メジロアルダン短編集『to the MEJIRO ARDAN』   作:いずさわ

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『混沌』が、始まる。





カオスが極まる 前編

『レースに絶対は無いが、そのウマ娘には絶対が有る』

 

かの七冠ウマ娘、『シンボリルドルフ』。彼女のトレーナーが、その類稀なる功績を評し残した言葉である。

事実、クラシック戦線の初陣、皐月賞を危なげなく制した後。彼女は一本の指を天高く掲げ、中山の地に集ったオーディエンス達を不敵に煽ってみせた。

さながらその瞬間既に、半年後の京都の空に掲げられる自身の三本指が見えていたかのように、である。

 

それ程ドラマチックでは無くても、この世に生きるウマ娘達に宿る精神や歴史というものは、傍目からみても何か作為めいたものを感じる事が少なくない。

物事着いた頃から何故か特定のレースに強い執着を見せていた娘が、その後本当にそのレースに勝利してみせたり。全く赤の他人であるはずの娘達が、何故か実の親子や兄弟かのように惹かれ逢ってしまったり。など、例を挙げればキリが無いほどに、である。

やはり、どうやら僕が認識していないだけで、この世界には完全に調和の取れた『絶対』というものが存在しているのかもしれない。もしくは『運命論』と言うべきか。要するに、成るべきものは成るようになる、ということなのだろう。

 

で、あるならば。

 

もしも、全て最初から決まっている。と言うのならば。

 

延々と『絶対的なもの』のロールプレイを回し続けるだけの世界に、果たして存在価値はあるのだろうか。

延々と『既に結末が分かりきっている物語』を再上映し続けることに、果たして何の意味があるのだろうか。

 

予想外、想定外、イレギュラー、そういうものを期待する余裕すらも無いのであれば。

僕は一体、この世界でどう生きていけば良いのだろうか。

 

 

──────────────

 

 

「模擬レース、参加者募集中でーす!飛び入り参加大歓迎でーす!いかがですかー!?」

 

爆裂のような熱気溢れる季節も過ぎ、トレセン学園にも秋がやってきた。流石に半袖では厳しいか、なんて思いつつ背中を丸めながら練習場を歩いていると、聞こえてきた、快活なウマ娘達の声。

 

「あら、模擬レースですか?」

「ん、気になる?」

「ええ、まあ、少しだけ……」

 

両の耳をピコンと立ち上げて、その声に反応したのは、我が担当ウマ娘、メジロアルダンであった。

 

「トレーナーさん、今日の予定は……」

「今日は軽めの走り込み、だけど、うん、模擬レースなら充分その代わりになるだろうね」

「ふふ、ありがとうございます♪」

 

そのまま、立ち上げた耳をご機嫌に振り回すアルダン。品行方正な彼女であるが、やはりそこはウマ娘。生態的に他者と競い合うことに喜びを感じてしまうのは、仕方の無いことだ。

今年いっぱいはレースへの出走の予定は無いが、そうだな、たまにはこんな形でのガス抜きも、彼女が健全に成長する為に必要な事なのだろう。

 

「こんにちは、突然申し訳ございません。模擬レースのこと、詳しくお伺いしても?」

「あ!参加希望ですか?今回は……って、メジロアルダンさん!?」

「ふふ、ええ、メジロアルダンです♪」

「ひゃー!本物だ!あの、今年のダービー見てました!ほんと、めちゃくちゃ凄かったです!感動しました!」

「あら、ふふふ、ありがとうございます♪」

 

まるで物怖じもせずに、声のする方へと真っ直ぐに向かっていくアルダン。何故だか求められた握手に快く応える彼女の姿を見て、何故だか僕は、胸が熱くなる。

周囲からの視線というものには、特別大きな意味は無い。けれども、やっぱり、日本ダービー。あのレースを乗り越えてから、彼女のことを真っ当に『強いウマ娘』として見る目が、圧倒的に増えてきたのをひしびしと感じる。『メジロの令嬢』でも『硝子の脚』でもない、『メジロアルダン』という彼女自身の名が広く世の中に知れ渡る。その事は、素直に喜ばしいことだった。

 

