透き通るような世界で俺がやるべき唯一のこと   作:THE TOWER XVI

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閑話:ある日の救出劇と大雨警報

 この世界(キヴォトス)において、『先生』という代名詞は特定の一人を指すことが多い。

 

 失踪した連邦生徒会長が遺した連邦捜査部S.C.H.A.L.E.(シャーレ)の顧問であり、俺と同じくヘイローを持たない、この世界の外から来た大人。

 

 連邦捜査部S.C.H.A.L.E.自体が独立した『部活』であり、他の学園を超えた権限を有するという時点で、訳アリも訳アリだ。

 

 俺個人の願望を込みで、この世界は先生を主人公とした百合ハーレムゲー説を推していきたいが……それはともかく、彼女が巻き込まれ体質なのは確かだ。

 

 ビーチ対策のために加わった、新たな協力者ことデカグラマトンから連絡が来たかと思えば、先生が誘拐されたとか。

 

 以前のようにセミナーの仕事を手伝っていた俺は、適当に誤魔化して抜け出すと、デカグラマトンが何処からか持ってきたバイクに跨り現場に向かっていた。

 

「三条ヒイロ、目の前の建物だ。突入するぞ」

「ああ、ぶちかませ!」

 

 引き金(トリガー)導体(コンソール)接続──強化投影(テネブラエ)を施し、1000cc(リッター)級のスーパー(S)スポーツ(S)バイクをこれでもかと補強して──車体が空高く跳ね上がる。

 

 神聖十文字(デカグラマトン)による人間離れした制御技術を披露しながら、バイクは廃墟のトタン屋根を突き破り、後輪から着地した。

 

「上から来たぞ?!」

「な、何者だ!」

 

 ねじ曲がった金属板が床から壁へと跳ねて不協和音を奏でる中、驚愕する細身のオートマタ達が視界に入る。

 

「悪いな、百合色の未来のために、先生は返してもらうぜ」

 

 引き金(トリガー)十二の生成(トゥエルヴ・クラフト)不可視の矢(ニル・アロウ)──経路眼前構築(レール・アクティブ)ッ!

 

 視界を経路線(レール)が埋め尽くし、蒼白い火花を散らして、見えない魔力の塊が生成(クラフト)された管を滑る。

 

 着弾直前に矢の形を取り戻し、破砕音をぶち撒けて眼前の敵を吹き飛ばした。

 

「三条ヒイロ、ドローンによる他のエリアの掃討も完了した。残るはこの先の部屋のみであり……先生はそこにいる。

 残念ながら、かの者の端末は貴様の魔術同様、不可解なものらしい。しかし、掌握できずとも座標を知覚する程度は可能」

「了解、んじゃ、さくっと助けに行くか!」

 

 気を失ったオートマタたちを置いて、バイクを走らせた俺たちはそのまま薄い隔壁に突入する。

 

「一体、なんの騒ぎ──ガッ?!」

「ひ、ヒイロ?!」

 

 車体の向きを変えながらスライドブレーキ。棒立ちの先生の前、二本のタイヤ跡を曳いて大型バイクが停止する。

 

 デカグラマトンの神業のような演算の元、吹き飛んだ瓦礫は主犯格と思しきオートマタを狙いすましたかのように直撃した。

 

「助けに来ましたが……案外大丈夫そうな感じですか?」

「あっ、うん、助かったよ。ありがとう」

 

 特に縛られるわけでもなく、普通に立っている先生を見て俺は呟く。

 

 先生は微笑むと、オートマタが落とした端末を拾った。

 

「おかげであの子たちを和牛ステーキ弁当で釣らずに済んだよ。でも、ヒイロはどうしてここが分かったの?」

「最近、いい出会いがありまして。俺に憑いていた悪霊とはレベチに有能な協力者がいるので」

「完全無欠な協力者こと神だ。先生、貴様の持つタブレットも気になるが……その時にはこちらから会おう」

「えっ、神……??」

「ああ、私が『絶対的存在』だ。いずれ貴様も私の神性を知ることになるだろう」

「な、なんというか……すごい個性的な子と友達なんだね」

 

 俺の端末から話しかけてくるデカグラマトンの物言いに、先生が半分感心したようにささやく。

 

 雑談もそこそこに、デカグラマトンと帰る方法を相談しようとしたところで、瓦礫と一緒に吹き飛ばされ気を失っていたオートマタがちょうど意識を取り戻した。

 

「ま、待ちなさい、そこの無礼な少年! なんてことをしてくれたんだ! おかげで私たちの家が滅茶苦茶じゃないか?!」

 

 大げさに嘆くように、布を(まと)ったオートマタは叫ぶ。

 

