アビドス高校の校舎内では鳴り響く銃声と共に、3人の生徒が廊下を駆け抜けていた。
「シロコ先輩!次の教室の角で待ち伏せされています!ドローンを先に向かわせて下さい!ノノミ先輩は隣の教室で弾薬の補給と同時に銃身の冷却をお願いします!セリカちゃんはバリケードの机をそのまま押し込んで下さい!」
廃校寸前でありながらも、慣れ親しんだアビドス高校の校舎は彼女たちのホームグラウンドそのものであり、こちらを完全に制圧するといわんばかりに投入されたカイザーPMCの部隊を蹴散らしていった。
オペレーター兼指揮者として全員をサポートするアヤネは、現在進行形でシッテムの箱からアヤネのタブレットに送られてくる戦況データを把握すると共に複数のドローンを操作によって相手を攪乱すると、その隙をついた3人が戦場の前へ前へと進んでいく。
タブレットに表示されるアビドス高校の校舎を立体風に投影したマップの中には、リアルタイムで表示される対策委員会の姿や侵入済みのカイザーPMCの兵士たちの位置が表示されていた。まさに建物内での戦場を把握し盤上の駒を動かす
使われていない机や椅子、ロッカーに収められた掃除道具に至るまでの学校の備品を総動員した戦闘は、相手の常識など考慮しない混沌としたものであり、反撃の一手など許さないものであった。
「……クリア。ひとまず今使ってる校舎内は終わった」
「こっちも終わりよ!次はどこ!」
「カイザーPMCの部隊はグラウンドにて装甲車を中心に陣列を組んでいます。兵力差はこちらが不利ですが、やりようはあります」
ひとまずの戦闘を終えて一息つく彼女たちの周りには、学校の備品であった机や椅子の破片やカイザーPMCの纏っていた装備の残骸が散らばっており、校舎内の壁や床にはいくつもの弾痕や爆発後の煤が見て取れる状況はその戦闘の苛烈さを物語っていた。
しかし、その戦闘後を作り出した彼女たちは軽く息を整えるだけであり、マガジンの入れ替えや弾薬の補給の所作から疲労などの類は見られなかった。
「作戦は?」
「先生が融通してくれた物資を用いて、敵部隊に簡易的な爆撃を仕掛けます」
「ばっ…爆撃!?」
「……でもそれだけじゃ相手の装甲車は破壊できない」
「そこじゃないでしょシロコ先輩!?」
「ドローンに直接対戦車地雷を搭載します。積載量からして飛行は厳しいですが、出力を最大にすれば数mは上昇して滑空することはできるかと」
「なるほどー、誘爆を狙うわけですね?」
「万が一の場合、不発もあり得ますのでノノミ先輩は装甲車の車輪を狙って下さい。周りの歩兵の排除と機動性を奪うことが出来れば、あとはどうとでも出来ます」
「了解しましたー!」
「い、良いのそれでノノミ先輩!?もしかしたら校舎ごと吹っ飛ぶ可能性が……」
「今優先すべきことはアビドス市民の避難と敵部隊の排除です!時間を掛ければ掛けるほど兵力差でこちらが押し込まれてしまいます!それに比べた校舎の損害は後回しです!」
「セリカ、今はアヤネの言う通り。ホシノ先輩のこともある……時間が惜しい」
「っ…!わかったわよ!アヤネ、指示をお願い!早く先生も戻ってきてね!」
「はい!作戦を開始します!」
アビドス砂漠の奥地に建設されたカイザーPMC施設の更に奥にある施設の内部にて、カイザーPMCの兵士に連れられたホシノは、その後ろを歩く黒いスーツを着た人物。通称黒服の持つ端末によって表示された映像を見るや否や、掴みかかろうと体を動かすが、連行する兵士によって阻止されてしまう。
「なんで……なんでアビドスを攻撃している!約束が違う!」
映像の中では、彼女の慣れ親しんだアビドスの街がカイザーPMCの兵士たちと思われる部隊による無差別攻撃によって破壊されていく様子が映っており、逃げ惑う市民の様子も確認できた。
怒りを露わにするホシノに対し黒服は、どこかとぼけたかのように返事をする。
「おや?約束が違うと申されましても……なにもおかしいことではありませんよ」
「何がだ!あの契約書には確かに…」
「えぇ、確かに”アビドス高校の背負う借金の大半はこちらで負担させていただく”。そう契約させていただきました」
ホシノの疑問の声にかぶせるように黒服は答える。
「それが貴方と私との間で交わされた契約です。しかしながら……」
力強い目線で黒服を睨みつけるホシノの前で一呼吸入れると、あの契約の裏側に隠された狙いを話し始めた。
