透き通るような世界で俺がやるべき唯一のこと   作:THE TOWER XVI

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明日は明日の風が吹く

 潮風に乗って、独特な海の匂いが届く。

 

 試合形式だったはずが、いつの間にか乱戦と化した水鉄砲の撃ち合い。

 

 海パン一枚で体操座りを決め込んでいる俺は、じっとその景色を眺める。

 

 それなりに盛り上がっている様子に、悪くないかと俺は安堵しようとして、気配。

 

 まだ水で撃たれずに済んでいるのか、濡れてはいない。

 

 しかし、それでも艶やかな黒髪を片手で耳に掛けて、チラリと俺を見た調月は、紅い瞳を逸らし、無言で隣に座り込んだ。

 

 黒に赤のラインの入った競泳用水着。合理を重視する彼女らしい水着だが、その豊かな体つきは隠しきれておらず、露出した胸元と大腿の肌色が目を惹いて……正気を取り戻し慌てて逸らす。

 

 俺は百合の守護者だ、俺は百合の守護者だ、俺は百合の守護者だ、俺は百合の守護者だ……ッ!

 

 無自覚な暴力に目をやらないよう、浜辺に視線を固定して、俺は隣に話しかけた。

 

「な、何か用かな……?」

「いえ、その……貴方は混ざらないの?」

「そ、それは、そっちも同じじゃない?」

「私は……」

 

 言葉を詰まらせた彼女を、俺はその顔より下に目を向けない様に気を付けながら、続きを促すように見つめる。

 

 少し迷って、調月は口を開いた。

 

「彼女たちは気にしてなくても……あの時、私が自らあの子を……アリスを犠牲にすることを選択したのは事実。そして、貴方とヒマリが居なければ、きっとエリドゥもデカグラマトンに利用されていた。

 『アトラ・ハシースの箱舟』もそう。皮肉な話ね。守る為に作ったはずの要塞が、逆の結末をもたらす兵器になるだなんて」

「……」

「結果を見れば、私の選択が合理的に誤っていたかどうかなんて、自明よ」

 

 自嘲する様に小さく笑い目を伏せる彼女を見て、俺は浜辺に視線を戻す。

 

「こればっかりは、リオ自身がどう折り合いをつけるかの話だからな……まあでも、もう一人で抱えるつもりは無いんだろ?」

「ええ、他人の意見も考慮した上で、可能な限り最善を尽くすつもりよ。

 ……そうね、その、言いそびれたのだけれど……あの時、初めて会った時に、私を否定せず協力するだなんて言った人は、貴方が初めてだった。実際に、ヒイロのお陰で、取り返しのつかない事態にならずに済んだと思っているわ……」

 

 そう区切って、僅かに頬を染めた彼女は小さく呟いた。

 

「だから、その……ありがとう」

 

 その言葉に俺は口元を緩めると、砂を払いながら立ち上がる。

 

「でも、俺にお礼を言ったのは早計だったかもな。今から迷惑なことするから」

「……?」

「おうおうおう、誰か会長に挑む勇気のある勇者いねぇかなッ?! 期間限定イベント開催中だってよ!! ミレニアムのラスボスに挑む機会なんてそうないぞ!!」

「はっ! 期間限定イベントです! リオ先輩を討伐してアリスの経験値にします」

「ちょ、ちょっと!」

 

 慌てる調月の横で、悪い笑みを浮かべた俺は大声を出してアリスを誘引する。

 

「ま、悪いと思うなら一回相手してやったらどうだ? とりあえず避けてるだけじゃどうしようもないしな」

「あ、貴方ね……! って、きゃっ!」

「今のアリスは無敵モードです! リオ先輩、覚悟!!」

「あ、アリス?! 流石に会長は……って、ぇえ?!」

「……非合理的だけれど仕方ないわね。AMASを使わせてもらうわ。全て装備は水鉄砲に換装済みだから安心して頂戴」

「この準備の良さは、会長も乗り気……?」

「り、リオ会長まで! この場合、私はどっちに付けばいいのよ!」

「ふふっ、どちらでも面白いと思いますよ~」

 

 騒がしくなった場所から、引き金(トリガー)を引いて光学迷彩(ディストーション・フィールド)で抜け出す。

 

 テナント募集中のまま、空き家になっている海の家の軒下に勝手に腰を下ろして。

 

「ヒイロ、お疲れ様です。相変わらずリオは面倒な性格ですね」

「俺はお前を信じてたよ」

「は、はい……?」

 

 車椅子を寄せて来た、普段着と麦わら帽子でフル装備の明星に真剣な表情で俺は囁いた。

 

 明星が困惑して、俺は口を開く。

 

