卍荒罹崇卍のきゅーと&てくにかる配信ちゃんねる! 作:hikoyuki
門を抜けると、そこは賑やかな繁華街だった。物売りの呼び声が折り重なり、色とりどりの看板が頭上でまたたく。ふと振り返ると、そこに【闘技場】の影も形もない。
【フォッダー】では【メニュー】を操作することで、どこからでも対人用の【闘技場】マップに転移できる。そこから出たときにどうなるのか疑問だったけれど、そのまま転移前の場所に戻れるらしい。門を出る直前まで一緒だったゆうたさんも、おそらく別のエリアへ戻ったのだろう。
ボクは深呼吸して気持ちを切り替え、配信ボタンをタップした。視界を走る虹色のスキャンラインとともに、視聴者数とコメント欄のホログラムがポップアップし、動画配信が開始される。
「さてっ、お次はのんびりと【アンネサリーの街】のお散歩配信をしていきましょうか! 見渡す限り、お店がたくさんありますけど、何を売っているのでしょうかね?」
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>VRMMO世界のぶらり旅楽しそう
>サービス開始してから結構経つのに街で何を売っているか知らない卍さん
>↑知らない振りしてんだよ!察してやれよ!
>バレバレの演技に失望しました。卍さんのチャンネル登録外します
>わー何売ってるんだろうたのしみだなー(棒読み)
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知らないふりだとわかっているなら、そのわざとらしい書き込みはやめてくださいね!
こうした茶化しコメントはボクの配信ではお約束。視聴者さんの間では、ボクはそういう感じの
ぶつぶつと文句を言いながら辺りを見渡していると、味噌と動物系スープの香りが絡み合う甘じょっぱい湯気が鼻孔をくすぐった。匂いの元をたどると、『らあめん白凰』と記された真っ赤な暖簾を掲げる、存在感抜群の屋台があった。
「いい匂いがすると思ったらラーメン屋さんだったんですねー。ちょっと寄ってみましょう。すいませーん」
「はい、いらっしゃい。何にするかい?」
真っ赤な
現代のゲームとしてはずいぶん原始的な取引方法だが、こういったアナログな交流もVRMMOの醍醐味だ。だからこそ、一周回って好まれることもあるのだ。
「あっ、ボクは配信者の卍
「この
メニューに目を向けると【醤油ラーメン】や【塩ラーメン】など、現代でもおなじみの料理名が並んでいる。しかし、そこには
「ほえー。このラーメン、
「それは魔法
「なるほど! ボクは【メイジ】なので【味噌ラーメン】ですね。さっそく1つくださいな」
ボクがそう答えると、店主は虚空に手をかざし、そのままゆっくりと引いた。その指先から――【ストレージ】から――湯気を上げる丼が姿を現す。
「はい、【味噌ラーメン】お待ち」
「えー? 明らかにただの作り置きじゃないですかー!」
「いつ作ったものでも味に変わりはないから安心しな。【ストレージ】に入るから持ち運びも自由だぞ?」
湯気がもくもくと立ち上る熱々の【味噌ラーメン】。取り出す瞬間さえ見なければ、できたてほやほやだと信じて疑わなかったはずだ。
食欲をそそられたボクは、つべこべ言わずに食べてみることにする。
「これもゲームのなせる技ってやつですね。では、いただきます!」
まず一口。レンゲでスープをすくい、ゆっくり口へ運ぶ。むむむ、これはっ……! おいしい!
「濃厚な味噌の旨味が舌を駆け巡るッ! ピリリとした辛味がスープの味を引き立て、絶妙なハーモニーを奏でている! それにこのチャーシュー、口に入れた瞬間、ホロホロと溶けていくこの食感! おやっさん、いい仕事していますねぇ! よっ『食材の魔術師』!」
「チャーシューは入ってないぞ」
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>入ってないのかよ
>捏造で草
>架空のチャーシューを幻視するほどの旨さということだ
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チャーシューは入っていなかったが、おいしいという事実自体は嘘ではない。箸を止めずに一心不乱に食べ続け、丼の底が瞬く間に見えてきた。
「ごちそうさまでした! はい、少しばかり表現を盛ってしまいましたが、大変おいしかったです! みなさんもぜひ立ち寄ってくださいね!」
「これから来るやつは材料を持参してもいいぞ。食材があればチャーシューも入れるからな」
それなら今度は、ボクも食材を持ってこないとですね。そう考えながらステータスを確認すると、確かにINTが上昇している。
「では、能力上昇の恩恵を確認するために狩りに行ってこようかと思います。また来ますね!」
店主にそう伝え、ボクは一目散に屋台を後にし、ダンジョンへ走り出した。
「というわけでダンジョンに向かって移動中ですが、ボクの行きつけのダンジョン【グレイブウッド】は【アンネサリーの街】からだと少々遠いんですよねー」
MMOにおける移動時間はプレイヤーにとって大きなストレス要因だと思う。仮想現実とはいえ……否、仮想現実だからこそ、自分の足で移動することが億劫になるのは当然だ。
かといって時間短縮のためにマップを狭くすれば、世界が手狭に感じられる。そのため多くのゲームでは『ファストトラベル』のような時短システムが組み込まれているわけだけど――。
「しかし【フォッダー】には『ファストトラベル』がありません!」
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>クソゲーじゃねーか
>景色を眺めるのもゲームの醍醐味なんだよなあ
>運営は無能か?
