メジロアルダン短編集『to the MEJIRO ARDAN』   作:いずさわ

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その『炎』は、永遠に。




2024/10
インフェルノ(+メジロブライト)


コ──ン…………

 

コ──ン…………

 

コ──ン…………

 

 

「…………?」

 

いつも通りの昼下がり、トレーナー室で一人黙々と仕事をこなしていた僕の耳に、響いてきたノックの……ノック?今のは、ノックなのか?

 

「……ど、どうぞ?」

 

あんまり自信は無かったが、とりあえずドアに向かって声をかけてみる。来客でなかった時の方が怖いので、出来ればノックだったらいいなぁ……

 

 

 

 

 

 

 

「…………………………あれ?」

 

ガラガラガラッ!

 

「うおおおっ!?」

 

 

「失礼いたします〜、こちらに、アルダンお姉さまは……あら?失礼いたしました〜。お昼寝中、でしたでしょうか〜?」

 

「…………まあ、そんなところかな」

 

妙な間を挟んでから、唐突に開かれたドアの音。驚いて飛び上がって、バランスを崩してすっ転んだ僕を、『彼女』はなんとも不可思議そうな瞳で見つめていた。

 

「うふふ、本日は良い天気ですものねぇ。お気持ちはわかりますが、おやすみされるのなら、硬い床ではなく、柔らかいベットの上をおすすめいたしますわ〜?」

「ああ、うん、そうだね、参考にさせてもらうよ……ところで君は確か、えーと……」

 

くすくすと、なんともお上品に口元を押さえながら笑う彼女の姿を、よろよろと起き上がりながら、しかと見つめる。なんだかまったりとした雰囲気の琥珀色の瞳に、ボリュームのあるブラウンの髪。確か、そうだ、彼女の名前は……

 

「あ、『メジロブライト』?」

「はい〜、メジロブライトですわ〜。以後、お見知り置きを〜」

 

ご丁寧に、スカートの裾を軽く持ち上げながら会釈をしてくる彼女に、慌ててこちらもペコペコと二、三度頭を下げる。

『メジロブライト』、我が担当ウマ娘であるメジロアルダンの後輩であり、なおかつその冠した名前通り、アルダン同様、名門『メジロ家』出身のウマ娘である。

メイクデビューはまだまだ先と聞いているが、以前、アルダンに見せてもらったメジロ家の集合写真の事を記憶から掘り起こし、かろうじてその顔と名前を一致させる事が出来たのだった。

 

「……あら〜、ここは、なんだかとても、居心地が良さそうなお部屋ですね〜?可愛らしい小物も、こんなにたくさん……」

「ああ、その辺の飾り付けなら、ほとんどアルダンと出かけた時に記念に買ったやつだよ。改めて見たら、確かに随分増えてきたなぁ」

「まあ〜、そうでしたかぁ、うふふ〜、貴方、ずいぶんアルダンお姉さまとなかよし、なのですねぇ?」

「仲良……うーん、まあ、一般的なウマ娘とトレーナーよりは、仲良しなの、かな?」

「……………………」

「……?」

「……まあ、もしや貴方が、アルダンお姉さまのトレーナーさま、なのですか〜?」

「えっ、今まで誰だと思って喋ってたの?」

 

なんというか……なんとも、掴みどころのない娘だなぁ……アルダンだって少しだけふんわりした所はあるけど、この娘のそれは、更に段違いのふわっふわである。他者と競い合う事こそ本懐、という価値観の娘が多いトレセン学園において、これ程おっとりとした性格の娘というのはなかなか珍しいように思える。

 

「ふふふ、いつもアルダンお姉さまがお世話になっております〜」

「ああ、いやいやこちらこそ。アルダンにはいつもお世話になってるよ」

「デビューしてからというもの、アルダンお姉さまったら、いつもご自身のトレーナーさまのお話ばかりされていましたから。一度、お会いしてみたいと思っておりました〜」

「え?そうなの?」

「ええ、そして今、実際にお会いしてみて分かりました〜。確かに、お姉さまがお話されていた通りの……」

「は、話してた通りの……?」

「……ほわぁ?そういえば、アルダンお姉さまはどちらにおられますでしょうか〜?」

「えっ、何!?怖い!中途半端でやめないでほしい!」

 

