メジロアルダン短編集『to the MEJIRO ARDAN』 作:いずさわ
「いい?いくよ?いっちゃうよ?」
「ふふ、ええ、早速いっちゃいましょう?」
「よしきた、それじゃ、せーのっ!」
「「はいっ!!」」
過ごしやすい、穏やかな風が吹きつける学園の中庭。青々と茂る芝生の上に小さなレジャーシートを広げて少し詰め気味に腰掛ける僕とアルダン。僕らが一直線に見つめるその先には……
「あら、二段ですか?随分と張り切りましたね?トレーナーさん♪」
「アルダンのは……うわ!バスケットだ!オシャレだなぁ……さすが、アルダン」
それぞれが持ち寄った『お弁当箱』がふたつ、綺麗に並べられていた。
真っ黒で簡素な装飾、けれども二段組になっていて大容量な僕の弁当箱と、爽やかなクリーム色の、小脇に抱えられそうな可愛らしいアルダンのバスケット。蓋を開ける前から既にお互いの性格がくっきり表現されているみたいで、それが少し面白くって、思わず顔を綻ばせてしまう僕。
『お弁当が、食べたいです♪』
メジロアルダン……僕の担当ウマ娘。彼女が急にそんな話を言い出したのは、昨日の夕方の事。
一瞬なんの事やら分からなかったが、彼女のトレーナーを勤めていればそんな事態は日常茶飯事。詳しく話を聞いてみれば、どうやら明日のお昼はどこか屋外で弁当を持ち寄って、さながらピクニック気分でランチをしたいのだ。との事らしい。
なんとも魅力的な提案に二つ返事で乗っかって。せっかくならばそれぞれの大好きなものを詰め込んだ弁当を自作し、見せ合いっこでもしてみよう、なんて僕からも提案してみせたりして……そうして、浮かれ気分でやってきた、本日のお昼休み。
「ふふふ、こんなに大きなお弁当箱、お持ちだったのですね?」
「ふふふ、実は昨日の帰りに新しく買ったんだ。せっかくの機会だし、それにこれから、気が向いた時に色々使えそうだし、ね?」
「あら、それは楽しみですね?」
「アルダンこそ、そのバスケット可愛いね?どうしたのそれ?」
「今日の朝、お弁当を作っている時にヒシアマゾンさんとご一緒しまして。せっかくだからこれを使ったらいいと、譲っていただいたのです」
「へえ……まさしく、早起きは三文の徳だね?」
「ええ、その通りです♪」
中身そっちのけで、『箱』自体の話に花を咲かせる僕ら二人。やっぱりその事がなんだか可笑しくて、思わず口から空気が漏れだしてしまう。言ってしまえば、食べ物を携帯する為の、ただの箱。けれどもなんだか愛おしく感じてしまうのは。子供の頃の思い出からくるノスタルジーなのか、それとも今ここで、彼女の気持ちを感じながら見ているから、なのか。
「それじゃあ、なんだか名残惜しいけど……中身もお披露目、しちゃおうかな?」
「ふふふ、待ってました♪」
「それじゃあ、まずは一段目……はいっ!」
「わぁ……」
パチリと、弁当箱の留め具を外してから。固唾を呑んで見守るアルダンの真剣な表情に気を取られつつ……ゆっくりと蓋を、開く。
ちょっぴり冷めた、けれどもその分強く香りたったジューシーな匂いに、思わず胸が踊ってしまう。
「一段目は、おかずのゾーン。という訳で僕の大好きなおかずを詰めれるだけ詰め込んでみました。どうかな?」
「ふふふっ、唐揚げに、エビフライに、ウインナー、と……これは、ハンバーグですか?」
「そう、ミニハンバーグ。市販じゃなくて、ちゃんと小さめにこねて自分で焼いてるからね?」
「ふふ、とっても可愛いです♪それに、小さなオムレツまで……これも、トレーナーさんが?」
「もっちろん、ベーコンは無いけど、チーズは入ってるよ?あと、唐揚げはしょうが、強めにしてみたりなんて」
「さすがですね、先生?」
「喜んで貰えると思って、ね、助手?」
我ながらなんとも、子供の頃から変わってないなあ、と呆れ半分なラインナップ。けれども、まあ、『自分の大好きなもの』というお題目なのだから、致し方なし、だろう。
「……あら?これは、なんでしょうか?」
「ああ、それはグラタンだよ。それだけ市販の、冷凍のやつなんだけどさ。でも僕、昔からこれ大好きだから、どうしても入れたくって」
「まあ……!トレーナーさんが昔から好きなもの、なんて……!」
「うんうん、だから、さ。僕が好きなものだから、アルダンも絶対気に入ってくれるはず……ちゃんとふたつ入れてきたから、ひとつ食べてみてよ?」
「ええ、もちろんいただきます♪けれども、それを言うなら全部、でしょう?全部のおかずが、きっちりふたつずつ……」
「ふふ、まあ、そうなんだけどね?」
当然のごとく、なんなら作っている時は無意識だったのだが。きっちりと全てのおかずがふたつずつ収められた弁当箱を見て、その律儀さに我ながら少し笑ってしまう。なんだか随分、彼女が一緒にいてくれるということが良くも悪くも、『あたりまえ』になってきたなあ、なんて。そんな事実が少し嬉しかったり。
