メジロアルダン短編集『to the MEJIRO ARDAN』 作:いずさわ
「あ、次の交差点、右折です♪」
「つ、次?ひい!?車多い!」
「ゆっくり、ゆっくりで大丈夫ですよ?」
午前九時、爽やかな秋晴れに照らされる国道で。ピカピカのレンタカーを産まれたての子鹿のようにのろのろと走らせる僕と、そんな僕を助手席から生暖かい目で見守る、メジロアルダン。こうして彼女と共に車を走らせるのは、今日でだいたい三度目くらいだったか。
「ひえーっ!なんでこんなに車通り多いんだ?ここ、上級者向けステージだったりする?」
「おそらく、日曜日だからではないかと……」
「や、やっぱり電車にすれば良かったかなぁ……」
「あら、では本日はやめておきましょうか?」
「えっ?」
「大丈夫、ですよ?一面のコスモス畑、すごく見たかったのは確かですが、来年もきっと咲きますから、だから今日は……」
「……ううん、ごめんアルダン!僕、頑張る!」
「あら?ふふふ、がんばれがんばれ、です♪」
……少しだけ、いつもよりおめかしした、眩しい彼女の小さなエールに自分を奮い立たせる。秋、絶好の行楽日和。せっかく勇気を出して誘ったんだ、無理してでも、ちょっとぐらいいい所を見せなければ……
「……では、次の交差点を左折しましょうか、トレーナーさん?」
「ん?あれ?ここの国道入ったらずっとまっすぐじゃなかったっけ?」
「今調べたらですね、ちょっとだけ遠回りになりますが、車通りの少ない裏道があるそうなのです。トレーナーさん大変そうですし、こちらの方が良いかな、と思いまして」
「え?でも、着くの遅くなっちゃうよ?」
「せっかく少し早めに出たのですもの。無理せずのんびり行きましょう?」
「……う、うん、そう?」
なんて、無駄に気を張る僕の心を見透かすように。彼女はふわふわと軽い笑顔で僕の顔を覗き込む。いつもよりくっきりとしたアイラインに、桃色に染まったリップに、伸ばしたくなる腕を押さえつけるように僕はハンドルを握りしめた。
「……ほんとだ。確かにこっちの道は空いてるね?流石アルダン」
「ふふふ、褒めても何も出ませんよ?」
「いや、ほんとほんと。いいなあ、もしアルダンがこれから免許取ったら、きっと僕なんかより、ずっと運転上手くなっちゃうんだろうなぁ」
「あら、ではその時は、かわりばんこに運転して、今よりもっともっと遠くまでお出かけしてしまいましょうか?」
「そんな遠くまで行っちゃったら、日帰りで帰れなくなっちゃうよ?」
「ふふ、それもまた良し、です♪」
ちょっとだけ脇道に逸れて、街路樹が立ち並ぶ爽やかな通りを走る僕ら。コンビニで調達したコーヒーを口に含んで、カラカラに乾いた喉を潤す。なんともやっぱり、彼女に助けられてばかりの自分にはほとほと嫌気が差してくるが……そんな気持ちだけは気取られないように、僕はじっと目の前のアスファルトを見つめていた。
「しかし、とはいえ。果たして私に運転が出来るのでしょうか?トレーナーさんの様子を見ていると、なんだかとっても難しそうに思えます……」
「大丈夫だよ、運転なんて簡単簡単……なんて、僕が言っても説得力ないかぁ……でもほんとに、アルダンぐらい注意深くて、視野が広ければ余裕だと思うよ?」
「そう、ですかね?ふふ、それでは今のうちにトレーナーさんの運転を見て、予習させていただきますね?」
「反面教師にしかならないと思うけどねぇ……」
わざとらしく顎に手を置きながら、僕の運転をいたずらっぽく観察するアルダン。わざわざ僕の運転なんて見なくっても……というか、近いし……ううん……
「あら?ここのボタンは、あまり使っていないようですが……?」
「ああ、それは運転に関係ないからね。それはカーステレオのボタン。CDとかあれば、ここで流せるよ」
「まあ、それは素敵ですね……今度、おすすめのクラシックでも流してさしあげましょうか?」
「それは、ちょっと眠くなっちゃいそうだなあ……」
そういえば、彼女の育ちを思うと、車の中で音楽を流すなんて考えた事もないんだろうな、なんて。
なんだか、色んなものをスポンジのように簡単に吸収していく彼女の姿が、僕はすごく羨ましく思えた。
「しかし、このようなものがあるのなら、先に言ってくださればなにか用意しましたのに……」
「あ、あはは、ごめんね……あ、じゃあ代わりにラジオでも流す?」
「まあ、ラジオ……ですか?そういえば私、ラジオというものは生まれてこのかた一度も聴いたことがないのです……」
