メジロアルダン短編集『to the MEJIRO ARDAN』 作:いずさわ
「いやはや、今日も凄かったですねヤエノさん♪」
「いやほんと、あそこから3バ身半もぶち抜くなんてなぁ……シニアに入ってから、彼女も相当実力付けてきてるね?」
「ふふふ、我々も怖気付いてなど、いられませんね?」
春の気配近づく、とある日曜日の昼下がり。僕とアルダンは敵情視察……もとい、見学のためにはるばる遠路のレース場までやってきていた。
本日のメインディッシュたる第十一レースも終わり、少しだけ人口密度が減った通路西口、けれども興奮冷めやらぬ語尾を伸ばしながら、彼女は口を開く。
「あと、今日は惜しかったですけど、シチーさんも良かったですよね?」
「ね?彼女ももうベテランの域だってのに、あんなにトリッキーな動きできるなんて……いやはや、やっぱりレースって面白いなぁ」
手を伸ばせば届きそうな程の至近距離で繰り広げられる、ウマ娘達の壮絶な競り合い。初めて生で見たあの日から、年齢も立場も随分変わってしまったけど……やっぱりこの場所は、あの日と変わらず熱いまま。そんな熱気に当てられたまま、けれどもあの頃とは少し違った視点で、僕は口を開く。
「さて、どうだろうな。あのトリッキーな戦術をアルダンの作戦に落とし込むには……」
「あらあら、もうお仕事モードですか?」
「お仕事兼、趣味って感じかな?やっぱり純粋に楽しいんだ、こうしてああでもないこうでもないって考えるの」
「ふふっ、そうでしたね?趣味に勤しみながらお仕事もできるだなんて、流石は欲張りで有名なトレーナーさんです♪」
「えっ、そんなことで有名なの僕?」
その控えめに釣り上がる口角を隠そうともせず、彼女は僕に向け、くすくすと笑みを浮かべる。欲張り……だなんて、大阪土産に神戸土産、既に両手いっぱいに抱え込んだ彼女にだけは、言われたくないような気もするけど。
「けれどもやはり、私はヤエノさんの王道一直線な勝ち方も魅力的に思えましたね?」
「まあねぇ?常にあんな強気な戦術が取れるんなら、それに越したことはないよなぁ……」
「どうです?王道な戦術とトリッキーな戦術、今日の貴方は、どちらを分析しますか?」
「どちら、ねぇ……」
そんな僕を試すかのように、小首を傾げながら二、三歩距離を詰めてくるアルダン。どちらを、か。王道とトリッキー、果たして僕は、僕らはどっちの力を手に入れたいのか……なんて、他ならぬ『僕ら』なんだから、答えはひとつ、だな。
「うん、そりゃもう『両方』だね。王道さもトリッキーさも全部喰い尽くして、手札を増やして、状況に応じて臨機応変に繰り出せる。いつ何時のどんなレース、どんな状況でもひっくり返して一着をもぎ取る可能性を秘めているのが、やっぱり『メジロアルダン』の強さだと、僕はそう思うからさ」
「ふふふっ♪やっぱり流石の欲張りさですね、トレーナーさんっ♪」
午後四時を指し示す、僕の携帯のロック画面。ウマ娘達の激闘の記録がたっぷり保存されているその携帯を片手に、僕はあえて余裕綽々にアルダンへ笑みを浮かべてみせた。学園に帰ったら……いや、帰りの新幹線に乗ったら、か。まとめたいアイデアが脳内とめどなく溢れてくる僕は、やはり彼女の言う通り……
「あ」
「……ん?な、何?どしたのアルダン?」
なんて、そんな僕の小粋なカッコつけなんてまるで眼中に無い様子で、彼女の興味はまた別の場所へと移り変わる。その大きな瞳を輝かせながら、彼女が指先を向けた、その先は。
「……ソフトクリーム屋さん?」
上の空で歩く僕らがいつの間にやら迷い込んでいた、レース場の隠れた名物、レストラン街。その更に一角、目立つのぼりと手作りの温かみに溢れた立て看板が印象的な、間違いなくソフトクリーム屋さんとしか言いようがないコーナーが、そこにあった。
「……ね、トレーナーさんっ♪新幹線の時間まで、まだ少し余裕はありますよね?」
「えっ、でもほら、晩ごはんは駅弁にするんだって、今日一日で十回ぐらい言ってたじゃない?こんな時間に間食なんて……」
「いえいえ、これはトレーナーさんを思っての事……脳を働かせるのには、糖分が必要不可欠、でしょう?」
「それも今日十回ぐらい聞いたね?チョコもプリンもクッキーも、もうそんなに買い込んでるでしょ?」
と、まだ本題を口にする前に始まる、僕と彼女のいつもの小競り合い。摂取カロリー数だの、栄養バランスだのを頭の片隅で計算しつつ、口先で抵抗を続ける僕、で、あったが……
「……トレーナーさん」
「は、はい」
「申し訳ございません。あのソフトクリーム、とっても美味しそうで……明日からのトレーニングも頑張りますので、どうかご一緒に、いただきませんか?」
「………………えと」
「いえ、いただきましょう。それが今の私の、もっとも望むこと、です」
「……ちょっとだけだよ?」
「ふふっ、流石トレーナーさん。貴方のそういうところ、私、大好きです♪」
「ははは、それも今日、十回目……」
