透き通るような世界で俺がやるべき唯一のこと   作:THE TOWER XVI

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メイド・イン・ミレニアム

 あれから、セミナーの仕事の合間に明星と会ったりしつつ、俺は件の騒動の中心、ゲーム開発部のアリスという少女と接触する機会を伺っていた。

 

 早瀬の談では、ゲーム開発部は無事ミレニアムプライズで、上位入賞とはいかずとも特別枠で賞をもらい、廃部を回避できたらしい。

 

 聞き込みインタビューをして回った限り、よく出歩いているらしく、好意的な意見が多く見られたが……肝心の本人に会えずにいた。

 

 それともう一つ、俺は俺で尾行されているようだが。

 

 斜め後ろに振り向くと、木陰からあからさまに伺ってくる人物が目に入る。

 

 彼女の下に歩いていく。

 

「はい、問題ありません。対象は全く気づいておりません」

「流れるように無視したね」

「私の完璧なスニーキングスキルによって、近距離でも気づかず木との会話に興じています」

「俺は今、木に話しかけていることになってるの? 解釈が都合良すぎるだろ」

 

 一通りして満足したのか、インカムに話し掛けるのをやめて、グラサンメイドがこちらに顔を向ける。

 

「ふっ、今のは私なりのユーモアです。以前拝見した会話を参考に考えてみました。新鮮でなかなか悪くないと評価しましょう」

「それは良いとして、尾行ならあからさまにバレバレなんだけど、大丈夫なのそれ」

「問題ありません。既に知られている身。むしろ直接接触することでより深い情報を得ることができる……つまり、ヒイロはまんまと私の天才的な作戦に嵌ってしまったというわけです。私の勝利です。ぶい(びくとりー)

 

 相変わらず表情の変化は少ないが、得意げな雰囲気が感じ取れる飛鳥馬──ついこの前戦闘になったメイドを前に、俺は脱力する。

 

「取り敢えず、ヒマリのように自己賞賛的な枕詞をつけるのは普通はしないから、止めといたほうが多分無難だぞ」

「でもご自身も事あるごとにIQ180を自称していますよね。つまり問題無いということです」

「『百合』IQ180ね。これないと餡が入ってないアンパンになるから。じゃ、俺は用事があるから」

 

 大事な部分を強調し、アリス探しに戻って──

 

 ──別れたつもりで歩いていた俺は、そのまま隣に並んでついてきているメイドに顔を向けた。

 

「目的地が同じ系……?」

「ヒイロの目的地が私の目的地なので、同じですね」

 

 すました顔で答える彼女に、俺は前世(エスコ)での、将来の自称婚約者とのファーストコンタクトを思い出す。

 

「既視感しかないね、この展開。前の世界でも初手罵倒系メイドが無言で同行してきたからね」

「それはつまり……遠回しに私に罵倒して欲しいと? 変わった趣味をお持ちのようですが、どうしてもというのであれば、仕方ありません」

「いや、俺は俺が嫌いな女の子が好きだけど、別に罵倒されるのが好きなわけじゃなくて、百合が好きなだけだからね? ここ、大事なポイントだから。

 ……まぁ、真面目な話、今からヒマリのとこに遊びに行く予定はないから付いて来てもたぶん意味はないぞ」

 

 前に顔を戻した俺は、二人で並んで歩きながら言う。

 

 大方、あの場で確保できなかった明星の情報を得たいとかだろう。

 

 あの時の襲撃は、恐らく最初から計画の一つとして用意されていた。セミナー執務室からエレベータへの通路なんて、襲撃にはお誂え向きだ。

 

 いくら明星がハッキングに長けていようとも、実体を持つ存在である以上、会談後にあそこを通ることは避けられない。つまり、普段彼女が自称する様に所在の掴めない、雲の上の高嶺の花を摘み取るための策。ただ、流石に変数外の幽霊の存在まで読むことは叶わなかったようだが。

 

 足を止めた飛鳥馬が横の視界から消えて、俺は振り返った。

 

