透き通るような世界で俺がやるべき唯一のこと   作:THE TOWER XVI

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精神世界の勇者クエスト

 精神世界。前世(エスコ)の世界でもそういった類の魔術が存在した。

 

 特に、魔人の一柱である烙禮(らくらい)のフェアレディの夢畏施の魔眼(スウィート・スリーピィ)は好例だ。

 

 生と死の狭間を彷徨う、精神、肉体ともに弱った人間に行使されるその固有魔法では、彼女の精神世界に囚われた人間が精神的に食われ、彼女の忠実な信徒に作り替えられてしまう。

 

 この世界における精神世界が前世(エスコ)における精神世界と似たもの──すなわち、互いの精神が混ざり合い互いに影響を与え合うものであれば、この世界でも相手にダメージを通すことや、己の意思を反映させ、現実以上の力を振舞うことすら出来る可能性がある。

 

 デカグラマトンやケイの性質を思えば、精神世界というよりも電脳世界の方が近いかもしれないが……。

 

 当てもなく考えながら、俺は手元に飛鳥馬から押し付けられた水鉄砲を取り出して、再び仕舞う。

 

 百合布教用空間(パーソナルスペース)も使えるな。

 

 粗方試した限り、魔術に関しては現実同様にこの世界でも使える。

 

 完全にアリスやケイの認識に依存した世界であれば、キヴォトスからすれば不可解そのものである魔術が使える道理が無いが、これに関しては俺の認識を押し付けることが出来るのだろう。

 

「おー! ヒイロは魔法も使えるハイブリット魔法剣士なんですね!」

 

 あれこれ試していた俺の横で、目を輝かせてはしゃいでいる少女に視線を移す。

 

 俺は元から彼女との接触が目的であったし、彼女もまた別行動をする気は無さそうである。

 

 結局、俺はアリスを伴ってデカグラマトンと初めて邂逅した広場へ向かっていた。

 

「えっと、で、一応この世界はアリスの世界ってことだけど、上手いこと出れなさそうなの?」

「?……アリスはここのゲームマスターではありません。ログアウト機能は見つけられませんでした」

「まぁ、そもそも隔離したって言ってたし、当然主導権を握ってるのはケイだよな……元凶を何とかするしかないってことか」

 

 どうやら、アリスに暴走した時の記憶はないようだ。本人は気づいたら違う場所に飛ばされていたという認識らしい。

 

「元凶ということは、あの敵キャラを束ねているボスが居るのですね! もしかして、ヒイロはクエスト中ですか?」

「ああ、うん、悪い奴からこの世界を護って、アリスをこの世界の外に連れ出さないといけなくてさ」

「なるほど、これは同行イベントで、ヒイロは勇者の導き手だったんですね! このクエストを見習い勇者アリスも受けます」

 

 元気に答えるアリスに、確かにこれはヒマリがかわいい後輩と表現するのも理解できる。どう見ても、アリスに世界を滅ぼす気なんて欠片もないだろう。

 

「じゃあ、勇者様の力を借りるとするか」

「パンパカパーン! アリスはクエストを受注しました! さらに、魔法剣士ヒイロがパーティに加わったので、戦術の幅が広がります!」

「よし、なら次のステージだな」

 

 俺は口端を曲げる。

 

「敵が出るか仲間が出るか、この目で見に行こうぜ」

 

 そうして、俺たちは道中のロボットを倒しながら突き進む。

 

 途中からアリスに先導役を代わり、彼女の勘に従って俺が付いて行くことにした。

 

 扉の前にたどり着く。

 

 その先に広がっていたのは、広大な空間。

 

 無名の守護者を連れて、四脚の兵器と交戦しているアリスと全く同じ姿の少女──瞳だけが赤いケイが目に入る。

 

「何故『王女』とあの時の男が此処に……?!」

「はっ! アリス知っています。とりあえず色違いにしとけば、簡単にキャラ数を水増しできるってモモイが言っていました! ズバリ、アリスの2Pカラーです!」

 

 動揺するケイの前で、デカグラマトンの預言者と思しき四脚の戦闘兵器は、足踏みをするように姿勢を取り、頭部の巨大な砲身を指向する。

 

