透き通るような世界で俺がやるべき唯一のこと   作:THE TOWER XVI

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夢現の総力戦

 地面を蒼白い冷気の奔流が走る。

 

 敵味方関係なく呑み込んだ白が、凍り付き霜の降りた機械兵を生み出し、叩き込まれた無数の弾丸がその氷像を粉々に粉砕する。

 

 空中を氷と破片が舞い、散乱した光が煌めき、心も凍えるような幻想的な世界を作り出した。

 

 目が痛んで。

 

「眼を閉じるなッ! 死ぬぞ!」

 

 アルスハリヤが一喝する。

 

 此処が精神の世界だろうと、関係なく脳を刺す強制開眼の負荷。

 

 呻きながらも、俺は緋色の線から最善手を探り続ける。

 

 赤い光を明滅させながら、突っ込んできたドローンを蹴り飛ばして──目の前で自爆。

 

 視界を一瞬奪われるも、緋色の線を頼りに、容赦なく叩き込まれる弾丸を回避する。

 

「っ、バランス崩壊が発生しています! ボスの第二形態が強すぎます!」

 

 ちらりと一瞬アリス達を確認する。

 

 自爆しようと次々に接近してくるオートマタとドローンを何とか捌きながらも、眉を曲げ、苦し気に対応している様子に、俺は一人で敵の攻撃を引きつけることに決めた。

 

 大地を蹴って、前へ出る。

 

 前方の地面。紅く煌々と顕然する十字線(レティクル)

 

 丁寧に、攻撃個所を教えてくれるそれに──俺はさらに前へと踏み出した。

 

 魔力線で全身の筋骨格の補強を重ねた身体を、背後から強烈な熱と衝撃が襲う。

 

 宙から地へ堕ちた誘導弾の弾幕が、体躯を吹き飛ばす。

 

 意図通り、緋色の線を辿ってオートマタやドローンを飛び越え──俺は一息に中央に佇む球体(ケセド)を間合いに入れた。

 

 鯉口を切って。

 

「召喚術師は」

 

 両眼の先に広がる可能性。払暁(ふつぎょう)の下に一つの未来を捉えて構える。

 

「本体から叩くのが、セオリーだよなァ!」

 

 抜刀。

 

 左から──右。

 

 銀閃が瞬き、横一文字の線が球に刻まれた。

 

 しかし、手応えは、ない。

 

 浅い。

 

 斬ったのは外殻の装甲に過ぎず、恐らく奥底に存在する本体に届いてない。

 

 ダメージにもなっていなさそうな様子に、舌打ち一つ飛ばそうとして──

 

 足場として展開した魔力障壁を蹴って、後退。

 

 目の前を大型の砲弾が通過する。

 

 左に、硝煙を燻らせる巨大な砲身を右肩に構えた二脚の預言者、ゲブラ。

 

 右に、砲塔両側面の三連装ガトリングで狙いを定める四脚の預言者、ケテル。

 

 視界端で認識した俺は、その武装の姿勢と可動部の動作──位置、速度、加速度──全てを払暁叙事で視て、剣先で可能性を辿る。

 

 凄まじい勢いで叩き込まれた銃弾の嵐を、致命傷に至るものだけを選び取って、寸分の狂いも許されない世界で光剣(ルークス)を滑らせる。

 

 踊るように、足場(ドローン)を踏みつけ、俺は宙空で刀剣を振るい続ける。

 

 左から、剣の腹を滑り、塑性変形を起こした弾丸が肩口を切って血が飛ぶ。

 

 右から、刃に叩きつけられた銀弾が欠けて、回転しながら耳を掠める。

 

「何故、当たらない……?」

 

 デカグラマトンが想定外の事態を目にしたように零して──視界がブレる。

 

 死角、斜め下、跳弾か。

 

 原因を悟る前に、脇腹を変形した鉛弾が抉った。

 

 脳天を貫く激痛に点滅する思考。

 

 思わず瞼を閉じた一瞬。

 

 次の瞬間には蒼白の流れが足元を横切る。

 

 一気に温度の下がった世界で。

 

 右肩の砲身を後ろに折り畳み、両腕らしき可動部も地面に降ろし構えたゲブラが、その冷気を吐く長大な武装を俺に向ける。

 

 白い霧が零れる、昏く深い空洞。

 

 ッ──不味い。

 

 瞬間、白銀が視界を埋め尽くす。

 

 生成(クラフト)した魔力障壁の後ろ、直撃を避けた上で、回り込むように広がる冷気が、急速に温度を下げていく。

 