「と、言う訳で、今回の模擬レースの条件、教えてくれるかな?」

「あ、はい!今回の想定コースは東京レース場、芝、2400メートル、になってます!」

「あら、それはもしや、ダービー、でしょうか?」

「それもあるけど、時期的には……ジャパンカップ想定、かな?」

「その通りです!実際今年のジャパンカップを目指してる娘も参加しますので、ダービー経験者であるアルダンさんに参加していただけるのなら、めちゃくちゃ有難いです!」

 

大きな身振り手振りで、テンション高く語ってくれた目の前のウマ娘。言葉遣いは常に畏まってはいるものの、確かにその瞳には、熱い闘志のようなものが宿っていた。

 

「ふふふ、もちろん、私でよろしければ是非とも……」

 

 

「そのレース、私もご一緒させていただいても宜しいでしょうか!」

 

 

「……!その声は……!」

 

じわじわと上がる熱量に、更に投入されていく燃えるような叫び声。反射的に振り返った、そこには……

 

「まあ、ヤエノさん?」

「ええ、ヤエノムテキです!何やら騒々しい声に釣られて来てみれば、まさかアルダンさんもおられるとは……つい、無意識に声をかけてしまいました、驚かせてしまったのなら、申し訳ございません」

 

これまたギラギラと、滾るような眼差しを浮かべる一人のウマ娘……ヤエノムテキが、そこに立っていた。

 

「えっ!?ヤエノムテキさんまで!?ひゃー!あのあの!皐月賞!現地で観させて頂きました!本当に凄かったです!」

「あ、え、ええ、ありがとうございます……」

「あらあら、なんだか、妬けてしまいますね……?」

 

ますます熱量を上げていく彼女の瞳に、苦笑いを返すヤエノムテキ。なんとも微笑ましい光景だが、しかし。

 

「……念の為に言っておきますが、たとえ模擬レースと言えど、私は、全身全霊を尽くして貴方を倒します。ので、その御覚悟を」

「まあ?ふふ、あのダービーからどれだけ御成長なされたのか……高みの見物、と参りましょうか、ね?」

「ふっ、では私も『菊花賞前の肩慣らし』でも、させて頂くとしましょう」

「ふふふふ……」

「はははは……」

 

……ダービー二着のメジロアルダンに、皐月賞ウマ娘のヤエノムテキと。とてもガス抜きでは済まなさそうな、まさしくG1級の豪華な顔触れに、なんだかまた、胸が高鳴ってくる。彼女の登場だって予想外ではあるが、もしかしてもしかすると、もう一人ぐらい、誰か集まってきたりして、なんて……

 

 

 

「すまない、少しいいか?」

 

「んっ?何か……用……で………………!?」

 

「その模擬レース、私も走りたいのだが……参加しても、いいだろうか?」

 

 

──────────────

 

 

まさしく予想外、想定外……の、はずだが、何故だろう。

空気が、変わっていく。まるで世界の方から『彼女』を出迎えているかのように。

バラバラだった皆の視線も、そして、運命も、全て『彼女』の存在する方に収束していくような。まるでこの模擬レースだって、『彼女の為に』存在していたかのような。なんだ、この、感覚は。

 

無意識的に口を開いていた。そして、彼女の名を、口にしていた。それだってまるで、『必然』であったかのように。

 

 

「……オグリ、キャップ?」

 

「ああ、オグリキャップだ、よろしく頼む」

 

 

そんな僕の気を知ってか知らずか、ただひたすらに淡々と、穏やかに彼女は……オグリキャップは、口を開く。

 

「ええと、参加するには……どうすればいい?」

「あ、は、はい!こちらにお名前を……!」

「ああ、ありがとう。私ももうすぐ天皇賞なんだが、中々レースの練習をしてくれる相手が見つからなくて……ん?なんだこのペン、どうやって書くんだ?」

「あ!えと、ここ、ここを押したら出てきますので!」

「ああ、ここか。すまない、ありがとう」

「い、いえいえいえ……」

 

「オグリ、さん、ですか」

「……まさかここで、再び相見えることになろう、とは」

 

