八舞姉妹との出会いを書いた後の学園生活で絡ませます。
それでは本編をどうぞ
真の八舞を決めるための神聖なる対決――悪く言えば姉妹喧嘩の裁定役に勝手に任命された遥斗は重い足を引きずりながら、一人暮らしのために使っているマンションに耶倶矢と夕弦を連れてきた。正確には引きずってきたと言った方が正しいだろうか。なぜなら……
「遥斗よ。我の身体は魅力的だろう? 我を選べば、この魅惑に満ちた身体は遥斗のものぞ?」
「誘惑。夕弦を選んでください。いい事をしてあげます。もうすごいことです。耶倶矢なんて目じゃありません」
二人がそれぞれ両方の腕にしがみつき、耳元で甘い声音を囁いて誘惑してくるのだ。疲労している身体にさらに重量が圧し掛かってくる。
突然の嵐で外出している人がいなかったのが不幸中の幸いで、奇抜な格好をして男にしがみついている二人を人目に晒すことなく連れてくることが出来た。靴を乱暴に脱ぎ捨て、二人をリビングに連れてきては、晩御飯を作るからと理由をつけてソファーで引き剥がす。
キッチンへ向かい買い物バックを下ろすと、すぐに今日買ってきた食材を使って夕飯に取り掛かる。調理を始める時間がいつもより早いため、手の込んだものにしようとハンバーグの材料を取り出す。付け合わせのサラダの準備や、人数が増えたことによって必要になったご飯を炊くことを忘れない。
突風によっていくつか飛んでしまった食材の分をあるもので代用しながらも調理を続けること数十分。三人分の料理が出来上がった。
「これでよしっと……二人とも、ご飯出来たぞ~」
二人が座っているソファー近くにあるテーブルにまずは二人分の食事を運ぶ。そのあと自分の分を持っていく。耶倶矢と夕弦が隣同士で座り、テーブルをはさんで向かいに遥斗が腰を下ろす。その様子を見た二人がソファーから降りて床にちょこんと座る。
「それじゃ、いただきます」
手を合わせてから箸を掴み、焦げ目のついたハンバーグにかぶりついた。うん。悪くない味だと思う。
少し遅れて耶倶矢と夕弦も手を合わせ、箸でハンバーグを一口大にしてから二人同時に口に運ぶ。
「んんっ! なにこれ、すごく美味しい! ……そなたが用意した供物、見事なものよ。高貴たる我が晩餐にはふさわしい」
「称賛。とても美味しいです」
耶倶矢には大仰な態度を忘れるほどに、夕弦には気怠そうな半眼を見開くほどに喜んでもらえたらしい。手間をかけて作った甲斐があったというものだ。
会話はなかったが、どこか和やかな雰囲気のまま夕食が進んでいくこと数分。サラダに箸を伸ばしていた遥斗の目にスッと箸が伸びてきた。先端には一口大にされたハンバーグがある。顔をあげてみると、そこには少し顔を赤くした耶倶矢と相変わらずの半眼の夕弦があーんの体勢で待ち構えていた。
「……どういうつもりだ」
「我が直々に食べさせてやろう。さあ、その無限の闇へと続く門を開くがよい」
「返答。あーん、です」
耶倶矢は少し頬を朱に染め、夕弦は半眼の瞳を微かに揺らしている。恥ずかしいならやらなければいいのに。
なぜこんな行動に出たのか、考えてみれば当然である。遥斗自身が認めたわけではないが、真の八舞を決める裁定役に任命されているのだ。この二人は自分の知っている知識の中から、男が喜ぶであろう仕草や行動を選択して実行している。それに対していくら自分本意ではなくても、ここまでされては無情に突き放すわけにはいかない。
そう考えた後の行動は早かった。遥斗は顔を突き出し、二人が差し出している箸を同時に口に含んだ。味は自分の作ったハンバーグだが、今まで体験したことのないことにそれも新鮮に感じた。
「……うん。美味しいよ二人とも」
正直な感想を述べたら二人は満面の笑みを浮かべ――しかしすぐにお互いの睨み合いを始めてしまう。
「くくく。我が差し出した物の方が一瞬だが口に含むのが早かったな」
「否定。夕弦の方が○・○五秒早かったです」
「そんなことないし! うちの方が早かったし!」
「お前らとっとと食っちまえよ~」
姉妹の言い合いをしている間に自分の分を平らげた遥斗は流し台まで食器を運んで慣れた手つきで洗っていく。一人暮らしをしていると自然と身につくので、一通りの家事は慣れたものである。
「質問。夕弦が手伝えることはありませんか?」
「ん? それじゃあ悪いんだけど、洗ったやつを拭いてってくれないか?」
「首肯。了解しました」
