朝。
梢の隙間から差し込む陽光が、凛の目覚めを促す。その催促に逆らわずに布団から身を起こして、時計を確認した。5時半。いつも通りであることを確認して満足した凛は、寝起きにしてはしっかりした足取りで洗面所へ向かう。
朝のルーティーンを守ることが、凛は好きだった。日が昇ると共に起き出して、顔を洗い、木刀を振り、朝食を摂る。かれこれ10年ほど、この一連の流れを崩したことは数えるほどしかない。一日の調子を整えるための、ルーティーンだ。
この辺りは、実父の性質を受け継いでいると言っていいだろう。この春高校生になる予定の、未だ15歳の少女であるのに、めちゃくちゃしっかりしていた。
ちなみに。普段の様子がめちゃくちゃぼんやりしているせいで、中学の同級生からはそんなにしっかりしている人間だとは思われていなかったのだが。なんなら、マスコット的扱いもされる始末である。
朝食を作り終えて、時計を確認すれば7時だった。
そういえば、雄英の入試から今日で一週間立っているではないか。ふと思い至った凛は、養父を起こす前に玄関の郵便受けに向かってみる。
取り出し口を開けてみると、数枚のチラシと新聞に紛れて——なんだか、異様に分厚い封筒が一つ。差出人を見てみると、雄英高校、と書いてあった。
「……合格通知、来たのか」
「……おはよ、おじいちゃん」
「ああ」
背後から声をかけられて、凛は振り向く。
そこに立っていたのは、白袴に身を包み、大きな真っ白の髭を蓄えた老人だった。凛の養父、その人である。今現在『ヨロイムシャ』というヒーロー名で活動している彼だったが、最近は寄る年波のせいもあり、休日はもっぱらヒーロー活動を休むことが多くなっていた。
以前は凛が養父を起こすことも多かったのだが、最近になってからは朝の早い時間でも起きていることがよくある。
なんでも、歳をとると眠りが浅くなるのだそう。悲しい現実だ。
ちなみに、おじいちゃん呼びである。
彼が凛を引き取った時にはもうすでに還暦を超えていたために、お義父さん呼びは恥ずかしいからと、その呼び方に落ち着いた。もう自分も年で、親族もいなければ配偶者も子供もいないという彼にとっては、凛が唯一の家族だった。
「朝ごはん、できてる」
「そうだな。いただこう」
突然来ていた合否通知に対し特別大きな反応を見せるでもなく、二人はいつも通り、朝食を食べに向かった。奇妙なふたりであった。
朝食を食べ終わった頃。いつもなら読書をしたり、刀の稽古をしたりと思い思いに時間を過ごすのが日課の二人だったが、今日は少し様子が違った。
「開けるね……」
「ああ」
封筒を、ペーパーカッターを使って丁寧に開封して、出てきたのは小型の円盤のような投影端末と、折り畳まれた用紙が一枚。
合否通知書なのに、なぜ投影端末が?と凛は疑問に思ったが、その疑問はすぐ解消された。
『私が投影された!!!』
「……おーるまいとだ」
「オールマイト!?雄英の教師になったのか!?」
凛の反応は相変わらずだが、長年ヒーローをやっていた養父としては、思うところがあったらしい。何しろ、彼がデビューしてからかれこれ4,50年になろうとしているが、その大半の期間で人気も実力も負けていたのが、オールマイトだからだ。
『ゴホッ、いや、驚かせてしまってすまない。実は来年度から雄英に教師として務めることになってね。っと、もしかすると、ヨロイムシャ君もそこにいるのかな。久しぶり!』
「……」
「おじいちゃんは……オールマイト、やっぱりきらい?」
「いや、嫌いというほどではないがな」
別に好きでもない。そう聞こえた。
