透き通るような世界で俺がやるべき唯一のこと   作:THE TOWER XVI

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それぞれの役目

 輝く巨大な塔。そしてそれを取りまく大廈高楼。

 

 いつぞや、明星が『セーフハウス』と表現したもの。その実態が目の前に姿を現す。

 

 要塞都市エリドゥと名付けられたそれは、調月が用意したキヴォトスに存在するあらゆる脅威に対抗するための切り札だとか。

 

「コソコソとこんなものを作っていたとは。公に予算として申請されていない以上はポケットマネーでしょうか? しかし、リオがそんな資産家だったとは聞いたことがありませんから、少々お金の出処が気になりますね」

 

 ガラスの向こうに見える摩天楼を見渡して、明星が揶揄する様に言う。

 

 事前に飛鳥馬経由で連絡を取っていたが、俺達が連れてこられたのはあの生徒会室でもなく、調月が秘密にしていた筈の拠点だった。

 

「費用の話を今する必要性はないわ。それよりも、あんなに反発していたヒマリが来るなんてね。どういう風の吹きまわしかしら」

「少々、見守っているだけとはいかない事情ができまして。デカグラマトンがどうやらアリスを狙っているようですし、こんな巨大都市を感化でもされたら、流石の天才病弱美少女も困りますからね。現状のシステムでは心配ですし」

「そう、ヒマリが手伝ってくれるなら好都合ね」

「……少しは悔しがって見せたらどうですか?」

「? その必要は感じられないわ。セキュリティは私よりもヒマリがやるほうが合理的でしょう?」

「これだから、性が合わないんです……言っておきますが、あなたに協力しているのではなく、あくまでもヒイロのためですからね?

 ヒイロも、用事が終わったら絶対呼んでください。この前のように私を置いていったら、星占いの実験台にしますから」

「おう、分かった。色々ありがとな」

 

 そう言って、車椅子を滑らせる明星を見送る。

 

「それで、俺は何をすればいいんだ?」

「戦闘テストの相手になってください。そしてヒイロをボッコボコのボコにして、熱い友情を交わします」

「一方的にボコしてもヤンキー漫画みたいな友情は生まれないよ……?」

「言ってみたかっただけです」

「まぁ、でも、百合の間に挟まる男をボコるのはプライスレスだからな。その意気で臨んでくれ。俺が応援しよう」

「熱い応援を受け取り感激しました。全力でボコります。

 リオ様、予定通りアビ・エシュフの試験を後程お願いします。先に行って準備しておくので、一度失礼します」

 

 冗談かよくわからない飛鳥馬の発言に返して、明星とは別の方向に去る彼女を見送る。

 

 浮いているドローンを除けば、俺は調月と二人残された。

 

「……えっと」

「……貴方は」

「あぁ、すまん、そちらからお先にどうぞ……?」

 

 絶妙なタイミングで被り、俺は先を促す。

 

 しかし、調月はそのまま黙り込んだため、俺から先ほど言いかけたことを口にする。

 

「そういえば、俺としては都合が良かったけど、ヒマリとかよく受け入れたな。元々はあの時の襲撃で遠ざける予定だったんだろ?」

「……そうね。名もなき神々の王女を破壊する上で、明確な障害だもの。その考えは今も変わらないわ。けれど、エリドゥのセキュリティの面では手を借りたほうが合理的なのも事実。デカグラマトンが出て来るなら尚更よ。それにいざとなればまた無力化すればいいわ」

「その展開は避けたいが……まぁ、以前も言ったが、調月が最終手段を用意するなら、その前の可能性を探る方を俺が勝手にやるぜ。人間、一人でやれる範囲には限りがあるからな。

 勿論、最終手段に関しても、ヘイト役は俺の目的のために奪うつもりだが」

 

 そう言って俺は笑って。

 

 ここずっと鉄仮面を崩さなかった調月が、僅かに困惑の表情を見せる。

 

「会った時から、貴方のことは解らないわね。私は嫌われる側の人間だと、経験上自覚があるのだけれど」

「ミレニアムの為に全力を尽くしている人に協力すれど嫌うもないだろ。矢鱈とヒマリは気に入らないみたいだが、俺が何とかするから気にすんな。

 なんなら、嫌いから始まる関係の方がその落差の尊みは深い」

 

 完全なスタートゼロと比較し、敵対関係というきっかけがある方が百合には有利に働きやすい。

 

 つまり、ある意味調月を意識していると言える明星よりも、むしろ、明星に対して思う所がなさそうな調月の方が課題になる。

 

 考えてみれば、百合に至るにはそこが課題になるのか……百合IQ180の頭脳の見せ所だが……さり気なく調月に明星を意識させる方法なんて、パッとは思いつかないな……。

 

 百合における千年問題に思考を沈めていると、調月が口を開く。

 

「確かに、ヒマリが今こうして手伝ってくれるなんて、私一人じゃあり得なかった可能性ね」

 

 そう少し何かを吟味するように呟き、調月は考え込んで。

 

 邪魔をしないことにした俺は端末を取り出す。

 

