透き通るような世界で俺がやるべき唯一のこと   作:THE TOWER XVI

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夜の密会

 生徒の殆どが帰宅し、静寂に身を委ねるミレニアムタワーの最上階。

 

 暗く月明かりの差し込む廊下を、俺は明星に着いて行く。

 

 今、俺は光学迷彩(ディストーション・フィールド)で姿を消していた。

 

 セミナーの執務室の扉を開けた場所で、彼女は立ち止まって、その隙に俺は中へと滑り込んだ。

 

「あら……天才病弱美少女の来訪に電気もつけないなんて……相変わらず、来客をもてなす気は無いのですね。

 こんな暗い部屋でモニターをつけていると、目が悪くなってしまいますよ?」

 

 暗い部屋で。モニターの前に座り、照らし出されている相手が見える。

 

 長い黒髪に、鋭く怜悧な面立ち。

 

「万全を期しているだけよ──この会談を外部に知られてはならないもの。そのためであれば、この程度問題ではないわ」

 

 彼女が、セミナーの生徒会長、調月リオか。

 

 早速一人、虫として入り込んでいる事実に、冷や汗が流れる。既に部屋の線を跨いだ以上、ここは自称天才病弱美少女を信じるしかないが……。

 

「この訪問はデータベースに残らない。つまり、記録上私たちは会ってなどいない事になっている。

 すべては、これから話す内容の機密を護るため」

「リオったら、真面目なんですから……貴女は私の姉なの、くらいの軽口は返せないと──」

 

 二人、本題に入る前のやり取りを聞きながら、明星の依頼を思い出す。

 

 頼まれたのは会談での護衛。丁度、俺が探っていたセミナー襲撃事件に関する、その後の密談を彼女は計画していたらしい。

 

 そこで、万が一の事態への対策……は恐らく建前で、明星の好意で、俺にその内容を直接聞く機会を与えてくれたのだろう。

 

 あの日は明星と別れた後、セミナーに行って書類を処理して帰宅した。

 

 今日は、セミナーであらかた仕事を終えたその足で、明星と出会ったあの部室で合流。その場で光学迷彩(ディストーション・フィールド)を起動し、今に至るというわけだ。

 

 明星のあの女呼ばわりや、先程の言葉からして、知り合いだが、仲がいいとは言えない関係なのはわかる。

 

 ……だからこそ、お互いに関係が変化したときの差はデケェけどなぁッ!(豹変)

 

 些細な百合の気配も見逃さぬよう、俺は両目をかっ開く。

 

「急にそんな非合理な話をするなんて……どうしたの、ヒマリ」

「……ええ、ええ。そうでした。新しい出会いに気が緩んでいましたが、あなたはそういう人でしたね」

「この会談が秘匿されている事くらいは、貴女も理解しているものだと思っていたのだけれど」

「それはどうでしょうか? ふふっ、ミレニアムタワーでは噂の幽霊さんが聞き耳を立てているかもしれませんし、もっと良い場所があると思うのですが……?」

 

 微かに眉を上げた調月は、幽霊の話を冗談としてスルーして、明星の思わせぶりな発言に疑問を浮かべる。

 

「……いい場所?」

「ええ、例えば、誰かさんがこっそり作っている『セーフハウス』はどうでしょう?」

「……本題に入りましょう」

「あらあら、話を逸らすつもりですか? 別に構いませんが」

「まず、お互いの認識のすり合わせを」

 

 語られたのは、セミナー襲撃事件の裏。

 

 明星が『鏡』という手段を用意し、調月が『C&C』という危機を用意する。その目的はゲーム開発部に現れた一人の少女(AL-1S)の正体を、確かめるため。

 

「アリスの正体……それは、無名の司祭が崇拝する『オーパーツ』であり、遥か昔の記録に存在する──」

「『名もなき神々の王女』」

 

 しかし、同じ目的の下、同じ結果を得た上で、根本的な考え方が両者の結論を違えたらしい。

 

「そう……同じ解釈になったようね。

 つまり……『あの存在』の本質は……」

「ええ。アリス、あの子は──」

 

 調月は同じ答えにたどり着くことを期待したが、二人の言葉は重ならなかった。

 

「世界を終焉に導く兵器」

「『かわいい後輩』ですよね♪」

 

 短い沈黙を挟んで、二三度言葉を交わす。

 

 それでも、二人は互いに互いを理解し得ないことを理解した。

 

「……そう、じゃあ、私たちの同盟はここで終わりという事ね」

 

 調月が指を鳴らすと、隣に首丈程度のロボットが出現する。

 