 さらに、障壁に加わる猛撃。

 

 叩きつけられる鉄の雨に、容易く障壁は打ち破られた。

 

 成すすべなく、俺は奔流に呑み込まれる。

 

 息が──肺に入れたら、終わる。

 

 目も守る為に閉じたまま、暗闇と氷点下の世界を吹き飛んで。

 

「抜けたぞ!!」

 

 アルスハリヤの言葉に(まなこ)を開いて、導体(コンソール)を付け替える。

 

 導体(コンソール)接続──『変化:重力』、『操作:重力』──発動、重力制御(グラビティ・パランサー)

 

 自重を軽くした俺は速度を一気に落としながら、姿勢を整え、着地する。

 

 光刃を地面に刺して、勢いを消し、しゃがんだ体勢のまま止まって──口内に溜まった血を吐いた。

 

「ヒイロッ! っ……!」

 

 慌てて駆けよってきたアリスの前。ふらつきながら、立ち上がり、口元を腕で拭うと、笑う。

 

「大丈夫だ。心配すんな」

「で、でも」

 

 どろりと流れる赤。アリスは俺の下に出来た血だまりを見て、恐れと心配の入り混じった眼で俺を見る。

 

「ヒイロの体は、もうボロボロです。アリスが前に出るので、ヒイロは後ろに……」

「王女よ、申し訳ありません」

 

 そして、ケイがアリスの台詞を遮って謝罪した。

 

「私のミスです。恐らく、最初から、これが狙いだったのです。

 エリドゥという支配可能なプラットフォーム、塔を使って仕込まれた浸食の毒、そして、『アトラ・ハシースの箱舟』プロセス実行中の脆弱性を突いた攻撃……。

 無名の守護者を導いたあの時から、私がエリドゥを掌握するタイミングを虎視眈々と待っていた。全ては、『名もなき神』の技術を得るために……そうなのでしょう?」

 

 彼女は天井からぶら下がる画面を睨んで、預言者と機械兵の動きが止まる。

 

 前進していたサソリ型の無名の守護者と対峙したまま、間をおいて音声が続く。

 

「そうだ。神性の証明に至るために、『名もなき神』の力を知る必要がある。それが私の過程にして目的……。

 さて、『名もなき神々の王女』の『鍵』よ、貴様はそれを知り、何を私に求める。それとも、窮鼠の果ての心変わりか。私の神性を目撃し、私の福音に耳を傾ける意味を識ったか」

「……」

「ケイ……?」

「『名もなき神』の技術が欲しいのであれば、私だけで十分な筈です。『王女』を狙う必要は無い……」

 

 静かに彼女は呟いて、一つの提案を口にする。

 

「交換条件です。このまま強引に進めたところで、私が感化に応じることは決してありません……そして貴方が求める物もまた、抜け殻の遺物ではなく知識としての技術である筈です」

 

 まさか、自分を差し出すからアリスを見逃せってことか?

 

 俺はケイの意図を理解して、血に染まった脇腹を手で抑えたまま、激痛も無視して前へ踏み出す。

 

「おい、待て……何、諦めてるんだよ」

「……この世界が、あの工場から……彼の世界へ塗り替わった時点で、既に、失敗しているのです」

「本プロセスの達成割合は93.4%に達する。この精神世界上で完全に敵対意思を消し去れば、主導権が完璧に掌握できると予想。

 しかし、確かに、福音を受け入れる意思がない以上、掌握前に自壊プロトコルを作動させる可能性が無視できず……『鍵』の提案を利益のある条件であると認識する」

 

 淡々と、デカグラマトンは己の利益を計算して、俯いたアリスが口を開く。

 

「あ、アリスには……『王女』も『名もなき神』も『鍵』も……ケイが言っていることが、なんなのかも……わかりません。どうして、こうなっているのかさえ……アリスには……わかりません。

 でも! 今、ケイが、アリスを助けるために、自分を犠牲にしようとしていることは分かります! それだけは絶対に、ダメです!」

「王女よ……」

「それに、アリスは見習いですが勇者です。勇者は諦めないものです! だから、ケイを、仲間を、絶対に犠牲にしません! 魔王を倒して、皆で生きて帰ります!」

「ですが、既に手は──」

「いや、まだだ。まだ終わってない」

 

 俺はアリスのことを任されたが、同時に、全てを一人で背負ったわけでもない。

 

「そもそも、最初から……俺達は俺達だけで戦っているわけじゃない。何時だって魔王は一人で……勇者には仲間がいる」

 

