透き通るような世界で俺がやるべき唯一のこと 作:THE TOWER XVI
春風の陽気に誘われて。
瑞々しく水滴をつけた草木が揺れ、花弁が世界を祝福するように舞う。
ゲヘナ地区の市街地。
ビルの屋上から、街路樹の下を往く生徒達を、双眼鏡越しに眺める。
「悲しいよヒイロ君。砂漠の化け物退治をした
「今更戻らねぇよ。男が一人耐えきれなくなって逃げ出して、偶々その日から砂嵐も無くなっただけだ。綺麗に邪魔な男と砂嵐が消えてハッピーなところを、わざわざ掻き回してたまるかよ」
「僕としては命を賭して得た報酬がコレなんて、納得がいかないね。英雄が化け物退治を終えて絶世の美女を娶る、古の神話から続くお約束じゃないか。オーディエンスは君の歪んだ顔を待っているぞ」
「はい、本音出たぁ〜。聴衆もクソも、そんなのでキャッキャッ喜ぶのはお前だけだろ。何処の世界の英雄譚に、結婚エンドで苦悶の表情を浮かべる幕引きがあるんだよ」
茶々を入れるアルスハリヤを、手の甲を向けてしっしと追い払う。
ビナーを討伐した俺は、アルスハリヤの手配か、目覚めたら黒服の研究室にいた。一瞬人体実験でもされたのか疑ってしまったが、健康診断付きの治療で済んだらしい。外の男性型の人間の体を少し調べるだけで十分対価になるとか。
強制開眼の弊害で疼く魔眼を除けば、五体満足で元気に俺は退院。アビドスから混沌としたゲヘナに身を隠し、以前通り賞金稼ぎ等の傭兵稼業で生計を立てていた。
しかし、契約を重視している黒服は多少信用できるが……問題はアルスハリヤだ。俺が気絶していた間に何かやっていないか、非常に心配である。既にあれから数か月が経っているが……何も起きていないのが不穏だ。
ニヤニヤと、何時も通り笑みを浮かべているアルスハリヤをチラリと見て、街路上を談笑しながら進む生徒たちに視線を戻す。
杯中の蛇影か。考えすぎても意味が無い。
今は百合の登下校見守り活動に集中しよう。
気を取り直した俺は、
路地裏。何かを囲むように立つ三人の少女の背中に違和感を覚え、その奥を強化された網膜に捉える。
蹲った少女。三人の一人が、彼女の頭を乱暴に掴み上げる。
それを見た俺は、踏み込んで、距離を消し飛ばした。
「ちょっとぉ~聞こえないんだけどッ……いった! なによ!」
彼女たちの上を取った俺は、壁を蹴って降下して、三人組の前に割り込む。
掴んでいた手をはたき落として。
くるりと、九鬼正宗の無属性の刀身を肩に掛けて、俺は笑う。
「おうおう、暗がりに集まって何やってんの?」
突然の闖入者に三人は一度怯む。
しかし、数の優位に自信を取り戻したのか、威勢よく銃を構えて俺に向けた。
「男……? って、別にあなたには関係ないでしょ」
「そうだそうだ! 部外者は引っ込んでな!」
口だけ笑み浮かべたまま、俺は眼前の相手を睨めつける。
「悪いけど、俺って何事にも首を突っ込むタイプだからさ。こういう解釈違いは見逃せねぇんだわ」
「っぷ、もしかしてぇ、そんな棒切れで戦うつもりですかぁ? ちょーウケるんですけど」
ギャハハハと笑う彼女たちをどう気絶させずに追い返そうと考えていると、ズボンの裾を引かれる。
振り返って、申し訳なさげに揺れる瞳と目が合う。
「わ、私は大丈夫なので、私なんか、お気にせず──わぷっ」
紫の頭髪を軽く叩いて、俺は微笑む。
「俺は好きでやってるから、そっちこそ気にすんな。ちょっと待っとけ」
唖然と此方を見る彼女から視線を外して。
肩にかけていた九鬼正宗を納刀した俺は、