>狩場への移動時間だけでログイン時間の大半を浪費するってマジ?
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ボクの説明にコメント欄で賛否が乱れ飛ぶ。
「それでは不便ですよね。でも、そこは歴戦のMMOプレイヤーたち。ちゃんとゲームに適応した独自文化を形成しているんです」
おもむろにゲーム内チャットを開き、視聴者にも見やすいように拡大表示してメッセージを送信した。
卍荒罹崇卍>グレイブウッドにいる人いませんかー?
すぐに返信が来る。
納豆大好き>今ちょうど入り口。呼べますよ
卍荒罹崇卍>わーい
そんなやり取りの後、納豆大好きさんから【パーティ】招待申請が届く。YESを選択し、【パーティ】に入ると再びチャットメッセージが届く。
納豆大好き>呼びます
その瞬間、万華鏡の欠片のような光が渦を巻き、周囲の景色が捻じれる。ぐにゃりと歪んだ風景は色と形を変え、別の景色へと切り替わった。
変化が完全に収まったとき、ボクは鬱蒼とした木々に囲まれた森の中にいた。その中でもひときわ目立つ巨木が目の前に鎮座していた。その幹にはこれまた大きな穴がぽっかり開き、中は深い闇に包まれていた。
ボクの隣には活発そうなツインテールの幼い女の子が1人立っていた。
「ありでした!」
「いえいえ、困ったときはお互い様ですから」
彼女はアバターの見た目に反して礼儀正しい口調でそう言うと、森の奥へ駆けていった。
「今のは全職共通スキル【コールグループ】。同じ【パーティ】の仲間を召喚するスキルです。チャットで目的地にいる人を探して呼んでもらう――そんな助け合い文化があるんですよ」
【フォッダー】では【コールグループ】による助け合いのための互助組織も存在する。情けは人のためならずとはよく言ったもので、ただ享受するだけの存在は受け入れられずに迫害される。そんなMMO的人間関係を象徴する組織だと、もっぱら評判だ。
「さて、それでは【グレイブウッド】に行ってみましょう! この大木、穴が開いてますよね? ここが入口です」
視聴者に説明しながら、ボクはゆっくりと真っ暗な穴へ足を踏み入れる。
外からは真っ暗だったにもかかわらず、【グレイブウッド】内部にはほのかな光が灯っていた。見上げると暗い夜空が広がり、辺りを照らす月のような何かが浮かんでいるのが見える。
周囲は一面だだっ広い荒野のようで、とても木の中とは思えない不思議な光景だった。
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>トンネルを抜けると、そこは異世界だった
>メインシナリオではお世話になりました
>なんで木の中に月が浮かんでるんだよw
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「やっぱりこの光景は印象に残りますよね! 訪れる前の想像とはまるで違う景色に驚いた方も多いでしょう。メインクエストで訪れる場所だと聞いていますが、ボクはまだやってないんですよね。それで――」
世界観考察に話を広げようとしたそのとき、スキルの爆発のような衝撃音が断続的に響き渡った。
どうやら誰かが戦闘中のようだ。せっかくだし【パーティ】に誘ってみようかな? そう考えたボクは、音のする方向へ向かった。
そして1人のプレイヤーが戦う様子を視界に捉えた。
性別は女性で、どうやらメイン
しかし――それらの情報は彼女を語るうえで特筆すべき点ではないだろう。
「えぇ……?」
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>やべー奴がいるな
>溢れ出る強者のオーラを感じる
>こぼさないのかな?
>器用すぎないか?
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凄まじい速さでコメント欄が流れていく。当然だ。ツッコミどころが多すぎる。
その騎士は頑強そうな鎧とは対照的に、兜も被らず、武器らしい武器も持っていなかった。
その代わり、右手には細い棒状の物体を2本、左手には白い湯気を立てるお椀状の器を携えていた。
右手の2本で左手の器から巧みに
それは、つい先ほど目にしたばかりの存在。ピリッと辛く、チャーシューが口の中で溶けていく――あの食べ物。
「――あの人、ラーメンを食べながら戦っているっ……!」
テクニックその5 『召喚移動』
【パーティ】メンバーを呼び寄せるスキルによって遠く離れた人たちを呼び寄せる。言葉にしてみれば、正規の使い方ですね。
遠隔で【パーティ】申請を送れるならこその話ですが。
本来ならばダンジョンではぐれてしまった仲間と合流するようなスキルなのでしょうが、今では便利なタクシーとして有効活用されています。
このテクニックは、見知らぬ他人を呼び寄せる用途で使う場合、使用者自身に直接的なメリットが存在しないところも重要な要素ですね。
互助組織の合言葉は『情けは人の為ならず』! いざという時に他の人に呼んでもらえるように日頃から徳を積んでおきましょう。