なんだか無駄にヤキモキさせられている、こちらの気を知ってか知らずか……相変わらずマイペースに辺りを見回すメジロブライト。こんな狭い部屋の中、わざわざアルダンが隠れている訳はないのだが……まあいいや。

 

「あ、アルダンなら……クラスの係の仕事で、四時ぐらいにならないとここには来ないよ?」

「まあ〜、左様でございましたか〜?」

「うん、あと一時間近くあるし、急ぎの用事なら彼女のクラスに行ったほうがいいかもね?」

「あら、お気遣いありがとうございます〜。それほど急ぐことでもございませんので、少し、その辺りで時間を潰しておりますね〜?」

「うんうん、それじゃ、僕もこのへんで……」

 

再び、お互いに会釈を返しあってから、僕は仕事を再開すべく目の前のパソコンに向かい合う。しかし、そうだな、メジロブライトかぁ……

なんとも、なんとも不思議な雰囲気の娘だったなあ。なんて、彼女の姿を頭の中で反芻する。不思議だけれども、何故だかやっぱり、嫌な感じはこれっぽちもしなかった。のんびりおっとり落ち着いたあの姿、毎日忙しなく動き回り続ける僕にとっては、少しだけ羨ましくも思える。

 

「ふんふ〜ん……♪ふふふ〜ん……♪」

 

「……こういう時間も、必要なのかもなぁ」

 

ソファに腰掛けながら上機嫌に鼻歌を歌う彼女をちらりと見て、やはり僕が思うのは、我が担当ウマ娘、メジロアルダンのことだった。そうだよな、僕の方がこんなに忙しなくしてては、彼女だって休まるものも休まらない、か。僕だってもっと程々に……

 

「えっ」

「はい〜?いかがされましたか〜?」

「あ、いや、な、なんでも……」

「うふふ、アルダンお姉さまのトレーナーさまは、なんだか変わったお方ですね〜?」

「ははは、まあ、よく言われるかな……?」

 

彼女に……メジロブライトに引きつった笑みを返した後、僕はそっと、見慣れた天井に目を移した。

 

…………『その辺り』って、この部屋の中の話、だったのかぁ……

 

「……ほぁぁ」

「…………」

 

鼻歌をやめて、今度は部屋の飾り付けを黙って見つめるメジロブライト。を、再び視界に収める僕。遠くで鳴いてる小鳥の声すらくっきり聞こえる程静まり返った室内で、僕はひたすら思考を巡らせていた。

 

これ、何か話をした方がいいのか?

 

と、思ったはいいものの……なんとも、言葉が出てこない。気の利いた話題振り……とは言わないまでも、何かしら雑談のネタのひとつでもないかと頭を捻るが、これといったアイデアが閃かない。初対面の相手と会話を続けるのは、やっぱりどうも苦手である。本当に、アルダンがこの場にいてくれたらどんなに良かっただろう。

 

「……ふふふ〜」

「…………」

 

……しかし、まあ、なんだ。今日に限れば、そんなに気にすることもないか。なんだか彼女、全然こっちの事気にしてなさそうだし。きっと彼女には彼女の世界がありそうだし、そっとしておいた方が、きっと向こうだって楽だろう。

なんて、誰に聞かれている訳でもないのに心の中で言い訳をしてから、改めてパソコンに向かい合う。そうだな、これだって適材適所。苦手な事なんて、無理にやるものじゃない……

 

……もし、こういう場面に出くわしたとき、アルダンだったらどうするのだろう。

 

「……ねえ、ブライト?」

「はい〜?いかが致しましたでしょうか?」

「あ、その、コーヒーと紅茶なら、どっちが好き?」

「そうですねぇ、やはりわたくしは、お紅茶の方が好きですわね〜?」

「ん、おっけー。僕あんまり詳しくないけど、アルダンが飲んでるやつでいいかな?」

「まあ〜?よろしいのですか〜?」

「僕も丁度休憩したかったからさ?ちょっとだけ、お茶でもしない?」

 

