透き通るような世界で俺がやるべき唯一のこと   作:THE TOWER XVI

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戦争映画系百合ゲー

 俺のアビドス高校の日課は朝の掃除から始まる。放っておけば溜まっていく一方の砂を掃除する。百合のための環境を整えるのは百合戦士のデューティ、義務である。

 

 掃除が終われば、ちょうど梔子先輩や小鳥遊が登校してくる時間帯だ。

 

 早速俺は九鬼正宗(デバイス)を取り出す。

 

 導体(コンソール)接続──光学迷彩(ディストーション・フィールド)、発動。

 

 光学迷彩(ディストーション・フィールド)は壁の一部になりたい、という俺の願いを形にする魔法だ。光を捻じ曲げ、周囲から俺の姿を見えなくする。

 

 かなり高い集中力を必要とするが……。

 

「あれれ、ヒイロ君はいないのかな?」

「……はぁ、ちゃんと勉強の方もしてるんですかね」

「もしかして! ホシノちゃんも心配?」

「別に、ただ、あいつがここ数日、きちんと掃除しているのは事実なので……なんですか、その生暖かい目は」

「うんうん、やっぱりホシノちゃんはいい子だなぁって。よしよしー」

「ちょっと先輩! いきなり抱きつかないっ、撫でないでください!」

 

 俺は今、まるでハンバーガーチェーンのCMの野菜のように、みずみずしくフレッシュな気分だ……今なら、視力検査で10.0を超えてWR(ワールドレコード)が叩き出せそうだ。

 

「──でも確かに、ヒイロ君は勉強できているのかな? そうだ! 今度みんなで勉強会を開こうよ!!」

「おい、勉強会! ヒイロ君、勉強会だぞ!」

 

 はしゃいでいる寄生虫(アルスハリヤ)をガン無視する。ここで挑発すれば俺がポカするとでも思っているのだろうが、百合IQ180をなめるのも大概にしてほしい。

 

 勉強会に(ヒイロ)が混ざっていいわけ無いだろ、俺の脳が破壊されるわ。

 

 話を聞かなかったことにした俺は、壁に張り付いたまま出口を目指した。

 

 

 

 何とか気付かれずに外に出た俺は、アルスハリヤの魔力を用いて下肢の強化魔法を発動する。

 

 俺はそのまま魔力量を調節し、魔力の流れを意識しながら砂漠の廃墟ビル群へ向かってランニングをする。いつもアビドスの都市部に向かう前に、場所を借りて型の確認等の鍛錬に時間を充てていた。

 

「ずいぶんと不格好な強化だ。魔力が駄々洩れ、魔法士としては三流もいいとこだね」

 

 玩具(おもちゃ)の煙草、その先端を光らせながらアルスハリヤが評する。

 

 現在、俺は、誠に遺憾なことではあるがアルスハリヤ(魔人)とまじりあってしまい、彼女の分だけ魔力量が増えてしまっている。

 

 一見パワーアップしたように見えて、その実、俺は弱体化していた。

 

 この量の魔力を扱うには制御の技量が追い付いておらず──加減が分からないからこそ、以前よりも魔力を抑えて使っている。

 

 バケツから小学校のプールへ容量が増えたとしても、今まで通りコップに掬って使えば、扱う量は変わらない。

 

 その上で()み上げ過ぎを恐れるのなら、さらに少なくすればいい。

 

 これまで使った魔術も、以前の量まで絞って使っている。ただこれでは宝の持ち腐れもいいところである。

 

 プール大の水を扱うなら、道具はコップでなくポンプであるべきだ。だが、ポンプでくみ上げられる量の水を扱う(すべ)を、俺はまだ得ていないのだ。

 

 ……それに、黒舘の『火力』をこの目で見たからこそ思う。今の(三条ヒイロ)じゃ足りない。

 

 この世界で百合を(まも)りたいと吐いたのなら、それ相応の力が必要だ。

 

「要するに、君は現在(いま)、境目に立っているわけだ。

 制御できるか、制御できないか──天才と凡才の境目にな。

 だが、安心してほしい。魔のプロたるこの僕がついているのだから。

 さあ、ヒイロ君、力が欲しい──」

 

 並走したまま、空中で怪しげに両手を広げるアルスハリヤの頭を掴む。そして、地面にメンコさながらに叩きつけた。

 

「やれやれ、僕の相棒は暴力的で困るね」

「お前は一度、胸に手を当てて、自分の罪(壊した百合の数)を数えろよ。今のところ、俺にとってお前は見かけたら潰す──ゴ〇ブリみたいな存在だからね。

 それに、まともに教える気がないことぐらいはわかってんだよ」

 