「なるほど、自称IQ180は伊達ではない、と」

「『百合』IQ180ね」

「しかし、リオ様から探りを入れるよう指示されたのはヒマリ先輩だけではありません。むしろヒイロこそ対象です」

 

 俺の訂正を華麗に無視して、飛鳥馬はその意図を俺に明かす。

 

「既に顔バレしてるから良いだろ理論の内かは分からないけど、隠さず言うね」

「ふっ、私の誠実さに驚きましたか」

「スパイとしてはどうかと思うけど。でも、そうか……俺にねぇ……まぁ、これは同じか。俺も興味があったし」

 

 世界を終焉に導く兵器、そう言った時の調月の真剣さも覚悟も、決して無視できるようなものではなかった。

 

 明星を信頼していないかのような振る舞いにはなるが、こればっかりは性分だ。百合に危害が及ぶ可能性なら、どんなに低くても無視できないし……だからこそ、面倒ごとが隠れているなら、そこに突っ込むのが早い。

 

 そう結論付けると、俺はニヤリと笑う。

 

「要するに両想いってことだな」

 

 その言葉に目の前の彼女は一瞬固まって、首を傾げて口を開く。

 

「私とヒイロがですか? 申し訳ありませんが、まだお互いに知り合ったばかりなので……でもお気持ちはうれしいです。ぽっ」

「その擬音自分で表現するの初めて見た、じゃなくて。調月と俺が両想い……ってこれも違う! 比喩ね。お互いに興味が一致したことのね。

 ……なんで俺は自分で説明する羽目になっているんだ? 微妙に伝わらなかったダジャレを自分で解説させるような仕打ちだぞ?」

「馬鹿だからだろう」

 

 最近出不精だった癖に、ここぞとばかりにアルスハリヤが現れて耳元で囁く。

 

「ばーか」

「ふんッ」

 

 神速の抜刀を繰り出した俺は、魔人を横一文字に両断し、怠りなく残心を終える。

 

「何故いきなり虚空を斬ったのか理解しかねますが、素人目にも技量の高さが感じ取れますね」

「みんなには視えないけど俺にだけは視える悪霊がいるからね。見かけたら潰すようにしているんだ」

「謎掛けですか? それはそれとして、リオ様とヒイロが両想いなら、次はどうするのですか?」

「そりゃ、お互いに興味があるなら次はデートに決まって……ごめん、今のタイム。(燈色)が女の子と二人っきりでデートなんて、想像しただけでインスタント・リバース決めるわ」

 

 吐き気に顔を青くした俺は、とりあえず、直接会って話せるか尋ねる。

 

 インカム越しに少しの間、飛鳥馬は連絡を取って──

 

「許可が下りました。今夜またあの場所で、とのことです」

「了解、向こうも乗り気で良かったぜ」

「しかし、直接会われるのであれば、これ以上ヒイロを探る意味はなさそうですね」

「うん? まぁ、仕事が減ったなら良いことなんじゃないか? じゃ、また夜に──」

「お待ちください」

「な、なに?」

 

 用事が終わった雰囲気を作って別れようとしたところを、腕を掴まれて阻止される。

 

「先ほど、私は体のいい通信機のように扱われた訳ですが、正当な報酬というものが在るのではないでしょうか?」

「そうか? そうかも……?」

「そうです。そして、丁度私は今、非常に重大な問題を抱えています。ここはヒイロが真心を込めて私を助ける番だと思うのです」

「重大な問題……?」

 

 聞き分けのない子供に言い聞かせるように、溜息を吐いた飛鳥馬が口を開く。

 

「それは今、私が暇をしているということです。

 そもそも考えてみれば、ヒイロに責任の一端があると言って良いです。ヒマリ先輩を確保し、私がその監視につく筈だったのをひっくり返したのもヒイロなので。観念して罪を償ってください」

 

 数瞬の思考の間。

 

 償うって言ったって、何をするんだ?