 

──────────────

 

 

「はい、どうぞ?」

「まあ〜、誠に感謝いたします〜」

 

ほわほわと湯気をたてる、紅茶の香りを存分に感じながら。それを出来うる限り、静かに彼女の目の前に置く。こんないい所のお嬢様に紅茶を淹れることになろうとは、内心気が気でない……が、そういえばアルダンに初めて料理を振舞った時も同じこと考えてたっけ、なんて思い出して、少し可笑しくなってくる。

 

「あら?このお紅茶……」

「え?ど、どうしたの?苦手だった?」

「いいえ〜、けれども、少し意外でしたわ〜。入学前、メジロのお屋敷におられた頃にアルダンお姉さまがいつも飲んでいたものと、違う種類でしたので〜」

「え?そうなの?」

「ええ、お屋敷にいた頃のお姉さまは、いつも決まって、同じ種類のお紅茶を飲んでおられました〜」

「へえ、それはなんだか意外だなあ。アルダンはいつも、新商品とか新しいものを躊躇いなく買ってくるんだよね。この紅茶だって、初めて寄ったお茶屋さんで見た事がないものがあったからー……って言って、興味本位で買ってきたものらしいよ?」

「まあ〜、わたくし、アルダンお姉さまはすごくこだわりの強い方だと思っておりました〜。意外とそうでもなかったのか、それとも……」

「それとも?」

「……うふふ、いいえ〜、なんでもありませんわ〜?」

「あ、そ、そう?」

 

さっきからずっと、肝心な所が読めない娘だなぁ……もしかして意外と、相当な切れ者だったりする、のか?まあ、それは置いといて……

 

「なんか、あれだね。アルダンのトレーナーになって結構経つけど、まだまだ知らない事も沢山あるんだなあ……」

「そうですねぇ、『ウマ娘3日合わざれば刮目して見よ』なんて、言いますものね〜」

「それ、使い方合ってるかな……?まあいいや、せっかくだしさ、良ければ君やアルダンの入学前の話、色々聞かせて欲しいな?」

「まあ、まあ〜。ええ、わたくしでよろしければ、是非〜」

 

ついでに淹れたカップなみなみのコーヒーもテーブルに置いて、彼女の向かいに腰掛ける僕。彼女と僕の共通の話題といえば、間違いなく、これしかないだろう。

 

「メジロのお屋敷っていうと、あの、北海道、羊蹄山の麓のとこだよね?そこで二人、よく遊んでたの?」

「ええ、ええ。アルダンお姉さまにはたくさんたくさん遊んでいただきましたわ〜。絵本の読み聞かせに、一緒にお姫様の映画を見たこともありました〜。みんなでかるたを遊んだときは、いつもアルダンお姉様か一番で私が最下位でしたわね〜」

「あー、それはなんだか今と変わらないね。僕も前、アルダンに百人一首でボコボコにされちゃってさ?」

「まあ〜、それでは今度、二人がかりでリベンジしてみましょうか〜?」

「うーん、多分それでも勝てるか怪しいなぁ……」

 

ほわほわと、なんだかぬるめの風をまといながら情緒たっぷりに話すメジロブライト。つられてこちらも、なんだか語尾が緩んでしまう。品性に溢れたこの感じ、そうだな、確かにこの子もアルダンも、進む道は違えど同じ『メジロ』を源流としているんだな。なんて、そんな実感をありありと感じた。

 

「ああ、それと一番思い出深いのは……お屋敷の庭園を一緒にお散歩したことかしら〜?」

「へえ、お屋敷の庭園かぁ」

「ええ〜。お屋敷の庭園、とっても広いので皆すぐに走って先に行ってしまうのですが、アルダンお姉さまはずっと私にあわせて、のんびり歩いてくれたのです。お庭に植えられているお花の名前を沢山教えてくださったり、ご一緒にお歌を歌ったり……」