 ニヤリと紫煙の上に寝転がるアルスハリヤは笑う。

 

「ご明察。だが、単に悪戯がしたいわけじゃないさ。こういうものは自分で気づくからこそ、身になるというものだ。人生のパートナーたるヒイロ君だからこそ、僕は気遣っているのさ」

「そりゃどーも。魔人に心配されるなんて、鳥肌が立ってしょうがないね」

「おっと、珍しいお客さんのようだ。……ヒイロ君。魔力が制御できない、というが、それならなぜ体内にある魔力は暴走していないのだろうね」

 

 それだけ言い残すと紫煙の中に消える。アルスハリヤのヒントは置いておいて、遠方から徐々に近づく影を眺める。

 

 珍しい。

 

 小鳥遊があれほど警戒していたことからも予想がつくが、アビドス高校にとって来訪者というのは非常に稀か、もしくは敵対的な存在に限られるのだろう。

 

 事実、ここ数日、アビドス高校の近くで、彼女たち以外の人物を見かけたことがない。周りの家屋もほとんどがもぬけの殻だ。

 

 前世の記憶から言えば、学校には各種の業務を行う職員がいそうなものだが……それすらいない。まあ、教育BDがある世界だ。これはアビドス高校に限った話じゃないのかもしれないが。

 

 念のため、俺は訓練時の物から導体(コンソール)をつけ直す。『属性:水』、『生成:矢』──矢の弾帯を纏い──導体(コンソール)を一度取り外す。そして3式枠(スロ)のうち1式枠(スロ)を『操作:射出』で埋めて、不可視の矢(ニル・アロウ)の準備完了だ。

 あとは、残りの2式枠(スロ)を使って近接戦闘を行えばいい。

 

 しかし、これを教えてくれた師匠が既に懐かしい。あの彼女(ひと)は今も元気に420年の歴史を持つ無作法で飯屋を荒らしているのだろうか。

 

 少しだけノスタルジーに浸っていると、砂埃の中の影が輪郭を持ち、露わになる。

 

 ヘルメットとガスマスクにセーラー服。なかなか変わったファッションに身を包んだ集団が、一台の戦車とトラックに乗って突き進んでくる。

 

 すれ違う少女が銃を持ち歩いているのは慣れたが、よもや戦車も出てくるとは。無政府状態かな?

 

 それはさておき、一人だけ赤いヘルメットの少女はおそらくリーダーか。

 

 正規の部隊──にしては、あからさまに一人が目立ってしまっていては問題だろう。容易に的になり、指揮系統の混乱を招くのは下策だ。

 

 背丈から予想される年齢も含め、以前戦ったオートマタの傭兵や小耳にはさんだ企業の部隊とは、恐らく別の集団。

 

 何か大きな組織に関連する兵力ではなさそうだと見当をつけつつ、進路上に位置取った。

 

「おいおいおい、なんだお前! どかないと轢いちまうぞ!!」

 

 速度を少し緩めたものの、依然として止まる気配のない車両を前に、下肢を強化した俺は飛び乗る。

 

「どうも、愉快な元御曹司こと、三条ヒイロです。なかなかの大所帯ですが……お嬢さん方がどちらへ向かっているか、伺っても? ピクニックでしたらこの先にあるのは砂漠と高校だけですよ」

「ハッ! ピクニックなわけねーだろ! その高校に用事があるんだよ!」

 

 戦車の砲塔上部のハッチから顔を出している赤ヘルメット、その横にしゃがみこんで話しかける。最初こそ緊張した空気が流れたものの、既に周囲は元通りに雑談に戻っていた。

 

 どこか緩い空気。明らかな部外者に侵入されておいて、緊張感のなさに拍子抜けだ。想像するような、兵器を背負って戦いに赴くような雰囲気と異なり、困惑する。

 

「……具体的に何しに?」

「何って、襲撃して金貰うんだよ。この戦車ももらったんだぜ! お、もしかしてお前も噛みたいのか? そーだな、俺たちの仲間になるっていうならいいぜ!!」

 

 嘘だろ、戦車で、学校を襲撃? 何が目的で……いや、そもそも、たった二人の少女相手に、この数は過剰にもほどがあるだろ。

 

「仲間ねぇ……そのクライアントが何者かとか教えてもらえたり?」

「くらいあんと?」

「お金くれる人」

「あぁ!……ばっかお前! 難しい単語はやめろよ!! あいつは……誰だろな? わからん!」

 

 情報を引き出そうかと思ったが、意味はなさそうか。

 

「まぁ、前失敗したのに、今回は戦車くれたし? あれは、かなり太っ腹だぜ。報酬のことなら、心配無用よ! もしものときは、この俺に任せとけ!!」

 

 いつの間にか外に出ていたのか、機嫌よく戦車の上で立ち上がって高笑いする赤ヘルメット。

 

 途中から聞いていたのか、さすが姐さんっす、なんて口々に周りが褒め称える。

 

 襲撃は止めたいが……彼女たちと戦うのも気が引ける……百合の可能性を、俺は彼女たちの中に見たしな。

 

 いや、だからこそ、彼女たちとアビドス、二つの百合を守るためにやるべきことは一つだろ、(三条ヒイロ)!!