 

 まさか、二人でお出かけだなんてふざけたことを抜かすつもりだろうか。三条燈色が女の子と二人っきり? 天が許しても、この俺が許さないぞ。

 

 とはいえ、まるでそれが当然かのように堂々とした飛鳥馬の態度からして、説得しようにもそう簡単には折れそうにない。ここは、百合IQ180の頭脳でもって、なんとか、百合への誘導を……。

 

「おいヒイロ君! あれを見たまえ!」

「なんだよ、今忙し、い……」

 

 どう切り抜けようかと頭を悩ませていた俺は、魔人の示すままに指さす先を見てしまった。

 

 話題の最新作について広告を垂れ流す電子看板。

 

「なるほど、映画ですか。一般的な暇をつぶす方法を知らないので、思いつきませんでした。確かに、私も一度試してみるべきですね」

 

 何を勘違いしたのか、飛鳥馬はそれを俺からの提案と解釈したらしい。

 

 それに満足げに口端を曲げて、アルスハリヤが俺の肩に手を乗せる。

 

「安心したまえ。こんなこともあろうかと、魔人特製ミレニアム・デートプランを組んでおいたからな。この僕に抜かりはないぞ」

 

 無言で。

 

 俺は引き金(トリガー)と共に強化投影(テネブラエ)を発動させようとして──失敗。

 

 クソが、またアルスハリヤの魔力障壁か──!

 

 瞬時に判断を切り替え、最後の手段である全力ダッシュを遂行し──

 

 ──当然、強化投影(テネブラエ)なしにキヴォトス人に対抗できるわけもなく、ラグビーさながらに抑え込まれた。

 

「物は試しです。付き合ってください」

「アルスハリヤァァァアアアアア!!! 野郎、ぶっ殺してやるぅぅぅぅうううう!」

「いやぁ、良い声だぁ(恍惚)」

 

 何処か楽し気な飛鳥馬に引きずられながら、俺は叫び、害虫(アルスハリヤ)への殺意と憤怒の慟哭は空へと消えて行った。

 

 

 

 

 

 その日の夜。

 

 飛鳥馬と二人で、再びミレニアムタワー最上階のセミナー執務室へ向かっていた。

 

「いやはや、とっかえひっかえ、毎回違う女の子を隣に連れてやってくるものだから、きっと相手も君のプレイボーイっぷりにびっくりだね」

「自分が元凶なのを棚に上げて、ふざけた妄言を吐いているのはどの口かな? アロンア◯ファで上下を瞬間接着するよ?」

「おいおい、よしてくれ、僕から言葉を奪ったら、精々君の視界に入って邪魔するしか楽しみが無くなってしまう」

 

 玩具の煙草を吹かして、やり切った雰囲気を出すアルスハリヤを睨みつける。いつも通り、俺だけに見えるオトモダチと会話のドッチボールをしていると、飛鳥馬が話しかけて来た。

 

「私は理解があるので大丈夫ですが、一般の人は急に虚空に話し出す人を見たら、正気を疑いそうですね」

「ヒイロ君としては、そこは一般人の感性でドン引きしてくれたら百点花丸満点なんだけどね」

「そういうものかと慣れたので大丈夫です。今日の映画もショッピングも、正直よく分かりませんでしたが、新鮮な体験だったのは確かです。また付き合ってください」

「いや、次は女の子を誘ってね? それこそ調月とか、どう……? 決まり次第、連絡してもらえれば後方100mから百合セキュアに勤しみながら、完璧なデートをサポートするから」

 

 結局、俺は飛鳥馬と映画館にショッピングモールの冷やかし、お食事と、デート三点セットをめぐる羽目になってしまった。

 

 それもこれも、あの俺に取り憑く腐れクソ魔人が悪い。

 

 デート・リターンズを防ぐべく、さりげなく主従百合の可能性に掛けるが、飛鳥馬の反応は芳しくない。

 

「リオ様のお手を煩わせるわけには行きません。それに私自身、なるべく現在の身元を隠す必要があります。なので私の選択肢は、リオ様を除けば襲撃時に顔を合わせたヒマリ先輩とヒイロのみです」