立業。
纏う雰囲気の変化に、気圧された少女達は一歩下がる。
「お、お前、正義の味方気取りか!」
「正義じゃねぇよ。俺は……百合の味方だ。悪いが、百合に邪悪さは要らねぇからな」
音もなく、意識の間隙で俺は距離を詰めて──一刀、二刀、銃を絡め取るように、彼女たちの後方へ弾き飛ばすと、中央の少女の首筋に刃を突きつけた。
「はい、それでどうする? 燈色君的には回れ右して退場がオススメ」
刃を首筋に当てられて、彼女の額から汗が垂れ落ちる。
数秒目が合って、逃げ出した。
「い、行くわよ! 銃も使わない変態なんかと、付き合ってられないわ」
「待ってくれよ姉御ぉ!」
「……」
路地裏からドタバタと去っていく三人の背を見送って、ふぅと溜息をつく。
「災難だったな。じゃ、俺はパトロールに戻るから……どうした?」
無言で俺を見つめたまま、手を伸ばして俺の服を掴んだ少女は、後から自分の行動に気付いたのか、慌てふためいて頭を下げる。
「あ……ご、ごめんなさいごめんなさいごめんなさい! わわわ私なんかが引き留めてしまって!」
「お、落ち着いて? とりあえず深呼吸しよう! ほら、吸ってー吐いてー」
暫く彼女が落ち着くのを待って、俺は口を開く。
「あー、もしかしてさっきのは何時ものことだったり?」
気弱そうな雰囲気と、無意識に俺の裾をつかんだことから推測する。
そもそもこの手のカツアゲだとか、強盗だとか、そういう治安の悪い事件が日常茶飯事なゲヘナでは、ある程度の逞しさが要求される。
だから大抵平穏に生き延びる方法は、自分が強くなるか、数人で徒党を組むかのどちらかだ。
「そ、その、私、暗くて気味が悪いって言われて……邪魔してばっかで……えへへ……」
目線を下げて自嘲する彼女を見ながら、俺は思う。
百合が必要だな。
そう、彼女に寄り添うと同時に、自信を取り戻させる女の子のパートナーが必要だ。
ゆくゆくは互いに補完するような美しい百合の花を咲かせるはず。
ニタリと脳裡に計画を描いた俺は、彼女に微笑みかける。
「謝る必要なんてないさ。俺は三条ヒイロ。君の名前を伺っても?」
「え? 伊草ハルカです……?」
「新芽の季節を思わせる優しい素敵な名前だね。よし、これで君と俺は知り合いだ。じゃあ連絡先も交換しよう。またこういうことがあったら教えてね、秒で駆けつけるから」
「え、えっ、わ、私のために……そんな……!」
「俺がやりたいんだ。俺を助けると思って。それとも迷惑かな?」
「い、いえ! 否定したいとかではなくて! だから、その、こんな風に優しくされたのは初めてで……!」
「なに、この程度で慌てていたら身が持たないぞ。俺が最高の運命の女の子との出会いまで導いてやるよ。この俺に任せておけ」
胸を親指で指して、自信満々に宣言する。
やたらと感謝されながら連絡先を交換した俺はほくそ笑む。
良い感じに接点は確保した。
あとは俺が女の子との間を仲介して、ねっとり百合が成長するさまを見守るだけだな。
未来を想像しただけで最高の気分だ。
「じゃあ、また後でな!」
「あ、は、はい!」
嬉しそうに口元を緩める少女を置いて、意気揚々と俺は壁を蹴り上がって屋上に舞い戻っていった。
そうして、新たにタスクを拵えた俺は、ルーチンの登下校見守りの最中に、何度か同じような場面に遭遇していた。
その度に助けては、ゲヘナで生きていくのは大変なのではと心配していたが、そこは見誤っていたらしい。
「今ヒイロ様のことを馬鹿にした……! 許せない許せない許せない許せない許せない」