彼がヒーローになって、こんな年齢になるまでヒーローを続けている目的は、別に他人のためだとかそういうわけではないというのは、凛も薄々わかっている。惰性3割、名声目的5割、人助け2割くらいだろうか。そのため、完全に人助け目的のオールマイトとは反りが合わないのだろう。
それでも、凛は、惰性だろうが名声目的だろうがなんだろうが、50年近くもヒーローを続けている養父のことを、素直に尊敬していた。
『コホン、さてと。関係のない話は程々に、霧崎少女。君の話に移ろうか』
「ん」
『入試結果だが……おめでとう、合格だ!!』
「ん」
「相変わらず、反応が薄いな……」
呆れたように嘆息する凛の養父であった。当の凛はこの調子なのに、自分だけ変に緊張していたのが馬鹿らしいと思い始めてきて、体を椅子の背もたれに投げ出した。
『内容も素晴らしかった!ヴィランポイント56ptに、レスキューポイント20pt!文句なしの次席入学だ!特に、初対面の受験生同士で協力して0ptヴィランを倒したことは賞賛に値する!』
「次席か。すごいな、凛は」
「ふふん」
「ふっ……そこは謙遜するところだぞ」
「……そうなの?」
彼は、元々はさほど有名な高校出身というわけではない。出身校は雄英でレベルには遠く及ばない、無名の一般公立校だ。
彼としては、無名な中でデビューしてから、コツコツと長年の努力で人気を積み上げてきたので、特段学生時代についての未練はないのだけれど。
しかし、青春の輝きに懐かしさを覚えることが最近になって多くなってきたのも、確かだった。
『来いよ、霧崎少女。雄英高校ヒーロー科が、君を待っている!!』
その言葉を残して、オールマイトは消えた。
投影端末とともに入っていた紙切れは、ちゃんとした方の合格通知書だったようだ。投影端末の方も、どうやら繰り返し再生ができるようなので、せっかくだから記念に保存しておこうと思った。
凛も、人並みにオールマイトのことは好きである。
一通りのことを終えて、凛はまた養父に向き直った。
「……おじいちゃん。また、手合わせしない?」
「俺ももう歳だ。休日ぐらいはゆっくり過ごしたいんだがな……」
「……おじいちゃん、生い先短いだろうし。あと何回戦えるかわかんないし、今のうちにいっぱい戦いたい」
「ひどいことを言うな!?」
まあ、そんなこんなで。
春の穏やかな気配が忍び寄ってくる中で、日々は過ぎ去っていくのだった。
◆ ◆ ◆
桜の花も、そろそろその花弁を散らし始めて、アスファルトの上にピンク色のカーペットを作り始める頃。凛はおろしたての制服に身を包んで、玄関の引き戸の前に立っていた。
「もう行くのか」
「ん。県外だから、ちょっと時間かかる」
「……そうか」
ローファーの踵を合わせて、立ち上がった。
凛はあまりかっちりとした服装は、動きづらさから好みではないのだが。さすがヒーロー科の制服というべきか、驚くほどに動きやすいものだったので、凛は少し機嫌がいい。
「刀は持ったか?いつものだけじゃなくて、木刀と、真剣ももう何本か持っていけ。非常時のためにも、学校の方にも何本か置いておくといいだろう」
「……置き傘?」
「どちらかというと、置き刀だな」
「……重いから、あんまり持ってきたくない」
「鍛錬だ」
「……むー」
養父からゴルフバックのようなものを渡される。
刀が数本入っているようで、少し重い。少々心配性すぎではないだろうか。気分はゴルファーか、一昔前の高校球児だ。
「……いってきます」
「ああ、行ってこい」
玄関の外に出ると、暖かな風が髪の毛をさらって、吹き抜けていった。
春の季節も、悪くはない。
ヨロイムシャの描写が少なすぎて書くのが大変でした。
彼の引退時のモノローグからして、普段の生活の時まで古臭い武者口調ではないだろうと思い、こんな感じにしてます。
気に入らないところがあれば言ってください。