透き通るような世界で俺がやるべき唯一のこと 作:THE TOWER XVI
人気のない区画。
直接会って話したい、そう言った彼女は、完全に掌握しているのか、ミレニアムでよく見かける警備用ドローンを使って俺を先導した。
部室の一つに辿りついて、扉の横の『指折り二進数・手計算部』と書かれたプレートをちらりと見た。
「どうぞお入りください」
中から声を掛けられて、扉を開ける。
陽光が差し込み、机が並べられた教室の中に白髪の少女がいた。
「ようこそいらっしゃいました」
立ち止まっている俺の脇をすり抜けて、ドローンが彼女に近づく。労わるように彼女が話しかけて、ドローンはそのまま部屋を出て行った。
俺は只それを見送って。
「さて、改めて自己紹介から始めましょう。
私こそがミレニアム最高の天才病弱美少女ハッカー、明星ヒマリです」
「百合を愛し百合に生き百合を護る男、百合の守護者こと三条ヒイロです。どうぞよろしく」
「ふふっ、なかなかの逸材に出会えたようですね……」
お気に召したのか、ほくそ笑む彼女から視線を外して、教室を見渡す。
「さっき入るとき、『指折り二進数・手計算部』って書いてあったけど、ここも部長やっていたり?」
「いえ、それは隠れ蓑です。超天才病弱美少女である私が部長を務めているのは、ヴェリタスと特異現象捜査部の二つですね。端的に言えば、ここは私だけの秘密の『隠れ家』と言えましょうか」
「……隠れるって、忍ばないといけない目があるのか?」
「まさにです。普段使用しているヴェリタスと特異現象捜査部の部室は『ビックシスター』の監視下にありますからね。
なので、ミレニアム最高の天才である私は管理システムをハッキングして、使われていなかったこの部屋の許可証を発行し、この空間を確保したというわけです」
俺はその手腕に感心しながら、手近な椅子を引いて腰を下ろす。
「わざわざこのために用意してくれたなら、申し訳ないな」
「もともと私の休息の為の空間ですから、お気になさらず。私のような清純派天才美少女にはお休みの時間も必要ですからね。
それに、私の手に掛かれば監視カメラの映像偽装や巡回ルートの操作もお茶の子さいさいです。苦労の内にも入りませんよ」
「もしかして、俺が来たことも隠蔽できたり……?」
「もちろん。既に実行済みです。私に隙はありません、無敵です! ふふふふふっ」
自慢げにする彼女をほほえましく眺めた俺は、気を取り直して、いよいよ本題に入ることに決めた。
肘を机について、顔の前で手を組み、一呼吸置く。
「それで、『鏡』の製作者である天才美少女ハッカーに聞きたいことがあって、俺は幽霊ごっこをやったわけですが……」
「ええ、わざとらしく独り言も言っていましたからね。私も休憩と称して退屈していたところなので、喜んで拝聴しますよ」
じっと、真剣な眼差しで彼女を見つめた俺は、沈黙を挟んで、小細工なしに切り出す。
「……この前『鏡』目当てにセミナーが襲撃されたわけだけど、あれの裏の目的とかあったりする? 例えば、先生&ゲーム開発部をC&Cと戦わせるためとか。
あと、監視カメラの映像をすり替えられるってことは、見ることもできるってことだよな……? つまり、一帯の女の子同士のイチャイチャをもしや、同時並行的に観測し、百合72時間~ミレニアム編~の作成も可能……?」
「いくら天才で美少女で優秀な私といえど、そんなに畳みかけられても困るといいますか。とりあえず絞ってもらえると良いのですが」
「じゃあ、先ずは百合72時間~ミレニアム編~について詳細を詰めよう」
満足げに背凭れに身を預けて微笑む俺に、明星は目を閉じて口を開く。
「話の間にも冗談を挟み、ユーモアを忘れない姿勢は個人的に好印象です。しかし、迂遠になりすぎても、必ず察してもらえるとは限らないので注意したほうが良いでしょう。もちろん、この聡明で気の利く清楚系病弱美少女への信頼なのであれば、応えるしかありませんが」
「冗談じゃないよ?」
「ええ、分かっていますとも。セミナーの襲撃の件で私を疑っているということですね?」
「俺は百合72時間~ミレニアム編~にマジだよ……?」
俺の言葉はあえなく無視され、泣く泣く百合72時間~ミレニアム編~を諦めた。
「一応、なぜ襲撃事件に裏があるというお話が出てきたのか、聞かせてもらっても良いでしょうか?」
「単純に、部活動の規定の変更と、鏡の押収のタイミングが出来過ぎていた。勿論これだけなら偶然かもしれないし、陽動だとか別の可能性はあった。だが、実際に襲撃事件が起きた後、鏡は簡単に戻ったし、なにより、C&Cが守るだけ守って、その後は依頼撤回と来た。自然に、何か別の目的がある可能性が浮かぶさ。
で、心配性のヒイロ君は居ても立っても居られなくなって──『鏡』の製作者であり、襲撃のタレコミ元であり、この推測が正しい場合は黒幕側の天才美少女ハッカーさんに聞くことにしたわけ」
単刀直入に全てを話した俺は、黙って返事を待つ。