「ふふふ、ほんとに楽しかったんだねぇ。メジロの庭園かぁ……きっと、すごく綺麗なんだろうなあ……」

「あら〜?アルダンお姉さまのトレーナーさまは、メジロのお屋敷、行かれたことは無いのですか〜?」

「ああ、うん。ご挨拶ぐらいはしとかないと……と思って、アルダンのトレーナーになったばかりの頃、彼女に相談した事があったんだけど……」

「はい〜」

「……その必要はないって言われてね?貴方はメジロ家のことなんて気にしなくても良いって、トレーニングの時も、それ以外の時も、何も気にせずにやって欲しいのだ……って」

 

そんなことをぽつぽつと口にしながら、ぼんやりと彼女のトレーナーになってからのことを思い出してみた。思えば、それからというもの彼女自身から『メジロ家』の名を口にしたことは、ほとんどなかったような気がする。それは……その事は、一体何を意味するのだろう。

 

「………………」

「……ブライト?」

「あら、ふふふ、左様でございましたか〜?なんだかもったいないですわ〜、あんなにも綺麗な景色を、見たことがないだなんて〜」

「まあ、遠いからねぇ北海道。きっと今はそんな場合じゃないだろう……ってこと、なんじゃないかな?」

 

少しだけ、ほんの少しだけ、メジロブライトは何かを考え込むような素振りを見せて……いや、多分、恐らくだけど、なんだか今までと違うような、意図的な間を取ってから話し始める。

 

「……ふふ、ほんとうに、良い所なのですよ〜、メジロのお屋敷……」

「ああ、うん、そうみたいだねぇ。君の言葉で、まじまじと伝わってくるよ」

「まだまだ、わたくしの言葉だけではとても伝えきれませんわ〜?羊蹄山から流れてくる緩やかな冷たい風に、お日様に照らされて、まるで干したてで暖かなシーツのように香る芝生。そして周りには、志を共にする、同じメジロのウマ娘達……ほんとうにほんとうに、時間を忘れる程綺麗で居心地の良い所、なのです〜」

 

先程までよりほんの少しだけ早口で、大きな身振り手振りを加えながら語ってくれるメジロブライト。なんとも微笑ましい光景、なのだが……

 

「……本当に、君は『メジロ』が好きなんだね?」

「……ええ、ええ、もちろんですわ。わたくしは、わたくしは『メジロ』が大好き、ですの」

 

僕の口から、何気なくこぼれ落ちた言葉に反応して、笑顔で応えるメジロブライト。

その語尾には……やはり、どうしようもない『焦り』を感じた。

 

「ねえ、ブライト、メジロブライト」

「はい〜?なんでしょう?」

「本当に、他意の無い質問なんだけど。君は……何を目指して、この学園に入学したの?」

「………………」

 

意図は……間違いない、伝わっている。やっぱりただののんびり屋、という訳じゃないらしい。

しばらく、彼女は自らの口元に人差し指を置いて、しばらく考えてから、ゆっくりと口を開いた。

 

 

「メジロ家を、わたくしの愛するメジロ家を。『永遠』に輝かせるため、ですわ」

 

 

彼女の瞳が、一際輝く。何千年もの思いを閉じ込めたかのような、琥珀色の瞳が。

 

「『永遠』か……」

「ええ、少し、子供っぽ過ぎたでしょうか〜?」

「いいや、分かるよ。気持ちはすごく、分かる。けど……」

 

けど、果たしてどうなのだろう。それは本当に彼女が……『メジロブライト』が背負うべきものなのだろうか。

メジロの至宝、メジロラモーヌがトリプルティアラを掴み取ったことは、まだまだ記憶に新しい。アルダンだって現在進行形でトゥインクルシリーズを駆け抜けているし、それについ最近では、メジロの秘蔵っ子と称されるメジロライアンにメジロマックイーンが、メイクデビューに向けて調整を始めた。なんて噂も耳にする。