「まあ、なかなか聴こうと思わないと聴かないよね。かく言う僕も、最後に聴いたのいつだったか、わかんないぐらいだけどさ」
「一体、どういうものが放送されているのでしょうか?」
「百聞は一見にしかず、かな。そこのFM、ってボタン押してみて?」
「これ、ですか?」
慎重に、けれども堂々と、彼女は言われた通りにボタンを押す。わくわくそわそわ、なんて音が聴こえてきそうな表情がそこには浮かんでいたのだった。
『……て、今日の天気です。まずは東京、本日は一日中爽やかな秋晴れが続くでしょう、最高気温は……』
「まあ……!流れ始めました!すごいすごい……!」
「ふふっ、うんうん、すごいねぇ?」
流れ始めたのは、ただの公共放送の天気予報。けれども、たったそれだけのことで、まるで何らかの人類初の発明を成し遂げたかのように手を叩いて喜ぶ彼女の姿が……ただ、単純に、愛くるしく思えてしまう。悶えそうになる顔面を何とか取り繕いながら、僕はひたすら、ハンドルを強く握りしめた。
『全体的に11月としては暖かい気候ですが、昼と夜の寒暖差は……』
「しかし、今は天気予報しか流れないのでしょうか?有難くはあるのですが、前日にしっかり調べてきたので……」
「テレビと同じで、色々チャンネルがあるんだよ。本当は自分で周波数を合わせなきゃいけないんだけど、これは予め設定されてるみたい。そこのボタン、一回押してみて?」
「かしこまりました……えいっ♪」
『…………〜♪〜〜♫』
「……まあ、音楽が流れ始めましたよ!」
「おっ、やっぱりこういう番組もやってるんだね?」
流れ始めたのは、なんともトレンディな雰囲気の歌謡曲。そこまで馴染みはない、僕よりかなり上の世代のヒット曲のようだが、カーステレオの少し荒い音質がやたらと様になって、なんだか無性に懐かしい気分に浸ってしまう。
「あら?この曲は確か……」
「ん?知ってるの、アルダン?」
「ええ、マルゼンスキーさん主催のカラオケパーティーにお呼ばれした時に、マルゼンさんが歌っていたのを聴いたのです。とってもお上手でずっと耳に残っていたのですが、まさかこんな所で聴けるなんて……」
「へぇ、きっと誰かがリクエストしたんだろうねぇ」
「リクエスト?」
「番組宛にハガキとかメールとか送って、この曲を流してください〜ってリクエスト出来たりするんだよ。なんか、面白いシステムだよね」
「あら、それではもしかすると、この曲はマルゼンさんがリクエストしたものなのかもしれませんね?」
「あはは、確かにありえるかも……」
『〜♫…………マルゼンスキーの、トレンディ♡ドライブターイム!!』
「えっ」
『んー♡やっぱりこの曲、いつ聞いてもチョベリグよね〜!素敵なリクエスト、ありがチョンマゲ〜!』
「まあ!?まさかリクエストした側ではなく、受け付けた側だったとは……!」
「彼女、こういう仕事もしてるんだね……まあ、イメージ通りといえばイメージ通りか……」
突然聞こえてきた、聞き覚えのある激マブな……もとい、溌剌な声に二人して目を丸くする。その状況が可笑しくて、思わず笑ってしまいそうになる僕らに構わず、オーディオの中の彼女は話を続けた。
『さて!ここからはリスナーちゃん達のお便りを紹介していくわよ〜?』
「お便り、ですか?」
「曲のリクエストだけじゃなくて、パーソナリティに伝えたい事や聞いて欲しい話を送ったりもできるんだよ。お悩み相談とかもよくあるかな」
「まあ……!小説本などでもよく書いてありますものね、作者へのファンレターの宛先。あれと同じようなものでしょうか?」
「それは……どうだろう?」
『まずは〜……ラジオネーム・ニシン大好き君……マルゼンスキーさん、しもしも〜。ハァ〜イ!しもしも〜!』
「そういうの、あるんだ」
『先日、どうしても晩ごはんを作るのが面倒くさかったので、某出前サイトでごはんを注文したんです……ああ〜!あるあるよね〜、あたしも一人暮らしだから、晩ごはんは自分で作らなきゃいけないんだけれど……』
「あら、確かに……私達は寮住まいなので食堂がありますが、マルゼンさん、大変ですねぇ……あら、そういえばトレーナーさんも一人暮らしでしたね?」
「うんうん、分かるなあ……自分で作った方が健康にはいいのは分かってるけど。忙しい時はコンビニとか、そういうサイトとかに頼っちゃいがちなんだよねぇ……」
思わず、うんうんと大きく頷く僕。やっぱり、一人暮らしってみんなそうだよなあ……