実際に話してみて、悪意のある人物ではない、それは確信できる。だからこそ、下手に鎌を掛けたりせず単刀直入に聞くべきだと思った。それに、鎌を掛けたところで、この自称天才病弱美少女ハッカーに通用するかもわからない。むしろ、分の悪い賭けになりそうだ。
閉じた瞼を開けて、明星は微笑んだ。
「ふふっ、驚きました。一日で風化するようなありきたりな襲撃事件に、ここまで踏み込める方がいたとは……そもそも何かが起きたからと言って、そこまで考える人のほうが稀ですので」
「俺、百合IQ180だから。百合を損なう可能性がそこに僅かでもあるなら、絶対見逃せないし見逃すつもりもない……それで、少なくとも、全くの的外れというわけではなさそうだけど……?」
「ええ、そうですね。『鏡』自体がそのために用意したものであるのは事実です。そして、狙いがC&Cとゲーム開発部を戦わせることも。ですが、正解だが、正確ではない、と言ったところですか」
車椅子を寄せて、彼女は俺との距離を詰める。
「ミレニアム随一の天才病弱美少女を自認する私としては、IQ180を自称するヒイロさんには親近感もあります。
それに……今の時点でも、かなりの驚きを提供してくださっているので、解決編に早速突入するのも吝かではないのですが……」
「『百合』IQ180ね? まぁ、確証が取れただけ十分。都合が悪いなら無理しなくて良いよ。俺、脅されているとか、さらに裏の事情がある可能性にも配慮できる男だから」
「いえ、雲の上の花である私を脅せる存在なんていませんから、そこは安心してください。偏にこれを明かすことは、問題に巻き込むということ。私の都合というよりは、ヒイロさんへの配慮です」
その言葉を聞いて、俺は笑って立ち上がった。
「じゃあ、要らない心配だな。遠慮したところで、俺は問題に勝手に突っ込むぜ。嫌がっても協力するよ?
百合を護るためなら俺は
自分の心臓に親指を突き立てて宣言した俺に、明星はぼうっと俺を見つめた後、口を開く。
「そう、ですか……。その、命を懸けるのはやめておいてくださいね」
「まあ、俺も無駄にするつもりは無いから。死んだら何も出来なくなるしな」
そうして、どことなく打ち解けた俺は改めて、目的について聞いた。
「実は私ともう一人で今回の件を計画しました。私が『鏡』を作り、ゲーム開発部にセミナーを襲う動機を持たせる。そして、ヴェリタスの部員にはゲーム開発部がセミナー襲撃を行うよう誘導するように頼みました」
「もう一人って……C&Cに命令を出した生徒会長が居るわけだけど」
「そうです。私が現在進行形で、目を欺いているビッグシスターこと調月リオですね。
ヒイロがいかに、優れた頭脳を持つ超天才美少女たる私に並ぶ頭の持ち主だったとはいえ、今回の計画を悟られたのはあの女がC&Cを下手に合理的に動かした所為といっても過言ではありません。つまり、これは私のミスではなく、あの女のミスということです」
棘のある口調で、流れるように責任を押し付けて、続ける。
「では、実行者の種明かしは以上にして、本題の目的に移りますが……ゲーム開発部、というよりも、ゲーム開発部に居る子が目的です。だから、ヒイロの推測は正しいですが正確ではないのです。
私たちの目的は、アリスという少女、彼女の正体について確かめることでした」
ゲーム開発部について詳細に把握していない以上、アリスという少女に何があるのか、確かめるといってもその理由すら分からないが……既知の情報と繋ぎ合わせることは出来る。
「そういえば、ゲーム開発部が部員数の規定を満たすために、新しく入れた子がいたが……もしかして、ミレニアム自体にもともといなかった、のか?」
「その通りです。先生とゲーム開発部が廃墟……まぁ、この場所も人望の厚い天才美少女こと私が教えて差し上げたのですが……そこから連れてきた存在です。
彼女はAL-1S、創られたオーパーツであり、太古の記録に存在する、キヴォトスを終焉に導く者……」
俺は目を
「と、大仰に言いましたが、天才ハッカー流のお茶目な冗談です。
確認したかったのは、本当に滅びへと導く危険な存在なのか……確認したうえで、私は、彼女は純粋で可愛い後輩でしかないと思うわけです」
そう言い切った彼女に、気が抜ける。
世界の存亡という、想像以上の厄ネタが飛び出してきて驚いたが、問題がなさそうなら本当に俺の杞憂で済みそうだ。
「そうか……じゃあ、確かめたかっただけの話で、無害だと分かったからこのお話は終わり……ヒイロ君はただ二重に確認しに来ただけってことで、いいのか?」
「ふふっ、ですが、
もったいぶるような彼女に、俺は顔をまじまじと見つめる。
「早速、協力してもらってもいいでしょうか?」
「さっき言ったのは本心だから、わざわざ頼まれずとも手伝うけど……なにをするつもり……?」
「幽霊から守護霊に転職してもらおうかと。
独り言をたくさん喋っていたので簡単に見つけられましたが、そうでなければ、私の優秀な対幽霊用検知網をもってしても発見は困難だったと思います。もしものための保険として是非一緒に来て欲しいですし、ヒイロも損はしない筈ですよ」
そう微笑む彼女に、俺はゆっくりと首肯した。