バカとデートと精霊達   作:トッキ―

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遅くなってしまいましたが投稿です。
しばらくはこっちでしか投稿しないかも……

それでは本編をどうぞ!


第七話

 結果だけを言うと、散々だった。

 やる気に満ちた精霊三人と同じく連行された士道に付き合って徹夜勉強を繰り返し、猛スピードで実力を身に着けていった。中学で学力が止まっていた遥斗も高校一年生レベルまで到達した。

 令音に負けないくらい目に隈をつくり、ノートにびっしり計算式や歴史の出来事を書き連ね続けた編入試験前日の夜。疲れ果てた、でもやり遂げた感に満ち溢れた表情で一斉に頑張ろうと声を合わせたことは一生忘れることはないだろう。

 

「シドー~、頭がくらくらするぞ~……」

「我を蝕む忌々しい邪悪の権化め……はやく浄化されるがよい……ゴホッ」

「失態。よりにもよってこんなときに……ゴホッゴホッ」

 

 あれだけAクラスに行こうと張り切っていた十香と耶倶矢、夕弦が三つ並んだ<フラクシナス>のベットに横たわっている。マスクに水枕に体温計と、見ているだけで辛いのは一目瞭然だった。

 

「まあ、予想していなかったわけではないんだが……」

「これでFクラス行きは確定だな……ふぁ」

 

 士道が額に手を当ててため息を吐き、遥斗はあくびを噛み殺しながら小さく呟いた。世間では危険視されている精霊も、風邪というウイルスには勝てなかったようだ。

 

「どうして徹夜していない私まで風邪ひいてるのかしらね……」

 

 同じようにマスクをしてソファーに寝そべっている琴里が枯れた声で呟き、ゴホゴホと咳をする。彼女は健康的な睡眠をとっていたにもかかわらず、五河家に漂っていたウイルスに侵されてしまったのだ。

 

「しかし遥斗よ……なぜお主は試験を受けに行かなかった?」

「疑問……。遥斗は風邪をひいていません。試験は受けられたはずです」

 

 夕弦のように目を細めている耶倶矢と、さらに目を細くしている夕弦にそう問われた遥斗は、はあとため息を吐いて答える。

 

「あのな……一緒にAクラスに行くって言って始めた勉強だろ? Aクラスに行けはしなかったけど、どのクラスでも一緒にはなれる。俺だけで試験を受けて、お前らと別々になったら意味がないだろ」

「遥斗……」

「唖然。……」

「……今ので八舞姉妹の好感度と体温が急上昇している」

 

 遥斗たちから少し離れた医務室のデスクで、令音がノートパソコンのキーボードを打ち鳴らしている。画面には精霊三人と琴里の顔写真が映っており、琴里からは一本、他三人からは二本の棒グラフのようなものが伸びていた。こうしている間にも、耶倶矢と夕弦から伸びている棒がすごい勢いでその長さを増やしている。

 

「体温上昇とかやばいじゃん! はやく氷水を用意して――あれ、それともおとなしく寝かせておいた方がいいのか?」

「とりあえず落ち着けよ遥斗。今は安静にさせるべきだ」

 

 士道の冷静な指摘にそれもそうかと納得した遥斗は近くにあった椅子を八舞姉妹が寝ているベットの間に引っ張り、腰を下ろす。座ってすぐにシャツの裾が引っ張られたため、そちらに体ごと向き直る。

 

「どうした耶倶矢? なんかあったか?」

「そ、そういうわけじゃないんだけど……あの、さ」

 

 耶倶矢はただでさえ風邪で赤くなっている顔をさらに赤くして視線を遥斗からわずかに逸らし、躊躇いがちに華奢な腕を伸ばす。

 

「手……握っててくれない?」

「あいよ」

 

 風邪をひいた人は思考がネガティブになりがちだ。看病してくれる者がその場から離れたとき、もう戻ってこないのではないかと普段考えないことが脳裏にまとわりついてしまう。そんな寂しさが少しでも和らぐのならと、遥斗は伸ばされた耶倶矢の左手を優しく握りしめた。

