葉を紡ぎ出す。

 

「このモンブラン、限定十個ということは。きっとアルダンさんなりに努力して手に入れたのでしょう。昔から聡明で、他人をよく観察していた貴方の事です。『運が良かった』だけではない、恐らくそれ相応の策を用意して、実力で勝ち取った。そうでしょう?」

「……流石、マックイーン。ええ、その通りです」

「であれば、これを手にする資格は私にはありません。私はこのモンブラン争奪戦において、戦うことすら放棄した者なのです。メジロの誇りにかけて……いえ、ウマ娘の誇りにかけて。たとえおばあ様に言われたとしても、絶対に私は、このモンブランに口をつけるような事はいたしませんわ」

「…………」

 

先程とは打って変わって、目が眩むほど高貴なオーラを身に纏いながら、ハッキリと、真正面からアルダンに言い放つマックイーン。余りの物々しい雰囲気に、思わず僕も、息を飲む。

 

「それに、ですね、アルダンさん。確かに私はスイーツが大好きですわ。スイーツが大好きで、野球も、映画も大好き。けれどもそれらは単なる私の『性質』であって、『私らしさ』などでは、ありません。私らしく居る、とは、なんの努力もしていない素の自分を見せる……ことでは無いのだと、私は思いますわ」

「…………」

「私の思い描く、最も『私らしい』姿。それはただ一つ、四月の淀の舞台で、春の盾を誇らしく天に掲げる。そんな姿なのです。その為であれば、私のこの『夢』の為ならば、私は私の『性質』すら、全て捨てたって、構いませんわ」

「……マックイーン」

 

僕の頭にも、何故だか鮮明に思い浮かんだ彼女らしい姿。なるほど、そうか、これが『メジロマックイーン』。メジロ家の秘蔵っ子にして、メジロの名を、ウマ娘の歴史を次代へと進める者。まさしく、生まれるべくして産み落とされた『王者』の風格。

 

明確に、『個人』の力を、幸福を追い求める僕らとは相反する生き方。けれども、何故だろうか、彼女の言葉を聞いていると不思議と胸が熱くなってしまう。そしてそれは僕だけでない、僕の隣に腰掛ける、彼女も、メジロアルダンの瞳だって、また……

 

「…………むぅ」

 

あれ、なんか、思ってた反応と違うな。

 

「つ、強がらなくっても良いのですよ?マックイーン?確かにお気持ちは解りますが、他ならぬ私自身が食べて欲しいと願っているのですから……」

「つ、強がってなどおりませんわ?アルダンさん?ウマ娘たるもの、欲しいものは競い合って手に入れるもの、タダで手に入るものなど、どれだけ素晴らしいものでも、私にとっては無価値ですので……」

「ほらほら、見てください?この栗の艶。こんなに大きな栗をじーっくりと甘露煮にして甘みを引き出しているそうなのですよ?それに、先程はお伝え出来ませんでしたが、生地は……」

「あーあーあー!聞こえません聞こえませんわー!あー!ゆで卵美味しい!ゆで卵美味しいですわー!」

「卵!そうでした!生地にはまろやかな味が特徴である純国産の……」

「あーもうっ!さっきからなんなんですの!?人が!こんなに!こんなに我慢しているというのに!」

「やっぱり我慢しているんじゃないですか?ダメです、放っておけません。沢山食べないと大きくなれませんよ?」

 

ああ……アルダンまた変なスイッチ入ってる……こうなるととんでもなく頑固なんだよなぁ……

しかし、マックイーンもまた意固地になっているみたいだ、なんだこれ?これがメジロの血なのか?どうする、このままじゃ収拾がつかないぞ……考えろ、考えろ、僕……

 

「あ!それじゃあ……間を取って、僕が食べちゃおうかなー、なーんて……はは、はは……」

 

「…………」

「…………」

「では、間を取ってはんぶんこ、にしましょうか?」

「そう、ですわね。半分くらいなら、カロリーも問題ないはずですものね」

「……うん!よかったね!」

 

そうと決まれば善は急げ。手際よくアルダンはモンブランを真っ二つに切り分けて、片側を再びマックイーンの前に差し出した……うん、まあ、丸く収まったのなら何よりだ。

 

「さあ、マックイーン。召し上がれ?」

「…………」

「……マックイーン?」

「ああ、いえ、なんだか懐かしくって。昔はよくお屋敷で、皆でこうしてケーキやお菓子を分け合って食べておりましたね?」

「ええ、そうでしたね?」

「あの時間、きっともう二度と訪れないと思うと……少し、寂しい気持ちはあります、わね」

「ふふ、何を言っているのですか。私達は今でも、メジロという一つの炎を分け合った『家族』でしょう?」

「……!」

「そして、これだけは。この『家族』という『性質』だけは、捨てようと思ってもそうそう捨てられるものでは、ありません。だから」

「だから……?」

「辛い時は、苦しい時は、いつでも頼ってください。私は貴方の実の姉ではないけれど、けれども、間違いなく実の妹のように愛していますから……だから、今度は、そんな顔色になるまで無理はしないでくださいね?約束、ですよ?」

「……ふふ、ええ、ええ、もちろんですわ。ありがとうございます。アルダンさん……いえ、アルダン、姉様……」

「ふふふ♪」

 

本当に、敵わないな、アルダンには。ほんの少しだけ、自分自身すら気が付かないような顔色の悪さにいち早く気が付いて、そんな彼女を助ける為に、自分の楽しみにしていたモンブランまで差し出す、なんて。

 

「『家族』かあ」

「あら?憧れてしまいました?ではトレーナーさんは、末の弟という事で……♪」

「お、弟は、流石に嫌かなぁ……」

「あら?ではどのポジションがよろしいのでしょうか?」

「ど、どのって、それは……その、ええと……」

「ふふ、ふふふ♪」

「……あのー?もう食べてよろしいんでしょうか?」

「あっ!あ、う、うん!気にせず食べて!?」

「では、遠慮なく……いただきますわ」

 

少し呆れたような笑みを浮かべながら、彼女はそっとフォークで一切れ、モンブランを口に、運ぶ。

 

「………………」

「………………」

「………………」

「……なんという」

「?」

「なんというものを、食べさせてくれたのですか……なんという、ものを」

「ま、マックイーン?」

「こんなに美味しいモンブランは、食べたことありません……いえ、そうではありませんわ、何年か前に食べた記憶がある。美味しい、本当に美味しい……」

「だ、大丈夫ですか?マックイーン?」

「……!…………!」

 

ボロボロと、大粒の涙を流しながら、一口、もう一口とモンブランを口に運ぶマックイーン。その顔は、喜びだけでない。憂い、愛しみ、背徳。あらゆる感情をジャムになるまで煮詰めたような、複雑な表情を浮かべていた。

 

ダンッ……!

 

「………………」

「……お、美味しかった?」

「……リンゴのタルト・タタン」

「はい?」

「リンゴのタルト・タタンは、まだ、ございますの?」

「え、ええ、今すぐに行けば、恐らくは……」

「スイートポテトは?パンプキンパイは?どら焼きは!?いかがですか?いかがなんですの!?」

「マックイーン!?き、急に立ち上がって何を!?」

「もう!我慢の限界ですわ!一個食べてしまえばもう二個も十個も変わりません!待っていてくださいませ、私のスイーツ達ぃぃぃぃいい!!!」

 

ズドドドドドドド……!!!

 

「…………行っちゃったね」

「行ってしまいましたね」

「どうしよう……彼女のトレーナーに怒られちゃうかもなあ……」

「ふふふ、その時は私もご一緒に謝って差し上げますよ?」

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