彼女が心配などせずとも、『メジロ』の名を冠したウマ娘達は、今も、これからも走り続ける。それをわざわざ、『個人』の人生を賭けて、責任を持って守ろうとする。そんな必要が、本当にあるのか……

 

「ふふ〜、分かっておりますよ〜?」

「えっ?」

「『こんなにどんくさそうなウマ娘、デビューした所で本当に勝てるのか〜?』なんて、そうお思いなのでしょう〜?」

「いやいやいやいや!そんな事思ってないからね!?」

 

変わらぬ、ほわほわとした笑顔でそんな事を話し出すメジロブライト……やっぱりなんとも、読めないなぁ……

 

「自分でも、分かっております〜。他のお姉さま方に比べて、わたくしは圧倒的に凡人である事……そもそもデビュー出来るかどうかすら怪しい程、身体能力もレースのセンスも無い。ということは〜」

「…………」

 

そんな事はないだろう。というのが、間違いなく僕の本心。もちろん彼女の走りは見たことがないのだが、少なくともその穏やかさ、落ち着きぶり……即ち、他人に自らの感情を『読ませない』仕草は、間違いなくレースに、特に長い距離のレースに向いているように思える。

……が、そんな事は恐らく今の本題では無いのだろう。開きかけた口をまた噤んで、僕は彼女の言葉に耳を傾ける。

 

「それでも、わたくしは背負いたいのです……今まで、ずっとわたくしを照らしてくれた、メジロという名の『炎』を……」

「炎?」

「ええ。きっとメジロ家というのは、大きな焚き火のようなものだと、わたくしは考えます。ずっと昔から燃え続け、それが目印となりたくさんの人が集まってくる……その光はとても暖かくて、にぎやかで……それがあったから、皆さまよりゆっくりにしか進むことの出来ないわたくしでも、道に迷わす、凍えずに、今日まで、生きてこられたのです」

「……なるほど、ね」

 

彼女の言葉を聞いて、ぼんやりと想像してみる。メジロという名の『炎』。

我が担当ウマ娘、メジロアルダンだってきっとそうだ。人よりもか弱い身体で生まれてきた彼女が、今ここでトゥインクルシリーズを戦える程まで成長することが出来たのは……間違いなく、時にその暖かさで傷付いた身体を温め癒し、時にその猛るような熱で外敵を追い払ってくれた、『炎』のおかげ、なのだろう。

 

「けれども、とある日。わたくしは気付いてしまったのです。その炎は決して『永遠』のものでは無いのだ……と」

「…………」

「その炎の中、目を凝らして見れば……今まさに、その炎を絶やさんと。『薪』となり、必死に燃え盛るお姉さま方の姿が、見えたのです」

「……ああ、なるほど」

「それに、わたくしと共にその炎を見つめていたお姉さま方も、同じように次々とその灼熱の中へと身を投じていきました。わたくしにはその様が、なんだか……なんだかひどく、『眩く』見えたのです」

 

我々の祖先が火を起こして、文明を興してきたように。

自らが起こした火によって子供たちを温め、育み、そうして逞しく成長した子たちが自らで火を起こし、更にその子たちを育む。綿々と燃え盛り拡がっていく『炎』。それこそが『家』というものの本質、なのだろう。

 

「わたくしも、あの炎が発する光の一端と成りたい……向いていない、ということは重々承知しておりましたが、それでも……わたくし、いても立っても、いられなかったのです。この炎を、わたくしの愛する『メジロ家』を、わたくし自身の脚で、永遠のものとしたかった」

 

一本一本の薪が起こす『火』は、すぐに燃え尽き消え去る宿命。しかし、それを積み重ねて、いつまでも潰えぬ『炎』とする。それが、彼女の信じる『永遠』か。

間違いなく、彼女の考えは理解できた。そうだ『理解』は、できた。

 

「……うふふ〜、それに、ですね〜?」

「?」

「わたくし、アルダンお姉さまのトレーナーさまが見つかって、メイクデビューを果たすとお聞きした時……とってもとっても、嬉しかったんです〜」

「あら?そうなの?」

 