「それが噂の、最近あなたが作っているおもちゃですか」

「同盟を解除した以上、貴女をこのまま帰すわけにはいかないわ」

「ええ、まぁ、そうすると思っていました。ふふっ、これもまた、先見の明に優れる天才病弱美少女の想定の内です。私も手札を切るとしましょうか。

 ね、幽霊さん?」

 

 ややドヤ顔の明星が大袈裟に俺を呼んで。

 

 俺は光学迷彩(ディストーション・フィールド)を解除することなく出口へ後退る。

 

 光学迷彩(ディストーション・フィールド)は難易度が高く集中力がいる。それは百合への熱い想いによって支えられており、決して他の魔術と並行して使えるようなものではない。

 

 戦えば維持出来ないのは確実。申し訳ないが、ここはもう少し忍ばせて貰おう。

 

「……え? あれ? もしかして本当に居なかったりします? 何処かで迷子になっていたりしませんよね!?」

「誰かを手引きしたのかしら。いずれにせよ残念ね」

「ま、まあ、いいでしょう。切り札は最後まで取っておくものですから」

「ッ……! ハッキングされた……!?」

 

 部屋が暗転し、ロボットから鳴っていたエンジン音が途絶える。

 

「ふふっ、全知である私に不可能はありませんよ」

「こんな短時間で制御を奪うなんて、流石ね。でも──」

 

 調月はロボットの制御権を奪い返そうとしているのか、タブレットを操作して──不意に部屋の電気が明滅する。

 

「なんで照明システムが……うっ」

 

 明星から事前に教えられていた俺は、慌てて目を閉じ腕で庇うと、バチリと弾ける音と共に瞼越しにも光が突き刺さる。

 

 過電流で照明が焼け焦げる匂いの中、ドアの近くで待機していた俺は明星に続いて脱出した。

 

 そのまま、廊下に飛び出して、角を曲がったあたりで解除する。

 

「意見が食い違うや否や武力行使とは、相変わらずリオは躊躇がないですね……って、いたのですね……いえ、もしかして部屋に入れずに……」

「ああ、それはないから安心して」

「それはそれで、あの時、この天才病弱美少女の口上を無視した理由をお聞きしたいのですが」

 

 急に出没した男に驚いたのち、不満そうにそう言う彼女に答える。

 

「信頼だよ信頼。明星のこと信じてたからね。あれぐらい何とかしてくれると思っていたし、最後はバレるとしても、遅ければ遅いほうがいいしな」

「……まあ、私はミレニアム最高の天才病弱美少女ですので、信じていたといわれれば、仕方ありませんね。ふふふふふ」

 

 一転して嬉しそうな彼女の傍、俺の耳は背後から駆ける音を捉える。

 

「信頼と言えば、私たちの仲なので、他人行儀に苗字ではなく、名前で──」

 

 床を強く踏み込む音に、振り向きざまに九鬼正宗を抜き放つ。

 

 引き金(トリガー)──導体(コンソール)接続、『属性:光』、『生成:刀』──発動、光剣(ルークス)

 

 瞬時に生成(クラフト)された刃が、左から右に、銀を描いて──勢いよく飛び込んできた影と激突した。

 

 相手が盾のように挟んだ物体と擦れて、火花が散る。

 

 そのまま強襲者は後ろに飛び、俺は明星を隠すように前に出た。

 

「なっ……え?!」

「随分乱暴な挨拶じゃねぇか」

 

 素早い身のこなしと咄嗟の判断からして、かなりの手練れ。

 

「さっきの会談と無関係、ってなわけはないか」

 

 口を回しながら、刀を構えた俺は目を凝らす。

 

 月明かりと眠らぬ街灯りに照らされて、動きを止めた相手の姿が明瞭になる。

 

 メイド服を着た、プラチナブロンドの少女。銃を手にして、感情の読めない顔でじっとこちらを見つめる。

 

「C&C……なるほど、あなたが五番目の……」

「えっと、C&Cって四人なんだっけ?」

「知られている限りは、ですね。大方、あの女も私のように手札を隠していたのでしょう」

「なるほどねぇ……それで、お嬢さんの名前を伺ってもいいかな」

 

 明星との会話を切り上げて、目の前の相手に尋ねる。

 

 少しの間逡巡して、彼女は口を開く。

 

「……人に名前を聞くときは、先に名乗るものだと聞きましたが」

「オケー、俺は三条ヒイロ、趣味で百合の守護者をやっている者だ」

 

 九鬼正宗の光剣(ルークス)を解除し、鞘に収めながら答える。

 

