卍荒罹崇卍のきゅーと&てくにかる配信ちゃんねる! 作:hikoyuki
ボタンからゆっくりと距離を取り、再び歩みを進めていく。やはり何かモンスターが出現したとかステータスが減少したとか、そういったわかりやすい
——ただ、何かに見つめられ続けている。
そんな気味の悪い感覚を肌に受けたまま通路を進んでいくと、再び分かれ道が現れた。こういった曲がり角は【A-YS】なら格好のモンスター隠密スポットだ。共にあのダンジョンを探索した灑智なら、そういったダンジョンのテンプレートも理解しているはずだ。
——しかし、何もいない。
このダンジョンにはここまで一度もモンスターが出現していない。どうして?灑智はダンジョンではなく迷路を作ったということ?
「荒罹崇、そこにスイッチがあるよ」
「……さすがに気づいていますよ。ただ——」
とがみんが事前にスイッチの存在を教えてくれた。もちろんボクもバカではない。一度失敗したのに気づかないわけがない。けれど、なぜか足が言うことを聞かない。吸い込まれるようにスイッチに近づいていく。
「……〈感受誘導〉による行動の操作……?とがみん、頼みます!」
「【マインドハック】!」
とがみんの【マインドハック】を受け入れ、強引に身体の動きを制御してもらう。どうやら、とがみんが操作している間はスイッチを押してしまうことはないみたいだ。そのまま身体を預けて右の道を進み、少ししたところで解除してもらう。
……もうスイッチに引き寄せられることはないみたいだ。
「ありがとうございます、とがみん」
「んー……。思考を操作されてるってこと?それならさっきの荒罹崇がスイッチを踏んだことにも説明がつくけど」
【マインドハック】がそうであるように、何らかの暗示で無意識のうちに【モーションアシスト】へ指示を入力させられるのなら、こういったアクションの強制もできるはずだ。
けれど——なんのために?あのスイッチを踏んでいたら何が起こっていた?灑智はなんでこんなギミックを作ったんだろう?いや、そもそも
——心なしかボクの肌に伝わる視線が強くなった気がする。それはボク自身の精神状態の悪化によるものか。あるいは——。
心臓の鼓動が早鐘を打つ。このダンジョンはなんだ?『異形』が介入してきている?灑智の作ったエリアに?
ただじっと見つめているだけの正体不明の存在。それだけのはずなのに、いまだかつて感じたことのない昏い淀みのような重圧を感じる。
ドキドキが止まぬまま通路を進み続けていく。このダンジョンにはボクととがみん、それから謎の視線以外の存在はいない。こつこつとボクの足音だけが迷宮に響く。
もはや自分の足音でさえ、ボクの恐怖を掻き立てていく。《SANチェック》にも異形の存在にも慣れたはずのボクが、
「とがみん?抱きしめてもいいですか?」
怖気のあまり、頭上にいる
「とがみん……とがみん!?どこですか!?」
とがみんが、いない。
なんの前触れもなく消えてしまったとがみん。その事実は、ボクの心を決壊させるのに十分だった。
「……っ!そ、そうだ!視聴者さん!ヒントくださいヒント!ボクより先に潜った人もいるんですよね!?」
最後の頼みの綱は視聴者さんだ。藁にもすがる思いでそう問いかけたけれど……誰も返事をしてくれない。
ネットや配信が切れたわけではないと思う。現在もリアルタイムで視聴者数やチャンネル登録者数が激しく変動しているのがわかる。けれど、コメントだけが流れてこない。
「……嘘ですよね?ボクをからかってるんですよね!?」
そんなはずがないのはわかっている。
何かが起こっている。とがみんが消え、外部との意思疎通が阻害され、そして今もなお肌に伝わる正体不明の視線。
「……誰ですか!?誰が見ているんですか!?出てきなさい!」
本当は出てきてほしくなんてない。けれど、それでも最後に残った虚勢を振り絞って叫ぶボク。
しかし、ボクの思いとは裏腹に事態は動き出す。突然天井からにゅるりと音を立てながら謎の物体が姿を現し、どさりと床に落下する。
「ひゃあっ!」
反射的に声を上げ、とんで後ろに下がるボク。そんなボクをあざ笑うかのように、謎の物体は言葉を発し……。
「どっきりでした」
「はい?」
「ドッキリだよ♥」
何事もなかったかのようにひょっこりと後ろから現れるとがみんと灑智。え……?
あっ、よく見ると今、天井から落ちてきたの、ابتسامةさんじゃないですかー!なーんだ、騙された……って。
「ばーかばーか!!本当に怖かったんですからね!コメント欄も何も反応がなくて、どうしようかと」
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>卍さんの視聴者は訓練されてるな。誰も書き込んでなかったぞ
>とがみんにくーてくの方でお願いされてたから仕方ない
>いやー本当は卍さんを悲しませたくなかったんだけどなーとがみんのお願いじゃしょうがないよなー
>代わりにチャンネル登録者数が異次元の速度で上下してたの笑った
>万単位で増減してたのやばかった
>サーバーに負担がかかる定期
>現代のサーバーがその程度で逝くはずないんだよなあ
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ネットの住民がそんなにうまく統制を図れるはずがないと思っていたのに、ボクの視聴者さんはボクを弄るためならそんな常識を軽く塗り替えてくるらしい。まるで意味がわからない。
でも今はそんな視聴者さんに怒る気持ちよりも、なんというかほっとした気持ちのほうが強い。いつもチャンネル登録を外してくる彼らがこんなにも頼もしい存在だったとは、なんてポジティブな評価さえできそうなくらいだ。
「お姉様、どうでしたかっ?楽しんでいただけましたか?」
なんだかそわそわしながらそう尋ねてくる灑智をぎゅーっと抱きしめる。
「怖くて死にそうでした!もうしないでくださいね?」
「えへへ……成功ですねっ」
いたずらっ子の灑智はボクがこんなに怖がっているというのに、なんだか嬉しそう。これは仕返しを考えておく必要がありますね。
「特にあの見られるやつがすごく怖かったですよ。なんだったんですか?」
「見られるやつ?なんですかそれ?」
「えっ」