メジロアルダン短編集『to the MEJIRO ARDAN』   作:いずさわ

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3分間で、人生は変わる。




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「ブレンド、ブラックで」

「レモンティー、無糖でお願いします♪」

「かしこまりましたー、少々お待ちください」

 

昼下がり、ふわふわふらふらとした寄り道の末にたどり着いた、路地裏テラスの良さげな喫茶店。すっかりと歩き疲れてしまった僕たちは、これ幸いにとすかさず駆け込んだ。我が担当ウマ娘、メジロアルダンとのよくある日常の一コマである。

 

「まるで貸し切りだね、まさしく隠れ家みたいで、いいなぁ、ここ」

「ふふふ、トレーナーさんったら、うきうきがお顔に出過ぎですよ?」

「え?そんなにかな?」

 

アルダンに指摘され、思わず口元を覆い隠してしまう僕。で、あるが、まあこれ程絶好のロケーションであればやむなし、と言ったところだろう。

木々の間からてらてらと陽の光が射し込んでくる。それが午前中の、予報はずれの通り雨で出来た水溜まりに反射して、まるで天の川みたいな輝きの粒が、澄んだ空気中にはじき出されていく。そんな様子を落ち着いた木の匂い香る特等席で見物できる。何より、彼女の隣で。これほどの贅沢は、きっと世界中何処を探してもそうあるものではないだろうから。

 

「ふふっ、でも、分かりますよ?ほんとうに落ち着きますねぇ、ここは……」

「ほんとうに、ね。ちょっと刺激不足だけど、それもまた、いい」

「あら、ではほんのちょっとだけ、刺激的なこと、やってみますか?」

「刺激的なこと?」

 

そんな調和の取れた空間を揺り動かすように、こちら側に身を乗り出してくるアルダン。いたずらっぽく見せた白い歯と、端正さをぎゅっと詰め込んだような小さな顔立ちに、つい目を奪われてしまう。

 

「例えば、この喫茶店。コーヒーの器は『コーヒーカップ』で来るのか『マグカップ』で来るのか……二人で予想、してみませんか?」

「ほほう?『コーヒーカップ』か『マグカップ』か……」

 

アルダンに言われて、ふと、これまでの記憶を辿ってみる。喫茶店のコーヒーと言えば、コーヒーカップで出てくるのがなんとなく当たり前のように思っていた。が、たしかに、マグカップで運ばれてくる喫茶店だって思い返せば結構あった気がする。なるほど、さすがアルダン。なかなか絶妙な出題センスに、思わず僕は舌を巻いた。

 

「うーん、そうだなあ、ちょっと待ってね……」

「ふふふ♪」

「……それじゃあ僕は、コーヒーカップ、かな?」

「あら、その心は?」

「お店の雰囲気、なんだかオシャレな瓦屋根だったり、木目調の壁やドアだったり。この雰囲気はどことなく大正ロマン的な、古風なイメージなのかなって。だから、どちらかと言うと現代的なマグカップより、クラシカルなコーヒーカップの方が似合ってそうだと思ったからさ?」

 

自分で話しながら、自分でうんうんと頷いた。一瞬迷ったが、やはりこの雰囲気であればコーヒーカップに違いない。

 

「あら、では私はマグカップに一票、ですね?」

「ほほう、割れたね?」

「たしかにトレーナーさんの仰ることも分かります。が、私としてはこの雰囲気、どちらかと言うと古民家のような、格式張っていない落ち着いた雰囲気のように思います。ですので、少しお堅い雰囲気のコーヒーカップより、マグカップの方がお似合いなのではないかと、そう思います♪」

「なる、ほど、ねぇ……」

 

僕の両の瞳に直接語りかけるようなアルダンの口振りに、思わずふらつきそうになる僕の心……けれども、いやいや。気を取り直して、僕もまた口を開く。

 

「けれども、いや、やっぱり僕はコーヒーカップだと思うな。この雰囲気はコーヒーカップだよ、絶対」

「ふふふ、相当な自信ですね?」

「もしマグカップだったら……そうだなあ、ここのメニューにあるケーキ、なんでも一つ奢ってあげようかな?」

「まあ……!本当ですか?」

 

なんとも愛らしい、まるで童心に還ったかのような笑みを浮かべるアルダン。これほどの笑顔を見せられると、もうカップがどうとか関係なく奢ってあげたくなってしまうが、まあ、それでは面白みに欠けるというものだ。

 

「ふふふ、ではもしコーヒーカップだったなら、私がトレーナーさんにケーキを……」

「ああ、いやいや、それはよろしくない。いくら遊びとは言っても女の子に、それも教え子に奢って貰う訳にはいかないよ」

「あら、そうですか……では、代わりに賭けるものを用意しなければなりませんが……トレーナーさん?」

「アルダン?」

「トレーナーさんは……私に何か、して欲しいことはありますか?」

「んぐっ……!?」

「お金を使うことが駄目ならば、何か、行動でお返しせねばなりません、よね?私に出来る事なら、なんだって、仰っていたたければ……」

「な、なんでも?」

「ええ、なんでも♪」

 

童心に還ったような笑みのまま、そんな事を口走るアルダン。に、あらぬ事を想像しかける心をなんとか持ち直す僕。別に、別に僕自身に邪な気持ちなんかはほんとうにほんとうに全く無いし焦る様なこともまるきり無いのだけれども。

 

「……じ、じゃあその、肩でも、揉んで貰おうかな?」

「ふふ、そんな事でよろしいのですか?」

「だ、大丈夫大丈夫、そもそもマグカップで来てくれればいい話だし」

「あら?トレーナーさんはコーヒーカップと予想されたはずでは?」

「あ、そ、そうだね?何言ってんだろうね僕?」

「ふふふ、変なトレーナーさん♪」

 