「ちょっ、まっ」
突然スイッチが入ったかのように、ユラリと立ち上がると猛烈な勢いでショットガンの連射を浴びせる。
「うわぁぁぁあああ」
「お、覚えてなさいよこの金髪男!!」
子弾の雨に悲鳴を上げて逃げ出す何時しかの三人組。
俺は慌てて、追撃しようとする伊草を背後から止める。
「落ち着けぇ! 気を静めるのです……!」
「はっ、す、すみませんすみませんすみませんすみません! むしろ迷惑をかけてしまうなんて!」
「そこまで気にしないで? もっと楽に行こう……?」
「本当に……気にして、ませんか? その、幻滅したりとか……」
「いや、驚いたけど、まあ、自分のためじゃなくて人のためだけに銃を抜けるのは、きっと良いことだし、むしろ安心した」
「安心……?」
「ほら、ちゃんとやり返せる力があって、俺の心配はただの杞憂だと分かったし」
微笑みかけながら、同時に道筋が見える。
俺の伝手となると、殆どがアウトロー側。
出会った頃は全て候補から外していたが、それなりに戦えそうなら話は別だ。
その中でも面倒見のいい奴となると……生まれ持っての善性を誤魔化せないあいつの元なら、悪いことにはならないだろう。
それに二人なら一つだが、三人ならカップリングの可能性は三通り。線形を超えて組み合わせの数は増えていくからな。
「なんで……こんな私のことを……」
「俺には俺の見たい光景があるのさ。伊草はそういう夢みたいなの、持ってないのか?」
「それは……まだよく解らないです……でも……今みたいな時間が、ずっと続けばいいなとは、思っています……えへ……えへへ……」
「やっぱり話し相手がいることが大事なんだろうな。よーし、俺の知り合いを紹介してやるよ、たぶんきっと仲良くなれるぜ」
勿論、俺は百合を強制するつもりはない。飽くまでも大事なのは、本人の幸せだ。
しかし、畑を耕したり、肥料を撒いたり、ユリの種を育む環境づくりに労力を惜しむつもりもない。
畑に百合の種を植えましょう……。
もじもじと嬉しそうに地面を見つめる伊草の隣で、端末を取り出して電話をかける。
接続音。一コール、二コール──
「はい、私立探偵部の陸八魔アルです!」
「おっす、オラ三条ヒイロ。今から遊びに行っても良い?」
「お任せをって、ヒイロさん?! 急すぎるわよ! 探偵部にも予定が──」
「やっほーセンパイ! 閑古鳥が合唱するレベルで暇だから大丈夫だよ~。あ、でも何時ものお願いね♡」
「ちょっと、ムツキ! 今予定が無くても、依頼が来るかもしれないでしょ!」
「昨日も、昨日の昨日もそんなこと言ってたけど、一回もなかったじゃん。たぶん来ない依頼を待つよりも、絶対センパイに来てもらった方が面白いよ~。それに、アルちゃんだって寂しが──」
「なっ、ななな何言ってるのよ! 私は陸八魔アル、私立探偵部の部長にして真のアウトローよ! 寂しがるなんて単語、私の辞書にはないわ!」
「ふ~ん、ねぇセンパイセンパイ! 『今日も呼んでいいのかしら、でも何度もお世話になるのも申し訳ないし……』なんてアルちゃん電話の前でずっと悩んでたんだよ。いじらしいよねぇ~。アルちゃんのためにも、ぜひ来てよ!」
「か、返しなさいムツキ! はぁ、はぁ、何時までもヒイロさんに頼るわけにもいかないし、私達で何とかやって見せるわ! だから安心して!」
「あぁ、実は部員候補として知り合いを連れて行こうと思っていたんだけど、要らなかった?」