もちろん当然、他ならぬこの僕が、彼女のその潤む目と引っ掛けてくる小指の合わせ技に勝てるはずもないのであった。ま、他ならぬ彼女のことだ、摂取カロリーとかなんとか、自分でもその辺りを考えてないはずないか。ないよな?うん、ないない。
「さて、ま、そうと決まれば……おお、ここの店、ミルクと抹茶の二択しかないんだね?」
「ふふっ、なかなかの思い切りですね?こういうお店は、大抵名店だと相場が決まっているのです♪」
「君がそう言うのなら、間違いないんだろうね?となるとさてさて、どっちにしようかな……」
気を取り直して僕は、その温かみに溢れた立て看板に目線を向ける。『ミルク』と『抹茶』かあ……これはアルダンの言う通り、どちらも大変良いお手前だと思うけど……
「あら?ふふふっ、ご覧ください?トレーナーさんにピッタリそうなメニューもございますよ?」
「なになに……ああ、『ミックス』か!」
「ふふ、ミルクと抹茶の『両方』を堪能できるだなんて、まさしくトレーナーさんのような欲張りさんにはピッタリですね♪」
メニュー表から彼女が指し示した先。ミルクと抹茶の丁度中間に位置取る『ミックス』の文字。読んで字のごとく、ふたつの味を丁度半分ずつ味わえる大変お得な商品のよう、だが。
「ミックス……うーん、ミックスねぇ」
「あら、意外な反応ですね?もう少し食いつきが良いと思っていましたが」
「ちょっと、なんというか中途半端じゃない?ミックスって」
「……?」
「なんというかミックスってさ、このふたつのどっちかが飛び抜けて美味しかった時、普通にそっち100%のやつにしとけばよかったーってならない?どっちも食べられるのはいいけど、こう、逆に考えるとどっちも完全体で楽しめない、完璧な100点を取れる可能性がないっていうのが、なんか、こう、あれじゃないかなって」
「…………???」
「……ちょっと、難しい?」
「ええ、少し」
と言いながらも、熟考するように顎に手を乗せ、目線を伏せるアルダン。別に、膨らませる程の話題なつもりでもなかったんだけど……とりあえず僕は、彼女の次の言葉を待つ。
「……ふふ、まあけれども、言わんとしていることは解りますよ?やはりそれもまた、貴方の『欲張り』さの現れなのでしょうね?」
「と、いうと?」
「貴方はいつもいつも、本当に妥協を知りませんでしょう?たとえ他人からそれなりでよいと言われても、貴方はいつでも100点満点の完璧な幸せを欲張れる方、ですから♪」
「そう……かもね?まあいくらなんでも偏屈過ぎる気もするけど……」
「ふふっ?けれどもそんな貴方の性質こそ、いつ何時のどんなレース、どんな状況でもひっくり返して一着をもぎ取る可能性を秘めたウマ娘『メジロアルダン』。そのトレーナーとして最高の素質……だと言えるのではないですか?」
「……そこまで煽てても、ソフトクリーム一本分くらいしか出ないよ?」
「充分ですよ♪貴方のそういうところ、やっぱり大好きです♪」
本日十一回目の彼女の軽口に、本日十一回目、鼻の頭を掻きむしる僕。そうだな、やっぱり僕は、彼女には。
僕自身のどうしようもない性分と、治らない短所、それらを無理やり混ぜ合わせてひとつの『幸せ』を作り出してしまう、彼女の豪胆さ、そしてその潤む目とやさしい声の合わせ技には、どう足掻いたって、勝てないらしい。
「さてさて、それじゃあ僕は……うん、やっぱり『抹茶』にしようかな?」
「あら、そんなにあっさり決めてもよろしいのですか?トレーナーさんのことですから、このまま二時間程は熟考されるものかとおもいましたが?」
「いや、そんなに悩んでたら新幹線置いてかれちゃうし……まあ、迷ってるのはほんとだけど、でもよく考えたらさ?」
「はい?」
「このレース場には、またこれから何度も何度も一緒に来るわけで……いや、絶対に君とまた来れるようにするからさ。だから今日は抹茶、次はミルクを食べれば、そうすれば両方とも最高完璧100%で食べれるって、そういう寸法!」
「ふふっ、ふふふふっ!本当に、本当にやっぱり貴方は『欲張り』ですねっ♪」
手を伸ばせば届きそうな程の至近距離で花開く、彼女の満開の笑顔。初めて生で見たあの日から、年齢も立場も少しだけ変わってしまったけど……やっぱりその姿は、あの日と変わらず美しいまま。そんな熱気に当てられたまま、けれどもあの頃とは少し違った視点で、僕もまた、彼女に合わせたもう半分……なんかじゃなく、自分にできる限り全力全開の笑顔を、彼女にぶつけるのであった。
「さて、そうと決まれば早速注文しよっか?すいませーん、この抹茶ソフトをひとつと……アルダンは?」
「はい♪では私はこのミックスソフト……」
「うんうん」
「の、ワッフルコーン変更をひとつ。そしてトッピングに抹茶パウダーとキャラメリゼ、あとチョコチップに……あっ、イチゴとバナナも、お願いします♪」
「……『欲張り』って、もう二度と君にだけは言われたくないな!?」