なんだか、一方的な気まずさを感じて目を逸らす僕に、頬杖をつきながらふすふすと柔風のような息を漏らすアルダン。日が差してきて少し気温の上がった空気が、僕の額を汗ばませる。

 

「けれども確かに。先程はマグカップだ、と言いましたが……私も少しだけ、コーヒーカップで来て欲しいな……なんて気持ちが、湧いてきましたね?」

「え?どうして?」

「そちらの方が、予想外で面白そうだから、です♪」

「……ふふ、そうだね?そっちの方がアルダンらしいや」

「ふふ、予想外、想定外、イレギュラー……そういうものが無ければ、やっぱり私、満足出来ませんから♪」

 

そう言い放って、彼女はきらきらと輝くようなはにかみを見せ付けてきた。寄り道に寄り道を重ね、たまたま辿り着いた見知らぬ喫茶店で、偶然袖振りあっただけの、一年弱前まで赤の他人だった僕に対して、である。

 

「そう思うと、もはやどちらでも嬉しい気がしてきましたね?コーヒーカップで出てくれば、予想外で楽しいですし、マグカップで出てくれば、ケーキ、だなんて♪」

「ほんとうに、君はなんにでも楽しみを見出せるんだねぇ」

「だって、その方が楽しいでしょう?ただ黙ってコーヒーを待つ、おおよそ三分間と、こうしてあれこれ想像しながら待つ三分間、絶対に後者の方が楽しくて面白くて、幸せだと。私はそう、思います」

「それは、うん、間違いないね」

「それに、ですね?きっと明日から、私もトレーナーさんも喫茶店でコーヒーを頼む度に今日の事を思い出して、少しだけ楽しい気持ちになる。今日はどんなカップで来るのか、ほんの少しだけワクワクするようになる。一つ一つは小さな幸せでも、積み重なれば人生そのものが大きく、明るい方に変わってしまうのではないか、なんて私は考えるのです」

「……アルダン」

 

たしかに、僕は今日の事をきっと忘れたりはしないだろう。気にしたこともないカップの種類も、天の川みたいな輝きの粒も。そしてそれらはたとえ今日が終わっても、僕の人生をてらてらと照らし続ける。ほんの些細な事だろうと、間違いなく昨日までの僕の世界と、今日から僕が生きていく世界は、全く予想外に変わってしまったのだ。

 

「それなら、そうだな。本当にほんとうに、僕は君に出会えて、幸せだ」

「─────」

「ただ黙って死ぬのを待つ一生と、君の事を想いながら生きていく一生、なんて、絶対にどんな大変な事があったって、後者の方が楽しくて面白くて、幸せだと。僕もそう、思うから」

「……ええ、それは本当に、私だってそうですよ。これからも私は貴方と、色んな事を想像して、沢山裏切られて、その度に、その度に幸せを増やしていきたいと、そう、思います」

 

ぼんやりと、僕は彼女の言葉を聴きながら、彼女のいる景色をこの目に収める。予報はずれの通り雨に洗われた、輝き溢れる眩しい世界であった。

 

 

「お待たせしましたー、ブレンドと、レモンティーですね」

 

 

「……!」

「……!」

 

不意に耳に入り込んできた声に、思わず二人揃って、背筋を伸ばす。コトリ、と小さく音を立てて僕の前に置かれたそのカップ、はたして、『コーヒーカップ』なのか、それとも『マグカップ』なのか……

 

「湯呑み」

「湯呑み?」

「湯呑み、ですね」

「湯呑み、かあ」

 

有田焼か、それとも美濃焼か。あまり陶芸には詳しくないが、とにかく。

僕の前でなんとも異様な存在感を放つ、雄々しくゴツゴツとした形の大きな湯呑み。あまりの予想外に、まんまるにした瞳を向き合わせた、僕とアルダン。

 

「……あら、よく見ると私のレモンティーの器も……」

「ああ、驚きました?実は私の主人が陶芸家をやってましてですね。うちで使ってる食器は全部、主人が作ったものなんですよー」

「ああ、なるほど。それはすごい……」

「メニューには書いてませんから、いつも驚かれるんですよー、それでは、ごゆっくりー」

 

軽く一礼をして去っていく店主の背を見つめながら、しばらく呆気にとられて黙り込む。けれども、やがて、先に我慢が出来なくなったのは僕の方であった。

 

「……ふっ、あっははははは!ゆ、湯呑みって……!そんなの予想出来るわけないじゃん!」

「ふ、ふふふっ……!これは……!流石に、予想外過ぎますね?」

「ね!?はぁーあ……これこそほんとに、一生忘れられない、ね?」

「ええ……本当に、一生忘れませんよ。ずっと、ずっと」

 

笑い過ぎてむせ返りそうになりながら、僕は彼女の姿を仰ぎ見る。澄んだ空気に包まれた柔らかな姿は、それこそ本当に、永遠に僕の脳裏に刻まれてしまいそうな美しさだった。

 

「はぁ、さてと……それじゃあケーキ、どれがいい?」

「あら?良いのですか?どちらでも無かったのですから、賭けは無効では?」

「賭けの景品じゃなくて、お祝い、だよ。この最高の思い出が生まれた、誕生日のお祝い……なんてね?」

「……ふふふっ!それでしたらとびきり、豪華にしなければなりませんね?トッピングも沢山沢山、豪勢にいってしまいましょう♪」

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