「この契約によってあなたが退学してしまったことで、アビドス高等学校にはこれ以上、
「……!」
「私たちがなぜ彼らの後押しをしたと思いますか?あんなくだらない企業の詐欺紛いの行為を支援を行ったところで、ブラックマーケットのような無法地帯が一つ増えるだけです。そんな場所など、このキヴォトスにはいくらでもあります」
「……」
「単にお互いの利益が一致した…それだけの話です。カイザーコーポレーションはアビドスの土地……いえ、ここでは
「 」
「まぁ、その過程で企業を主体とする学園が誕生するのであれば、このキヴォトスにどのような影響をもたらすのか……など、気になることは在りますが、貴方と比べるのであればただの余興でしょうが」
黒服の話を聞くホシノは言葉を発することが出来なかった。すべては目の前の仕組まれていた出来事であったのだ。アビドスの背負う借金からホシノの退学届けに至るまでの一切の過程が。
ホシノにとっては、まさに目の前が真っ暗になるような光景であった。自身の犠牲によって救われるはずのアビドスの皆が、居場所を失うことになることに。もう二度と会えることのない後輩たちへの後悔だけが、彼女の心を埋め付くしていく。そして追い打ちを掛けるように、黒服の端末からひと際大きな音が流れ出した。
「……おや、彼らも大胆なことをするものですね。どうでしょうか、ホシノさん。最後に一目、母校を見ておいては如何でしょうか」
ハイライトの消えたホシノの瞳の前に突き出すように手を向ける端末の手には、大きな音と共に爆炎が舞い上がるアビドス高等学校の姿であった。
「……あ」
「既にあなたがいない以上、廃校したも同然ですが手荒なものですね。これは後程の手回しが大変だと…おっと既にあなたには関係のない話でしたか」
いつのまにか地面へと崩れた落ちたホシノに気が付いた黒服は改めた。
「あなたを実験体として研究し、分析し、理解する。その過程、もしくは結果で得られるナニカが私たちの渇望していたものです」
既に黒服の話している内容は頭へと入っていない。アビドスは奪われ、学校は失い、後輩は行き場を無くした。目の前への人物への憎しみ以上に自身の愚かさによって積み上がっていく後悔が、その表情を表していた。
実験室へと引きづられるようにして連れていかれたホシノの様子にひとまずの準備が整った黒服は、彼女から受け取ったカードの存在を思い出す。
「さて……これからの活動にはまだ時間がありますね。時間は有限だとするのであれば、活用しない手はないでしょう」
施設から場所を移す黒服は、スーツの内側へとしまい込んでいた白いカードを取り出した。噂とは違い、黒いラインの入ったデザインのソレは、どこか意匠の感じさせるようなものである。
「ふむ……見たところ、社名や連絡先のようなものはありませんね。特徴としてはこの外見だけといったところでしょうか」
取り出したカードを手にとり、興味深く観察する黒服の様子は研究者としてのそれであった。普段使いとして利用しているビルの一室へと戻った彼は、部屋のキャビネットから1つのファイルを取り出して机の上に広げる。そこにはAid Ladyと書かれた書類と、写真の束が収められていた。
「……数か月前に突如として姿を現した企業、Aid Lady。人材派遣会社としてブラックマーケットに位置するビルのオフィスを本店所在地として起業した不明の会社。会社のHPのようなものは確認されず、社員と思われるメイド服の人物がマーケット内でありふれた依頼を受けたことが始まりとされ……やはり、情報が少ないですね」
簡潔にまとめられた書類に目を通していき、改めてAid Ladyという存在について理解を深めていく黒服は同じく纏められた写真の束にも目を向ける。L版サイズに収められた風景の中にはメイド服を着た人物が映っており、それぞれの髪型や顔の特徴から少なくとも4人のメイドの存在が確認できた。
そして纏められた写真の中には手元にある白いカードのようなものも映っており、依頼主と思わる人物とのやり取りからしてAid Ladyへの依頼や連絡に用いられるものだと考えられる。しかし写真に写っているカードは全て白いデザインで統一されており、手元にある黒いラインの入ったデザインのカードは確認できなかった。