 

「懇願。夕弦も、お願いします」

 

 背後からも声が聞こえて振り返ってみれば、案の定夕弦も同じように右手を伸ばしていた。断る理由もないため、空いている方の手で夕弦の手を握る。まったく同じタイミングで、左右の手が握り返された。

 

「こうしてると、なんだか安心する……」

「安堵。遥斗の温もりが、間近に感じられます……」

 

 姉妹の微笑みに遥斗が照れ笑いを浮かべたそのとき、手に伝わる力が徐々に弱まっていくのを感じた。見てみれば、耶倶矢と夕弦が安心しきった表情ですうすうと穏やかな寝息を立てていた。

 

「……なんかあなた、士道と同じにおいがするわ」

 

 琴里が言ったセリフの意味がわからず遥斗は首を傾げる。視界の端で十香がなにやらそわそわしているが、今も八舞姉妹に手を握られているためなにもすることが出来ない。

 

「……琴里。そろそろ寝ておいた方がいいんじゃないか?」

「そうね。士道。いくら私が寝てるからって、変な事したら殺すわよ」

「断じてするかっ!」

「……あっそ」

 

 不機嫌にそう吐き捨てると、琴里はもぞもぞとベットに潜り込んだ。どうして不機嫌だったのかが気になった遥斗だが、兄妹間の話に口をはさむべきではないと思考を遮断した。

 

「……シンとハロも寝たらどうだい? 徹夜続きで疲れてるだろう?」

「一番寝ないといけない人に言われても……」

 

 士道のツッコミにうんうんと頷く遥斗は、ふいに何かを思い出したかのようにハッと顔を上げ、令音の方に視線を向けた。

 

「令音さん。俺がここに連れてかれたときのあれ、こっちからでも出来るんですか?」

「空間転移のことかい? 可能だが……どうかしたのかい?」

「ええ。ちょっと行っておきたいところがありまして」

 

 遥斗から理由を聞いた令音は無言で頷くと、パソコンのキーを素早く叩き、とある場所の座標を表示した。それを確認した遥斗は一瞬だけ表情を曇らせるが、令音の後ろについて転送装置に向かうときにはすでにいつも通りの顔になっていた。

 その一瞬を、士道は見逃さなかった。

 

 

 

 

 

 晴れ渡った空の下、白百合の花束と水の入ったペットボトルを持って狭い道を歩いていた。左右は同じ素材で作られた石が並び、その真ん中には誰かもわからない名前が達筆で刻まれている。

 その一角に建てられた『出木家』と書かれた墓石の前に腰を下ろした遥斗は花束を置き、墓石の頭から水をかけながら呟く。

 

「父さん、母さん……。俺さ、また学校に行くことになったさ。中学校だって最後まで行けてないのに、高校に。しかも二年生からだぜ? すごいだろ? 飛び級だぜ?」

 

 自慢げに話す遥斗の言葉に返ってくるのは音のない静寂。悲しみを帯びた笑みを浮かべながら再度腰を下ろした遥斗は手を合わせて拝み、はるか遠くにいる両親に念じる。

 俺はもう一人じゃない。新しく出来た友人たちと上手くやっていくから。

 だから、安心して見ていてくれよ……。

 遥斗の思いにこたえるように、辺り一帯にそよ風が吹いた。緑色の髪がそれに合わせてなびく。

 

「ここだったか」

 

 顔を上げ、立ち上がろうとした遥斗の耳に届いたのは、先程<フラクシナス>で別れたはずの五河士道の声だった。

 

「士道。来てたのか」

「まあ、な。お参りしてもいいか?」

「もちろんだ。きっと父さんと母さんも喜ぶ」

 

 遥斗と入れ替わりで腰を下ろした士道は静かに目を閉じて墓石の前で手を合わせた。後ろで見届ける遥斗は、士道がどうしてここにいるのか理由を聞こうとしていた口を閉じた。大方、帰りが遅いから令音に場所を聞いて転送してもらい、ここまで捜しに来たに違いない。腕時計を見てみれば、時刻は既に夕方の六時を示していた。