「要するに、実質自由に動ける君しかお相手がいないわけだ。まさかまさか、そんな可哀想な娘のお願いを断るなんて、ヒーロ君がするわけないからねぇ、まさかまさか」

 

 訳知り顔で目を閉じて、大袈裟に何度も頷くアルスハリヤの顔面に膝蹴りをぶち込む。

 

 奴が天井に激突し爆散したのを確認して、思考を戻す。

 

 癪だが、魔人の言う通り、女の子の笑顔一つ守れない奴が百合を護るなんて笑止千万。彼女の立場を想えば、仕事ばかりでなく、もっと青春っぽいものに付き合ってあげられるのは俺だけなのかもしれない。

 

 いや、だからと言って(燈色)は駄目だろ。百合破壊でしかないぞそれは。

 

「そんなに眉間に皺を寄せてどうかしましたか? リオ様も待っていますので早くいきましょう」

「あ、うん、ごめん。今アイデンティティの危機に近い難問に直面していたから」

 

 ただ、飛鳥馬が今は秘密裏に動いているのだって、現在進行中の問題に起因している。詰まる所、話は単純で、『世界を終焉に導く兵器』についてさっさと解決しましょうってことだ。

 

 辿り着いた執務室の扉を、今度は光学迷彩(ディストーション・フィールド)なしにくぐる。

 

 あの時のように、暗がりの中でタブレットの光にのみ照らされた怜悧な顔と目が合う。

 

「取りあえず光球(ライト)でも付けようか?」

「この会談は前回と同様に秘匿されたものよ。このままで問題ないわ」

 

 俺の隣から飛鳥馬が調月の後ろへ移動する。

 

「なるほどね。昨日のアレで照明がぶっ壊れたままかと」

「一日もあれば十分よ。それに、証拠を残すわけにもいかないもの」

「そりゃそうだ。あ、折角だからお茶入れようか? 疲れているでしょ?」

「前座はいいから、用件を言って。三条ヒイロ、無手の賞金稼ぎ。まさかヒマリが手引きするとは思わなかったわ」

 

 調月と相対するように、近くのソファに俺は腰を下ろして。

 

 足を組んだ俺は、探るような瞳で見られながら口を開く。

 

「『世界を終焉に導く兵器』の話、結局そっちのプランについて聞くの忘れてたからさ。忙しいところ申し訳ないけど、話聞かせてほしいなって」

「好奇心が理由なら踏み込むのは辞めておいたほうがいいわ。それともヒマリから頼まれて探りに来たのかしら?」

「いや、信じるかはともかく、此処には俺の判断で俺の足で来た」

「どちらにせよ、話したところで私にメリットが無いわね」

 

 すっと、あの時見たロボットが現れる。

 

「少なくとも、これでヒマリがいるかは分かるわ。いたらまた逃げられるのだろうけど……もし居ないのなら、貴方という不確定要素を排除できる」

「不確定要素ねぇ……」

 

 俺は呟く。

 

「あの時のヒマリへの襲撃は、辿れば『可愛い後輩』という彼女の発言がトリガーだった」

 

 ピクリと形のいい眉を上げる調月に、俺は口角を上げる。

 

「ここで、後輩ではなく危険な兵器と捉えた人物が、後輩と呼ぶ人間から邪魔されると予測する行為は何か。

 その危険な兵器に、後輩と呼ぶ人目線では危害を加える行為だ。

 そして、危険な兵器ととらえる人から見れば、兵器を無力化するのが目的で。爆弾を半端に傷つけても意味がない。だから、自ずと絞られるのは、完全な無力化。殺害だ」

 

 ソファの上、俺は確信をもって告げる。

 

「調月リオは世界を救うためにアリスという少女を殺そうとしている……俺の推理は何点かな?」

 

 沈黙が降りて、調月が口を開く。

 

「仮にそうだとして、貴方は止めに来たの?」

「まさか。その逆──

 

──その役目、俺によこせよ」

 

 予想外の言葉だったのか、目を見開く。

 

 初めて見せた動揺に、俺は笑った。

 

 

 

 

 

 

 

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