不意に、今まで通りのふわふわな調子に戻ったメジロブライトは、僕に向かって身を乗り出しながらそんなことを話し始める。

 

「ええ、ええ〜。なかなかデビューが出来ずに苦しむアルダンお姉さまを、いつも見ておりましたから〜。それにですね〜?」

「それに?」

「……勇気を、いただけたのです〜。未だデビューの見通しも立たないわたくしにも、きっといつか、チャンスが巡って来るのだと……そして、もしその時が来たら、あの日と同じように、同じ場所を目指して……ご一緒にのんびりと歩んでいただけるのだと……」

 

 

「そう、思って、おりました」

 

 

「っ……ぶ、ブライト……?」

 

突然、僕の目の前で、メジロブライトはパチリと瞳を開いた。何千年もの思いを閉じ込めたかのような琥珀色の瞳が、ちっぽけな僕の瞳を、まじまじと映し出す。

 

「……アルダンお姉さまの、トレーナーさま?」

「う、うん」

「貴方は……『メジロ』を、愛しておりますでしょうか?」

「……………………」

 

……ほんっと、よく『視えてる』なぁ……間違いなく彼女は、一流のウマ娘になる。そんな確信が、僕の中に芽生えた。

 

「……まず、間違いなく。『尊敬』と『感謝』はしている。あれだけ激しく揺れ動くトゥインクルシリーズの歴史において、あれだけ偉大な成績を残し続けるというのは、僕なんかが語るのも烏滸がましいほど凄まじいことだし。そのお陰で、僕は彼女に……アルダンに巡り会えた。本当に、心の底から感謝してるよ」

「…………」

「その上で、本当に申し訳ないけど、そうだ。僕は『メジロ』という家自体は、愛していない。僕が本当に愛して、守り育みたいのは、『メジロアルダン』という一人のウマ娘、ただ、それだけだ」

「……!」

 

決して躊躇せず、彼女の瞳に向かって真っ直ぐに僕は宣誓する。それこそが彼女に対する……心から『メジロ』という家そのものを愛する、彼女に対する礼儀だと、そう、思ったからだ。

 

「勿論、共に歩んでいける限りは、仲良くありたいと思う。けれども、もし、万が一。『メジロ』という家が『メジロアルダン』という個人の道を阻む日が訪れたとしたら。世界でただ一人だとしても、僕は『メジロアルダン』の味方でいる。そう、思っているよ」

 

生命の灯を薪にして、それを繋いで、繋いで繋いで繋いで。そうして遥か未来を目指すのが『メジロの永遠』なのだとしたら。それは僕の望む永遠では無い。

メジロアルダンという一輪の火が、その姿かたちを保ったまま、まるで太陽の如く広く永く燃え続ける。そんな彼女で眩く照らされた世界こそ、僕の望む『メジロアルダンの永遠』だ。

 

「……………………」

「……………………」

「……………………」

「…………ほわぁ?」

「あっ、あっ!つまりっ!全然!今は君と争うつもりは無いってこと!」

 

大きくまるく、ぽかんと口を開けた彼女の表情に気がついて、思いっきり我に返る僕。いけないいけない、またつい入り込み過ぎてしまったらしい……

 

「……うふふ〜。ええ、なんとな〜くわたくしもわかりましたわ〜?貴方、アルダンお姉さまのことが、ほんとうに大好き、なのですね〜?」

「えっ!?えと、いや好きっていうかなんというかこう指導者と競技者として一蓮托生というか」

「ほわ?つい先程、『愛している』と仰ったではないですか〜?」

「そっ……!れは……その……そうだけど……」

「……ふ、うふふっ!うふふふっ!」

 

何かがツボに入ったように、軽く涙目を浮かべながら笑うメジロブライト……やっぱり、どうしたって読めない娘だなぁ……大きくまるく、ぽかんと口を開けながら、僕はしばらく、呆気に取られていた。

 

