卍荒罹崇卍のきゅーと&てくにかる配信ちゃんねる!   作:hikoyuki

293 / 541
第285話 食材の魔術師

 門を抜けると、そこは賑やかな繁華街だった。物売りの呼び声が折り重なり、色とりどりの看板が頭上でまたたく。ふと振り返ると、そこに【闘技場】の影も形もない。

 

 【フォッダー】では【メニュー】を操作することで、どこからでも対人用の【闘技場】マップに転移できる。そこから出たときにどうなるのか疑問だったけれど、そのまま転移前の場所に戻れるらしい。門を出る直前まで一緒だったゆうたさんも、おそらく別のエリアへ戻ったのだろう。

 

 ボクは深呼吸して気持ちを切り替え、配信ボタンをタップした。視界を走る虹色のスキャンラインとともに、視聴者数とコメント欄のホログラムがポップアップし、動画配信が開始される。

 

「さてっ、お次はのんびりと【アンネサリーの街】のお散歩配信をしていきましょうか!見渡す限り、お店がたくさんありますけど、何を売っているのでしょうかね?」

 

----

>VRMMO世界のぶらり旅楽しそう

 

>サービス開始してから結構経つのに街で何を売っているか知らない卍さん

 

>↑知らない振りしてんだよ!察してやれよ!

 

>バレバレの演技に失望しました。卍さんのチャンネル登録外します

 

>わー何売ってるんだろうたのしみだなー(棒読み)

----

 

 知らないふりだと分かっているなら、そのわざとらしい書き込みはやめてくださいね!

 

 こうした茶化しコメントはボクの配信ではお約束。視聴者さんの間では、ボクはそういう感じの()()()として扱われているらしい。まったく、失礼な話ですよね。

 

 ぶつぶつと文句を言いながら辺りを見渡していると、味噌と動物系スープの香りが絡み合う、甘じょっぱい湯気が鼻孔をくすぐった。匂いの元をたどると、『らあめん白鳳』と記された真っ赤な暖簾が目立つ、存在感抜群の屋台があった。

 

「良い匂いがすると思ったらラーメン屋さんだったんですねー。ちょっと寄ってみましょう。すいませーん」

 

「はい、いらっしゃい。何にするかい?」

 

 真っ赤な暖簾(のれん)をくぐって店主さんに声をかけると、メニューを手渡される。

 

 現代のゲームとしてはずいぶん原始的な取引方法だが、こういったアナログ交流もVRMMOの醍醐味だ。だからこそ一周回って好まれることもあるのだ。

 

「あっ、ボクは配信者の卍荒罹崇(ありす)卍と申します。ただいま配信中なのですが、問題ありませんか?」

 

「この世界(チャンネル)は『配信可』だぞ?許可なんて取る必要はないから、どんどん映してくれよな」

 

 メニューに目を向けると【醤油ラーメン】や【塩ラーメン】など、現代でもおなじみの料理名が並んでいる。しかしそこには()()()()()()の情報も記されていた。

 

「ほえー。このラーメン、支援(バフ)効果があるんですね。MPを50%ほど回復して、INT+10%がおよそ2時間続くんですか」

 

「それは魔法職業(クラス)用の【味噌ラーメン】だな。他にも各職業(クラス)向けの料理が揃ってる」

 

「なるほど!ボクは【メイジ】なので【味噌ラーメン】ですね。さっそく1つくださいな」

 

 ボクがそう答えると、店主は虚空に手をかざし、ゆっくりと引いた。その指先から——【ストレージ】から——湯気を上げる丼が姿を現す。

 

「はい、【味噌ラーメン】お待ち」

 

「えー?明らかにただの作り置きじゃないですかー!」

 

「いつ作ったものでも味に変わりはないから安心しな。【ストレージ】に入るから持ち運びも自由だぞ?」

 

 湯気がもくもくと立ち上る熱々の【味噌ラーメン】。取り出すところを見なければ、できたてほやほやだと信じて疑わなかったはずだ。

 

 食欲をそそられたボクは、つべこべ言わずに食べてみることにする。

 

「これもゲームのなせる技ってやつですね。では、いただきます!」

 

 まず一口。レンゲでスープをすくい、ゆっくり口へ運ぶ。むむむ、これはっ……!おいしい!

 

「濃厚な味噌の旨味が舌を駆け巡るッ!ピリリとした辛味がスープの味を引き立て、絶妙なハーモニーを奏でている!それにこのチャーシュー、口に入れた瞬間、ホロホロと溶けていくこの食感!おやっさん、いい仕事していますねぇ!よっ『食材の魔術師』!」

 

「チャーシューは入ってないぞ」

 

----

>入ってないのかよ

 

>捏造で草

 

>架空のチャーシューを幻視するほどの旨さということだ

----

 

 チャーシューは入っていなかったが、おいしいという事実だけは嘘ではない。箸を止めることなく一心不乱に食べ続け、丼の底が瞬く間に見えてきた。

 

「ごちそうさまでした!はい、少しばかり表現を盛ってしまいましたが、大変おいしかったです!みなさんもぜひ立ち寄ってくださいね!」

 

 

 

 

――何かがおかしい。

 

 

 ボクを襲う強烈なデジャブ感。

 

 デジャブってのは、今までそんな経験したことがないのに、「前にもあったかな?」なーんて錯覚してしまう現象のこと。

 

 錯覚ってことはつまり、本当はそんな経験なんてしていなかったり、あるいはちょっとだけ似ている出来事を勘違いしているだけってケースがほとんどなんだけど……。それでもある種、ボクはこの既視感に確信めいたものを抱いている。

 

 確信と言っても根拠はないんだけど……例えて言うなら、普通のデジャブならもやもやした夢みたいな感覚で、「前にもあったような?」ってなーんとなく感じる程度だと思う。けれど今回のデジャブは、もう少しはっきりした記憶みたいに、ボクの脳に違和感が走っている。所詮はボクの主観で、強烈な勘違いと言われればそれまでなんだけど。

 

「……あの、みなさん。デジャブってご存知ですか?」

 

「デジャブ……卍さんも感じてたのか。俺も前にもこんなことがあったような気がしてたんだが」

 

 思い切って唐突にもほどがある質問を投げかけると、即座に反応が返ってくる。やっぱり……気のせいじゃないのか。

 

「『食材の魔術師』さんもですか?」

 

「入ってもいないチャーシューの味を食レポするなんて、なかなか見られない光景のはずだろう? にもかかわらず、前にも見たことがあるような気がしてくるんだ。そんな変な人、他にもいたかなってな」

 

「ぐうの音も出ないですね」

 

----

>ある意味食レポとしては最悪の部類だもんな

 

>卍さん最低すぎる……

 

>責任とってチャーシューを確保してくるべき

----

 

「本当にぐうの音も出ません!許してください!ぐう!」

 

 「出てるじゃねーか」とか「お腹空いたのかな?」なんてコメントが嵐のように乱れ飛ぶ。ボクが通常ではありえない異次元の食レポをしてしまったのはさておき、『食材の魔術師』もこの不思議なデジャブを感じ取っているらしい。

 

 コメント欄でもぽつりぽつりと『以前、動画のアーカイブで見たような』なーんて不思議なメッセージが流れてくる。これがあくまでただのデジャブなら、もしかしたら似たようなことをしている人が他にもいたのかもしれないね。

 

 でも……ボクが言うのもなんですけど、こんな変なことをしでかす美少女って、そんなにいるものなんでしょうかね

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。