「は?」
ヴィランの親玉、手だらけの男が驚愕したような声を漏らす。多分この真っ黒な化け物は彼らの秘密兵器的なアレだったのだろう。それがダメージを受けて、驚愕しているのか。
どれだけ強靭だろうと、所詮は動物の肉だ。凛に斬れないはずはない。
脳無の右腕を切り落としたものの、相澤先生の上には未だ脳無が乗っかっているし、アイツをどかさないと意味がない。そう考えた瞬間、ぼこりと脳無の右腕があった部分がうごめいた。なんだろうと思う暇もなく、ぼこぼこと、瞬く間に新しい右腕が脳無に生えていく。
「……再生?」
「おどろいたよ……確かにコイツにつけた個性はショック吸収と再生だ……。だけど、まさか子どもの一太刀で切り飛ばされるなんて……帰ったら改良が必要だな」
個性をつけた。再生、ショック吸収。
改造人間かな?……やっかいだ。
「霧崎!……っ、俺たちも!」
「抜け駆けしてんじゃねえぞボンヤリ!」
「ハッ、行かせねえぜガキども!」
「ヴィラン……!くそ、邪魔だ!」
後からこっちに来ようとした勝己と鋭児郎が広場に残っていたヴィラン達に足止めをされていた。
……いや、二人なら大丈夫。今はこっちだ。
「……御託は、いいから、かかってきたら?」
「そんな!危ないよ霧崎さん!」
「出久、相澤先生おねがい」
「威勢がいいなぁ!……脳無」
指示を受けて、拳を引き絞った脳無が凛に迫る。凛も『朱鵺』を構えて迎撃の体制をとる。が。
「っ……!」
凄まじい打撃のその威力に、刀で受けたのに腕が痺れた。
そのまま二撃目、三撃目と受けていくが、どんどんと痺れが強くなっていく。
「さっきの威勢がないなぁ。かっこいいじゃないか……教師とクラスメイトを助けるための自己犠牲だろ?まさしくヒーローだよ」
「うる、さい……あっ」
『朱鵺』が宙を舞う。
手の男の声にわずかに気を取られた瞬間の、一瞬の出来事だった。間髪入れず、脳無の拳が凛に突き刺さる。
感じたことのない衝撃が凛の腹部を襲い、そのままの勢いで壁まで吹き飛ばされてしまった。
「霧崎さん!!」
安全な場所に相澤先生を運び終えて戻ってきた出久が、ちょうど凛が吹き飛ばされたのを見て声を上げる。
どうやら相澤先生はなんとかなったらしい。良かった。
「……咄嗟に木刀盾にしやがったよ。どっから出したんだ?……はー、こりゃ将来が楽しみだよヒーロー……ここで、死ななきゃだけどな」
『朱鵺』が弾き飛ばされた瞬間、咄嗟に体に収納していた木刀を取り出して、威力を少しでも減らそうとは努力をしたけれどあまり意味はなかった気がする。
けれども、壁に叩きつけられた後もギリギリ意識が残る程度には軽減できたようだ。凛が倒れているその間にも、脳無はゆっくりとこちらへと向かってきていた。
早く起きなければ、そう思うのに、体はなかなか言うことを聞かない。頭から流れてきた生ぬるい液体が目に入って少し痛む。……血、出てるのか。結構な勢いで叩きつけられたからなぁ。
「
「は?……はあー、黒霧おまえ、ワープゲートじゃなかったら粉々にしてたよ……ゲームオーバーだ、あーあ。今回はゲームオーバーだ……」
あの手の男と、黒もやの男の会話が聞こえる。逃げた生徒……天哉のことだろうか。ならすぐ応援が来るかな……。
あいつらの名前、死柄木と黒霧っていうのか、なんてどうでもいいことは考えられるのに、やっぱり体は動かなかった。意識が限界まで引き延ばされたような時間の中。
凛は何故か、実父のことを思い出していた。走馬灯か、何かか。
極限まで追い詰められた時に昔の記憶を思い出すなんて、安っぽいコミックの世界の中だと思っていたけれど、そんなことはなかったみたいだ。
父と縁側で、二人で座っているのだ。
いや、正確にはその様子を後ろから眺めている、だろうか。幼い頃の私と父とが座っているのを、後ろからぼんやりと眺めている。
人が二人座れるくらいの間を空けて、会話はなく。庭の池に枯れ葉が落ちるのを眺めながら、ただ穏やかな時間を過ごしていた。一回だけあったな、こんなの。家から出ることが極端になかった母が、珍しく泊まりがけで外出していたから、その日は二人で過ごしたんだっけ。
その日の夜に食べた、普段料理などしない父が作った少し焦げたカレーが、凛には信じられないほど美味しかったのだ。
縁側に座る中、唐突に父が話し始めた。けれど、声は聞こえない。
この頃の父はもう既に病魔に侵され始めていたからか、後ろ姿はたいそう頼りないものだった。声は聞こえないから記憶の中を探ってみるけれど、この時の父が言っていたことだけが思い出されなかった。
だんだんと、その光景は掠れて消えていってしまう。
最後に、少しだけ父と目が合った気がした——
「……わかんない、よ」
「あ”?……おまえ、」
「わかんない、けど」
立ち上がって、掠れて見えない目で脳無を睨みつける。
「斬れば、なんとか、なる、って」
「立ちあがんのかよ鬱陶しいなぁお前。もういいよ、脳無、やれ」
「斬り続ければ、見えてくる、って……言ってた!」
左腕から、体に収納していた刀のうちの一本である大太刀、『大嶽丸』を掴んでとって居合を繰り出す。