「……ようやく、安心いたしました〜。アルダンお姉さまのトレーナーさまが、ちゃんと『良き』お方で、ほんとうによかったですわ〜?」

「良き、お方?」

「……明かりに集ってくるのは、憧れを持った者だけでは無い、ということ、ですわ〜。『飛んで火に入る夏の虫』……と、いうものです〜」

「……なんか違う気がするけど、まあ、大体分かったよ」

 

思い出したのは、出会ったばかりの頃のアルダンの姿。沢山の『心無い声』に疲弊し傷付き、無軌道な怒りの炎をその身に宿してしまった、物悲しげな、姿。そして、そうか。きっと、彼女もまた……

 

「……ほわ……たくさん喋ったからかしら〜。喉が乾いてしまいましたわ〜?」

「えっ?あ、そういえば、紅茶……」

「……まあ〜、すっかりぬる〜くなってしまっておりますわね〜?」

「あらら、ちょっと待ってね?すぐ淹れなおすから……」

「うふふ〜、ご心配なく〜。いつものことですし……わたくし、ぬる〜いお紅茶でも、なんでも美味しくいただけますわ〜」

「あ、そ、そう?」

 

……そんな僕の思いにも、何者にも囚われず、彼女はただゆっくりと、優雅にカップを口に運ぶ。

やっぱりこういう時間も、必要なのかもなぁ。不安や怒りや苦しみから少しだけ目を逸らして、ただただ、穏やかに燃える炎の前で温まるような、そんな時間も。

 

「しかし、メジロのお屋敷かあ。そんなにいい所なら、俄然僕も気になってきたなぁ。今度、改めてアルダンに頼んで……」

「………………」

「……ブライト?どうかした?」

「……申し訳、ございません〜。一つ、前言撤回、させていただきますね〜……」

「ん?なに?どういうこと?」

「このお紅茶……わたくしのお口には合わないようです〜……!お味が濃くて、まるで舌がしびれてしまいそうでして〜……!」

「えっ!?ええと……!?ちょ、ちょっと待って!水、水は……」

 

 

コン、コン、コン。

 

 

「……!アルダン?」

 

ガラガラガラ……

 

「ふふふ、お待たせいたしました、トレーナーさん♪思ったよりもお時間がかかってしまい……」

 

「ふええ〜!アルダンお姉さま〜!」

「……まあ!?ブライト!?」

 

 

──────────────

 

 

「んぐ、んぐ、んぐ……はぁ……助かりましたわ〜……ありがとうございます、アルダンお姉さま〜」

「あらら、これを飲んでしまったのね……よしよし、もう大丈夫ですよ?」

「ご、ごめんね……僕がよく分からずに淹れちゃったから……」

 

アルダンの持っていた水筒の水を、ゆっくりゆっくりと飲み干して……ようやく、落ち着きを取り戻したメジロブライト。アルダンに優しく頭を撫でられるその姿は、まるでまだまだ甘えたい盛りの妹のようだった。

 

「この茶葉は、一度冷めてしまうと渋みが増してしまうのです。なので……ブライトには、不向きでしたかね?」

「……いいえ〜、よく調べずに飲んでしまったわたくしのせいですので〜……どうかおふたりとも、お気を落とさないでください〜」

「あらあら……それにしても、まさかここにブライトがいるなんて……一体、どんなお話をされていたのです?」

「……ああ〜、そうですわ、お姉さまのトレーナーさまったら、先程アルダンお姉さまのことを……」

「うわーっ!いい!いい!余計な事言わなくて!」

「……ふふっ、仲良しなのであれば、何よりです♪」

 

くすくすと朗らかに笑うアルダンの顔が視界に入って、つい、目を逸らしてしまう。まるで直視できないほどの輝きを放つその瞳は、まさしく、太陽のようであった。

 

「……ねえ、アルダンお姉さま?」

「んー?どうしましたか、ブライト?」

「お姉さまは、『メジロ』のこと……好き、でしょうか〜……?」

「…………そうねぇ……」

 

ちらりと僕の表情を覗き込んで……それで全て察したのか、どうなのか。アルダンはしばし唇に手を置いてから、それから、優しく話し始めた。

 

