試験開始から、およそ6分ほど経った頃だろうか。ふと、凛は足を止めた。
何かくる、と。凛の直感が訴えかけてくる。凛は人生においてこの直感を疑ったことはない。だから今回もいつものように直感に従って、周囲を警戒することにしたのだ。
その直感通りか、凛の頭上に影が差し込む。太陽が雲にでも隠れたかと思ったが、それにしては影が濃すぎた。疑問に思って上を見上げて、目に入った緑色の巨大に凛は驚愕した。
不気味に赤く光る六つの工学センサでこちらを覗き込見ながら、建物に手をかけ自重を支えている、巨大な緑色の鉄の怪物。そいつが建物に手をついた衝撃で、大量の瓦礫が受験生たちの上に降り注いだ。目の前の仮想敵に気を取られていて、瓦礫の下敷きになったり掠めて怪我をした受験生をちらほらいる。
キリキリと鳴るキャタピラの音が、一層その不気味さを底上げしていた。
(おっきい……!)
その巨大仮想敵が覗き込んだ後、一拍置いて受験生たちは狂乱の渦に巻き込まれていった。口々に悲鳴や弱音を言いながら、とにかく巨大
「うわああ、なんだあれ!」
「あれがお邪魔虫って言ってたやつか、デカすぎんだろ……!」
「洒落にならねえ、逃げんぞ!」
みんな、みんな、逃げ出す。
それを見て、凛は疑問に思った。あんな大きいのを倒せば、合格に一歩近づきそうなものなのに。
とりあえず倒す、と決めたのはいいが、凛といえど一人で挑んで勝てるほど甘くなさそうだ。そう思った凛は、徐にこちらへ逃げ込んでくる受験生たちに目をやった。逃げる最中で申し訳ないが、と思いつつ。
手を伸ばして、自分の横を通り抜けようとした二人の受験生の襟元をつかんだ。
「ぐえっ!?」
「ぐっ……なんだ!?」
「……ごめんね……ちょっといい?」
つかんでから、改めて二人の受験生に目を向ける。
片方は、金髪を尖らせた、現在進行形で弱気な顔をしている少年。もう片方は、異形型なのか、カラスのような頭をした受験生。
どちらも、凛が自分の勘を信じて捕まえた二人だった。
「逃げてるところ悪いんだけどね……一緒に、アレ、倒さない?」
「ハァ!?お前何言ってんだ!?倒せるわけないだろ、離せよ!ってかなんで俺なんだよ!?」
「やだ、離さない。貴方を選んだのは……勘?」
「……なぜ、倒そうとする?」
話だけは聞いておこうと、カラス頭の少年が問いかけた。
その少年の方をまっすぐ見つめ、凛は答えを返す。
「強そうだし、戦ってみたい。それに……逃げたら、だめ、だよ?」
「……あれを倒しても、俺たちに利益はない」
「そうだよ!逃げるのが賢い選択だ!」
「そうじゃなくて」
一呼吸おいて、言葉を発す。理由はいくつかあった。
逃げたら負けた気がするから嫌だから。巨大ロボの通るであろう道の上に、まだ怪我人が取り残されているから。だが、何よりも、脅威を放って逃げ出すなどヒーローとして、あってはならないからだ。
そんな想いを込めて、二人の目をまっすぐ見つめて、言い放つ。
「私たち、ヒーローになるんでしょ?」
「……そうだな。いいだろう、作戦があるのか?」
「え、なに、倒す流れになっちゃったの!!?」
想いが伝わったのか、留まってくれた烏頭の少年の襟首から手を離した。
離したら逃げ出しそうな金髪の受験生の方はまだ捕まえつつ、凛は自己紹介を始める。
「私、霧崎凛。個性は『サムライ』、なんでも斬れる。二人も、名前と個性。手短に」
凛にしてはキビキビとした声音で二人に催促した。金髪の方も観念したのか、こちらを向いて口を開く。
「俺は上鳴電気、個性は『帯電』!こんな状況じゃ役に立たねえからよ、そろそろ離してくれ!」
「……常闇踏影だ。俺の個性はこいつ、ダークシャドウを操れる」
『ヨロシクな!』
「……どんぴしゃ」
そう呟いた凛は、即興で考えた作戦を二人に手短に告げる。