『注文したのはハンバーガー。という訳で届いたものを早速一口!……すると、なんだか口の中に妙〜な違和感が……なんとハンバーガーの中には、私の苦手な生のタマネギがた〜っぷり……』
「う、うわぁ……」
「あらまあ……そんな所まで、なんだかすごくトレーナーさんに似てますね?」
『直接、タマネギ抜きでと注文出来るテイクアウトと違って、ちゃんと先に書いておかないといけないのを忘れていたのです……なんだか楽をしようとした天罰が下ったみたいで……これからはちょっとぐらい辛くても、ちゃんと自炊しようと思います……ウーン、それは災難だったわね〜?』
なんだかすごく我が身のように感じてしまって、思わず渋い顔になってしまう僕。けれども、なんだろうな、この感じ……
「こういうこと、僕だけじゃないんだなぁ。ちょっと、嬉しいかも」
「ふふふ、トレーナーさんと同じ悩みを抱えている方が日本のどこかにいるなんて、なんだか面白いですね?……けれど」
『けれども、あたしだって同じなんだもの。辛い時に無理なんて、しなくてもいいとあたしは思うわ?出前を使うのは悪い事なんかじゃない、次から気をつければいいだけよ?』
「……ふふ、先に言われてしまいましたね?流石、マルゼンさん」
「……ほんとに、ね?」
自分とは一切関係の無い、どこかの誰かに向けたメッセージ……けれども、なんだかすごく、僕に向けられた『救い』の言葉……なんて、勝手にそう思えてしまうのは。
「ラジオとは、とても素敵なものなのですね?」
「……ふふ、うん、そうだね?」
「こんな小さな失敗なんて、きっと恥ずかしくて周りには話せないでしょう。けれども、誰かに聞いて欲しい。誰かに聞かせて、納得して消化したい。そんなこともここでなら素直に吐き出せる。おまけに、同じようなもやつきを抱えている人を少しだけでも助けられるかもしれない、なんて……」
「……すごく、すごく優しい場所、なんだなぁ。確かに他じゃこんな所、無いかもね?」
「ふふふ、私もお便り、書いてみようかしら……あ、でも、トレーナーさん?」
『あ、でも、好き嫌いは良くないわよ〜?無理はしなくっていいケド、ちょ〜っとだけでも克服できるように頑張ること!おねーさんとのおやくそく、だゾ?』
「……です♪」
「ははは……善処します」
『と言うわけで、ニシン大好き君には、安全運転♡チョベリグお守り風ステッカーをプレゼント!次のお便りも、待ってるわね〜♡』
「安全運転♡チョベリグお守り風ステッカー?」
「ふふふ、なんでしょうそれ?気になりますね?」
「僕も、お便り送ってみようかな?」
なんだか、少しだけ軽くなった肩で風を切りながら、車通りの少ない裏道をのんびり進む。遠回りだって低速だって問題ないだろう。彼女と一緒なら、きっとここだって世界一『優しい場所』なのだから。
『それじゃ、次のお便りいくわよ〜?ラジオネーム・明日のわんこ君……マルゼンさん、しもしも〜。ハァーイ!しもしも〜!』
「毎回やるんだ、それ」
『先日、僕は仲の良い女の子とドライブに出かけたのです。正直運転は苦手なのですが、その子に助けられながら、遠回りを繰り返しつつなんとか目的地まで辿り着けました』
「あらあら、またトレーナーさんみたいな方ですね?」
「ふふふ、確かに、丁度今日の僕らみたいな……」
『あら?……ここからが本題なのですが、実は僕は、その子の事が、大好きなのです……!?』
「………………」
「………………」
『何を隠そう、今回はその子に告白しようと勇気を振り絞って誘った……のですが、いつもよりおめかししてきたその子につい見とれてしまい、すっかり告白するタイミングを逃してしまいました……マルゼンさん、お願いです。こんな僕になにかアドバイスをくださいませんか……』
「………………」
「………………」
『きゃ〜っ♡なによそれ〜!すっごくトレンディなロマンスじゃなぁ〜い!よぉーし、お姉さん張り切ってアドバイスしたげる!やっぱり女の子は少しくらいガツガツした男の子に弱いものだから、ちゃ〜んと自分から……』
「あっ、あ、な、なんか暑いね?ははは、窓、窓開ける?」
「あっ、あ、そ、そうですね?わた、私が開けますので、トレーナーさんは……あら?ここは……」
「どっ、ど、どうしたの?あ、アルダン?」
「……ああっ!こ、こっちじゃありませんトレーナーさん!一つ前の交差点で国道に戻らなかったので、全く別の道に入ってしまってます!」
「えっ?ええ!?ちょ!ゆ、Uターン!ってダメだ!ここUターン出来ない!うわーっ!やっぱり運転は懲り懲りだぁーっ!」