卍荒罹崇卍のきゅーと&てくにかる配信ちゃんねる! 作:hikoyuki
「ごめんなさい……あなたの気持ちも考えずに」
存在しない記憶について詰め寄られ、ドッペルゲンガーみたいな人に思い出すことを促される。おまけに、本来の自分を取り戻すとなれば——今ここに存在している『荒罹崇』は消え去ってしまう。
確かに強制的に植え付けられた偽物の人格かもしれない。けれど今の主観において、その人格は紛れもなく自分自身にのみ存在する唯一の自我なんだ。
今の『荒罹崇』としての人格を捨ててめりぃさんのお兄さんとしての人格を取り戻すということは、その人格自身に対して『死ね』と宣告しているようなモノだ。
しかし——逆に言えば、今の状況は『荒罹崇』の人格がめりぃさんのお兄さんの人格を殺して居座っているということでもある。
そのことを考えれば今の『荒罹崇』を殺して元の人格を復活させるのがあるべき姿であり、当然の行為だ。
でもボクは『荒罹崇』を殺せない。だって、自分が殺されてしまうなんて考えてしまったら——それはとても怖くて哀しくて、辛いことだから。
「卍さん……」
その時、めりぃさんがボクとお兄さんの身体をぎゅーっと同時に抱きしめてくれた。
「大丈夫。両方を選べばいいんだよー。だってあたしは、お兄ちゃんも卍さんも大好きなんだからー!」
「めりぃさん……」
めりぃさんに抱きしめられると、なんだか心が落ち着いてくる。そして、それはもう1人のボクにとっても同じことだったらしい。
「……理由はわからないですけど、ボクが迷惑をかけてしまっているんですね……。わかりました。なんとか記憶を思い出してみます。『妹に迷惑はかけられませんからね』——あれ?」
「……っ!お兄ちゃん……いや、卍さん。記憶が戻ったの?」
「……どうやらそうみたいです。ボクはボクじゃなかったんですね……」「けれど——それでもやっぱり、ボクはボクのままのようです」「妹にまで迷惑をかけて……。なにをやってるんでしょうね、ボクは」
お兄さんの記憶は戻ったけれど、『荒罹崇』としての人格は残ったまま。そういうことらしい。
たとえ記憶が戻っても『荒罹崇』としての人格がその記憶を自分のものとして統合できない、ということだろう。
つまり依然としてお兄さんの人格は復活していないし、『荒罹崇』の人格が復活の妨げになってしまっている。
めりぃさんには両方を選んでも良いと言われた。けれど、現状では1つの身体にはどちらか片方しか存在できない。どうすれば……。
「——ねえ、めりぃちゃんの荒罹崇。そっちにもわたしはいるのかな?」
ボクが思考の迷路に呑み込まれかけていたその時、とがみんが1つの質問を投げかける。
「……わたし?どういうことでしょうか」
「とがみんだよ。《ロールプレイング》で形成された人格、みたいな?」
「ああ、いますよ。今は《ロールプレイング》を起動していないので出てきてはいませんが」「ところで、記憶が戻ったのはいいんですけど……なにかおかしくないですか?」「〘Multa〙は記憶の矛盾が多すぎるが故に封じられていたのでしょう。現在は余った過剰スペックをボクだけで利用しているようですね」「そのスペックでお兄さんを再現できるのでは?」「でも、《ロールプレイング》はあくまで演技。本物ではありませんよ」「それに、人格は1つだけじゃないんですよ?」
「なるほど。そっちのわたしはまだ独立して活動できてないんだね」
「独立して活動、ですか?それってどういう……」
とがみんの言わんとしていることはすぐにわかった。そっか、そうでしたね。ボクももともと2つの人格が同時に同居している存在だった。
お兄さんもまた同じように〘Multa〙の利用者であるという話は聞いているけれど、〘Multa〙は1つのエリアにつき1つの人格しか再現できない。今までの人類が使っていない領域にそれぞれ別の人格が生まれているだけだから。
しかし、現在のボクが使える《ロールプレイング》であれば1つのエリアに複数の人格を再現できる。
ただしこれは1つの領域を2つ3つとパーティションしているだけであって、処理能力が上がっているわけではない。だから《『次元脳』》に類する〈
その後に喧嘩になるようならアクタニアを探してきて身体を分裂させてあげればいい。どこにいるのかは知らないけれど、理論上は可能なはずだ。
とりあえずボクは明日香さんに、アクタニアがどこにいるか知っているかメッセージを送って聞いてみる。どうやら今はログインしていないみたいだけど、そのうち教えてくれるはずだ。知らないなら全力で捜索して引っ張ってこよう。
そしてその間にボクは、お兄ちゃんさんのために——全ての『荒罹崇』の〈
「全てのボクを集めてテクニックのお披露目会を始めましょう!この
「わわっ、どういうことー?卍さん!」
「わかった。戻って配信で告知してくるよ。卍さんたちは見てくれないだろうけど、視聴者さんたちに広めるのを手伝ってもらおっか♥」
思考の果てに結論だけを言葉にしても、とがみんはすぐにわかってくれる。即座に
ボクはとがみんの告知が終わるか、明日香さんから連絡が来るまでは動けないんだけど——思いつきで動いて失敗したら洒落にならない。お披露目会で《ロールプレイング》のこと、あるいは『転式学院』を発端として始まった事件のことを、どんな風に説明していくか考えておかないといけませんね。
「じゃあボクたちは予行演習を始めましょうか!めりぃさんも『ボク』も協力してください!」
「いやいや!話が飛びすぎですよ!ちょっとその前に説明を……」
「やっていけばわかります!たぶん」
「わかんないけど卍さんがそう言うなら仕方ないねー!お兄ちゃんも卍さんなんだから、流れに乗っていきあたりばったりで突き進まなきゃだめだよー!」
「……そんなにいきあたりばったりに見えます?」
それから何回かの予行演習を重ねていくと、とがみんから周知が完了したという旨のメッセージが届く。
恐らくは現在ログインしていない『荒罹崇』にまでは周知が行き届いていないだろうけれど、多くの『荒罹崇』を〈
そして懸念していたアクタニアの件に関してだけど……。
「捕まえてきましたよ♥」
《ぐえっ》
明日香さんに引っ張られてそのまま地面に叩きつけられるアクタニアさん。かわいそう。
「というかゲーム内にいたんですか?てっきりこのゲームにはログインしてこないかと思ってたんですけど?」
「最近見られてるな、と思ってたら『コメット』から私を視姦してたようでして♥あの事件が起こった次の日にはログインしていたみたいです♥」
人智を超越したストーカーなだけあってメンタルも人智を超越しているらしい。何はともあれ助かったので良しとしよう。
「というわけでアクタニアさん。ボクと分離したいというプレイヤーがいたらいい感じに改竄していただきたいんですけど、お願いできます?」
《はっ!お前みたいな奴に手を貸すわけがないだろう!》
「おねえさまの言うことを聞いてくださったら、視界に入ることを許可しますよ?♥」
《仕方ないね。協力してやってもいい》