「まずはあっちの白い機械の方を倒すぞ!」

「はい! アリスの色違いを助けます!」

 

 アリスが背負っていた巨大な銃を構えて、撃つ。

 

 電磁的な力で、刹那の間に加速された弾丸が光となって、発射体勢に入っていた預言者の砲塔に直撃した。

 

 衝撃で倒れ込む体を、四脚で上手く制御しようとする預言者。

 

 そこに強化投影(テネブラエ)による青い燐光を曳きながら、俺は突っ込む。

 

 九鬼正宗に手を掛け、その脚の一本を間合いに捉え──蒸気と共に射出されたワイヤーを使い、預言者は体格に見合わぬ速度でその場から飛び退いた。

 

「嘘だろおい?!」

 

 空ぶった俺は勢いのまま床に足を着け、滑りながら制動。敵を正面に捉え直し、対峙する。

 

「……手出しは不要です」

 

 そう言いつつ、こちらを攻撃する気は無いのか、ケイの周りの無名の守護者達はあくまで預言者の方を向いている。

 

「まあまあ、敵の敵は味方だろ? こっちとしてもデカグラマトンの手にエリドゥが堕ちるのはまずいしさ」

「そうです! そもそも、深層部分に隔離した『王女』がどうして此処に……だいたい、なぜ部外者である男がこの世界に居るのですか!」

「アリスに止めてもらうために精神ダイブして今ココ」

「余計な真似を……! そもそも、『王女』のことをアリスなどと勝手に……」

「アリスはアリスです! ジョブも王女ではなく勇者です!」

「『王女』まで、そんな……」

「そう落ち込むなよ。安心しろ、俺は配慮できる百合紳士だからな。ケイがアリスとパーティを組み次第、WR(ワールドレコード)級のパーティ脱退RTAを魅せてお二人の仲を全力で支援しよう。アリスはケイともパーティ組むよな?」

 

 俺がそう問いかけると、アリスは屈託のない笑みと共にケイに話しかける。

 

「ケイというのですね!」

「いえ、私はあくまでも『(Key)』であって──」

「まぁ、ケイはKeyの読み間違いだが、AL-1S(アリス)もそうだし、Key(キー)じゃ味気ないだろ」

「なるほど、アリスと同じです。そして、アリスの2Pカラーということは、ケイも勇者です! 共にあのステージボスを倒しましょう!」

 

 起き上がってこちらを伺っている四脚戦車を指さして、アリスはケイの前で言い放った。

 

「決まりだな! いやー、よかったよかった! 私の中のあの娘、なんて百合に決まっているからね」

「こ、この男、『王女』を利用して……!」

 

 久しぶりに世界に貢献している実感を得た俺は、満面の笑みを浮かべながら何度も頷くが、ケイからは睨みつけられる。

 

 ただ、流石に痺れを切らしたのか。その場で足踏みしたデカグラマトンの預言者は、その長大な砲身をピタリと俺達に向けた。

 

 轟──空気を震わせる爆音と共に、人間大の砲弾が撃ち出される。

 

 直線上、傾斜した魔力障壁。擦れあい──耐え切れずに砕けた断片が煌めく。

 

 僅かに軌道が捻じ曲げられた弾丸は、その場から逃げきれなかったサソリ型の無名の守護者に直撃。

 

 勢いのまま吹き飛ばし、纏めて背後の壁に激突した。

 

「もう少し親睦を深めたかったが……残念ながら待ちきれないってよ」

 

 後ろからの爆風に煽られながら、俺はニヤリと笑う。

 

「仲よくした覚えなどありませんが、精々邪魔はしないでください」

「アリス知っています! ケイはツンデレキャラです。最後はなんかいい奴になって主人公側に付くとモモイが言っていました!」

「……」

 

 恨めしそうに俺を見るケイから逃げるように、俺は預言者へ向かって飛び出していった。

 

 

 

 

 

 四脚の預言者。明星がいればその番号も名前も分かるのかもしれないが……生憎、今それを知るすべは無い。

 

 ただ、少なくとも、この無骨な戦闘兵器らしい見た目の預言者の最大の特徴は、そのワイヤーによる凄まじい機動だ。

 

