遅くなりましたが、本編をどうぞ!
「……ん、もう朝か……」
カーテン越しに差し掛かる日光で目を覚ました遥斗は、微睡んでいる意識の中、まだ寝ていたい欲求を抑え込み、重たい身体を起こそうとする。
「……ん?」
だがそれは叶わなかった。なにかに押さえつけられていて起き上がれなかったのだ。朝から金縛りにでもかかったのかと考えたが、すぐに違うと理解出来た。原因は遥斗の真横にあった。
瓜二つの少女二人が左右の腕にしがみつきながら寝ていたのだ。しかもパジャマをはだけさせ、肌に密着させるように抱きしめて。
「くぅ……くぅ……」
「すう……すう……」
大声出したかった。このいきなりの状況に叫びたかった。だが気持ちよさそうに寝ている二人を起こすわけにもいかない。どうしようかと考えた結果――とりあえず朝ご飯を作ることにした。
頭の中で開き直っていると、二人が同時に姿勢を変えたことで遥斗の腕が解放された。この機を逃すまいとすぐに起きて部屋を出ようとすると、なにかを探すように手をあちこちに動かし、目的のものがない事に気づいたのか跳ね上がるように起き上がった。体格から察するに耶倶矢だ。
「どうしたのだ遥斗よ……。我が共にプロクルステスの寝台で寝ているというのに、自らその場を離れるとは……」
「お前らこそなんでここで寝てるんだよ。それより朝飯作ってくるから、その間に夕弦を起こしておいてくれ」
寝ぼけている耶倶矢と寝ている夕弦を部屋に残し、遥斗は朝食の準備を始める。今日はハムエッグサンドにすることにした。
そんなに時間もかからず朝食を作り終えた遥斗はちらりと部屋の方を見た。するとちょうどいいタイミングですっかり目を覚ました様子の耶倶矢と起きているのか寝ているのかわからない半眼の夕弦がやってきたので座るように促し、朝食を食べ始める。
テレビの音しか響かない静かな空間の中、遥斗は一つの提案をしてみることにする。
「耶倶矢、夕弦。朝ご飯食べたら、ちょっと出かけないか?」
遥斗のお誘いに二人はエッグサンドをかじりながらキョトンとした表情を作り、顔を見合わせてから再び遥斗へ視線を戻す。こちらに向けているパッチリしている目と表情が読み取れない半眼が、なぜだとでも言いたいような表情をしていたので買い物に行くから一緒にどうだと説明した。
「よかろう。そなたの用事とやらに付き合ってやろうではないか」
「疑問。どこへ行くのですか?」
「デパートだよ。俺個人の用事と、二人の生活用品を整えにな」
当たり前のことだが、彼女がいない一人暮らしの遥斗は一人分の生活用品しか持っていない。食器や箸、タオルは複数あったのでそれを使ってもらっている。
だが、二人も女の子だ。男が使っていた物をそのまま使わせるわけにもいかない。
そうと決まれば早めに朝食を済ませることにする。心なしか、正面に座っている耶倶矢と夕弦もさっきより表情が明るくなっている気がする。精霊とはいえ、こういうところは普通の女の子なんだなと二人を眺めていた。
朝食を終えてそれぞれ着替えを済ませた後、日課の礼を終えた遥斗達三人は現在デパートの前まで来ていた。遥斗の服装は下から黒のブーツ、ズボン、インナー、その上から白の上着を羽織っている。
遥斗は辺りを見回した。今日は月曜日というのもあって若年層が少なく、自分と同じく買い物に来たのであろう主婦がちらほら見える程度の人通りだった。中にはこちらを見てひそひそと話をしている人達もいた。その気持ちもわからなくはない。学校に通っていそうな若い男女が午前中に平然と町を歩いているのだ。不審に思う人がいてもおかしくない。
遥斗はこの状況には慣れっこであるためなんともないが、左右を歩いている耶倶矢と夕弦はどう思っているのだろうか。気になってチラリと二人を交互に見やる。