「ええ、大好きですよ?私の、世界でたった一つの『故郷』ですから」

「…………ふるさと、ですか」

「そう、『故郷』。あそこにはいい思い出も……そうでない思い出も、沢山あるけれど。それら全て、私の中で『火種』となって燃え続けていますから……」

「火種……?」

「ええ、貴方にとっては遠く離れていく、薄情な光なのかもしれない。けれども、元は同じ火種を分け合った、『メジロ』の光なのです。私達メジロのウマ娘がひとところに留まることなく、日本中、世界中、各々の場所で各々の思うまま輝きを放つ。そうしたら、もしかしたらいつの日にか、世界中があの庭園のような、綺麗で居心地の良い場所になってしまうかも……なんて、ふふ、とっても素敵だとは思いませんか?」

「……!アルダン、お姉さま……!」

「だからね、ブライト?」

「は、はい……?」

「……あの庭園は、あの場所は、貴方に『任せました』よ?どうか、私達の思い出を、いつまでも守っていてくださいね?」

「……は、はぃ……はぃぃ……アルダン……お姉さま……」

「もう、泣かないの……貴方はちゃんと、一人前のウマ娘なのですから……」

 

うるうると、ゆっくりと涙を流すメジロブライト。そしてその頭を柔らかく撫でる、メジロアルダン。

きっと、彼女達が歩幅を合わせてゆっくりと散歩をする日は、もう訪れないのかもしれない。次に肩を並べる時は……もしかしたら、ターフの上なのかも、しれない。

けれども、それでいい。そうして互いに熱量を上げていった先、何もかもを燃やし尽くしたその先に……きっと、今よりももっともっと見晴らしの良い、澄み渡った『永遠』が広がっているはずだから。

 

「……こうしては、いられませんわ〜!」

「うわっ!?何っ!?」

「急に立ち上がると、危ないですよ?」

「ありがとうございました〜、アルダンお姉さま、お姉さまのトレーナーさま。わたくし……わたくし、強くなります〜。アルダンお姉さまを倒せるぐらい、強く、強くなってみせますわ〜!」

「あらあら、望むところです♪」

「まずは……まずは〜……何をすれば良いのでしょうか〜?」

「え、ええと……そうだなあ、まずは自分の専属トレーナーを見つける……とか?」

「……まぁ〜!それは良いアイデアですわね〜?早速、行ってまいりますわ〜!」

「ふふふ、お気をつけて♪」

「……ああ、それとばあやから伝言がございました〜。本日五時頃に、主治医さんを連れて、アルダンお姉さまのトレーナー室に視察に来られるそうです〜」

「ああ、うんうん、ありがとうね?」

「それでは〜、わたくしは失礼いたしますわね〜?おふたりとも、ごきげんよう〜」

 

そんな事を言い残すと、そのまま忙しなく……いや、忙しなくという程ではないが、まあ、彼女にしては慌ただしく、トレーナー室を後にした。なんとも奇妙な浮遊感だけを残された狭苦しい部屋で、僕ら二人は、しばし顔を合わせて……

 

「……ふふ、なんだか、不思議な子だね?」

「ふふふ、そうでしょう?ブライトがいると、いつも皆、少しのんびりしてしまうのです」

「ああー、なんかわかるなぁ……うん、もう今日は用事なんてないし、僕らものんびりする?」

「ふふふ……奇遇ですねぇ、私も今、同じ事を考えていました♪」

「じゃあさ……そうだな、アルダンからも聞きたいなぁ、メジロのお屋敷での話」

「あら、もう、仕方ありませんね?では、何から話しましょうか?」

 

そのまま、だらりとソファに腰掛ける二人。狭苦しくて、外はちょっとしか見えないけれども……なんだかいつもより、暖かくて、居心地がいいように、そう、感じた。

 

 

「……………………」

「……………………」

 

「「今日の五時?」」

 

「ちょーーーっ!?もうあと一時間もないんだけど!?なんにも準備してないよ!?」

「と、とりあえずお掃除でもしましょうか……?」

「もっと……もっと早く言ってくれぇーー!!ブライトォーーー!!」

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