「てか、ヒマリは……まあ、俺が言えることじゃないか」

「そもそも、私は天才軍師系色白美少女ですからね。ベストパートナーたるもの、ヒイロが居るところに私が居る、といったところですか」

「それ意味繋がってる……?」

「ふふっ、分かっているのに知らないふりなんて……まあ、それも仕方ありませんね。好きな相手にはやはり、意地悪したくなるもの」

「……?」

 

 首を傾げる俺に、明星は嬉しそうに微笑んだ。

 

 言葉を交わさず、ただ、二人で海とアリスたちを眺める時間が過ぎる。

 

 あ、AMASが突破されて、調月が水鉄砲で集中砲火喰らってる。

 

「そ、そういえば……アリスの精神世界にヒイロが潜った時に、叫んだ言葉があった筈ですが……」

「叫んだ言葉? ああ、ベストパートナーってのは、実際にヒマリが居なきゃ俺もここまで来れなかっただろうし……そうだな……」

 

 ミレニアムの一連の騒動において、決して俺一人じゃどうにもできなかっただろう場面は多い。

 

 それこそ、明星が力を貸してくれなければ、精々九鬼正宗を振り回す程度しか能のない俺じゃ、早々に詰んでいたことだろう。

 

「俺も今更だけど、お前がいてくれて助かったよ」

 

 改めて、感謝の想いと共に俺がそう言うと、彼女は面食らったように俺を見つめた。

 

「い、いえ、私も……ではなくてですねっ!」

 

 直ぐにはっと気が付くと、叫ぶ。

 

「天才病弱美少女が聞きたいのは、その次の言葉です! 真意の程を知る必要がありまして、私を、その──」

 

 そして、明星が言い終わる前に、視界端に空から影が落ちた。

 

 軽やかに現れた闖入者に対し、俺は九鬼正宗を引き抜く。

 

 得物は銃──いや、液体ッ?!

 

「引っかかりましたね。このメイドの目の黒いうちには、二人きりの空間を作れるなんて思わないことです」

「メイドォ!!」

 

 液体を薙いだところで防げるわけも無く、びしょ濡れになった俺は吠える。

 

 青のビキニを着た少女が、水鉄砲を両手持ちして突っ立っていた。

 

「ピース、ピース。これで私が今日もヒイロの初めてをゲットです。ちなみにエリドゥでも仲良しビームをヒットさせているので、これで二回目です」

「……毎回、ヒイロと居ると、良い所であなたが現れて邪魔されている気がしますね」

「ベストパートナーを主張するヒマリ部長と、親密な仲を主張する私……まさに、仁義なき戦い……騒がしいモモイも驚天動地の壮大な物語の始まりです」

「色々多方面から悪い影響受けてない?」

 

 俺の呟きに、表情は変わらないながら得意げな雰囲気を醸し出す。

 

 先程まで撃ち合っていたのか、水に濡れた飛鳥馬の金髪(プラチナブロンド)はその白い肌に張り付いていて──鎖骨から胸元へと吸い寄せられそうになった視線を顔に固定する。

 

 俺は百合の守護者だ、俺は百合の守護者だ、俺は百合の守護者だ、俺は百合の守護者だ……ッ!(二回目)

 

「私は日々成長しているので当然です。ただ、ヒイロがその手で私の頭を撫でて褒めれば、更に伸びると思います」

「ミレニアムのメンターとしても清楚系病弱美少女としても、トキをこのように育てた記憶は無いのですが……」

「ヒマリ部長の心配には及びません。既に私は立派に巣立っています。なんと、今日はヒイロと二人で同じ更衣室に──」

「オイヤメロメロ!!(おいバカ、何言ってんだ笑。百合IQ180が女の子と二人きりでお着替えするわけないだろ笑)」

「なっ、更衣室……同時に出てきたのはそういう?!」

「そういうことですね。ヒイロも私のパーフェクトメイドボディに釘付けでした」

 

 とんでもない物を見るように俺を見る明星と、何食わぬ顔で爆撃してくる飛鳥馬の前。

 

 俺は砂浜に転がって距離を取り、叫ぶ。

 

「フェイクニュース!! フェイクニュースだッ!! 今、真実が闇に葬られ、我が物顔で虚偽が世界を闊歩しようとしているッ!!」

「でも更衣室に二人で入ったのは事実ですよね」

「ハァッ……!」

 

 否定できずに奇声を上げた俺は、動揺しながら後退る。

 

「ほ、本当に、トキと入ったんですか?! ベストパートナーである私を差し置いて?!!」

「差し置かなくても、入らねぇよッ!! 俺は、百合の守護者だぞぉぉぉおおお?!!」

「でも、私は覚えています。不覚にも足を滑らせた時にヒイロが颯爽と……申し訳ありません、ここから先は流石の私も少々、恥ずかしくなりました」

「うわぁぁぁああああああああ!!!!」

 

 記憶から消したはずの柔肌の感触を思い出し、俺は絶叫する。

 

