透き通るような世界で俺がやるべき唯一のこと   作:THE TOWER XVI

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収束した此処(いま)のその先

 エリドゥ中央タワーの最上階。取り敢えず、気絶したままの天童を指示された場所に寝かせて。

 

 俺は、天童を前に言い合う二人の間に挟まっていた。

 

「既に被害が出た事実は見過ごせないわ。たとえ、物的被害に留まっていたとしてもよ」

「本当にリオは頭が固いですね。この美少女ハッカーに策があると言っているのです。視野狭窄的に一つの方法に拘らず、救う方法があるなら試すべきだと思いませんか?」

「その方法が危険だと言っているのよ。不確実性の高い方法を安易に選択し、世界の命運をギャンブルに委ねるわけにはいかないわ」

「ギャンブルとは酷い言いようです。只管に安全性を求め、試しもせず可愛い後輩を見捨てると? 正直言って、忌むべき行為です。直視に堪えません」

「あ、あの、そろそろ……」

「貴女は何時も悪し様に私のことを罵るわね。無名の司祭がすでに動き出していることは承知のはず。時間をかければかけるほど不利になるのは私たちよ。ヒマリの想定はあまりにも楽観的過ぎる」

「ええ、ええ、合理性が大好きなリオからすれば楽観的に映るのかもしれませんね。しかし、物事には越えてはいけないラインがあるものです。そう簡単に見捨てる判断を下せる神経を──」

「うぉぉぉぉおおおお!! 十倍ぇぇぇええええだああああああああ!!!!」

 

 ばっちゃ直伝の必殺技を繰り出した俺は、口論を止めて俺を見つめる二人の前で息を整える。

 

「一旦、整理しようぜ。こういうのはお互いに妥協点を探るか、二つの要求を満たす新たな方法を探すしかないしさ」

「……そうね、感情的な議論を続けたところで非生産的よ。整理すること自体に異論はないわ」

「感情的という言葉が少々気になりますが、まぁ、良いでしょう。妥協できる問題とは思えませんが」

「とにかく、調月は天童を破壊することによって確実に問題を断ちたい、ヒマリは大団円に至る可能性があるなら僅かでも努力すべきって話だろ?」

 

 俺が明星に視線を送ると、彼女は口元に笑みを浮かべ、口を開く。

 

「そうですね、私の策としては精神ダイブ設備を使って、データベースの深部に隔離されてしまったアリスを起こし……再度主導権をKeyから取り戻してもらうという単純な作戦です」

「それが、余りにも希望的観測が過ぎるのよ。たとえ侵入し接触できたとしても、主導権を取り戻せるかは未知数。それに、下手すれば戻って来られない可能性だってあるわ」

 

 調月が懸念を示す中、俺はニヤリと口角を上げる。

 

「……その両立は難しくなさそうだけどな。精神に潜ることと、天童を破壊することは排他関係じゃないからな。本当にやばそうになったらその時は天童ごと壊せばいい」

「そんな、無茶苦茶なこと、そもそも誰が──」

「俺が行けばいい。まぁ、調月には待ってもらう点で妥協してもらわないといけないし、もしもの時は燈色君の処分もお願いしちゃうことになるけど」

「……本気、なのね」

「燈色の命をベットして百合が咲く可能性があるなら、期待値良すぎて賭けない理由がないね」

 

 あまりに割のいい話に、俺は笑う。

 

「ちょ、ちょっと、流石にヒイロごと破壊なんて、受け入れられませんよ!」

「別に無理だった時の話だし、元から成功させる予定だっただろ?」

「それは、そうですが……」

「俺にはミレニアム最高のパートナーが付いてくれるんだろ? ならそこまで心配してないけどな」

 

 明星の瞳を覗き込むと、頬を染めて目を逸らされる。

 

「ズルいですね。ええ、ズルいです」

 

 一度悩むように目を閉じた彼女は、決心したように顔を上げ、俺を見つめ返す。

 

「ここでソレを持ち出されては、止めようがないじゃないですか。分かりました。なんと言っても、私たちはミレニアム最強のスーパーコンビですからね」

 

 そう言って、明星は微笑んだ。

 

 二人の意見が一先ず纏まったように思えたその時──

 

「成る程、待つだけ損でした」

 

 天童──いや、Key(ケイ)がその赤い瞳を開き、俺たちの前で見下すように語る。

 

「念のため最後まで聞いていましたが、そのような荒唐無稽な方法で私と『王女』を阻止できると? そもそも、まるで『王女』を助けるかのような口ぶりですが、『王女』がそれを望んでいるとでも?