「部員候補……え? 新しい部員ですって!? どどど、どうしましょう! め、面接? そ、そんな準備なんてしてないわよ!?」
「アルちゃんが落ち着くのにも時間かかりそうだし、ゆっくりでいいよー。じゃあ、センパイ待ってるからね!」
「あ、ムツ──」
ガチャリと切断される。
それと同時に、アルスハリヤが頷きながら視界の端に入ってきた。
「いやはや、何時も騒々しいね」
「ああ、最高の百合空間だな」
「言うほどそうか? 僕の目には君への矢印もそれなりに──」
「黙れボケカス死ね」
「シンプルに暴言過ぎるだろ……まぁ、御見それするよ、表に出せない妾候補を一つのグループにせっせと纏めているようにも見えるね。……ふむ、なるほど。まさかヒイロ君、本当にアウトローな裏社会ハーレ──」
「オラァァァァアアアアア!!!」
ニヤリと口角を上げて、こちらを見上げるアルスハリヤを掴むと、あらん限りの殺意を込めて地面に叩きつける。杭のように頭から地面に何度も何度も打ち付けて、生き埋めにする。
突然虚空に向かって叫び暴れた後、肩で息をする俺に、おっかなビックリ伊草が話しかけた。
「ひ、ヒイロ様……大丈夫ですか……? 言ってもらえれば、邪魔なものは、私が全部、ぜーんぶ壊しますよ……?」
「大丈夫だ。心配無用。悪はさっきこの手で滅したから」
「そう、ですか?」
「そうそう。じゃあ、行くか。頼まれたから弁当途中で買っていくけど、何食べたいとかある?」
「そ、そんな! 私なんかが決めるなんて!」
「まあまあ、こういうのは素直に受け取ってもらう方が嬉しいから」
何度か問答を繰り返しながら、コンビニに寄る。
ゲヘナ学園の寮の近くに到着して、俺は九鬼正宗の
「き、消え……!」
「説明しよう。光学迷彩とは壁になりたいという俺の強い想いが具現化して──」
「声だけが聞こえる……! こんなことが出来るなんて、凄いです……!」
俺の声の辺りに尊敬の眼差しを向ける伊草。
「ヒュー、ヒイロ君、かっこいい~! すごーい!」
「黙れ(ドンッ」
そして、懲りずに潰しても潰しても沸く
当然、俺はそれを叩き伏せた。
「ごほん! これは女の子同士のイチャイチャを陰から見守りたいという俺の粘ついた欲望から生まれた技であることを理解し、二度と尊敬の眼差しを向けないように。ドゥーユーアンダースタン?」
「は、はい……?」
「話を戻して、俺は周りにばれるリスクを極力なくすため、透明人間となって、侵入する。しかし、ゲヘナ中等部の伊草なら、ゲヘナの頭のネジの緩い文化も相まって、特に咎められることなく寮内にも入れるはずだ。俺は後ろを着いて行くから、非常事態が発生したら立ち止まってこんな風に合図してくれ」
「わ、分かりました……!」
「道順は追って後方から囁く。頼んだぞ」
そうして侵入した俺たちは、目的地の扉の前に立つ。
ノックして、伊草は恐る恐る扉を開けて──
「ようこそ、私立探偵部へ」
寮の一室。
少々場違いに高級感のある椅子に、足を組んで深く腰掛ける陸八魔がいた。
「あなたがヒイロさんの紹介で来た部員候補で合ってるかしら?」
電話越しの慌てぶりが嘘のように、底知れないカリスマ性を纏った彼女は微笑んだ。
ビナー戦後の一幕で閑話を書こうとしたら、長くなったので分割します。実質便利屋編です。
尚、便利屋68の前身等、過去については、独自設定と独自解釈とご都合主義タグで無敵の三角形作って凌ぎます。そもそも三条燈色がスポーンしている時点で原作キヴォトスとは別の世界ってことで……ね?