ズバン、と、凛の身長以上の長さの大太刀から繰り出された一撃は、脳無の体を腹の辺りから上下に真っ二つに切り裂いた——
「だから、意味ないんだって……」
しかしそんな反撃も虚しく、ぶくぶくと脳無の上半身の方の肉体から下半身が生えて、再び凛に向けて歩き出す。凛の方は、今の一撃でもう力を使い果ててしまっていた。
脳無が凛に迫って、その時。
バァンと、USJの扉が突き破られた。
「もう大丈夫——」
「——私が来た!!」
ああ、やっぱり……ヒーローだ。
凛の目の前に脳無の拳が迫る。だけれど、凛はまったく動じていなかった。
拳が当たる直前に、オールマイトが凛を抱えて離れたところに着地する。あっという間の早業だ。
「……抱っこ、初めて」
「もしかして意外と余裕があったりするかい??」
「んーん、限界」
「そうかい……霧崎少女、よく頑張った。あとは任せてくれたまえ」
「……ん、信じてる」
そう言って、凛は目を閉じた。
◆ ◆ ◆
次に目を開ければ、目に映ったのは真っ白な天井だった。
どこだろうと思って、起き上がって周囲を見渡してみようとして、唐突に走った腹部の痛みに顔を顰める。
「……いたい」
「あ、霧崎さん!目が覚めたんだね、良かったよ!」
「……出久。……また、指折ったの……」
「え、いや、これはその、不可抗力で……」
「ん、私もぼろぼろ。文句は言わない」
「ほっ……」
どうやら出久はその指の治療だけで、あとはほとんど軽症らしい。
凛自身は殴られたことによる腹部の出血と内臓へのダメージが酷かったのと、壁に叩きつけられた時にあばらを数本持っていかれたらしいが、幸い一番大事な部分は避けられていたらしい。
すでに重要なところは治療済みで、もう数日保健室に通っておけば完治するそうだ。
それを聞いて安心した凛は、今度は出久の隣に寝ている人物に目を向けた。
ガリガリに痩せていて、落ち窪んだような少し鋭い目が印象的な見慣れない男だ。雄英の中では凛は見たことがなかった。
「その人は……?見たこと、ない人」
「あ、あー、えっと、この人は……」
「雄英で用務員をやらせてもらっている八木だよ。この傷は階段から転げ落ちてしまってね。いや、情けない話だ」
痩せこけたその男は、そう答えた。
それにふぅんと相槌を打って、凛は続ける。
「それで、オールマイト。あの後どうなったの」
「ああ、そうだな。君が助けた後に目が覚めた相澤先生の協力もあって、なんとか脳無は倒してヴィラン達も撃退したよ。流石の私も無理をしすぎてだいぶ活動時間が2時間程度になってしまったが………………………………今なんて?」
「あの後どうなったの」
「その前だ」
「オールマイト」
「人違いだよ!!」
ブシャっと、八木ことオールマイトが血を吹き出しながらそう言った。無理がある。
手前にいる出久も、凛がそう言ったことに対して目を見開いている。
流石のオールマイトも誤魔化しが効かないと悟ったのか、観念したように話し出した。
「……バレてしまったものは仕方がない、か。そうだよ、私がオールマイトだ。どうしてわかったんだい?」
「ん……勘?」
「勘!!!」
「雰囲気、似てる、よ?」
「そう言うのはあんまり言われたことがなかったんだがなぁ……」
こほん、と咳払いをしたオールマイトが言葉を続ける。
「霧崎少女、くれぐれもこのことは表に出さないでくれ。人々を笑顔で救い出す”平和の象徴”は、決して悪に屈してはいけないんだ」
「……ん。それは、いいけど。活動時間って……?」
「バッチリ聞かれてたか……悪いが、それについては話せない」
「……最近、テレビで見るオールマイトの動きが、前よりも悪くなってる気がしてた……無理しちゃ、だめだよ?」
「それも悪いが、聞けない相談だ」
「……ん、知ってた」
その言葉を聞いて、凛は諦めたように、ぽすんと頭を枕の上に投げ出した。
「いいよ……誰にも話さないし、邪魔しない……でも、」
「なんだい?」
「いつか横で、闘わせて」
「………ああ、待ってるよ」
その言葉を聞いて、凛は再び眠りについた。
◆ ◆ ◆
翌日。
学校の朝のホームルームの時間だ。
「皆ー!!朝のホームルームが始まる、席につけー!!」
「ついてるよついてねーのお前だけだ」
「……ふふ」
「霧崎はもう大丈夫なのかよ?」
「ん、まだ包帯あるけど、だいじょぶ」
「なら良かったぜ」
日常への帰還を示すように、天哉がまた空回りを始めた。その光景も楽しくて、つい笑ってしまう。
そして、相澤先生が右腕に包帯を巻いて入ってきた。
「先生!大丈夫ですか!?」
「俺の安否はどうでもいい。何よりまだ戦いは終わってねえ」
右腕のことはどうでもいいとばかりに、相澤先生が教壇に立って、鋭い眼光で生徒達を見渡した。
「戦い?」
「まさか……」
「また
「雄英体育祭が迫っている!」
「クソ学校っぽいの来たー!!!!!」
成果:
相澤先生の負傷軽減のおかげで目に後遺症とかが残らなくなったこと。
相澤先生が残ったおかげでオールマイトの活動限界時間があんまり減らなかったこと。
凛ちゃんが力での負けを経験したこと。
感想、評価等お待ちしてます。