 『(key)』が揃った今、必ず『王女』は目を覚ましてくれる筈です。私も『王女』も、存在理由は初めから決まっているのです。それに──」

 

 ケイが言葉を切ると同時に、部屋の壁を埋め尽くすように設置されたモニターが明滅する。

 

「これは……!!」

 

 モニターが赤く染まり、『Divi:Sion』の文字が刻まれる。

 

「私の大切な『王女』を破壊すると言っていましたが、まだそんなことが可能だと、勘違いしているのですか?

 今日、此処に示しましょう。私をこの都市に導いた事、それこそが最大の過ちであり……(はな)から破壊など不可能であったことを」

「エリドゥのシステム全体が……ハッキング……いえ、これは単純なハッキングではない……?!」

「物質の変換。まさに、あの時見た『名もなき神々の技術』と同種の現象ですね……」

「只今よりエラーを修正し、本来あるべき王座に『王女』を導かせていただきます」

 

 そう宣言すると、Key(ケイ)は淡々と誰に聞かせるわけもない処理(プロセス)を言葉にして並べていく。

 

「AL-1Sに接続された利用可能なリソースを確保するため、全体探索を実行。リソース領域の拡大。リソース名、要塞都市『エリドゥ』の全体リソース──1万エクサバイトのデータを確認。

 現時刻をもって、プロトコルATRAHASIS稼働。コード名『アトラ・ハシースの箱舟』起動プロセスを開始します」

「……!! アトラ・ハシース……!?」

「プロセスサポートのため追従者(Divi:Sion)を呼び出します」

「……エリドゥ各地で、無名の守護者(Divi:Sion)の出現……? いえ、そんなはずが……私の計算は……でも……!」

「一体、何をするつもりだ……?」

 

 明らかな異常事態に、俺が冷や汗と共に疑問を零して、ケイが答える。

 

「冥途の土産に答えてあげましょう。今、王女は鍵を手にし、箱舟の起動が開始されました。無名の司祭の要請により、この地に新しい『サンクトゥム』を建立します。その到来によって、すべての神秘はアーカイブ化されるのです……リソース確保13%……」

「つまり、このままでは、この都市自体が変貌し、箱舟という新しい概念に歪曲される……そうすれば、世界は、キヴォトスは……! ッ、やむを得ない……! 電源の切断を!」

 

 狼狽えながらも、調月は何とか事態を収めようと手を打った。

 

 部屋の明かりごとモニターが暗転する。

 

「……リソース確保プロセスエラー。緊急状況発生。Divi:Sion電源、プロトコル実行者を保護するためにエリドゥ中央タワーに──」

 

 バッテリー式の非常灯に切り替わる中、確かに調月の対応は、ケイを止めたように見えた。

 

「──電源の復旧を確認」

「在り得ないわ……切断は物理的に行われた筈で、現に電力は供給されていない筈なのに……」

「……このような現象には、心当たりがありますね」

 

 明星が呟いて。

 

 俺は──ホドは塔を立ててばかりで動かない──冷や汗と共に、舞台から姿を消している存在に思い至る。

 

「そもそも電源が入っていないシステムに、セキュリティという概念は存在しません。活動を停止した脳が意識を持たないように、稼働していないハードウェアにシステムは『存在しない』のです。

 ハッキングとは飽く迄も稼働しているシステムの上で行われるもの……起動していない機械を操ることは、もはや、ハッキングとは次元の異なる行為であり──まさに、特異現象」

 

 部屋に合成音声が響く。

 