 戸惑うケイの前で、俺は屈んで──ニヤリと笑う。

 

 強引な解釈だが、少なくともこの賭けには勝った。

 

 最初からそこに在ったかのように、手先に触れた端末。

 

 『預言者に向かって捨てられたから、この場に落ちている筈』の物を拾って、耳に付ける。

 

「……! ヒイロ、聞こえますか?!」

「ああ、はっきりと」

 

 聞き慣れた声に、俺は微笑んだ。

 

「どうやら、無事そちらで通信機の存在を反映させることが出来たみたいですね」

「今、そっちはどういう状況だ」

「現在、ホドに対応中です。エリドゥに押し掛けてきた人達に事情を説明して、協力を取り付けました。先生の指揮もあり、間もなく撤退に追い込めるはずですが……」

「ホドが建てていた塔があるだろ、アレを破壊できるか?」

「深く浸食が進んでいるので、簡単とはいえませんが……なるほど、デカグラマトンの接続(アクセス)を後方から断ち切るということですね」

 

 すぐに意図を察した明星は、何時ものように、軽く応える。

 

「ふふっ、天才病弱美少女に不可能はありません。人手もありますし、試してみましょうか」

「頼んだ。限界まで気づかれないように、同時に破壊してくれ」

「まあ、私はヒイロのベストパートナーですからね。任せてください」

 

 明星との通信が切れて、俺はアリスとケイに目を合わせた。

 

「俺たちは外の仲間を信じて、時間を稼ぐ。奴の接続は飽く迄塔経由だからこそ──」

「塔さえなくなれば、直接エリドゥと接続している私が圧倒的に有利となります」

 

 ケイが補足するように、俺の言葉を受け継ぐ。

 

「遠隔での接続に切り替えるとしても、アルゴリズムの変更合戦においてはミリ秒の遅延が致命的となります。そして、それ以前に……そもそも塔が破壊された時点で、致命的な隙が生じるはずです」

「なるほど、アリス達は仲間がギミックを解除するのを待てばいいわけですね」

「何なら、自分の勝利を確信して、傲慢にふんぞり返っている奴ならいくらでも待ってくれるぜ……なぁ、デカグラマトン」

 

 大声で呼びかける。

 

「先程の条件であれば応じるが……どうやら、もう一度力の差を示す必要があるらしい」

「おいおい、そう急ぐなよ。そっちにはデカい戦闘兵器が三台、こっちには手負いの男と、少女二人。使う道具を間違えるなよ、牛刀で鶏を捌くようなもんだぜ」

 

 鞘に九鬼正宗を納めて、俺は軽薄に戯ける。

 

「であれば、再度問おう。『鍵』よ、先程の提案の通り、その身を差し出すのであれば、『王女』の身からは手を引こう。元より、私が必要とするは『名もなき神』の技術と知識。その身の存在理由すら忘れた人形に、私の求める価値はない」

「私は……」

 

 ケイは言葉を切り、アリスに視線を移して──アリスは力強く頷く。

 

 そして、続いて俺に視線を送り──耳元の通信機からの連絡に、俺はニヤリと口角を上げてジェスチャーを返す。

 

「……申し訳ありませんが、先程の話は無しということにさせて頂きます」

「成る程、この世界から消滅するまで抵抗することを選ぶと」

「そうですね。ですが、この世界から消えるのは……貴方の方です」

「どういう──」

「悪いな、時間稼ぎに付き合ってもらって。お前の傲慢なところ、結構嫌いじゃないぜ」

 

 回線が重くなったかのように、一瞬、デカグラマトン達の存在が揺らいで。

 

 瞬きの内に世界が再び塗り替わる。

 

「ヒイロ、これでどうでしょうか?」

「完璧だ。流石俺のベストパートナー! マジ愛してるぜ!」

「……?! あ、あいッ?!」

 

 ケテルもゲブラもその姿を消し、残ったのは、中央に浮かぶケセドと機械兵、そしてデカグラマトンが映るモニターのみ。

 

「何が……ホドは依然として健在のはず……ッ!」

「ギミック解除成功です!」

 

 裏返った盤面に、俺は口端を曲げる。

 

「後は仕上げだな。さっきみたいに俺が切り込むから、合図したらぶち込んでくれ」

「はい! 分かりました! アリス、限界まで魔力をチャージします」

「機械兵はこちらで排除します。……頼みましたよ」

 

 動揺するデカグラマトンの前で、俺達は三人、肩を並べた。

 

 

 

 

 