 

 戦闘も視野に入れつつ、俺は彼女たちに帰るよう説得しようと口を開いて──爆音。衝撃と共に戦車が停止し、後続のトラックが追突する。

 

 勢いよく跳ね上げられた俺は、赤ヘルメットを抱きしめてかばったまま地面に投げ出される。

 

「無事か?!」

「……ぉ、おう!! だいじょッ、大丈夫だぞッ!」

 

 彼女の無事を確認し立ち上がるとともに、何かが接近するように転がる音が聞こえ──引き金(トリガー)不可視の矢(ニル・アロウ)──魔力を込めようとして、両目がチカリと疼く。

 

 膨大な予測経路が視界を埋め、情報量に脳が悲鳴を上げる。

 

「魔力を絞れ!! 使い過ぎだ!」

 

 アルスハリヤが一喝する。

 

 出力を絞り──矢の形も保てず、指先から射出された魔力の塊が、音源を弾き飛ばす。

 

 直後の爆発音。

 

 飛来する鉄片が魔力障壁をリズミカルに叩く。

 

「おいおい、ヒイロ君、しっかりしてくれたまえ。僕がいなかったら今ごろ君はミンチだぞ」

「まだ加減をつかめてねぇんだよ!! それよりも、なんで戦場みたいなことになってるんだ?! 百合ゲーならどんな世界観だ!」

 

 履帯が切れて停止した戦車の向こう側から、銃撃音が響く。ただ、聞こえてくる悲鳴は、ぐわぁー、うわぁー、など気が抜けたものだ。

 

 九鬼正宗に無属性の刀身を生成し、身体強化を発動して駆け付けると、そこには倒れた黒ヘルメットと、残りの数人の背後からショットガンを向ける小鳥遊。

 

「それはやばいだろッ!!」

「なっ!」

 

 経路線(レール)を描いて、不可視の矢(ニル・アロウ)を撃ち込み、逸らす。

 

 不格好な形の矢だったが、今度は上手くいった。

 

 弾かれたショットガンの力を利用して、器用に飛び上がった小鳥遊はそのまま距離を取って俺に対峙する。

 

「おい、お前らのボスは向こうだ! 転がってる奴らをつれて撤退しろ!!」

「あ、兄貴……! すぐ戻るっす!」

「いや、兄貴違うし、逃げてね? 戦わないで?」

 

 倒れた仲間を抱えたり引き摺ったりして、後退するのを見送る。

 

「……結局、仲間、だったんですね。先輩を悲しませないように、黙って出て行って、二度と顔を見せないでください」

「いや、出会ってまだ数十分! それよりも俺は、小鳥遊に戦ってほしくない!! その綺麗な手を血で汚すのはダメだ!! 女の子の手は、女の子とつなぐための物だろうがッ!!!」

「違うと思うぞ」

 

 俺の魂の言葉に水を差した寄生虫(アルスハリヤ)はその場で切り捨てた。

 

「な、なにわけのわからないことを……。こんなの、いつものことです!」

「銃で人を撃つのが?! う、嘘だ! そんな、もう手遅れなのか?」

 

 思わず手を地面につく。

 

「えぇ……なに大袈裟に絶望しているんですか……」

「だって、それって、殺し──」

「殺してません!! 私をなんだと思っているんですか!?」

「え、だって銃で人を……」

 

 いや、まて、そもそも銃声が聞こえていた。では、あのとき倒れ伏していた黒ヘルメットは、何が原因でそうなった?

 

 真っ当な殺人への忌避感。別に命が軽いわけじゃない。一方で、この世界の人々が気軽に引き金を引くのは、銃を撃つことが対象の死を意味していないから?