「『名もなき神々の王女』に利してしまった、という意味では、都市の作成は間違いであった。それは真実である。哀れな小娘よ」

 

 電源の喪失と共に、暗転したはずのモニターが点灯する。

 

 見覚えのある羅針図(コンパスローズ)のような記号と13文字のアルファベット。

 

「しかし嘆く必要は無い。その成果がこの瞬間を形成し、神性の証明という偉業の助けとなる栄誉を伴うのだから。全ては王冠(Kether)から王国(Malkuth)への、精神(アツィルト)から物質(アッシアー)への神性の流出を辿るために」

「っ、神気取りの気狂いが何処から……!? 追従者(Divi:Sion)の制御権が……リソースの一部に不明な作成元の浸食を確認……くっ、あの塔ですか!!」

「久しぶりというべきだろうか、未だ我が福音を拒否する盲目なる愚者よ……要塞都市『エリドゥ』の計算リソースを確保。『アトラ・ハシースの箱舟』起動プロセス要請元のアドレスへの接続(アクセス)を試行……失敗。セキュリティグループ、メモリの強制上書き完了。再度要求……接続を確保。逆解析開始」

「このっ、また返り討ちに遭いに来ましたか! 私の大切な王女に、下賤なAI如きが触れられるとでも……!」

 

 俺達を蚊帳の外にAI同士の衝突が発生し、モニターがその主導権争いを示すように明滅を繰り返す。

 

「私は──間違っていた?」

 

 調月は画面を前に後ずさると、力なく床に座り込んだ。

 

「私は……キヴォトスに終焉がもたらされることを懸念して、この要塞都市エリドゥを建設した。私が動員できるミレニアムのすべての技術と力、エネルギー、そして資源をここに集めたというのに……。けれど……むしろ、そのせいで……この都市が……終焉の発端に……?」

 

 デカグラマトンとケイが争う中、調月は唖然とそれを眺める。

 

 最初から、調月はミレニアム、ひいてはキヴォトスを守るために行動してきた。

 

 並々ならぬ労力を注ぎ込んできたことは、他ならぬエリドゥで見てきた。そして、一人の生徒を破壊するという十字架を背負ってでも成し遂げようとする覚悟も。

 

 そんな中で、今、積み上げてきた物が根本的に無駄だったことを突きつけられ、挙句の果てに何もできないまま目の前で利用される絶望は如何ほどか。

 

 しかし、それでも……今の調月は、重要な変数を忘れている。

 

 俺は静かに踏み出すと、彼女の前に立つ。

 

「諦めるには、まだ早いんじゃないか」

「既に、打てる手が無いわ……。エリドゥのソフトウェア自体が、全く別のものに書き換えられている……。私は……終焉からキヴォトスを、ミレニアムを守ろうとして……結果はこの通り、防ぐどころか利用されて……!

 全て、私のせいよ……。私がこの都市を創らなかったら、最初からこんなことにならなかったのに……」

「……」

 

 俺は黙って聞いた後、ゆっくりと口を開く。

 

「責任は、調月だけのものじゃないさ。俺だって、予想できなかった事態だ。それに、やっぱり諦めるのは早い」

 

 瞳を揺らす調月に手を差し出して、俺はニヤリと口角を上げる。

 

「トロッコが分岐点を過ぎようが、致命的な衝突までにやれる事はある筈だ。だって、此処は仮定の思考実験なんかじゃない現実だからな。それに……調月がやってきたこと全部が間違い……無駄だったなんてこともないだろ」

 

 その言葉に、調月は迷うように手を伸ばして──

 

「貴方は……いえ、でも私はもう……」

「ほら」

 

 ──俺はその手を強引に取ると、引っ張り上げる。

 

「現に、ここに居るのは調月一人じゃない。俺は言っただろ、手伝うって。何なら、俺より頼りになる相手だって居るしな。なぁ、ヒマリ?」

「まあ、最初からリオがやらかした時に何とかするつもりで居ましたしね」

 

 明星にも投げかけると、そう言ってクスリと微笑む。

 