「あ、アタシは何すればいい!?」
夕弦に対抗してか、耶倶矢が焦った表情で問うてきた。遥斗は食器を洗いながら考えを巡らせ、ひとつの仕事を任せることにした。
「それじゃあ耶倶矢には風呂のお湯を入れてきてもらおうかな。廊下に出てすぐにあるから。温度の目盛りは黄色の中間辺りな」
「わかった! ……コホン、任せておくがよい」
軽くわざとらしい咳払いをしてから、言うとおりに風呂場へと駆けていく耶倶矢を少し微笑ましく思いながらも、水ですすいだ食器を水切り台に乗せ、それを夕弦が拭いていく。心なしか、距離がとても近い気がする。少しでも動けば触れてしまいそうだ。
「好機。これで邪魔者はいなくなりました」
何のことかわからなかったが、すぐに理解した。夕弦が皿を拭いていた手を止め、遥斗の左腕に抱き着いてきたのだ。それにより豊満な二つの山が腕を挟み込み、ぐにゃりと形を歪める。
「この場に邪魔をする者はいなくなりました。さあ、遥斗の思うがままに、夕弦をめちゃくちゃにしてください」
そう言ってさらに身体を押し付けてくる。その動作がとても色っぽく、確実に理性を削っていく。遥斗の脳は突然の事態にショートしかけている。顔が熱いし、おそらく顔も赤くなっていることだろう。
そんな遥斗のことなんてお構いなしで、夕弦が紅潮させた顔を近づけていき、ついにはお互いの吐息が肌で感じられるほどの距離になった。そして夕弦の艶やかな唇が遥斗の唇に重なる――
「ただいま戻ったぞ……って夕弦! アンタ何してるのよ!!」
瞬間、風呂場から戻ってきた耶倶矢はこの光景を見ては顔を赤くし、目に見えない速さで遥斗と夕弦の間に入り込んで二人をぐいっと引き剥がす。耶倶矢がぜぇぜぇと息を切らし、夕弦は視線をそらしてはチッと舌打ちを漏らし、遥斗はいまだ冷え切っていない頭でこの状況をどうしようか考えを巡らせていた。
「……とりあえず、風呂が沸くまで話でもするか。二人のこと知りたいし」
気まずい空気を何とかするために切り出した話題に、耶倶矢と夕弦は顔を俯かせながら頷いた。
「……なるほど、よくわかった」
遥斗は聞けるだけのことを聞いた。
耶倶矢と夕弦はもとは一人の精霊だったということ。もう元には戻らないこと。八舞にはどちらか一方しかなれないこと。そのために数々の決闘を繰り広げていたこと。そして……どちらかが勝利を獲得したとき、負けた方は消滅すること。最低限知っておかなければならないことはすべて知ることが出来た。
だが、それを知ったと同時に遥斗は戦慄にも似た感情に襲われた。
この二人は姉妹であるお互いの存在を消し去ろうとしているのだ。それが定められた運命だとでもいうように。
遥斗が顎に手を当てて考えを巡らせている態度をどう捉えたのか、向かいに座っている姉妹は困り顔をつくってしまう。
「くくく。遥斗よ。我らの運命を左右する存在であるお主がそんな顔をするでない」
「支持。そんな顔をしないでください。遥斗は、ただどちらかを選べばいいのです」
それが一番つらいことなのだが、二人の少し寂しそうな顔を目の前にして言えるわけがない。ましては遥斗は仮にも裁定役。途中で投げ出すわけにもいかない。
遥斗が気まずい気分になっていると、タイマー音がリビングに鳴り響いた。どうやら風呂が沸いたらしい。
「遥斗よ。一度知力を巡らせるのを休め、体を清めてきてはどうだ?」
「同調。それがいいです。夕弦達のことは気にせず、お風呂に入ってきてください」
「いいのか? それじゃあお言葉に甘えるとするよ」
本当は遥斗が譲るのが普通なのだが、二人の行為を無駄にはするまいと二人に感謝し、部屋で着替えを用意してから脱衣所へと向かい、素早く衣服を脱いで風呂場のドアを開ける。一室に籠もっていた湯気が一気に開放され、視界がだんだん晴れてくると、お湯がたっぷり入った浴槽が姿を現した。蛇口から出ているお湯を止めてから入浴剤を投入し、身体を洗ってから湯船に浸かる。
「あぁ~気持ちいい~」
全身の毛穴から今までの疲労がにじみ出てくるような感覚に襲われ、自分のすべてを湯銭にゆだねる。
どれほど時間が経っただろうか。そろそろ出ようと湯船の淵に手をかけると、ドアの向こうに人影が見えたのだ。まさかと思って近くにあったタオルを手に取り、腰に巻こうとしたのと同時にドアが開かれた。
「くくく。遥斗よ。我が自らお主の身体を清めてやろう。光栄に思うがいい」