 お墓参りに来た遥斗は何も持っていないことに気づき、早足で芦原島の花屋に向かって白百合の花を購入した。会計を済ませて帰ろうとしたところで花屋のおばさんにゆっくりしていくといいと言われ、上手く断ることも出来ずに話に付き合ってしまったのだ。

 

「お前ってさ、親想いのいいやつだよな」

 

 立ち上がった士道が背中を向けた状態でそんなことを言ってきたため、遥斗は驚き半分照れくささ半分で頬をかいた。

 

「な、なんだよ急に」

「いや、ただ思ったことを言ってみただけだ」

 

 なんだよそれと、遥斗の口から自然と笑みがこぼれた。同じように士道も笑みをつくり、さらに続けた。

 

「やっぱ、遥斗は笑ってないとだめだな」

 

 遥斗は一瞬だけ身を固くして、すぐに力を抜いた。もしかしたら、士道には気づかれていたのかもしれない。いや、確実に気づかれていた。遥斗が令音にこの場所を指定したときの、一瞬の悲痛な表情を。

 

「なんだ士道。俺のことを口説いているのか? 十香が泣くぞ?」

「誰がそんなことするか!」

「……ふふ、ははは!」

 

 冗談に全力でツッコむ士道がおかしくて、遥斗は声を上げて笑った。士道は唐突なことにどう反応すればいいのかわからず、ボリボリと頭をかいていた。

 

「わるいわるい。士道の反応があまりにもおかしくてな……」

「急にあんなこと言われたら誰だって驚くだろ……」

 

 困惑する士道を見て再び笑いが込み上げてくる遥斗だったが、このままでは埒が明かないのでぐっとこらえる。そろそろ本題に入ろうと、遥斗から切り出す。

 

「それで士道。迎えに来てくれたのに悪いが――」

「迎えには来たが、それだけじゃないぞ」

 

 ゆっくりと近づいてくる士道の目をまっすぐ見据える。瞳が一切揺れない、強い意志を持った目だった。

 

「なんか困ったことがあったら、遠慮なく言えよ? 俺たちは精霊を救うために協力する仲であり、友達なんだからな。隣に住むんだから遠慮は無しだ。いいな?」

「……わかった。その代わり、その条件お前にも適用な。俺に対して遠慮はしないこと。これで平等だろ?」

「おう。それでいい」

 

 士道とお互いの絆が固く結ばれるのを感じながら、遥斗はもう一度両親の墓石に顔を向けた。

 な? もう大丈夫だろ? 今言った通り、俺はこの島を離れる。だけど、必ず顔は出すから。

 遥斗が心の中でそう呟いたところで、ふと違和感を覚えた。それを確かめるために。遥斗は再び問いかける。

 

「なあ。今、お隣に住むって言ったか?」

「あ、ああ。確かに言ったが……もしかして何も聞かされてないのか?」

「さっぱり」

「琴里のやつ……まああの調子じゃあ無理もないか」

 

 墓地の出口に歩いていきながら士道に詳しい説明を受ける。近々完成する精霊マンションに遥斗と耶倶矢、夕弦と住むことになったらしい。近くで常に気を配れる場所にいた方がいいとのことだ。完成し次第、十香もそこに引っ越すようだ。

 

「したら一回家に帰って荷物まとめてこなきゃな」

「それなんだが、すでに遥斗が住んでたマンションの退室手続きが終わって、部屋の荷物もラタトスクの人たちが<フラクシナス>の空き部屋に入れたらしい」

「……は?」

 

 あっけにとられた遥斗は何も言えなかった。まずマンションにはどうやって入った? 住所も教えてないし、部屋に入るのにだって鍵が必要だ。大家さんに言えば鍵は開けてくれると思うが、身元の知らない人たちが一斉になだれ込んできておいそれと鍵を開けるわけがない。

 

「……ラタトスク。あんたら何者だよ……?」

「気にしたら負けだ、遥斗」

 