遥斗の右側を歩いている耶倶矢は全身が黒に覆われていた。ドクロのTシャツにチェーンのついているボトムスといったゴシックパンクスタイル。左側の夕弦は対称的な青い服に白いカーディガンを羽織っており、下は膝丈までのスカートの清楚な感じとなっている。見たところ特に気にしている様子もないのでひとまず安心である。
デパートに入ると軽やかなメロディーが出迎えてくれる。それに合わせて鼻歌をはさみながらエスカレーターで上の階へ行き、最初の目的地である俺のお目当ての店へと足を動かしていく。
「そういえば遥斗よ。いったいどこへ向かおうというのだ」
「確認。遥斗のお目当てというのは……」
「ここだ」
三人が到着したのはデパート内の一角にある電気屋だ。店舗自体は小規模だが、品揃えが良いのでよくお世話になってる。
店内に入るといつも顔を合わせている女の店員さんが笑顔で出迎えてくれる。それに笑顔で返した後、お目当て商品を探すために歩き回る。
「お、あったあった」
遥斗が早足でとある場所へと駆けていく。その後ろを那倶矢と夕弦が追いかけるようについていく。追いついた耶倶矢と夕弦は遥斗の左右の手に何かが握られているのに気づき、肩ごしから手元をのぞき込む。
左の手には黒い小さな機械が、右の手にはそれより少し大きいが形が似ている同じ色の機械が握られていた。
「遥斗よ。その漆黒に染められた機械はなんだ?」
「疑念。見たことがありません」
「これか。これはウォークマンと言ってだな――」
二人の疑問に遥斗は親切に説明してくれる。それに音楽を入れることで、外に音楽を持ち出すことが出来るらしい。
説明を聞いて耶倶矢と夕弦は驚きの顔を浮かべていたが、それを気にすることなく遥斗は再び二つに目を向けて唸っていた。
「こっちの方が小さくていいけど、こっちはたくさん入るからな~。でも今考えてみればそんなに聴く曲持ってないしな……」
唸りながらブツブツ呟いていた遥斗だが、スクッと立ち上がっては右に持っていたウォークマンを棚に戻した。どうやらどちらを買うのか決まったようだ。
するとすぐに遥斗は隣の棚に目を向けた。そこには色とりどりの細長いコードが陳列していた。なかには頭に被って使うようなものまである。
「う~ん……イヤホンは種類が多いな。どれがいいのかわからん」
遥斗は三回目の唸り声を上げながら、イヤホンと呼ばれた品物を手に取って眺めていた。だがどれを選べばいいのかわからなかったのか、先程笑顔で迎えてくれた女の店員さんを呼んでおすすめを聞いていた。後ろの耶倶矢と夕弦にはどれも同じに見えるのだがどうやら違うらしい。店員さんは丁寧に好きな色から選定してくれていた。
最終的に遥斗は黒のウォークマンに白のイヤホンと相反する色の物を購入した。袋に入れられた品物を受け取り、店員さんの声を背に受けながら店を出る。
「わるいな。二人とも退屈だっただろ?」
「遥斗には現在世話になっておるからな。何も言うまい」
「否定。そんなことはありません。むしろ微笑ましい光景を見ることが出来ました」
「そ、そっか。ならいいんだが……」
遥斗は照れ臭くなり、空いている方の手で後頭部を掻く。機械に対してあまり知識のないところを見られて恥ずかしかったのだが、二人はそれを気にしていない様子で返事をした。
「さて。俺の買物は終了したから、次は二人のだな。生活用品とか洋服とか、気に入ったものがあったら言ってくれ。買えるものは買うから」
そう言うと二人は嬉しそうな顔をして同じ階にある洋服店へと走っていってしまった。二人仲良く走っていくその背中を微笑みながらゆっくりと追いかけた。