黒服自身、偽物かと考えたがあの場で小鳥遊ホシノが嘘をついたような挙動はなく、過去にアビドス対策委員会とAid Ladyが接触していたことがあることを考えると、手元にあるカードは本物といって間違いないと判断した。
「……おそらくアビドス対策委員会と便利屋68との衝突時に得たもの。話を聞くかぎりではAid Ladyが依頼やなんらかの接触があった人物全てにこのカードを渡していることから、アビドス高校の代表として受け取った……といったところでしょうか」
アビドスや便利屋、Aid Ladyの背景からおおよその推測を立てていく彼は、組み上げた思考をそのまま書類へと書き記していく。街中の監視カメラやAid Ladyと接触した者からの情報によって纏められたファイルは、第三者から見たAid Ladyの全てといっても過言ではないほどの完成度であった。
そうして動かし続けていたペンをファイルの横へと置いた黒服はカードを手に取り立ち上がった。ブラインドの隙間から部屋に差し込む光をしっかりと遮り、部屋の
アビドスの立地による特有の砂埃やスーツの皺などを丁寧に直していき、人前に出ても恥ずかしくないと言えるような装いをすると、改めて机の上のカードを手に取る。カードの角に手をやりわずかに力を籠めると、亀裂の一つも無かったはずの場所に真っすぐの線が入り、そして綺麗な折り目が生まれると、カードの中央部から映像のようなものが出力し始めた。
「おぉ……」
話には聞いていたが改めて自身での体験が初めての彼は驚愕と興奮が混ざったかのような声を漏らした。映像の出力機からその動力に至るまでの全てがこの名刺ほどの大きさのカードに収められている事実は研究者としての彼が声を漏らしてしまうには十分すぎる内容であった。
そして数瞬の間を置いて我に返った黒服は、手にもったままのカードを再度応接用のテーブルへと置きなおすと一歩、後ろへと距離を取った。その直後、黒服を除いてこの部屋どころかビル自体に人がいないはずの空間にメイド服を纏った人物が姿を露わした。
「当社へのご連絡、誠にありがとうございます。人材派遣会社、Aid Ladyでございます」
そう名乗ったメイドは机の上で丁寧なお辞儀と共にカーテシーを披露した。
「お初にお目にかかります、レディ。私は黒服と申します。あなたにお会いできて光栄です」
映像ではあるがAid Ladyとの直接的なやり取りは初めてである黒服はそう名乗り、目の前に現れたメイドに対して頭を下げた。そして一呼吸おいて頭を上げた黒服は、わずかばかりの動揺を示した。先程挨拶をしたメイド服の人物の姿が変わっていたからである。
初対面にメイドへと抱いた印象は、まさしく西洋の彫像のような人物であるといったものであった。ヴィクトリアン風と称されるメイド服を身に纏った彼女は、まさに作品と称されるかのような容姿をしており、机の上に置かれたカードに立つ姿は異様ながらもまた様になっていると言えるような風景であった。
しかし、現在はどうだろうか。等身が一回りほど小さくなり、美しいというよりはむしろ可愛らしいといった表現が似合うであろう姿へと変えており、机の上に立つ彼女と床に立つ黒服との身長差はさほど開いていないように見えた。
そのような変化があったが、大きく狼狽えるようなことは無く黒服は改めて自己紹介をする。
「初めましてAid Lady。私自身、正式な名は持っておりませんがこの容姿から黒服と名乗っております。あなた方の企業にとても興味を惹かれておりまして、是非ともお話をと思い連絡の方をさせていただきましたが、お時間の方を頂けないでしょうか?」
丁寧な挨拶と共に恭しく一礼をする黒服は、相手の反応を待った。相手の都合がつかないのであればまた後日、もしくは依頼以外は受け付けないというのであれば正式に報酬を支払ったうえで言葉を交わそうと考えていたが、待っていたのは沈黙であった。
「……?」
頭を下げていた黒服はその様子に訝しみ、徐々に頭を上げて相手の顔色を窺おうと視線を向けた。……そこには、営業用の笑顔を浮かべながらも、明らかに不機嫌な様子のメイドが立っていた。
「ご多忙の中にお呼びしてしまった、もしくは何か貴方の機嫌を損ねてしまったのであれば謝罪致します」
