透き通るような世界で俺がやるべき唯一のこと 作:THE TOWER XVI
明星が部長を務める特異現象捜査部。
これを調月が要請した直接の原因は、ミレニアムが受けたハッキングに起因するという。
過去、ミレニアムの技術の粋を凝らした通信用ケーブル敷設ユニットのAI『
「そう推論できるだけの理由がありまして……当時、ミレニアムのネットワークにこのようなテキストが残されました。
『竟に、摂理へと至る
嗚呼……我が
我が名は
「まさに
俺は九鬼正宗の柄を弄りながら、明星の話に相槌を打つ。
最近、セミナーを放ってエリドゥに来てばかりの俺は、明星とデカグラマトンについて話していた。
「ええ、聖なる十文字の神をデカグラマトンと解釈していましたが、接触した今ならより確信が持てますね。
それに当時、デカグラマトンがハッキングした対象を完全な管理下に置くことなく、飽く迄も『預言者』として独立した存在としていたことが謎でした。何らかの目的の道具としてハッキングしたのであれば、直接自身の一部としたほうが合理的です。自律的にタイマーを変更する目覚まし時計なんて邪魔以外の何物でもありませんから。
しかし、その理由も、デカグラマトン自身の発言──神性の証明という言葉を解釈すれば推測できます」
「そもそもデカグラマトンにとって預言者とは、目的を達成するための手段ではなく、目的そのものだった。
預言者を作ることこそが神性の証明であり、だからこそ、預言者を壊した俺は、その証明を邪魔立てした敵ってわけだ」
「誇大妄想に陥ったAIらしい、子供のごっこ遊びです。勿論、ごっこ遊びであれば、何かしらの模倣元が存在しているはずで……こちらを見てください」
車椅子の肘掛けのコンソールを、明星は手元で操作して、部屋のモニターに画像が表示される。
記号を円で囲み、それぞれ線で繋いだ図。
「この『生命の樹』と呼ばれる図には、全部で十個の『セフィラ』と呼ばれる存在が記されています。そして、セフィラにはそれぞれ名前があり……第三セフィラ・ビナー、第四セフィラ・ケセド、第八セフィラ・ホド……いずれも既知の預言者の名前と一致します」
「よくこんなの見つけたな……」
「ミレニアムの全知を冠する天才病弱美少女の目に掛かれば、自称神が何に影響されているかなんてバレバレです。生命の樹は『神の摂理へ至る道』を意味するそうなので、デカグラマトンの主張とも一致します」
「じゃあ、あの遠距離攻撃を仕掛けてきたやつ含め、未知の預言者が残り七体いるということか……?」
「この仮説が正しければ、そういうことになりますね。
ちなみに、解釈によっては十一番目のセフィラも存在するそうなので、八体いる可能性もありますが……それは、この神様ごっこの主催者の気分次第でしょう」
あの大蛇のような存在が、少なくとも残り九体いる事実を脳裏の片隅に記録していると、明星がモニターの図を消して、俺に目を合わせる。
「実は、
しかし、御覧の通り先生もシャーレ着任直後の上、ゲーム開発部の件で忙しそうでしたし、かといってエイミ一人に行かせるのも危険ですから、デカグラマトンの件は手を付けられず……休憩ついでに幽霊探しをしていた訳です」
「なるほどな。ただ、俺的には丁度よかったよ。向こうから敵視されているみたいだが、ハッキングだとか生命の樹だとか、そう言った話は俺の領分から外れているし……ヒマリが手を貸してくれると助かるからな」
俺がニヤリと笑うと、明星は珍しく言いよどみながら、言葉を続ける。
「その……以前、アリスの件で、一緒に協力するという話がありましたよね」
「ああ、協力してくれるって奴ね」
「私としてはその後のヒイロの発言が……ま、まあ、あれは口にせずとも良いでしょう。
兎に角、言葉通り、二度私を護っていただいたこともありますし、個人的にこの関係をアリスの件に限るのも非常に勿体ないと思っていまして……」
話の要点が掴めず首を傾げると、チラリとこちらを伺った後、やや頬を上気させた明星は何時もの調子で捲し立てる。