 

 黒舘のあの余裕も、そういうことか。あのオートマタだって、捕まえろ、であって、殺せとは命じていなかった。

 

 点と点が繋がる。

 

「もしかしなくても、銃で撃たれても、死なない?」

「そんな簡単にヘイローが壊れるわけ──そういえば、外の人間はヘイローがなくて、銃弾一発で死ぬぐらい脆いと聞いたことがあります。まさか」

「あ、たぶん俺、その外の人間ってやつだわ」

 

 両目を見開く小鳥遊に、笑顔で答える。なるほど、何故この世界の引き金は軽いのか、その謎が解けたな。

 

 つくづく前世でも死因に事欠かなかったが、この世界も(百合に挟まる男)への殺意を抑えられないらしい。いいぞもっとやれ。

 

「その話、あとで──」

「うおおぉぉぉ、兄貴から離れろぉぉおおお!!! ふぎゃっ!」

「──聞かせてもらいますよ。……ヘルメット団との関係も」

 

 律儀に戻ってきた黒ヘルメットが、額にショットガンの一撃をもらって吹き飛ぶ。ちょうどいい機会だし、俺もこの世界の常識について教えてもらおう。

 

 ……まずはヘルメット団との誤解を解くところからだが。

 

 

 

 そもそもアビドスに来た時点で、この世界に来たばかりである。ヘルメット団とはなんの関係もないことはわかってもらえた。その後は、死んだと思ったら、いつの間にか此処にいた話をするだけだ。

 

 小鳥遊はいつものパトロールで彼女らのような無法者を毎度追い返しており、俺の心配が無用だったことも分かった。戦車を単騎で追い返せるとかどこの漫画のキャラだよ、この世界の女の子って怖いね。

 

 ちなみに、銃を持っていないのはこの世界では全裸よりも珍しいことらしい。使えなくても示威目的で持っておいた方がいいとも。ただ、百合を護る上では変わった人間と見られて損はないので、気にしなくて良いだろう。こんな好感度低下チャンス、みすみす逃しては百合IQ180の名折れだ。

 

「しかし、かなり突拍子のない話ですね……」

「でも外の人間って話は信じてもらえるのか」

「今まで気づきませんでしたが、ヘイローが無いのは視れば分かります。あの時の慌てようも嘘とも思えませんし」

「じゃあ、疑問は解決ってことでOK? ニートの燈色君は、市街地に職を探しに行かなきゃならないので。あ、でも、何かあったら連絡してね。百合の守護者の名に懸けて、秒で駆け付けるわ。これ連絡先」

 

 連絡先をその場で交換する。初対面の疑われていた頃に比べれば、ずいぶん変わったものだ。いや、好感度はあのままのほうが良かったのでは?

 

「足手まといは不要ですが……まあいいです。一応、気を付けてくださいね、外の人間は、銃弾一発でも致命傷だと聞きますから」

「不本意ながら、俺には悪霊が憑いてるから多少は問題なし。でも心配してくれるのね。はじめて会ったときはあんなにツンツンしてたのに」

「な! 揶揄わないでください! あの時は、少し気が立っていて……その、すみま──」

 

 謝ろうとするのを遮る。

 

「謝る必要はないから。この話題を振った俺も悪いけど。部屋の端の観葉植物が夢の俺としては、無視してもらうぐらいが助かる」

「そこまで気にしなくても、数日もあればヒイロが、ユメ先輩に全部押し付けて逃げ出した奴らとは違うことぐらい分かります」

「いや、気にしているとかじゃなくて、マジだから。今まで通りのドライな感じで頼むよ? あと、無理に名前呼びしなくていいからね?」

「なんですか、私とは仲良くしたくないとか、そういうことですか」

 

 瞳の中で揺れる少しの不安。初対面の態度を、それなりに気にしていたのか。

 

 確かに、俺は百合が好きなのであって、単体でお出しされても、という気持ちもあるが……女の子一人を悲しませるようなやつが、百合を守れるかといえば、それも否である。

 

「うっ、いや俺の脳を保護するためというか、諸事情によるもので……まあ、なんだ、同級生だしな。同級生として、改めてこれからよろしく」

「はい、よろしくお願いします」

 

 じゃ、パトロール気を付けて、そう言おうとして、ふと思い出したように小鳥遊が口にする。

 

「そういえば、ユメ先輩が勉強会の──って、ちょ」

 

 俺は脱兎のごとく逃げ出した。

 

 悪いが、勉強会はキャンセルだ。要するに俺がきちんと勉強していることを示せばいいだけで、百合を守るためなら全力で文句ない点数取って黙らせてやる。

 

 脳内で勉強会回避の勝ち筋を組み立て、ほくそ笑む。天頂に昇ろうとしている太陽に向かって飛び出し──

 

 

 

 ──勉強会を回避したはずの俺は、数日後、砂漠で、水着姿の二人と突っ立っていた。

 

 

 

 

 

 

 




 ちょいちょい独自設定と独自解釈タグを持ち出します。ヘイローを果たして生徒は認識しているのか、という問題が存在しますが、この世界では意識して視れば認識出来る、的な設定にしておきます。
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