理由は分からない。しかしファーストコンタクトにて相手の機嫌を損ねてしまったのであれば、ここは素直に謝罪したほうが良いだろうと判断したが、相手からの反応は芳しくなかった。
「……」
「……」
謝罪と共に頭を下げた黒服とそれを見下ろすような目線を向けるメイドとの空間はまさに時間の凍結を錯覚させるかのようであったが、メイドが言葉を発したことでそれは破られた。
「……お客様。こちらのカードについて、一体どのようなものであるか理解されていますか?」
「……」
沈黙を破ったメイドであったが、その内容までは理解が及ばなかった。黒いラインのデザインが入った白いカードについて、言葉の一つ一つに気を配りながら、メイドの質問に対して口を開いた。
「……はい。わたくし自身、こちらのカードはあなた方Aid Ladyへの依頼をする際に用いるカード、連絡手段のひとつだと認識しております」
「はい、その認識については誤りではありません」
先程のファイルに記されていた内容を改めて脳内で精査し、口に出した黒服の答えに対しメイドは肯定の意を示した。調べた内容は誤りではなかったと内心で一息を付こうとした黒服であったが、それもまたすぐに否定されることになる。
「しかし、その認識については一部訂正すべき部分がございます」
「……」
「先程述べられたカードの用途、それはこちらのカードになります」
どこか幼さを感じるメイドの指先にはいつの間にか白いカードが握られていた。
「現時点で当社へのご依頼はこちらのカードを通してご連絡して頂く、もしくは私どもに直接ご依頼するかの二つになっております。もう一つ直接企業へとお越しいただくという手段もありますが、そちらについては私どもの準備が整っていない為、ご依頼して頂いたお客様全てにこちらの営業用として白いカードをお配りしております」
淡々と白いカードの用途を述べていくメイドの姿に黒服は一言も言葉を発しなかった。これ以上不用意に相手の機嫌を損ねるわけにはいかない為であった。
「そのため、一部のお客様はこちらの白いカードを金銭的な目的で取引されておりますが、その点については黙認という形で了承しております。なにせ当社の不手際という形で、当社にご依頼いただけないという状況が生まれているためです。しかし……」
そう言葉を区切り、営業用の笑顔を消したメイドは黒服へ視線を向けた。
「こちらのカードについては例外でございます」
先程指先に持っていた白いカードには黒いラインが入っていた。
「こちらは当社を長らくご利用して頂いた方にのみお配りしている専用のカードとなっております。この際、会員カードとお呼びしましょう。少ないながらも個人間の取引に使われている営業用のカードではなく、特定のお客様専用の会員カードとなっています。故に、当社が承認した人物以外のカードのご使用はご遠慮して頂く……いえ、わかりやく述べましょう。貴方にこちらのカードのご使用は認めておりません」
「…………」
「そして現在、当社がこちらのカードをお渡ししたのは一名のみとなっております。そのため当社に貴方にこちらのカードをお渡しした記録は一切ございません。現時点であなたには当社の会員カードの窃盗、不正使用についての疑惑があり、カードの不正使用に関しては当社としても厳格な処置を実施しなければなりません」
「…………」
「お客様……いえ、先程お客様は黒服と名乗られておりましたね。それでは、改めまして黒服様。こちらのカードと貴方との関係性について、納得のいく説明を求めます」
そう言って机上のカードから映し出されるメイドは無表情のまま、黒服を見下ろすように視線を向けた。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました!
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私自身、現在大学4年生で就活が忙しくて中々投稿できなかったのですが、なんとか内定を頂くことが出来たので投稿ペースが上げられそうです。
登場するメイドさん達の名前ってあったほうがいい?
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いらない
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