「では私もついでに。超天才清楚系美少女ハッカー、明星ヒマリです♪」

「……C&C所属、コールサイン04。飛鳥馬トキです。以後お見知りおきを」

「なんだか、戦う空気ではない気もしてきましたね。下水道を流れる水のような女に使われるのも、気の毒な話です。ここは一時休戦としませんか?」

「申し訳ありませんが、主人のご命令とあれば……それを完璧にこなすのが、C&Cとしての務めです……!」

 

 一足で距離を詰め、俺に向けられた銃を、体に染みついた抜刀と共に弾く。

 

 上方に弾かれた銃口が天井に弾痕を残し、クルリと回転しながら飛鳥馬は飛び退いた。

 

 その隙に俺は導体を換装し、引き金(トリガー)を引く。

 

 導体(コンソール)接続──『生成:魔力表層』、『変化:筋骨格』、『変化:視神経』──発動、強化投影(テネブラエ)

 

 蒼白い魔力が迸る。

 

 燐光を曳いて、距離を消し飛ばした俺は、彼女の着地点に突っ込んで──振りかぶった光剣(ルークス)で斬りかかった。

 

「さっきよりも速い……!」

「悪いが、距離を取られると、物理的に俺の間合いから外れちまうからなッ!」

 

 撃たせないように懐に入り込み、飛鳥馬の蹴りを棟で受け、銃の狙いを刀でずらす。

 

 そこに側面から銃弾が撃ち込まれ、彼女は距離をとって後退した。

 

 明星がいつの間にか連れてきたのか、警備用ドローンが合流し、飛鳥馬を完全に包囲していた。

 

「ふふっ、前衛と後衛で、まさに噛み合った歯車のように私たちの相性は良いですね。やはり、あの女に専属の召使がいるなら、このミレニアムの無形文化遺産である私にも、専属の護衛が居るべきなのではないでしょうか……?」

「それって俺のこと? 百合の守護者はみんなの守護者だからな。悪いけど断らせてもらうわ」

「ヒイロはつれないですね。普通にショックです」

「……」

「ええ、この稀代の美少女である私のお願いすら跳ね除けるとは……。その一本に通った芯がヒイロの素敵なところだと思いますが、袖にされてしまった私は、とても悲しくて胸が張り裂けそうです」

 

 よよよ、と大袈裟に悲しむ明星に俺は黙り込むと、目だけで呆れを含む視線を飛鳥馬が送ってくる。

 

「……あの、痴話喧嘩は後でお願いします」

「違う! 俺は俺の為に協力しているだけで、痴話もクソも無い!! 女と男が居たらすぐ恋愛と結び付けるのは、中学生で卒業しやがれ!!」

 

 全力で反論する俺をよそに、飛鳥馬はインカムに話しかける。

 

『武装』の許可は……いえ、了解しました

 

 彼女と視線が交錯すると同時に、俺は九鬼正宗を構えて──飛鳥馬は短く連射を切りながら、ドローンを叩き落として、退路を作る。

 

「命令により仕方なく、私は撤退させて頂きます。……次会うときは、覚えておいてください」

「あらあら、私たち無敵のミレニアム最強コンビでまた相手して差し上げますよ」

「俺にはそんなコンビを組んだ記憶、無いけどね」

 

 ささやかな俺の注釈は無視されて、飛鳥馬は姿を消す。

 

 それを見送って。

 

「鮮やかで華麗なる私たちの勝利のようですね。読み通りヒイロに来ていただいて正解でした」

「こっちとしても、襲撃事件に関わる思惑が明瞭になって、助かったよ」

「まさに天才病弱美少女の計算通りのウィンウィンです。先程のコンビの話、受けていただければ、私はより多くの価値を提供できると思いますが?」

「またその時があればな」

「そうですか、八割ほどは本気なのですが、仕方ありませんね……」

 

 本当に残念そうな雰囲気に俺は戸惑って、最初に会った教室で、暇を持て余していたと言っていたことを思い出す。

 

「……まぁ、呼んでもらえれば、重要な事件とか無くても、あの教室で会えるだろうし……そんな形に拘らなくても……」

「……ぁ、そ、そうですね! 当然、そんなことは私の完全無欠な頭脳で既に導き出せていましたが。ええ、もう私たちは共に試練を乗り越えた遠慮の要らない仲ですからね。ふふっ」

 

 嬉しそうに微笑む明星から視線を外し、俺は飛鳥馬が消えた廊下の先を見つめる。

 

 ──世界を終焉に導く兵器、ね。

 

 調月の、確かに真剣な瞳を思い出しながら、俺の手は無意識に九鬼正宗の柄に触れていた。

 

 

 

 

 

 

 




 諸々あって次回も遅くなると思います。前みたく一話だけ投げたりするかもしれませんが。
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