 加えて、一発でも喰らえばお陀仏になるだろう大火力と、なかなかダメージが通らない頑強さに、俺たちは手を焼いていた。

 

 再び居合の射程に捉えたと同時に逃げられた俺は、ケイの下に飛び帰る。

 

「ここって精神世界なんだろ。こっちの都合よく何とかできないの?」

「……あくまでも、この世界は現在エリドゥを基礎としたリソース上に展開された概念空間で、お互いの意識が混ざり合い、主導権争いを行っているような状態です。力関係は常に揺れています」

 

 パチリとまるで最初からそこにあったかのように無名の守護者が現れ、戦闘に加わっていく。

 

「意志がこの世界に反映され、その衝突の結果が、現象として顕れる」

「なる程な、そこは前世(エスコ)の精神世界と同じだな」

 

 俺はそう言うと、九鬼正宗を鞘に収めて、意識を向ける。

 

 紫煙。

 

「なんだいヒーロ君。遅かったじゃないか」

 

 ムカつく見慣れたニヤケ顔。

 

「漸く君の親愛なる相棒のことを思い出してくれたのかい?」

「お前、別に俺が呼ばなくても出ようと思えば出られただろ」

 

 問いには答えず、ニヤニヤとする魔人(アルスハリヤ)を睨めつける。

 

 突如喋り出した俺をケイが訝しげに見てきて──この世界でも彼女の姿は俺だけに見えているらしい。

 

「ゴミカスに頼るのは癪だが、これで俺は手札を一つ切れる」

 

 ケイと俺が集まっているのを見てか、レールガンを叩き込んでいたアリスも興味津々に近づいて来る。

 

「ヒイロとケイは作戦会議ですか?」

「ああ。ちなみに、ゲームでのボスの攻略方法といえば、何が定番だ?」

「はい! アリスの経験によると、先にギミックを解くか弱点を突くと効率的です」

 

 その答えに俺は口端を歪める。

 

「ギミックは外に任せるとして……俺達が狙うなら弱点だな」

「弱点なんて……」

「あるじゃねぇか、装甲に護られてないデカい穴が」

 

 二人の前、こちらに照準を合わせる預言者の正面に出る。

 

「まさか……しかし、動く相手の砲口をピンポイントで狙うなんて不可能です」

「虚を突けばいい。今からあいつの攻撃を一発正面から受ける。だから相手が狙うときにこちらも狙って、発射直後の隙に叩き込む」

「なるほど、分かりました! アリスの『光の剣』の出番ですね」

「そう言うことだ。正面から度肝を抜いてやろうぜ」

 

 身の丈を超すレールガンをチャージしながら、アリスは腰下に構えて、その砲身で狙いを定める。

 

「『王女』! こんな滅茶苦茶な作戦は危険です! 敵の攻撃を防ぐなんてどうやって……」

「ヒイロはパーティメンバーです。だからアリスはヒイロを──仲間を信じます」

「ッ!」

「それに、逃げるにはもう遅い。アルスハリヤ、払暁叙事を(ひら)け」

「まったく、こればかりはそこの少女に同意だね。自分の体も賭けの条件に使おうだなんて滅茶苦茶だ」

 

 台詞では文句を言いながらも愉しそうに魔人は嗤い、世界が緋色に染まる。

 

「だが、僕は君の相棒だからね」

 

 開いた魔眼。その先には六角形の砲身と、大口径の砲口。立ち構えを取った俺は、右手を柄に、両目でその深淵を覗く。

 

 ぽっかりと空いたその昏い底が俺を覗き返して──焔。

 

 弾よりも音よりも早く届いた光が網膜を貫く。

 

 眼前に迫る死。それを上書きするように、払暁叙事が視界に緋色の線──可能性を映し出す。

 

 そして、回避が間に合わない今、俺が取るべき最善手は一つに絞られた。

 

 時間が限界まで引き延ばされた世界。

 

 空気を切り裂き、熱に揺らめく羽衣を纏った弾丸が迫り──緋色の(みち)──溜め抜かれた刃が、蒼白の光を曳いて、捉えた狭間をなぞる。

 

 一閃。

 

 魔力線接続(コネクト)抜刀と切断(ディスコネクト)魔力線廃棄(シャットダウン)