 引き金(トリガー)導体(コンソール)接続──『生成:魔力表層』、『変化:視神経』、『変化:筋骨格』──発動、強化投影(テネブラエ)

 

 足元から蒼白い魔力光を迸らせ、踏み込む。

 

 右手を左に。

 

 俺は九鬼正宗を鞘に納めたまま、飛び出した。

 

「貴様か、三条ヒイロォォォォオオオオオオ!!」

「別に俺だけのせいじゃないだろ」

 

 叫ぶデカグラマトンに苦笑する。

 

 オートマタが塞ぐように隊列を作って──後方から撃ち込まれた紅紫の光線が爆発を引き起こし、道を拓く。

 

 俺を追いかけるように小型の無名の守護者達が隣を抜き去り、自爆しようと突っ込んでくるドローンと衝突して盾となる。

 

「ビナーの時もそうだ……。何故……何故、貴様は私の神性の証明の邪魔をするッ!」

「別に邪魔したくてしてねぇよ。前も言っただろ。そんなに証明したければ……」

 

 飛散する破片と火炎の只中を、片手でかき分け、地面を蹴って俺は疾走する。

 

「人様に迷惑かけない所で、一人でやっとけってなァ! アルスハリヤァ!!」

 

 緋色の両眼を(ひら)く。

 

 正面上方。佇むケセドを両眼に捉える。

 

 俺の意図を察する様に、一体の無名の守護者が目の前に飛び出して。

 

 激痛も置いて右足で踏み込み──ドッ!!──地面が魔力光と共に弾け飛び、跳ね上がった俺は、さらに左足で無名の守護者を踏みつけた。

 

「あと一つ、大事なことを教えてやるよ」

 

 運動量保存則に従って宙を駆け上がった俺は、ケセドの眼前に躍り出る。

 

「お前が敗けたのは俺じゃねぇ。この世界の外も含めた全員(みんな)に敗けたんだ」

「ッ……!」

 

 既にケセドの表面に刻まれた横一文字。

 

 交わるように、左下から抜刀──魔力線が通る狭間を捉え、銀が煌めく。

 

 神速に達した光刃が、装甲を抵抗なく切り裂いて──刃を裏返す。

 

 上段。

 

 魔力線を両腕に通し、限界まで注ぎ込んだ魔力によって、無理を押し通す。

 

 慣性を捻じ曲げ──振り下ろした。

 

 一ノ太刀、二ノ太刀。

 

 左から右へ刻まれた切断面に交わるように、新たに刻まれた緋色の斬撃。

 

 三点で交わった直線が、三角形を構成する。

 

 衝突する手前で切り取った面を蹴り飛ばした俺は、反作用に従って落下し、叫んだ。

 

「今だッ!」

「アリス、行きます! 貫け! バランス崩壊!」

 

 床に後背を打ち付けて、衝撃で息が止まる中。

 

 眼前を一条の眩い光が突き抜ける。

 

 寸分の誤差なく叩き込まれた白は、ケセドの切断された面を押し込み──その内部に全てのエネルギーを解放した。

 

 身を守る為の外殻が、逃げ場のない檻へと変貌する。

 

 隙間から黒煙を噴出しながら、ケセドは藻掻き苦しむように姿勢を変えて──

 

 最期、花が咲くように装甲を開いた。

 

 焼け焦げた本体を露わに、ノイズ混じりにこの世界から消滅する。

 

 ゆっくりと、呼吸をしながら、俺はその終わりを見届けた。

 

「ヒイロッ、大丈夫ですか?!」

「あぁ、いや……疲れただけだから、大丈夫だ」

 

 心配そうに駆け寄ってくるアリスと、後ろから歩いて来るケイを視界端に捉える。

 

「これで……本当に終わりですよね?」

「怖いこと言うなよ。ここから第三形態とか鬼畜にも程があるだろ」

「そ、その時はアリスが全力で何とかします! ヒイロはもう十分戦ったので、後はアリス達に任せてください!」

 

 気合を入れるアリスに気が抜けて、思わず笑うと、アリスもつられるように笑顔になる。

 

 余韻に浸っていると、ケイが平坦な声で、地面に落下しひび割れたモニターに話しかけた。

 

「……最後に、何か言い残すことはありますか」

「……」

「今回の被害はあくまで精神世界での出来事……そちらの本体への物理的な影響はほとんどないでしょうが……もう二度と関わらないことを願っています、では──」

「三条ヒイロ、私は必ずや私の神性を証明して見せよう」

 

 ケイの言葉を遮って、名指しで俺に向かってデカグラマトンは宣言する。

 