そうしている間にも、巨大ロボは遅い歩みながらもこちらへ着実に近づいてきていた。上鳴と名乗った少年の方はそちらが気になるのか、ちらちらと伺っているが、凛と踏影はお構いなしだ。
「いける?」
「ああ、任せろ」
「っ……あーもう、やってやるよ!!」
「……うん、いいね。じゃ、行こうか」
そう告げてから、凛は駆ける。受験生たちも大半逃げ出したようで、残っているのは怪我をして足を引き摺っていたりするものたちだけだ。
駆けながら前傾になり、大きく一歩を踏み出して、飛び上がった。
飛び上がると同時にこちらへ迫ってきた腕に飛び乗り、そのまま駆け上がる。制御機構があるのはおそらく地上から最も遠く、攻撃の届きづらい頭部のあたりだろうか。勢いのまま切りつけてしまっても構わないけれど、正確な位置がわからない以上、正確性に欠けるから、選択肢としては中の下だ。
だからまあ、目的は、注意を惹きつけること。『朱鵺』を引き抜き、はしらせる。
「……居合……一閃」
斬ろうと思えば、なんでも斬れる。そして、斬れば大抵なんとかなるのだ。
世界を切り裂くような鋭い斬撃が、巨大ロボの右腕を付け根から切り落とした。それと同時に、凛は上空に合図を送る。
「今!!」
「了解、ダークシャドウ!」
『アイヨッ!』
「くっそ、どうにでもなれ!!」
巨大ロボの注意が向いていなかった上空から、踏影の指示でダークシャドウに抱えられた上鳴が巨大ロボに迫る。
完全に虚をつかれた形の巨大ロボも、残った方の左腕で迎撃に入ろうとする、が——
「もう一本、もらうね……」
注意を凛から逸らした、逸らしてしまった矢先。
キン、と金属が金属により両断されるような澄んだ音が響くとともに、左腕への信号が無効になったことを、巨大な機械の怪物は知覚した。
すでに頼みの綱の肝心の両腕は凛に切り落とされ、地面に落ちて轟音と共に土埃をあげているだけ。
攻撃手段のなくなった巨大ロボは、自らに迫り来る脅威を、ただ見つめるだけしかできなかった。上鳴が、腕を振り上げ、バチバチと電撃を迸らせる。
「無差別放電、130万ボルト!!!」
バチィ、という空気が弾ける音と共に、巨大ロボに電流が駆け巡ったのを、凛は落ちながら眺めていた。
「……あ、後のこと考えてなかった……」
「っ、ダークシャドウ、霧崎を!」
『アイヨッ!』
「……おー、ありがと。あと、電気の方も回収してあげて」
『マカセロ!』
「ウ、ウェ~イ……」
少し気の抜けるようなやり取りの背後で、伝達回路が完全にショートしたのだろう巨大ロボが、轟音を立てて頽れた。
同時に、プレゼント・マイクの声が響き渡る。
『終~了~~!!!』
ダークシャドウに心なしか優しく地面に降ろされた凛は、地面で待っていた踏影の方へ向かう。
「まさか、倒せるとはな……」
「ん、やったね……怪我はない?」
「ああ、問題ない」
答えを聞いて安心した凛は、スッと、踏影の方へ手のひらを差し出して、ハイタッチを求める。
しかし踏影から返ってきたのは、握られた拳だった。
「……?じゃんけん?」
「…。フィストバンプだ。こちらの方が好みでな」
「ん、わかった」
コン、と拳を重ね合わせて、お互いの健闘を讃えあう。
さりげなくダークシャドウも同じものを求めてきたので、凛はきちんとそれにも応えた後、上鳴の方を向いて、拳を合わせることを求める……が。
「電気も……」
「うぇ~い……」
「あほになってる……」
思考力のかけらもなさそうなその表情を見てフィストバンプを諦めた凛は、仕方なしに上鳴の頭をコツンと叩いて、それの代わりとした。
「おっきなロボットも倒したし、これで合格間違いなしだよね……」
「……?何を言っている、あれは0ポイントだぞ」
「……え」
……まあ、ともかく。これで凛の雄英高校への入学試験は終わりを迎えたのだった。