「やはり、最高のハッカーであり、最高の美少女である私には? 最高のパートナーが必要ですからね? アリスの件に限らず、デカグラマトンの件についても、末永く付き合っていただく必要があると思うわけでして」
「そんなことなら願ったり叶ったりだけど……」
「そうですよね……! ふふっ、では、ヒイロも特異現象捜査部に──」
「仲良しビーム」
上機嫌に話していた明星の言葉を遮って、最近聞きなれてしまった抑揚の少ない声がして──振り向いた俺の顔面に水が直撃する。
「無事、悪質な勧誘の阻止に成功しました。ちなみに、仲良しビームとは、私とヒイロのような非常に親密な関係にのみ許される悪戯です」
「俺は聞いてねぇぞメイドォ!」
そこらの百均で売っていそうな、半透明のプラスチック製水鉄砲を両手に装備した下手人、飛鳥馬に俺は濡れたまま叫ぶ。
「……悪質な勧誘とは聞き捨てなりませんね。私達はお互いwin-winの、完璧な補完関係にあるベストパートナーなわけですが?」
「でもヒイロは約束したはずです。私とビーチで水鉄砲でバトルすると。しかし、ヒマリ先輩を除け者にするわけにもいかないので、間を取って水鉄砲でこの前の決着をつけましょう」
「何の間か知らないけど、そんなに水鉄砲したいの……?」
「決して廃墟におけるロボットの活動が停止しているため、私一人やることなく寂しがってるなんて事実はありませんので、そこは
確かに、あの時のデカグラマトンとの邂逅以来、廃墟からの無名の守護者の流出はピタリと止まってしまったという。
嵐の前の静けさと言うべきか、明らかな不穏さに、時間が掛かるとしても廃墟の生産拠点について確認すべきかと考えて。
「良いでしょう。この稀代の天才清楚系美少女が挑戦を受けて差し上げましょう」
「では丁度四人いるので、車椅子とヒマリ先輩チームバーサス私とヒイロの仲良しチームで完璧です」
「ちょっと待ってください! この前もそうでしたが、何をどう考えたら、そんなふざけたチーム分けになるんですか! 理性的にかつ合理的に考えて、私とヒイロ対あなたでは!?」
デジャブを感じる会話に、俺は再び仲裁を試みる。
「はいはい、そこまで! ここは平等に燈色VSみんな、百合に挟まる男サンドバック大会にしよう!」
「……以前罵倒系メイドを懐かしんでいましたが、やはりそういうご趣味で?」
「ちが……いや、そうだ! 俺は女の子に罵倒されると喜ぶ変態だぁ! ぐへへ、罵倒されて気持ちよくなっちゃうぞ~」
「え、そ、そうなのですか? まあ、ベストパートナーとしては、ヒイロがどのような趣味をお持ちだとしても、多少の努力は厭いませんが……」
「違う! 努力するな!! ドン引きしろ!! 努力したら、百合じゃなくてただのそういうプレイだ!」
「プ、プレイって……! な、何言っているんですか!」
全く思い通りにいかない現実に、俺は両手を床について嘆き……手のひらから伝わる振動に気づく。
「なんか揺れてね?」
俺の声に、全員が動きを止める。
微弱だが、徐々に強まる振動。
「ふむ、確かに微かに揺れているようですが、単にあの女が、例の美的感覚を疑うアバなんちゃらとかいうロボットでも動かしているのではないでしょうか」
「でかいロボットではあるが、さすがにエリドゥが振動するほどじゃない筈で──」
「ッ……これは、やられましたね」
話を遮って、空中のディスプレイを操作していた明星がそう零す。
一瞬部屋が照らされて。
遅れて、脳に響くような重低音。
どういう意味か問う暇も無く、遠方で爆発が起き、衝撃波にガラスがけたたましい悲鳴を上げて振動した。
「私はリオ様のもとに向かいます」
非常事態に飛び出していった飛鳥馬を見送って、俺は九鬼正宗に手をかけて明星の傍による。
「これ、あいつが仕掛けてきたのか……?」
「デカグラマトンで間違いないでしょう。巧妙に偽装されていましたが、先ほどアクセスの痕跡を発見し……おそらく相手も気づかれたことを悟り行動に出たようです。侵入された箇所は物理的に接続も電源も切断しましたが、どういうわけか稼働していて……」
「ヒマリはそこにいるかしら? 敵はエリドゥの外郭区画に地下から侵入後、付近の防衛設備を塔を建てて乗っ取っているわ」
調月から通信が繋がる。
