卍荒罹崇卍のきゅーと&てくにかる配信ちゃんねる! 作:hikoyuki
ゆっくりと深呼吸をして気分を落ち着かせると、仲間たちに声を掛けに行く。
「お疲れさまでした!テトリスさん、ついに50層を突破ですね!」
「ありがとう!あ、そうだ。通知を見るとわかるけど、50層を突破したことを記念してアップデートが行われるみたいだね。30層の時はアナウンスで盛大に告知していたのだけれど、今回は自粛したのかな?」
……事前の想定通り、50層攻略記念のアップデートは通常通り執り行われるらしい。【A−YS】の運営もさすがに【フォッダー】から大量のプレイヤーが来ていることに気づかないわけはない。となると、やはりゲーム間の世界移動は仕様ということになる。
そして、それが仕様であることを補強するもう1つの物証が、【ストレージ】内にある。
階層クリア特典として全てのプレイヤーに配布されたそのアイテムの名は——
——【願いの石】だった。
【フォッダー】において開催される超高額の賞金が懸けられ、全容は一切不明の大会に出場するためのイベントアイテム。こんなものが【A−YS】のシステムで配られるはずがない。
「お疲れさまでしたっ。大人数の戦いだったのでなかなかみなさんと一緒に戦えなかったけど、楽しかったですっ!」
「今回のMVPは猫姫さんの【追撃のカノン】ですわよね♥」
「そ、そそそそうですね!だだだ大規模な戦いであればあるほど強力な力を発揮するスキル、【バード】の
「おねえさま♥どうなされたんですか?」
「なんでもないですよ」
「わたくしのことを褒めてました!?いやー照れますの!もっと褒めてほしいですの!」
実際はただ【バード】のスキルが強力だったという話で猫姫さんがすごいわけではないのだけど、褒めて欲しそうにしてるので思いっきり褒めちぎってあげたら顔を赤くして退散していきました。なかなか取得されないことも多い【バード】の
アップデートが開始されるとしばらくの間【A−YS】にはログインできなくなるとのことなので、この後のダンジョン探索は置いておいて、【フォッダー】の方に逃げておこうかな?
「……おねえさま、この後、少しお時間ありますか♥」
「大丈夫ですよ。どうしたんですか?」
「いえ、ちょっとお話がありまして……【フォッダー】でお会いしましょう♥」
その後、【訓練場】で落ち合うことになり、【パーティ】だけ先に組んで別々に【ガベジー荒野】へと向かう。明日香さんの希望で配信はすでに終了済みだ。
荒野に建設された巨大なドームの扉を抜けて【訓練場】に入ると、明日香さんが待っていた。
「ありがとうございます♥ 突然のお誘いに快く応じてくださって……」
「いいんですよ。いつもお世話になっていますから。それでお話ってなんですか?」
なにかできることなら喜んで手伝いますよ!明日香さんにはお世話になっていますからね!
「では、単刀直入にうかがいます——見ましたね?」
その言葉の意味を理解した途端、背筋に冷たいものが走る。
《SANチェック》を受けたわけではない。それなのに、今まで明日香さんから感じてきたあらゆる恐怖を超える、得体の知れない圧を感じ取ってしまう。
身の毛がよだつ。心臓が凍りつくような錯覚を覚える。冷や汗がつうっと伝い、恐怖に身がすくむ。
聞かれている内容は実に単純だ。
ボクにしか見えなかった触手のようなナニカ。それを見てしまったことを彼女は確信していて、いまは確かめているだけ。
「え、えっと、見ました。あれってなんですか?」
ただのエフェクトの部類なのであればわざわざこのような確認を取る必要はないはずだ。
普通の人には見えなくて、ボクには見えてしまった謎の現象。
あれが《SANチェック》により他者が恐怖の感情を抱く理由……?
「あれは、〘化身の種〙です。私のカラダを蝕む『異形』の腕」
「……?」
「神を自称する愚かな化け物——そういった存在に植え付けられたんです。もちろん、
「……
「はい、この世界は思ったよりもファンタジーなんですよ♥」
にわかには信じ難い。というより、普通なら絶対信じない。まだゲーム内のイベントで【
「そして私はその世界を蝕む化け物を屠るために生きている。
「なんでゲームをやってるんですか?もしかしてこのゲームにそんな存在がいたり……」
「修行ですよ。私は運動音痴なので、バーチャルゲームで身体を動かす練習がしたかったんです。戦いの最適動作を教えてくれる【モーションアシスト】。これが教えてくれる最適な動きはリアルでも応用できますからね♥」
そういえば、初めて会った時の明日香さんは『魔物を惨たらしく惨殺したい』なんてとんでもないことを言っていた気がする。
当時の引っ込み思案な印象とは真逆の発言にあの時はびっくりしていたのだけど……。今思い返せばあの時から修行をするという明確な動機があったのだろうか。
「……おねえさま、私のこと、怖いですか?」
しょんぼりとした顔をしながら恐る恐る問いかけてくる明日香さん。きっと、〘化身の種〙とやらは絶対に見られたくない存在だったのだろう。
そりゃそうだ。もしこのことが本当なら明日香さんは謎の化け物に寄生されていると言ってもいい状態なのだから。
はっきり言って怖い。怖くないと言ったら嘘になる。だからこそ、正直な話をボクは明日香さんに伝える。
「……怖いですよ。そんなファンタジーな話、なかなか信じられるものじゃないですけど。それはそれとして、今の明日香さんからは得体の知れない恐怖の圧が感じ取れます。——けれど」
「……けれど?」
「すぐ慣れますよ。《SANチェック》も3回くらい見たら、もうあまりビビりませんでしたし。明日にでも、どこかへ冒険に行きましょう!」
不安そうな表情の明日香さんを見てると、そっちのほうが怖い。明日香さんにはもっと官能的な声で喘ぐように話してほしい。
「……はい♥」
「あっ、ところでボクの《『心眼』》はなんなんですか?その話が本当だとして、普通は見えないんですよね?というか今まで見えなかったですし」
「私がおねえさまが見えてるなーって思ったのは態度の変わりようからなので、詳しいことはなんとも……病院で見てもらったらどうでしょう♥きっとリアルでも変化があるはずです♥」
「眼科ですかね?」
「ですね、あとは……。もしかしたら他にも変なものが見えたりすると思うんですけど。びっくりしないようにしてくださいね♥私のような人はわりと少なくないので」
「そんなにメジャーなんですか?〘化身の種〙」
「他にも退魔師とか異能力者とかいるんですよ」
オカルトって意外と多いんですね……。
そんな会話を交えつつもちょっとした裏社会の豆知識を教えてもらい、ボクはログアウトした。その頃にはもう明日香さんに対する恐怖は消えていて、むしろより深い信頼を築けたような気がする。まあ、また触手が出てきたらビビるけど。
そしてリアルに戻って『バーチャルステーション2』からゆっくりと出ると、
「おかえりなさい、お姉様。今ちょっとレベル上げ中なので待っててくださいね」
「灑智!?なんかすっごいオーラ漏れてるよ!?それなに!?」
「?」
ボクに備わった謎の霊感能力の効果が
『異形』の存在に埋め込まれた不可視の触手。通常の五感によって観測する事は出来ませんが、第六感によって根源たる恐怖を感じ取る事ができます。物体に干渉する事もできるらしく、その気になれば腕としても自由自在に活用できるのだとか。