「否定。夕弦が気持ちよくしてあげます」
「な、なにしてるんじゃお前らはーー!!」
遥斗は顔を真っ赤に染め、腰にタオルを巻くと同時にお湯に沈み込む。
そこに立っていたのは予想通りの耶倶矢と夕弦だった。二人とも身体にバスタオルを巻いているため局部は見えていないが、男女が同じ風呂場に居合わせていること自体がイレギュラーなためどうすればいいのかわからないでいる遥斗であった。
「……何か言う事は?」
「「(謝罪)申し訳ありませんでした」」
風呂場でひと騒動起こった後、リビングでは遥斗が仁王立ちしていて、その前で那倶矢と夕弦が正座して頭を下げていた。遥斗は呆れたようにため息を吐き、風呂上がりで湿っている頭をボリボリ掻いた。
「まあ……悪気があったわけじゃないんだろうし、いいけどさ……」
正直に言うと、嬉しくないわけじゃなかった。とある事情で現在学校に行っていない遥斗はまして一人暮らし。女の子との出会いどころか男の友達もまともに出来ていないから、こうして女の子がいる空間というのは新鮮でいいのだ。なにが言いたいかというと遥斗も男だ。女の子の裸をタオル越しとはいえ見ることが出来たのが嬉しかったのである。
「そういえば二人ともその服装はどうしたんだ? 俺の家にはないはずだが……」
今耶倶矢と夕弦が着ているのはシンプルなデザインをしたパジャマなのだ。色は耶倶矢が黄色で夕弦が水色だが、どこで手に入れたのかが不思議だった。
遥斗が疑問を口にすると二人は顔を見合わせた後、納得したように頷くとその場で立ち上がって目を閉じた。すると二人の身体を淡い光が包み、身に纏っている服装が変化していく。光が消滅したときには、二人の服は出会った時のものになっていた。
「驚いた……。精霊ってのはそんなことまで出来るのか……」
「左様。こんなもの、我らにとっては造作もないことよ」
「質問。他の服にも変えられますが、なにか要望はありますか?」
「ないからとりあえずさっきのに戻してくれ」
すぐにそう返答した遥斗の顔を夕弦は不機嫌そうな顔でパジャマ姿へと変化し、耶倶矢はそれをにひひと笑いながら先程のパジャマを纏わせた。
「さて、二人はこっちの部屋を使ってくれ。布団は敷いておくから」
遥斗は自分の部屋の隣――かつて両親が寝起きしていた部屋の扉を開け、ふすまから二人分の布団を取り出す。敷き終わってから、父と母の写真が飾られた仏壇の前に正座して礼をする。起きた後と寝る前に礼をするというのが遥斗の日課なのだ。
「それじゃあ二人とも、今日はもう遅いから寝ろよ。お休み」
「うむ。お主が良き夢を見ることを祈っておるぞ」
「了解。お休みなさい、遥斗」
あれこれしているうちに時計の針は日付を跨ごうとしていた。遥斗は二人が部屋へ入っていくのを確認してからリビングの電気を消し、自分の部屋へと入っていく。こっちの電気も消してベットに飛び込み、布団に潜り込んだ。
今日一日でいろいろあったからか、すぐに眠気が襲ってきた。それに抗うことなく、睡魔に従って眠りについた。
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電気が消され、真っ暗で静かな空間に耶倶矢と夕弦は遥斗が敷いてくれた布団に並んで寝転んでいた。だが二人とも、あることが頭から離れずに寝ることが出来ないでいた。
「……夕弦。起きてる?」
「応答。なんでしょう、耶倶矢」
「あのときの遥斗の表情、どう思う?」
「回答。とても、悲しい顔をしていました」
どうやら夕弦も思うところがあったらしく、すぐに返事が返ってきた。自分の考えすぎなのではないかと考えていた那倶矢がほっと息を吐いた。
遥斗がお休みと言ってリビングの電気を消したとき、表情がとても穏やかだったのだ。夕弦が言った通り、悲しさを感じるくらいに。
「提案。ここは一時休戦して、遥斗を元気づけるというのはどうでしょう」
「それはいいけど……どうやって?」
暗闇に慣れた目に、夕弦が手招きしているのが見えたので近づいていく。そちらに耳を傾けると夕弦がそこに向かって提案を耳打ちした。
「ふんふん。なるほどね……よし、そうと決まればさっそく赴こうではないか」
「首肯。では行きましょう。遥斗の部屋へ」
こうして姉妹は暗い室内を物音立てずに歩いていき、事情を抱えているであろう少年が寝ている部屋へと向かうのだった。