「ええ、把握済みですとも。ひとまず、デカグラマトン自体のこのエリドゥの中枢への侵入は防ぎましたが、外郭の索敵システムを麻痺させた上で、預言者を送り込んできたようですね」
「現在侵入している敵性存在は
「要するに、俺の出番ってことか?」
口を挟んで。
「いえ、声東撃西というように、現段階では陽動の可能性が高いです。もしエリドゥが目的なら、私に中枢への侵入を防がれた時点で失敗に終わっています……しかしホドは撤退ではなくその場での戦闘を選択しました」
「それに、ホドの浸食能力はアバンギャルド君には通用しない筈よ。保険としてトキも向かわせるわ」
「……なるほど、あの感性を疑うデザインのロボットには、特殊な技術を使っているのでしたっけ?」
「……アバンギャルド君の外見は、極めて合理的なデザインの結果よ」
「まあ、その特殊な技術とやらについては、今はいいでしょう。いずれにせよ、ホドが囮であり、デカグラマトンの狙いが以前仮定したとおりだとすれば……本命は自ずと絞れます」
手招きされて、近づいた俺は頭をもっと下げるように言われる。
指示されるがままに従って、顔を近づけてきた明星は優しく俺の右耳に手を添えると、イヤホンのような小型の通信端末をわざわざ取り付けてくれた。
「では、あちらの方はヒイロに任せましたよ」
微笑んだ彼女は耳元で囁いて。
「今の、俺に直接手渡しで良くなかった……?」
俺は純粋な疑問を口にしたが、笑顔で無視された。
仕方なく、魔力線で下肢を強化して、デカグラマトンが狙う確率の高い場所──『名もなき神々の王女』のいる場所へ駆け出した。
普段通りのミレニアムに踏み入れて。
明星に誘導されてミレニアムの旧部室棟に入る。
以前アリスを探して部室棟で幽霊ごっこに勤しんでいたが、そもそもゲーム開発部が存在するのは古い建物の旧部室棟の方のようで。
幽霊ごっこについては明星との接触が一番の目的ではあったが、見当違いの場所を調べていたらしい。
そんなことを考えながら駆けていると、プカプカと俺の側で寝転がって浮いている魔人が俺の秘策を指摘する。
「おいおいヒーロ君、今そのマスクは必要か?」
「備えあれば憂い無し、ってな。俺は百合IQ180だぞ。万が一の可能性を踏まえ、ここからは謎の百合仮面で行く」
未だに清澄に奪われたドミノマスクを奪還できていないため、あいつのマスクを使う羽目になっているが、この際仕方がない。
確かに、このアホ魔人の『ミルフィーユ作戦』は失敗に終わったが、最初から白百合仮面V3として接触すればどうだろうか? そもそも、上書きして好意をすり替える、なんて作戦に土台無理があったのだ。
勿論、百合IQ180である俺は、そんな初歩的な
「まぁ、魔人には分からないか。この
「悪いが、もし君と同じレベルに居たら、今頃首を吊ってるね」
軽口を叩きながら、曲がり角を飛び出して──殺気に屈むように姿勢を下げる。
「どうやら、当たりのようです」
光弾が熱気と共に頭上を掠め、俺の目は角の先に触手のついた球体のような生物的なロボットを視認する。
左手で九鬼正宗の引き金に指を掛け、
勢いのまま壁を踏み込んで。
通路に螺旋を描くように距離を詰めた俺は、ロボットを右足で蹴り飛ばす。
衝撃で壁にめり込んだ機械兵は、装甲に走る光を明滅させて──銀一閃──抜刀と共に壁ごと頭部を切断した。
「一体始末したぞ」
「急いでください。相手は地下に張り巡らされたケーブル用の空間を利用して『無名の守護者』を送り込んでいるようです。
ただ、本当に陽動とは……予想通りではありますが、それはそれで面倒ですね……」
「そっちは大丈夫なのか?」
「ええ、あの女のロボットも問題なく動いているみたいですし、そもそもホドはその場から動く気は無いようで。せっせと塔を立てているだけです」
そんなことを話しながら、俺は見かけたロボットを切り伏せる。
しかし、陽動というには、一体どういう戦力配分だ? 『名もなき神々の王女』を確保するなら、ホドみたいな主力級を送れば片が付きそうだが、なぜこちらにはこの程度の……言ってしまえば雑兵ばかりを送り込んでいるんだ……?