 

 神速の抜刀が弾丸という形を得た殺意を、色すら見えない刃となって通過する。

 

 斬った。

 

 分かたれた弾丸。赤熱する切断面が俺の両側を通過して──

 

「アリスッ!」

「はいッ!」

 

 ──背後で狙いを定めていたアリスがその眼に回路のような光を瞬かせ、引き金を引く。

 

「光よ!」

 

 チッ──小さな放電音と同時に、莫大な電力が磁場の中で弾体を瞬時に加速した。

 

 スパークと共に生じた白光が周囲を眩く照らし、空間に線が走る。

 

 音を置いて飛翔し、距離を消し飛ばす。

 

 宙を切り裂いた銀弾は、飛来した弾丸の経路を逆走し──未だ自身の砲撃が、正面の敵に直撃していないことを知らぬ預言者の砲口に吸い込まれた。

 

 悲鳴。

 

 広場の天井も壁も震えるような大音響と共に、装甲の隙間から炎と煙を吹きながら、砲塔が力を失うように前に倒れる。

 

 各部を爆発させ、明らかに戦闘不能となった預言者は、その存在も揺らいで。

 

 瞬きの内に、あっけなく世界から姿を消す。

 

「……! 会心の一撃により、アリスたちの勝利です!」

 

 無邪気に笑うアリスを前に、俺も笑みを浮かべて。

 

「敵は消えたが……精神世界だからか、やけにあっさりだな」

 

 しかし、コレで終わりとは到底思えない不安が、心の中で鎌首をもたげる。

 

 先程までの戦いすらも幻だったかのような不思議な感覚。

 

 何より、ケイの表情は未だに晴れることなく、その場で考え込んでいた。

 

「完全に破壊される前に撤退を選んだのかもしれませんが……アクセスが途絶えて……ッ」

 

 驚愕に両目を見開き、只ならぬ様子のケイに俺は預言者がいた場所を見た。

 

 空間が塗り替わる。

 

 時間を感じさせる廃工場だった空間は、入り混じるように近代的な実験施設のような空間に侵食される。

 

 夢現の狭間で、強烈な違和感も抱くことなく、いつの間にか俺たちは全く異なる部屋にいた。

 

 橙色のガラスケースのような円筒が並び、黄色い線と白色の装甲で補強された壁。

 

 この世界の様相が主導権争いの力関係を表出するものなのであれば、これは。

 

 ──三つの影。

 

「トリプルバトルでも始めようってか」

 

 軽口を叩きながらも、九鬼正宗を押さえる手に脂汗が滲む。

 

 思わず後退しそうになる体を、意志だけでその場に縫い付ける。口元に笑みを浮かべたまま、俺は眼前の敵を睨んだ。

 

 両側に三連装砲を備えた砲塔を持つ、先ほど倒したはずの四脚の預言者の別バージョンのような存在。

 

 中央の穴から浮かび上がる、四のアラビア数字に似た記号が記された巨大な球体。

 

 鋭角的なデザインが目立つ、全身武装だらけの人型に近い兵器。

 

 一体でも相手するのが難しい預言者らしき機体が、三体出現する。

 

「其の名は『至高の王冠、KETHER(ケテル)』、『断罪する裁定者、CHESED(ケセド)』、『勇猛な仲裁者、GEBURAH(ゲブラ)』。私の神性の証明にして、神性を預言する者」

 

 天井から吊られたモニターが点灯し、十三文字のアルファベットが躍る。

 

「既に趨勢は定まった。それでも尚、福音を拒絶すると」

 

 虚空から召喚されるオートマタとドローンの数が増え続ける中、音声が響く。

 

「良いだろう。到達への道は幾つもの超克に飾られる。名もなき神々の技術の解明に至る旅路をもって、私の神性の証明としよう」

 

 己を神と定義する人工知能は傲慢に、誰かに聞かせるわけでもなく宣言して──機械の軍勢が動き出す。

 

「アルスハリヤァァァアアア!!!」

 

 (ひら)く。

 

 緋色に塗られた世界で、次々と潰れていく最善手。

 

 細く残った可能性を掴むために、俺は引き金(トリガー)を引いた。

 

 

 

 

 

 

 

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