卍荒罹崇卍のきゅーと&てくにかる配信ちゃんねる!   作:hikoyuki

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第233話 自己同一性

 【ギルドハウス】に入り、ポータル経由で即座に【A−YS】へ向かうボク達。まずはめりぃさんのお兄ちゃんさんに会いに行かなければならない。

 これまでの『荒罹崇』達は、元の人格がどんな人だったのかという情報がまるでなくて、『荒罹崇』として接することしかできなかった。

 

 けれど今回会いに行く相手は、『荒罹崇』になる前の人となりがわかっている。正確にはめりぃさんしか知らないんだけど、それでも救助活動において『元の人格を知っている』のは、非常に重要なはず。

 

 【A−YS】の世界に降り立ち、めりぃさんの案内に従って街中を駆け抜ける。早くお兄ちゃんさんと合流しないと、ダンジョンなんかに入られたら会うのが少し面倒になる。

 

 そして【A−YS】に存在する4つの街の北端……【ノースエリア】に移動し、かけ足で目的のプレイヤーを探していき——見つけた。

 

「お兄ちゃんー!」

 

 街中をとことこと歩いている1人の卍荒罹崇卍に、めりぃさんが駆け寄っていく。

 

 声を掛けられた卍荒罹崇卍は振り返り、こう答えた。

 

「おや、めりぃさんじゃないですか。どうしたんですか?」

 

「何言ってるのー!早く正気に戻って!」

 

「正気と言われても、ボクはいつでも正気ですよ。いや、【フォッダー】なんかプレイしている人は正気じゃないっていう婉曲的な皮肉ですね?」

 

「ぜんぜん正気じゃないじゃんー!」

 

「めりぃさん、現実(リアル)でもこんな感じだったんですか?すぐに異常に気づきそうなものですけど……」

 

「一緒に暮らしてるわけじゃなかったからねー。また変なことやってるなーとしか思ってなかったんだー」

 

 『また変なことやってるなー』の一言で済まされてしまうお兄ちゃんさんの日々の言動が、非常に気になるところですが……。

 

「めりぃちゃんのお兄ちゃんさんだった頃のことは覚えてないのかな?もしかしたらそういう思い出の話をしてあげたら戻ってこれるかも」

 

「そ、そうだね!試してみるー。ねえお兄ちゃん、この前一緒にゲーム展に行ったときのこと覚えてる?」

 

「ゲーム展ですか。確かメグさんと一緒に行きましたね!夢の指向性を操作して寝ているときにプレイできるダイブ機器っていうのがあったんですよ」

 

「……実はボクもゲーム展には行っているんですよ。これはその頃の記憶ですね。その後に『KPシステム』を更新したので、引き継いでるんでしょう」

 

「ね、ねえ。メグさんじゃなくて、あたしと一緒に行ったことは覚えてない?そのダイブ機器も一緒に試してみたよねー?」

 

「めりぃさんと……?うーん、そんなことありましたっけ……?」

 

 首を捻りながら懸命に思い出そうとしているお兄ちゃんさん。けれど心当たりはまったくないらしく、むむむと唸るばかりで、めりぃさんの問いかけに返事をしない。

 

「本当に思い出さないんですか!?『転式学院』のことも——」

 

「今、何か言いましたか?」

 

「——っ」

 

 それまでのすべての文脈を無視して『転式学院』というワードだけを弾くお兄ちゃんさん。これは『荒罹崇』としての人格を忠実に再現する彼らにとって、唯一の弱点と言えるワードだ。突くなら、ここが攻めどころなのだろう。けれど、だからこそ強固にプロテクトを張っているのだと考えられる。

 

 それからも『転式学院』だけは避けて、めりぃさんとお兄ちゃんさんに共通する話題を展開していく。けれどやはり心当たりはないようで、めりぃさんもお兄ちゃんさんも不安そうな表情になっていく。

 

 お兄ちゃんさん自身も、自分に失われてしまった記憶があるのかと、不安になっているんだろう。

 

「もしかしてボク、記憶喪失になっちゃったんですか……?ドッキリとかじゃないんですよね……?」

 

「ねえ、そっちの荒罹崇は自分のIDを覚えてる?」

 

「ID?覚えてますけど……」

 

「自分のログインしているアバターのIDを見てみて」

 

「わかりました。えっと、ボクのIDは『fbilraez』でしたよね。メニューを開いてステータスを見て確……認……あれ……?」

 

 お兄ちゃんさんが開いたステータス画面の項目は、許可されない限り他者には見えない。けれどそこに記されたIDの羅列は、検索機能を利用して会いに来たボク達にはすでにわかっている。

 

「IDは『love_sister』ですよね?」

 

「どうして……?アカウントがいつの間にか変わってる?」

 

「思い出してください!こんなIDにしちゃうくらい大事に思ってたんですよね!灑智のことじゃないですよ。めりぃさんのことです!」

 

 困惑するお兄ちゃんさんに、畳み掛けるようにして突きつけていく。めりぃさんとお兄ちゃんさんの関係はよく知らないけれど、それでも2人の間にはたくさんの思い出があったはずだ。もしもそんな思い出の欠片が微かにでも残っていたなら、そこから元の人格を引っ張り上げることができるかもしれない。

 

 

 そう考えていたんだけど——。

 

「ごめんなさい……思い出せないです……ボクは、なんなんでしょう……?」

 

「そう、ですか……」

 

 現実はそううまくはいかない。感情論でどうにかなるなんて物語の中だけだ。『KPシステム』やそれに類する装置によって刻み込まれた記憶や意思はそう簡単に消すことなんてできない。()()()()()()()()、最高品質の学習システムとして機能しているのだから当然のこと。

 

 そして……もしもそんな完璧なシステムの脆弱性を突くとしたら、それはより上位のシステムに頼るしかなくて——。

 

「ここまでぜーんぶ、掌の上な気がしてきますね」

 

 完璧なシステムを超える、より上位のシステム。それはユーキさんの作り出したオーバーテクノロジー、【モーションアシスト】を置いて他にない。

 

 つまり、彼らの目的そのものである〈進化(エボルド)〉、そして《『位階上昇(アセンション)』》こそが、この状況を打破する手段になり得る、ということだ。

 

 もしかしたらボクの行動も含めて《『位階上昇(アセンション)』》に繋げていくための作戦なのかもしれない。けれど、だからといってその選択をしない理由はないですよね。

 

「【モーションアシスト】による最適解で『記憶を取り戻したい』と命令を送れば、少なくとも記憶は復旧できるはずです。とりあえずそれをしてから——」

 

「ボクだってそれくらいわかってますよ!でも、何も思い出せないんです。なんなんですか、そっちのボクは!質の悪いドッキリか何かですか!?」

 

 その言葉を聞いて思わずはっとするボク。……そうでした。向こうの視点で見れば、ボクは最近急増中の、自分と同じアバターで活動する怪しいプレイヤーだ。そんな不審者が、自身の記憶と自我を真っ向から否定しにかかっている。

 

 そんなの恐ろしくて当然だ。なにをやっているんですか、ボクは!

 

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