道中、襲われていた子を逃がしたりしながら、俺は掴めないデカグラマトンの意図に思考を馳せて──爆轟と共に視界が吹き飛ぶ。
弾け飛ぶ壁の破片。
咄嗟に目を腕でかばった俺は、煙の中、聴覚のみを頼って悲鳴の方角へ飛び込む。
「あ、アリスちゃん!?」
「ゲホッ、ちょっとアリス! ゲームに負けたからってリアルに撃つ必要は無いじゃん! 部室は滅茶苦茶だし、テレビだって高いんだよ!」
「……有機体の生存反応。失敗を確認しました」
黒髪の少女が身の丈以上の巨大な砲身を構えている。
無機質な眼で彼女は隣の金髪の少女を認識すると、その暗く底の見えない銃口を向ける。
「プロトコルを再実行します。武装のリロード開始」
「え?」
なぜ今銃を向けられているのか、全く理解が追い付いていないのか、唖然と固まる少女。
「ちょ、ちょっと! 冗談だよね……?! 確かにハメ技だったかもしれないけど、これぐらい前にも──」
「お姉ちゃん! 避けてッ!」
感情の見えない瞳。相手の様子がおかしいことに気付いたのか、彼女は言葉を失って。
限界まで魔力を注ぎ込み、筋繊維が千切れるのも構わず俺は距離を消し飛ばした。
蒼白の魔力光が一本の線を曳く。
「ッオラァアアア!!」
「ひゃぁ?!」
少女を下から掬うように抱きかかえて、発射される光の瀬戸際を駆け抜ける。
放たれたエネルギーの奔流が再び凄まじい爆発を引き起こす只中。
背中を抉った熱に呻く暇もなく、足で床を踏み込み制動を掛け、本やゲームソフトの積まれた棚に後背を打ち付けて停止する。
「悪い、あの武器を弾くのは重量差に不安があったから、今はこれで我慢してくれ」
腕の中で何が何だか理解が追い付いていない少女を置いて、俺は武器を構えて黒髪を靡かせる相手──
「妨害を確認。障害を排除します」
「判断が早い!」
重そうな銃──もはや冷蔵庫のような大きさの大砲を軽々と構えて、彼女は距離を詰めてきた。
振りぬかれた質量の暴力に、風圧を受けながら俺は大きく飛び退いて、状況を見守っていた他の部員と合流する。
「とりあえず、ここを出るぞ!」
「えっ?! は、はい……それで、その、あなたは……?」
お姫様抱っこしていた少女を降ろして、尋ねてきたもう一人の金髪ショートカットの少女──先ほどの台詞からして妹──に俺はニヤリと口端を曲げて答える。
「百合を愛し、百合に生きる者……私の名は白百合仮面V3。君たちのような素敵な百合の味方さ」
もしかしなくても頭のやばい人か、と彼女の表情が固まって。
カンペキなファーストコンタクトの成功を確信し、俺は心の中でガッツポーズをした。
「! アリス知っています! 突然現れて主人公を助ける仮面をかぶった不審者……これはお助けキャラってやつです!」
アバンギャルド君のことを合理的なデザインと称していましたが、あの人型を模した顔面こそが名もなき神々の技術には必要なんだろうなって。知らんけど。
そして結局会わせられなかったアリス……。全部デカグラマトンのせいだよー!(責任転嫁)
取り敢えずブルアカ最終章を廻ってくるのも含め、次回も遅くなります。