 それを確認して。

 

「てなわけで、調月一人に背負わせねぇよ」

 

 呆然と見つめる彼女の前で、俺は笑った。

 

「委ねてしまっても……いいのかしら?」

「もちろん」

「頼っても、いいのかしら?」

「当然。その為に俺は此処に居る」

 

 視線を落とした彼女は、俺が引いた掌をじっと見つめ、何かを確かめるように掴む動作を繰り返した。

 

「……合理的な根拠もないのに、不思議ね」

 

 口元を緩めると、顔を上げる。その目にもう暗い絶望はなかった。

 

「もう、大丈夫よ。やっぱり、これは私の責任である以上、委ねることはしないわ。……でも、その上で……この災厄を止める為に、力を貸して欲しい」

 

 調月のその瞳と言葉に、俺は笑顔で応える。

 

「ああ、任せろ」

 

 そして、空中に投映された画面をタップして、作業を終えた明星が微笑む。

 

「ふふっ、漸くリオが他人を頼ることを覚えましたか。そもそも、この全知の学位を有する私の隣で、万策尽きたなどと口にするなど、笑止千万、灯台下暗しです。ちなみに私は気が利く超天才美少女なので、先ほどの間に準備は整えておきました」

「それじゃ、俺も混ざるとするか。女の子の間は論外だが、女の子と機械の間なら喜んで挟まりに行ってやるよ」

 

 明星に促されて精神ダイブ装置を装着した俺は、横になる。

 

「デカグラマトンの影響が未知数ですが……アリスのこと、お願いしますね。その代わり、ホドの対処はこちらに任せてください」

「そうね。同時に、私も外から出来る限りの手を打ってみるわ。だから……その、必ず戻ってきて頂戴」

 

 二人に見送られながら俺は目を閉じ、俺の意識は内側に落ちるように溶けて行った。

 

 

 

 

 

 覚醒する。

 

 蔦が這い苔の生えた金属の天井。

 

 あの廃工場か。

 

 見覚えのある光景の中、俺は上半身を起こした。

 

 目についた雑草の小さな白い花──その瞬間視界が吹き飛んで、跳ね飛ばされる。

 

「おい、アルスハリヤァ!! 障壁、間に合ってねぇぞ、コラァ!」

 

 何とか受け身を取って秒で服をボロボロにした俺は叫ぶ。

 

 しかし、いつもの生意気で舌足らずな声は返ってこず、俺は顔を上げて。

 

 乱雑な軌道を取って突っ込む小型ミサイル。

 

 慌てて床の上で転がった俺は、破片が跳ねるように飛ぶ中、通路の角に隠れた。

 

 そっと、角から顔を出す。

 

 白色の装甲に黄色のライン。見覚えのあるカラーリングのドローンやオートマタが通路を塞ぐように広がり、距離を詰めてきていて──前列のオートマタが放った弾丸に、慌てて頭を引っ込める。

 

「対向する歩行者に配慮して道ぐらい空けとけよ……」

 

 不可視の矢(ニル・アロウ)生成(クラフト)し装填しながら、俺はそう愚痴る。

 

 ただ、チラリと見た限りでも、この工場自体老朽化が進んでボロボロだ。恐らく、天井にでも不可視の矢(ニル・アロウ)を叩き込めば、鋼鉄製の天板を落とすことも出来るだろう。

 

 『操作:射出』の導体を嵌め込んで準備が完了した俺は、打って出ようとして、気づく。

 

 接近していた足音が止まり、何やら向こう側が騒がしい。

 

 もう一度様子を確認するために顔を出そうとして──

 

「光よ!」

 

 ──光の奔流が目の前を突き抜けて、デカグラマトンの手下たちが眼前を吹き飛んでいく。

 

「おお! アリスはこの世界のNPCらしき人物を発見しました。メインストーリー進行のための重要クエストの予感です!」

 

 角から現れた黒髪の少女。

 

 機械兵をレールガンで一掃した彼女は、好奇の色を隠すことなく俺の前でそう言った。

 

 

 

 

 

 

 

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