 そういえば、今日は朝っぱらから色々ありすぎて確認するのを忘れていた。そう思って、端末のロックを解除し、モモトークのアイコンの右上に示されたメッセージ数に慄く。

 

 アプリを開いてみれば、全て早瀬からの連絡だった。

 

 今日はセミナーに行けないのでよろしく、と軽く一言、ここに来る前に早瀬に送ったが、流石にノリが軽すぎたか。

 

 理由を求める文から始まり、反応が無いことへの文句のような心配、最終的には今日廃墟に叩き込まれた砲撃に関する処理等の仕事上の愚痴と、相当荒ぶっていることが伺える。

 

「やあやあ、今ヒイロ君は新しい女との縁結びで忙しいだろうから、ここは相棒たるこの僕に任せて貰っても構わないぞ」

 

 肩を叩いてくる魔人を睨みつけると、任せておけと言わんばかりに胸を張る。

 

「今夜君がスヤスヤ寝ている間に、僕が適切に返信しておこうじゃないか!」

「黙れ前科者。その満面の笑みは0点どころかマイナス100点の答案作成する顔って分かってるからね、こっちは」

 

 そうして、魔人の相手をしていた俺は調月が何か言っていたのを聞き逃した。

 

突然現れた変数であり、私に理解を示してくれる貴方が居れば……未来の可能性も違うのかしら……

「悪い、今ちょっと悪霊と口論していて……。なんか言ったか?」

「……何でもないわ。トキを待たせてしまっているから行きましょう。ついでにデカグラマトンの預言者を倒したという力も確認させて頂戴」

「あー、片方はともかく、もう片方は切り札中の切り札、すてみ◯ックルみたいな反動技だからな。まぁ、そっちじゃなければいくらでもいいけど」

 

 そう言って調月に着いて行った先には、ごついパワードスーツのようなものに乗った飛鳥馬が待っていて──

 

 ──戦った俺は即座に降参した。

 

 

 

「非常に不完全燃焼です」

「……いや、それ叩き込まれたら俺ミンチになるからね? 魔力障壁が無かったら、今頃ヒイロ君、穴あきチーズみたいな無惨な姿になってたよ?」

 

 アビ・エシュフというらしい、その飛鳥馬が乗った外骨格スーツの右手に据え付けられた回転式多連装機関銃を見ながら俺は抗議の意を示す。

 

 調月によれば、このエリドゥという都市の計算リソースを使用することで、未来を予測し、弾丸を弾丸で撃ち落すことすら可能な絶対防御能力を行使できるとか。

 

 どこかこの身に宿る魔眼、払暁叙事に近いが、飽く迄も観測の上でのシミュレーションで成り立っているため、閃光弾(ライト)のような情報の取得自体の妨害が恐らく弱点。今回使わなかったが、認識自体が不可能な不可視の矢(ニル・アロウ)も恐らく防げない。

 

 ただ、その能力とは関係なく、素のスペック、凄まじい回転数で放たれた大口径の銃弾の雨を見て悟った。これはこの世界の基準をはるかに下回る強度しか持たない人の身で挑むものではない。

 

「しかし、目晦ましも面倒でしたし、結果的にはヒイロには当たっていませんでした。ここで戦闘放棄など私を舐めているとしか思えません。真剣な態度で挑むことを希望します」

「掠るたびに俺の寿命が縮まるんだわ」

「ヒイロの我儘には困りましたが、仕方ありません。では水鉄砲で手を打ちましょう」

「一気に子供の遊びっぽくなったね。いや、それならいいけど」

「言質取りました。というわけでリオ様。超高圧ウォーターカッターを所望します」

「俺の思ってた水鉄砲と違うよ……?」

 

 正面で、未だにアビ・エシュフから降りない飛鳥馬を警戒したまま、俺は会話を交わして。

 

 飛鳥馬の要求に調月が生真面目に答える。

 

「却下よ。ウォーターカッターは圧縮機構や水の供給が必要な以上、火薬と比べエネルギー密度で圧倒的に劣っている……アビ・エシュフに装備するのは非合理だわ」

 

 ドローンを伴って、調月がタブレットを操作しながら近づいてくる。

 

「ただ、高速で移動する相手に関する良いフィードバックが得られたわ。センサー系の構成はもう少し最適化が必要ね。それに、その魔力障壁だったかしら? 剣もだけれど、モデルにない変数が増えると演算が本質的に不可能な以上、モデル自体の最適化とその場での学習が必要ね……」

 

 半分独り言のような呟きと共に、ドローンの映し出した空中のホログラムとタブレットを手慣れたように操作し始めて。

 

 それを見て俺へ振り返った飛鳥馬が、確信を込めた声で言った。

 

「やはり、後ほどヒイロに健全な水鉄砲を入手させてきます」

「俺が買うの?」

「その代わり、私が適切なビーチを探して来ます」

「おい、砂浜で水鉄砲はもう遊んでるだろ。それで二人っきりとでも言ってみろ。俺は逢引疑惑を防ぐべく確固たる意志で不参加だ」

「断じて浜辺で二人っきり、童心に還って水鉄砲の撃ち合いをしたいだなんてことは思ってはいませんが、先ほど吐いた言葉は守ってもらいます」

「もしかして、俺を嵌めた……?」

「ダブルぶい(ビクトリー)