なんともマイペースに、枠順決めのあみだくじにその名前を刻み込むオグリキャップ。けれどもその向かい側に立つ彼女の瞳、先程まで宿っていた熱い闘志の炎が、まるで風前の灯火のように揺らいでいるのが、こちらからでも、解った。

 

「さて、アルダンは……確か一緒に走るのは初めてだったかな?今日はひとつ、よろしく頼む」

「……ええ、よろしくお願いしますね?」

 

オグリキャップの軽い会釈に、いつも通りのにこやかな笑顔を返す、アルダン。思わぬ会合となってしまったが、果たして、彼女はどう思って……

 

「それと、ヤエノは」

「毎日杯の時以来。ですね」

「ああ、もちろん覚えている。今日もよろしく……」

 

「……今日は!私が勝たせていただきます!」

 

「!」

 

空を切り裂く、彼女の鋭い声。ヤエノムテキの、相手に発破をかけるいつもの口上……なの、だか。

 

「だったら、ああ、そうだな。『今日も、私が、勝つ』」

 

「……っ!」

 

……何故だろうか。彼女のその圧倒的な存在感の前では、まるで迫力不足に感じる。彼女の前ではその熱を帯びた叫び声すら、さながら予定調和じみた、手垢に塗れた敵役のお決まりの名乗り文句のように……どうしたってそう、感じてしまうのだ。

 

オグリキャップという存在については……最早今更、詳しく語る必要も無いだろう。現在重賞六連勝中、今月末には初めてのG1、天皇賞秋への挑戦も控えている彼女。その人気に裏打ちされた、見せかけではない圧倒的な実力……と、それと、なんだろうな、これは。

理論的に説明などはできないが、何か、運命的なものを、強く、強く手繰り寄せるような、そんな力を強く感じる。

まるで、漫画やアニメの主人公のような……どれだけ苦労しても傷付いても、最後には『絶対』に、大勝利のハッピーエンドを掴み取ることを約束されているような。そんな、力を。

 

「…………いいのか?今、この瞬間で」

 

気がかりだったのは、我が担当ウマ娘、メジロアルダンのこと。

当然、オグリキャップの事を強く意識するウマ娘は星の数ほどいるだろう。そして、アルダンだって間違いなくその中の一人。ダービーの直前、彼女に対する恐怖と怒りを僕に吐露してくれた日のことは、今でもはっきりと思い出せる。

 

だからこそ、まだ早いのではないか?

 

いずれ必ず、ぶつかり合う宿命なのは承知の上。だがそれが本当に今、この瞬間で良いのだろうか。脚の調子もほとんどダービー以前の水準へと戻りつつあるが、それでもある程度のブランクは存在する。『万全』であるか。と問われれば、答えに窮してしまうのが現実だ。

肉体、だけではない、心だって。

例えば、堅牢な鎧の隙間を貫くように、例えば、巨大な相手の脚を払って投げ飛ばすように。圧倒的と思われるような力量差でも、必ず突破口はある。それが、僕とアルダンが今まで立ててきた作戦の『前提』。

もしも今、その前提が崩れたら。本当に、弱点や突破口など微塵もない『完璧』な相手が現れたら。ただでさえダービーの敗戦からたった半年、まだまだその記憶が色濃く残る彼女の心は、今度こそ。なんて、不安の濁流がぐるぐると五臓六腑に流れ込み、そのまま僕の全身を満たしていく。

 

本当にこの模擬レース、彼女に走らせても良いものだろうか。今、彼女と『オグリキャップ』を相対させる、その意味は、意義は、果たして……

 

「トレーナー、さん?」

 

そんな僕の思考を、包み込むように優しく遮った、彼女の、アルダンの声。

 

「あ、アルダン?」

「どうされましたか?随分と、お顔が怖いですよ?」

「えっ、え、そんなにかな?」

「ええ、そんなに、です」

 

彼女に耳元で囁かれて、思わず僕は、自らの眉間を軽くなぞる。彼女の言う通り、そこにはなんとも不格好な皺が、深く深く刻まれていた。

 

「心配、されてますか?私がオグリさんに敗れて、深く傷付いて、落ち込んでしまうのでは、だなんて……」

「……っ!そ、そんな事ない!きっと、絶対、君ならオグリキャップだって……!」

 