「さて、お次は二段目だけど……こっちは特に言うこともないかな。シンプルに、おにぎりのゾーンだよ」
「ふふふ、待ってました♪」
「味の濃いおかずばっかりだから、こっちはシンプルな塩むすびにしてみたんだ。あと、海苔はしなしなにならないように別口で持ってきたから、食べる前に自分で巻いてね?」
「流石のお気遣いですね?トレーナーさん?」
「まあまあ、これくらいはね?」
ずらりと並んだ銀シャリに、何故だか目を輝かせるアルダン。深窓の令嬢、なんて世間のイメージから大きく外れた、まるでどこにでもいる少女みたいな反応に、思わずまた、僕の顔は綻んでしまう。
「さて、それでは次は、私の番ですね?」
「待ってました!」
「ふふ、お待たせしました♪と、言う訳で、前置きはもう充分ですね?それではご覧ください、どうぞ♪」
「おお……!」
僅かばかり溜めを作ったのち、ニヤニヤと目を細めながらゆっくりとバスケットの蓋を開けるアルダン。思わずその長いまつげに向いてしまいそうな目線を引き戻したのは、なんとも食欲をそそられる、甘酸っぱい香り。これは……
「……サンドイッチ、だ!」
「ええ、サンドイッチ、です♪」
愛らしいカゴの中にきっちり整列していたのは、これまた愛らしい、色とりどりのサンドイッチの束であった。その上愛らしいだけではない、なんだか大きな野菜が大胆に飛び出していたりして、否が応でも羨望の目線を奪われてしまう。
「学園の畑で採れた野菜が沢山ありましたので、お野菜中心に挟みに挟んでみました♪昔からばあやが作ってくれたサンドイッチが大好きでしたので、少し真似してみたりして……」
「いや、すっごいなぁ……!凄い分厚いけど、これ、トマトだよね?こっちのレタスも綺麗だしおっきいし、めちゃくちゃ美味しそう!」
「ふふふ、他にもキュウリだったり、ニンジンだったり、アボカドやゴーヤなどもありますよ。あ、生のタマネギは使っていませんので、ご安心を……♪」
「あはは……ありがとね?って、この端っこのふたつはもしかして……」
「ええ、そちらは食後のお楽しみ……の、いちごサンドです♪」
「うわーっ!やったーっ!ホイップたっぷりだ!うれしーい!」
彼女の言葉、その一字一句が僕の飢えに飢えた胃袋に突き刺さる。瑞々しく厚切りにされた野菜達は、なんだか僕に食べられてしまうのを待ち望んでいる、ように、見えた。
「それで、こっちに添えられてるのが……」
「はい、ポテトサラダです♪学園で取れたじゃがいもと、卵とマヨネーズと、あとは塩コショウだけで作らせていただきました♪」
「うわ、最高だ……具沢山なのもいいけど、素材が良ければやっぱりシンプルなのが至高、だよねぇ……」
「ええ、その通りですね?たっぷり作ってきたので、半分こ、しましょうね?」
「最高だぁ、最高のお弁当だぁ……生きてて良かった……」
「そんなに、ですか?」
僕の魂から絞り出した声を、なんとも冗談めかしく笑い飛ばすアルダン。僕としては冗談でもなんでもないのだけれど、まあ、その事は今は別にいいや。
「しかし……人のことばっかり言ってさ。アルダンだって全部の種類、ふたつずつ作ってきてるじゃない?」
「ふふふ……まあ、当然でしょう?どうしても全部、あなたに食べて欲しくなってしまったんですもの♪」
「───もう……当然。君の作るものならなんだって、全部美味しくいただくよ?」
ペコペコのお腹、とは裏腹に、いっぱいいっぱいになってしまいそうな胸の内。だんだん我慢できなくなってきた僕だが、まだまだ彼女は、言葉を紡いでいく。
「ふふ、それにしても……なんだか予想通り、見事にバラバラなものを作ってきましたね?お肉とお野菜、お米とパン、なんて……」
「それぞれの大好きなものを、ってお題でこんなにバラバラなのは、何となくちょっと、微妙な気持ちもあるけどね?」
「あら、私はむしろ嬉しいですよ?炭水化物にタンパク質、ビタミンにミネラル、脂質、と。好き嫌いもあって、一人で全部揃えるのはやっぱり難しいですから」
「まあ、確かに、そうだねぇ……」
「何も考えずにお互い好きなものを持ち寄るだけで、お互いの身体に必要なものがきっちり二人分、全部揃ってしまうだなんて……まるで『運命』、みたいでしょう?」
「……ふ、ふふ、運命なんて大袈裟に言われると、ちょっ……とだけ、照れちゃうけど、ね?」
「……『運命の人』、でしょうかね♪」
「こ、こらこら、からかわないの。いいからほら、早く食べるよ?」
「ふふふ♪それでは、いただきます♪」
「い、いただき、ます」
口元をお上品に隠しながら、けれども食欲旺盛な笑顔を覗かせるアルダン。そのニヒルな表情と、香ってくるジューシーで甘酸っぱい香り。もうとても我慢が出来ずに、僕は無理やり、手を合わせるのだった。
「……ん!美味しい……!ふふ、トレーナーさんの好きなものは、なんだか欲張りなお味ですねぇ……」
「うわ、美味しい!アルダンの好きなものは、すごく、すごく……優しい味、だね?」