一通り買い物を済ませた遥斗達は、少し休憩しようということでデパートに備え付けられてるベンチに腰を下ろした。荷物は目に見える自分の足元に置き、背もたれに身体を預ける。今までずっと歩いていたので自然と息を吐いてしまう。夕弦はお手洗いに行ってくると言って席を立っているため、ベンチには遥斗と耶倶矢しかいない。
「……ねえ、遥斗」
隣から耶倶矢が話しかけてくる。だが先程の大仰な態度は見受けられず、なにかを心配しているような表情をしていた。
「ん?」
「あのね……今回私たち、どっちが遥斗を落とせるかで勝負してるでしょ?」
「そうだな」
つい昨日の話を忘れるわけがない。耶倶矢と夕弦は現在、真の八舞を決めるために数々の勝負を繰り広げている。だが一向に勝負がつかず、五十戦目の闘争に明け暮れているところに遥斗が横やりを入れる形となったのだ。
「この勝負……夕弦を選んでほしいの」
遥斗は耶倶矢がなにを言っているのかが理解できなかった。あの耶倶矢が負けを認めたのかとも思ったがすぐに違うとわかった。先程の表情は夕弦のことを心配していたものだったのだ。
「ほら、夕弦って超可愛いし胸大きいし、もう萌えを形にしたようなものじゃん? 迷う余地がないと思うんだ」
「お前、自分が何を言っているのかわかってるのか……? 夕弦を選ぶってことは、耶倶矢は消えるってことなんだぞ! お前だって生きていたいって思ってるんだろ!?」
「確かに生きていたいとは思ってる。でもそれよりも、私は夕弦に生きていてほしい。この世界のいろんなところを見て、楽しんでほしい」
遥斗は抑えることなく強く言い放ってしまうが、耶倶矢は冷静に肯定して淡々と理由を述べていく。そんな耶倶矢を前にして、遥斗は何も言えなくなって息を詰まらせる。遥斗の態度をどのようにとったのか、耶倶矢は一瞬だけ悲しそうな表情を作るが、すぐにいつもの表情に戻り、その場に勢いよく立ち上がった。
「くく……遥斗よ。此度交わせしは血の盟約ぞ。違えればこの島ごと、其の身の髄まで煉獄の焔(フェーゲファイア・フランメ)に灼かれると知れ!」
そう言うと耶倶矢はトイレへと走っていってしまい、入れ違いで夕弦が戻ってくる。夕弦はそれを見届けた後、さっきまで耶倶矢が座っていたところに腰掛ける。
「質問。耶倶矢がトイレに走っていきましたが、私がいない間に何をしていたんですか?」
「い、いや、何もしていないが……」
遥斗がそう言うと、夕弦は呆れた顔をしてため息を吐いた。何もしていないわけではないのだが、さっきのことを夕弦に言うことが出来るわけがなく、曖昧な返事になってしまったのだ。
「呆然。耶倶矢は詰めが甘いです。きちんと誘惑すれば、簡単に遥斗を落とせるというのに」
そんなに簡単そうに見えるのかと遥斗は内心不安を覚えたが、夕弦の言葉に違和感を覚える。そう、それはまるで――
「請願。遥斗にお願いがあります」
夕弦は一度俯いてから深く頷くと、その半眼で遥斗の顔を見つめてきた。その目からは一切の迷いが感じられない。このとき、遥斗は夕弦が何を言うのか予想できた。そのことを考えると、急激に喉が渇く。喉を潤すようにごくりと唾液を飲み干す。
「請願。この勝負。ぜひ耶倶矢を選んでください」
まじまじと見つめてくる夕弦から顔を背けたかった。だがここでそれをやってしまえば、那倶矢からもお願いされたことが悟られてしまう。それだけはなんとしても阻止せねばならない。
「……なんでそんなこと聞くんだ」
今の遥斗にはそう聞くことしか出来なかった。このあと夕弦がなにを言うのかをわかっていてもだ。