 

 俺は愕然と、目の前で明星直伝のダブルピースを繰り出す飛鳥馬を見つめて。

 

 作業を進めながらも、そんな俺たちのやり取りを聞いていたのか、調月が口を挟む。

 

「もしやるなら人目に付かない場所にして頂戴。でも、案としては悪くないわ。砂地もまた特殊な条件下での試験になりそうね」

「そうだよな! これは真面目な試験だからな! ってことは調月もビーチに来るんだよな……!」

 

 調月が来るなら二人っきりではないし、やりようは幾らでもある! 差し込んだ光明に俺は飛び付いて──

 

「データは送れば何処でも確認できるわ。態々私が出向く必要が見当たらないのだけれど。それに、一番の問題は、アビ・エシュフをエリドゥ外に展開する方法が現状無いことね」

「では、プライベートとして、生身の実力で決着を付けましょう。水鉄砲で」

 

 一瞬にして、調月と飛鳥馬の百合の可能性に掛ける打開案が頓挫したどころか、試験という言い訳すら許されないデート擬きになってしまった事を悟った俺は、ショックで膝と手をつく。

 

 俺の傍にしゃがみ込み、頬をつついてくる飛鳥馬をよそに、調月はアビ・エシュフの予測機能の改良をその場で行い……その日は彼女が満足のいくまで試験と改修のサイクルを回して終わった。

 

 

 

 

 

 飛鳥馬は調月の身の回りの世話があるからとその場で別れ、俺は約束通り明星に声を掛けて二人で帰路に就いた。

 

 如何に今回新たに考案したファイアーウォールの案が素晴らしく、デカグラマトンに目に物を見せられるかについて語られた後、明星とも別れ、一人シャーレに戻る。

 

 狐坂から来ていた、用事が出来たので暫く空けるという旨の連絡を確認しつつ、自動ドアをくぐって。

 

 自分の部屋がある居住区に行く前に、何時ものようにシャーレの執務室を覗く。

 

 寝落ちしている先生に気付いた俺は、全く起きる気配のない先生をソファーに移動させて毛布を被せた。

 

 そのままガラス張りの壁の向こうの夜景が視界に入って──背後から手を回してきた魔人の鬱陶しい気配に唇を歪める。

 

「今宵も月が綺麗だなぁヒイロ君」

「告白か? お前はその腐った性根全部入れ替えてから出直して来いよ、この寄生虫が」

「おいおい、僕は恋するよりも他人の恋路で遊ぶ方が好きだからな。安心したまえ、言葉そのままの意味さ」

「余計に質が悪いわ」

 

 すっと離れたアルスハリヤは、俺の隣に移動すると、玩具の煙草を咥えて、紫煙をくゆらせる。

 

「さてと、未だに判然としない部分もあるが、大方盤面の駒は出揃ったといったところかな」

「名もなき神々の王女と思われるアリス、ゲーム機に移ったというDivi:Sionシステムを名乗ったAI、デカグラマトン、無名の司祭……そしてミレニアム側は慎重派の調月と楽観派の明星。

 ただ、無名の司祭は動きも何も、そもそも太古の人々だという話だし、調月も今すぐアリスのヘイローを壊すつもりはない筈だ。本人は準備が整ってないなんて言っていたが、別に本気ならやりようはあるからな。アリスが名もなき神々の王女としての兆候を示しでもしない限り、調月は待ってくれるし、調月と明星は今日のように協調できる」

「つまり、現在明確に存在する対立構造はデカグラマトンと君たちミレニアム組、というわけか。そして両者の思惑の中心にいるのが、災厄の指揮官だったはずの少女。

 しかし、何故か記録上は世界を終焉へと導くはずの彼女は元気にミレニアムで学園生活を送っているようだし、Divi:Sionシステムを名乗ったAIがゲーム機に移った目的も判然としないままだな」

「このまま何も起きなければそれが一番だ。名もなき神々の王女なんて大仰な名前は、当の本人にとっても今のまま知らずにいるのが幸せだろうし、福音どうこう言っていたデカグラマトンを防ぎつつ、キヴォトスを終焉へ導く存在としての懸念を払拭できれば完璧だ」

「ただ、なかなか難しそうだね。あの砂漠の化け物は、何とあの神を自称する者の手下の一人にすぎないようだ。あの手のSFチックな怪物を相手は手札として持っているわけで……それも一体ではなく複数体と来た」

「ま、機械相手なら遠慮なく戦える。神性の証明だか知らないが、百合の邪魔をするなら、叩き斬るだけさ」

 

 九鬼正宗の柄頭を抑えて。

 

 D.U.地区の夜景に重なるように、硝子(ガラス)に映る三条燈色と目が合う。

 

「相変わらずムカつく顔しやがって。お前の命、此処(キヴォトス)でも躊躇なく使ってやるから覚悟しろよ」

 

 俺は中指を突き立てて笑い、当然、向こうに映る三条燈色も中指を立てて笑った。

 

 

 

 

 

 

 

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