「俺は何も見てねぇからな!! 何一つ、見た記憶ねぇから!!」

「お触りはしたけどな」

「事故だよクソがぁッ!!!」

 

 呟く魔人の側頭部に水面蹴りを喰らわせる。

 

 引き抜いた九鬼正宗で、アルスハリヤをバラバラに解体し、俺は肩で息をする。

 

「はぁ……はぁ……はぁ……はぁ!」

 

 拭っても拭っても止まらない脂汗が、掛けられた水と混ざって砂浜に落ちて跡を残す。

 

 可笑しいだろ?! なんだかんだ俺はそれなりに頑張ったはずだ! 調月を止めて、デカグラマトンと殴り合って……その結果がコレか?! 百合を護ったはずが、なんで俺が追い詰められるような事態になってんだ?!

 

「一体、トキと何をしたんですか?! ベストパートナーとして、私には知る権利がある筈です!」

「……やはり、この先は私とヒイロの二人だけの秘密にしましょう。そう、私とヒイロの、二人だけの秘密です」

「すまん、俺、今から旅に出るわ!」

 

 騒ぐ明星と飛鳥馬の前で爽やかな笑みを浮かべた俺は、海へと身を翻し、静止する声を振り切って駆け出した。

 

 誰かが呟いた、遠い未知の世界へ想いを馳せる言葉。

 

『遥か空の向こうには、何があるんだろう……』

 

 そんな透き通った想いを抱いて、俺は蒼い水平線の向こうを目指し砂浜を駆ける。

 

「ちょっ、ヒイロ?!」

「ふふっ、元気ですね~」

「アリスもヒイロに付いて行きます!」

「アリスちゃん!? い、行っちゃった……え、えっと……そもそもアリスちゃんって、泳げましたっけ……?」

「もしもの為に用意した、自律型PTボート君の出番みたいね」

「会長って、味方になると頼りになるね! 意外といい人?」

「そ、そうかしら……?」

 

 水鉄砲に興じていた少女たちの喧騒も気にせず、俺は単身大海原に立ち向かった。

 

「おいおい、ヒーロ君! 一体全体、何処に行くつもりなんだい?!」

 

 砂浜から浅瀬へ。水飛沫の只中で、宙に浮く魔人が俺を引き留めようと叫ぶ。

 

「海の向こうを目指したって、君の求める百合は無いぞ!!」

「はっ、魔人、覚えておけ。百合ってのはなァ!」

 

 襲い来る波も掻き分け、ひた向きな情熱(パトス)を胸に水平線の向こうを目指す。

 

「間に挟まる男が居なければ成立するんだよォ!!」

 

 それは栄光への脱出。遥か海を越えた黄金の新世界を目指す旅路。

 

 その身一つ、バタフライで母なる海を掻き分け、このキヴォトスに偉大なる航路(グランド・ライン)を開拓する、そう俺は意気込んで──

 

 ──道半ばで体力を使い切り、海面で漂っていたところを追いかけて来たボートに回収された。

 

「アリスは感動しました! 一人で広大な海に挑む姿は、まさに勇者のようでした!」

「……」

「えへへ、あの世界でも、敵に向かって飛び出していくヒイロの背中はカッコよかったです。今でも、アリスは偶に思い出します」

 

 力なく、ぼーっと何処までも透き通った蒼穹を見つめながら俺は仰向けに寝転がり、ボートに引き上げてくれたアリスは嬉しそうに話す。

 

 元気な彼女を俺は見ながら──まあ、百合はともかく、守れたものがあるなら、それで良しとするか。

 

「なぁ、あれからケイがまた接触して来たりしたか?」

「……アリスも、ケイとは会えていません」

 

 目を瞑って、アリスは手を胸の前に置く。

 

 しかしそれも数秒の内で、身を乗り出すと、俺の顔を照らしていた日光を遮って笑う。

 

「でも、きっと、ケイはアリスの中から見守ってくれています。だから、ちゃんとケイが存在理由を見つけられるように、アリスも色々な場所に冒険に出かけて、色々な景色を見せてあげたいです」

 

 キラキラと輝く笑顔に、俺は口端を曲げる。

 

「まぁ、そうだな……」

 

 海の上、波に揺られながら空を仰いで、俺は微笑む。

 

 少なくとも、『名もなき神々の王女』として生まれた少女は、今は立派な『見習い勇者』で……キヴォトスを終焉へ導くことはもう無いだろう。

 

「いつかまた、話せたら良いな」

「はい! その時はヒイロも一緒です!」

 

 手にした平穏を乗せて、ボートは浜辺へと滑っていった。

 

 

 

 

 

 

 




 この話で本当のミレニアム編完結と言った方が正しいかもしれません。ここまで読んでいただきありがとうございました。
 あとは閑話を挟んで次の章に移るつもりですが、次の更新はそれなりに遅くなるかもしれません。
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