「説明。耶倶矢の方が、夕弦より優れているからです。多少強がりなところはありますが、一途ですし、面倒見はいいですし、触れれば折れそうな華奢な肢体を抱きしめたときの快感は天国としか形容できません。是非、耶倶矢を選んでください。迷う余地などないはずです」
理由を説明する夕弦はとても楽しそうな表情をしていた。それこそ、最愛の妹の自慢をしているような、そんな表情。
「いや、だって……耶倶矢を選んだ瞬間、夕弦は――」
「首肯。わかっています。ですが、耶倶矢の方が真の八舞にふさわしいです」
「だったら、なんで競い合いなんか……」
「解説。耶倶矢はああ見えて恥ずかしがり屋です。焚きつけてあげないと、自分からああいったアピールが出来ません」
そう言い切ると、夕弦はある一点に視線を集中させた。その先にはお手洗いがある。どうやら耶倶矢が戻ってきたみたいだ。
「念押。絶対、耶倶矢を選んでください。さもなくば、遥斗が住んでいるマンションの住人に不幸が訪れるでしょう」
耳元まで顔を近づけてそう囁くと、距離を離して那倶矢へと向き直った。すぐに耶倶矢と夕弦がなにやら小競り合いを始めたが、混乱している遥斗には隣の声すら聞こえていなかった。
「これでよしっと……」
こんがらがった気持ちのまま帰宅した遥斗は、気持ちを切り替えるためにある準備をしていた。家にもともとあったコンポに買ったばかりのウォークマンを取り付け、CDを挿入する。遥斗は一度チラッとソファーに座っている耶倶矢と夕弦を見た。
デパートで二人からお互いを生かすようお願いされた遥斗は帰り道そればかりを考えていて、話しかけてきた二人に対して上手く接することが出来なかった。それほどまでに動揺していた。
耶倶矢は夕弦に、夕弦は那倶矢に生きていてほしいと懇願する。
だが、遥斗の中ではそれは許されない。
どちらかが取り込まれ、どちらかが生き残る? 自分はそのどちらかを選ばなければならない? ふざけるな。胸の内で叫ぶ。
「あんな仲の良い姉妹のどちらかを殺すだなんて、出来るかよ……!」
二人に聞こえないくらいの小声でそう言うと、苛立ち気味に再生ボタンを押した。遥斗の心境とは相反する穏やかな曲調がリビングに響き渡る。
「なんだ? 先程まで湧き上がっていた血が静まっていく……」
「静聴。いい音色です」
耶倶矢と夕弦が再生されている音楽に聴き入っている。どうやら気に入ってくれたみたいだ。その光景を見てか――それともこの曲を聴いているからか、遥斗の気持ちも落ち着いてくる。
この曲はまだ父と母が生きていたころ、よく聴いていた曲なのだ。この曲を聴いているとその日あった嫌なことがすぐに溶け消えていき、次の日も頑張ろうとやる気を起こしてくれるのだ。父と母が亡くなった後も、こうしていつも聴いている。
曲が終わってコンポを停止させる。那倶矢と夕弦がいまだうっとりしているなか、遥斗はウォークマンを取り外してイヤホンを刺し、録音されているかを確認する。きちんと録音されていたのでほっと息を吐く。
「ふむ。たまにはこういうのも悪くない」
「感動。心に残る良い曲でした」
「気に入ってくれてなによりだ」
コンポの近くにいた遥斗もこの曲を聴いて勇気が沸いてきた。言うなら今しかない。そう思った遥斗はすぐに行動に出た。
「耶倶矢、夕弦。今回の対決について話がある」
そう言うと耶倶矢と夕弦は驚いたように目を見開き、真面目な顔つきへと変貌させ、ソファーから降りて正座する。遥斗はその向かいに座る。
真剣な面持ちで見つめてくる二人に結果を伝えるのを躊躇ってしまうが、喉をごくりと鳴らして思いとどまる。ここで逃げてはなにも意味がない。深呼吸をひとつしてから二人を見つめ返し、はっきり聞こえる口調で答える。
「真の八舞にふさわしいのは……お前ら二人、両方だ」