 士道も似たような経験があるようで、二人仲良くため息を吐く。

 

「あ、忘れるところだった」

 

 急に立ち止まった士道がポケットに手を突っ込み、なにかを取り出した。士道がこの前つけていたものと同じ色の、電気屋に行ったときにチラッと見たちょっと値段が張るコードのないウォークマンだった。

 

「お前の部屋から小型の音楽プレーヤーが見つかったと聞いて、ラタトスクの人が開発したものらしい。音楽を入れて聴くのはもちろん、耳の部分を二回こづけば<フラクシナス>との通信も可能だ」

「俺の部屋に来てから一日も経ってないぞ……?」

 

 こんな短時間になんてものを開発したんだ。感謝してもしきれない。

 腕が震えるのを抑え込みながらそれを受け取り、耳に装着する。耳に感じる密閉感は前まで使っていたイヤホンとほとんど変わらない。さっそく耳元を二回こづいてみると、ザザザという音に続いて男性の声が流れてきた。

 

『遥斗君。どうですか、調子は?』

「えっと、神無月さん? すごい、本当に繋がった」

『その様子だと、特に不具合はなさそうですね』

 

 こんな島にいる人との通話はノイズがかかっていてもおかしくないのに、遥斗の耳には神無月のはきはきとした声がはっきりと聞こえる。すごいものをもらってしまったと遥斗は内心歓喜に満ち溢れていた。

 

「そういえば令音さんは? ここに来る前まではいたはずなんですが……」

『村雨解析官ですか? 先程用事があるからと言って席を立ち、代わりに私がここを受け持ったのですが……何か御用でしたか?』

「いえ、こっちの用は済んだので、そちらに転送をお願いしたいのですが」

『わかりました。ちょっと待っててくださいね』

 

 本当にちょっと待ったところで、体を不思議な浮遊感が包み込んだ。視界が変わる前に、遥斗はもう一度出木家の墓石がある方を見つめる。

 じゃあ、行ってくる。必ず、顔を出しに来るから。ここにはいない、新しい家族を連れて。

 目を閉じてそう念じたのを最後に、遥斗と士道は<フラクシナス>に転送された。

 

 

 

 

 

 遥斗に続いて士道を転送した後、令音はある場所を尋ねていた。どこか重々しい空気を放つドアの前に立ち、なんのこともなくノックする。

 

『入りな』

 

 中から聞こえてきたのは年老いた女性の声。言うことに従い、ドアを開ける。

 

「わざわざご苦労だね。ここまで来るなんて」

「……先代に挨拶するのは、跡を継いだものとして当然だと思うのだがね」

 

 噂には聞いていたが、これは難儀な人だと令音は内心で嘆息する。早く要件を済ませてしまおうと口を開く。

 

「まずは来禅高校との併合の件、感謝します」

「それはこっちのセリフさね。入学した生徒が少なくて、お偉いさんからいろいろ言われてたんだよ」

「……それはそれは」

 

 向こうにも事情があるようで、適当な箇所で相槌を打つ。何度かそのやりとりを繰り返し、そこで生じた微かな合間に割り込むように口をはさむ。

 

「それで、この前言った件は……どうなりましたか?」

「手続きは済んでるよ。あの子らが入学したとき、あんたは文月学園の正式な教員さね」

 

 それを聞いてひと安心した令音は、学園長で元<フラクシナス>解析官の藤堂カヲルに深く頭を下げた。

 

「……それでは村雨令音。文月学園の物理教師として、お世話になります」

「ま、せいぜい頑張るんだよ」

「……それでは、私はこれで失礼します」

 

 令音は藤堂からの少し投げやりな謝辞を受け取ってもう一度礼をすると、両開きのドアを開けて学園長室を出ていった。

 

「精霊……ね」

 

 一人残された学園長室の椅子に腰かける藤堂は外を眺めながら、もう聞くことはないと思っていた単語を呟いた。

 




デアラ熱、しばらく治まりそうにないな……
今後もこんな調子になると思いますが、よろしくお願いします
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