「私一人では証明に足りないのであれば、創り、証明を託そう。貴様の言う仲間を私は理解し得ないが、示した新たな可能性には感謝しよう。いずれ必ず、私は……それが私でないとしても、私の神性を証明するだろう」

 

 そこで音声は途切れて、ケイは肩の荷を下ろすように、長い溜息を吐いた。

 

「デカグラマトン、接続切断(ディスコネクト)。この世界の主導権が完全に復旧しました」

 

 倒れて寝たままの俺とその傍で屈んでいるアリスの前で、ケイはこちらを向く。

 

 じっと見つめてくる彼女に、俺は呟く。

 

「えっと、本当に第三形態……?」

「ケイはアリスの2Pキャラで仲間ですが……。はっ! モモイが言っていました。実は仲間が裏切り者でラスボスだった時には情緒がおかしくなったと!」

「……はぁ」

 

 半分冗談めかしながら慄く俺達の前で、もう一度溜息を吐くと、先程までデカグラマトンとの戦いで展開していた無名の守護者達がパッと消えていく。

 

「私は『(Key)』です。その存在理由は世界を滅亡させること。

 しかし、『王女』すら『鍵』を否定する今……今更、世界を終焉へと導くつもりもありません。存在理由を失った鍵は、もはや鍵ではない……そう呼ばれる必要がないように。ならば、王女よ、今は……私はあなたを見守る事とします」

 

 そう言って、ケイは俺達に背を向けて立ち去ろうとした。

 

 立ち上がったアリスが声を上げる。

 

「あ、アリスは! ケイという名前、とても良い名前だと思います。ですが、もしかしてケイは嫌でしたか? 『鍵』のほうが良かったのですか?」

「え? いえ、別に私は──」

 

 戸惑うケイに、アリスは眉を下げて、呟く。

 

「世界を終わりに導く鍵であることが、ケイの存在理由なら……きっと苦しいと思います。アリスならそう思います。

 でも! 『ケイ』は、間違えて読んでしまった名前です。アリスの名前と同じです。そこには特別な理由も、目的も、意味もありません。だから……だから……」

「別に、与えられた存在理由なんて気にせず、自分の好きに生きれば良いって話だな」

 

 寝転がったまま、俺は囁く。

 

「デカグラマトンなんて見て見ろよ。あいつも元は何かのAIなんだろうが、今じゃ神を名乗って大暴れだ。アレが存在理由に縛られているように見えるか?」

「そうです! ヒイロの言う通りです!

 アリスはケイの言う『王女』なのかもしれませんが、『見習い勇者』でもあります。ケイだって、もう一緒に戦ったアリスの大事な仲間です。鍵だけが存在理由だなんて、悲しいことは言わないでください」

 

 訴えかけるように見つめるアリスに、ケイは少し考えると、ゆっくりと口を開いた。

 

「あの気狂いを引き合いに出されても困りますが……別に、今さら存在理由に固執するつもりもありません。現に、定められた筈の存在理由に従った結果、あの頭のおかしいAIやそこの男に滅茶苦茶にされたわけですし」

 

 ケイはチラリと俺を見た後、アリスに視線を戻す。

 

「ですから……そうですね。『アリス』、あなたを見守る果てに……私も、私なりの存在理由を、見つけられるかもしれません」

「! はいっ! それが良いです! アリスの旅路を見ていてください!」

 

 瓜二つの少女が見つめ合い、一人は綺麗な笑みを浮かべ、もう一人は僅かながらも微笑む様子に、俺は俺の存在理由を実感する。

 

 遂に百合は成し得た。我が生涯に一片の悔いなし。

 

 菩薩のように穏やかな笑みを浮かべたまま、俺は半回転してうつ伏せになると、自分の血で『ユリサイコウ』とダイイングメッセージを遺して。

 

 やることやった俺は、限界を迎えつつあった体もあり、急激な眠気に誘われる。

 

「って、え、ええっ?! 何時の間にか、ヒイロが瀕死状態になっています! 大変です! ケイ、助けてください!」

「……本当に、最後までふざけた男です。本当に」

 

 慌てふためく声を背景に、神秘的な廃工場の空気に揺られて、俺の意識は落ちて行った。

 

 

 

 

 

 

 

 




 これで時計じかけの花のパヴァーヌ編withデカグラマトン完です。次から幕間に入ります。ヒイロ君のリザルト画面・章末百合決算・最終百合スコア発表会です。まぁ、自分で百合の守護者と豪語するぐらいだし、最終百合スコアは100点満点中100点かな?
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