思わず、声を荒らげてしまう。彼女に対して、では無い。自らに対してである。

いけない、飲まれる所だった、いけない。大切な大切な、命と同じ程大切な担当ウマ娘が今、レースを走ろうとしている。強大な相手に、それでも立ち向かおうとしているのだ。他でもない、この僕自身が、ほんの僅かでも『負けてしまったら』なんて……

 

「……ふふ♪ええ、分かっていますよ?恐らく私は、『大丈夫なんかじゃない』のでしょうね?」

「えっ」

「恐らく、今の私の力量では。オグリさんに勝つのは難しいでしょう。そしてきっと負けてしまったら、私はすごくすごく落ち込みます。泣いてしまうかもしれませんね?」

「えっえっ、それはその、凄く嫌だ……!」

 

そんな僕の気を知ってか知らずか、予想外に、情緒や憐憫たっぷりに、彼女は……メジロアルダンは、口を開く。

 

「……きっと、誰だってそう。今の彼女に勝てるウマ娘は、ほとんどいないのでしょう。私だって、指先程すら勝てるイメージが湧いてこないのです。きっと、そういう『運命』の元に生きているのでしょうね、彼女は」

「……それは、うん、そうだね。僕だって正直、そう思う」

「けれども、トレーナーさん?私というウマ娘はやっぱり、どうしようもなく欲張りなのです。予想外、想定外、イレギュラー……そういうものが無ければ、やっぱり私、満足出来ませんから♪」

「……というと?」

 

髪のまとまりを気にして、少しだけ、ほんの少しだけ照れくさそうに、それでも彼女は僕にひたすら、ひたすら真っ直ぐに語ってくれた。

 

「出来る気がするのです、貴方と私でなら。どんな想像も運命も、『絶対』すら、その斜め上を行ける気が、する」

「……!」

「ですので、トレーナーさん。定めていただけませんか?私の行くべき道……このレース、出走するべきかどうかを。そして、出走するのであれば……私はこのレースで何を目指すべきなのか、を」

 

 

もしも、全て最初から決まっている。と言うのならば。

ならば、そうだ、やることはただ一つ。

 

それを全て、何もかも、『ぶっ壊す』のみだ。

 

 

「……分かった。出よう、アルダン!」

「トレーナー、さん……!」

「出て、思い切り勝負しよう。そして目指すものは一つ。『勝利』だ。ヤエノムテキにも、オグリキャップにだって。そして証明するんだ、メジロアルダンというウマ娘は他のどんな娘よりも、一番、一番強くて、美しいんだ、と」

 

彼女の、メジロアルダンの瞳がより一層輝きを放つ。散々傷ついて、傷付いて。けれどもその度に輝きを増して来た、強く、美しい瞳であった。

 

「アルダンさん、アルダンさん!何をお話されているのですか?参加する方は集合だそうですよ?」

「あら、ふふふ、ありがとうございます、ヤエノさん♪」

「……怖気付いた、訳ではなさそうですね?安心しました」

「ふふ、ヤエノさんこそ。意気消沈されているのではないかと心配しておりました♪」

「ふん、何のこれしき!全員纏めて、我が拳の糧としてやりましょう!」

「ふふふ……では、トレーナーさん?」

「うん、アルダン」

 

彼女はそっとこちらに向き直り、勇ましく自らの胸に手を置いた。ほんの少し前まで、想像もしていなかった、その姿。そして。

 

「どうぞ、ご清覧ください。私の最高の走り、最上の輝きを……そして待っていて下さいね?貴方のウマ娘が、貴方の想像を、未来を変える、その姿を……」

「……ああ、見ているよ。絶対に、一秒も逃さずに、ね」

「ふふ……ありがとう、ございます♪」

 

 

 

「アルダン、ヤエノ。何をしてるんだ?皆待っているぞ?」

 

「……オグリ、さん」

「……ええ、もちろん。『今、往きますよ』、オグリさん」

 

逆行に照らされたその姿を見て、思わず、強く、拳を握った。きっとその光景を、僕は一生、忘れないだろう。

 

 

───そして、『混沌』が、始まる。

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