「これだから所有に囚われた凡人は! 実に凶悪極まりない!」

「えっと、誰?」

「なんだっけ、デカ……デカ……」

「わ、私の名前を憶えていない?! 私は真の幸せを追求する都市の求道者、『所有せずとも確かな幸せを探す集い』、略して『所確幸』のデカルトです!」

「……ちなみに、この誘拐の犯行理由は?」

「話せば長くなりますが──」

「コンビニの廃棄弁当が原因みたい。公園にいる子たちが持って行っちゃったせいで、食べられなくなったみたいで……」

「何が『所確幸』だ! ただの乞食じゃねぇか!」

「う、うるさい! これは真理の探究だ! 実際、理念に賛同して多くの同志たちが……」

「仲間と思しき者は逃げたようだな。とっくに私たち以外この廃墟には居ないぞ」

 

 無慈悲なデカグラマトンの言葉に、デカルトは誰もいない破壊された壁の向こうを見て、無言で眉尻を下げる。

 

 振り返った哀愁を帯びたオートマタと見つめ合う。

 

 ただ、先生の興味はとっくにデカルトから外れているのか、俺の乗っているスーパースポーツバイクを見て、ソワソワとしながら口を開いた。

 

「ね、ねぇ、後ろに乗ってもいいかな?」

「乗ってみたいなら代わりますよ。これ神が操縦してくれますし」

「あっ、いや、それはヒイロに悪いし! むしろ私は後ろがいいというか!」

 

 少々挙動不審な先生は、いつもよりもオーバーな身振り手振りで俺の提案を退ける。

 

 デカルトが気持ちを切り替えて口を開く頃には、後ろに乗りたい先生と百合を護りたい俺の攻防が始まっていた。

 

「……この際ですし、あなた方も『所確幸』に参加されませんか? さあ所有物を手放し、共に精神の在り処を──」

「ちょっと、せ、先生?! 別に頼めばもう一台用意できるって!」

「大丈夫だから! こっちの方が効率もいいし、用意するのも時間がかかるだろうからね?」

「その通りだ、三条ヒイロ。我々の作戦立案の時間は有限だ。帰りも最短経路でいくぞ。先生、貴様もしっかりつかまっておいたほうが良いだろう」

「そ、そうだよね! じゃあ、失礼して……」

「お、おい! 何やってんだ、神ィ!!」

 

 効率しか頭にないデカグラマトンの罠に嵌り、二人乗りスタイルを強制された俺は叫ぶ。

 

 先生も先生で乗り気で俺の腹部に手をまわし、服越しに感じる人肌の温もりに俺は焦燥を覚える。かといって、今俺が無理に下りれば先生が危険だ……ま、まさか、詰んでいる?!

 

「ヒイロって見た目の割に鍛えてるよね……って、あっ、ごめん、つい安心して……いつも、ありがとね

「び、ビーチに行く以前に、百合が損なわれてる気がするぅ!」

 

 後ろから抱き締めるように密着した上に、普段と異なる声音で呟く先生に、俺は恐怖に震えながら慄いた。

 

 しかし、自分の神性の証明にしか興味がない戦犯が気にするわけもなく。

 

「三条ヒイロ、私の完全無欠なる操縦テクニックを見るが良い!」

 

 すっかり青褪めた俺を余所に、デカグラマトンはバイクを起動。

 

「やはり、所有は心の目を見えなくし、人を凶悪にする……」

 

 勧誘を無視されたまま呟くデカルトを置いて、圧倒的な加速とともに、俺たちは帰路についた。

 

 

 

 

 

 その数日後。一機と一人(+寄生虫にして組織内の反乱分子一柱)で構成されたビーチ対策本部は、再び緊急百合見守り会を実施していた。

 

「三条ヒイロ、今日は貴様の部屋で作戦を考えるのではなかったのか?」

「だってこの大雨だぜ。流石に心配だろ」

「いやはや、ヒイロ君は心配性だからね」

 

 訳知り顔で、玩具の煙草を光らせる魔人は無視する。

 

 合羽を着て建物の上に陣取っていた俺は、公園に双眼鏡を向けた。

 

 豪雨の中、出て行った先生をこっそりつけた先の公園。

 

 倒れたテントや土砂にまみれたシートの前で、少女たちが呆然と立っている。

 

 そのうち一人、白髪の少女が排水路の土砂をシャベルで掻き出し始めて、一言二言交わすと雨に濡れるのも気にせず先生も手伝いだした。

 

 諦めかけていたように見えた少女たちも、二人の姿を見て、やがてシャベルを手に取って動き始める。

 

「ふむ、彼女たちは以前からSRT学園の廃校に対する抗議活動のために居座っているそうだな。私の神性を持ってすれば、大雨程度ものともしない要塞を一夜で築くこともできるが」

「公園は建物を建てるための空き地じゃないからね……? それに俺たちが解決しちまったら、何の意味も無いだろ」

「なんだい、いつものように困っている女の子を颯爽と助けに行かないのかい?」

 

 ニヤニヤと笑う魔人に呆れた視線を送って、俺はため息をつく。

 

「誰が静謐にして尊い百合畑に土足で踏み入るんだよ。どう見ても、お互いの心の距離が縮まる至高の場面じゃねぇか」

 

 黙々と作業をする彼女たちに、やはり先生こそが、俺の理想郷(エデン)を実現してくれる人だと再認識する。

 

 目の前で展開されているドラマに、男が己の欲望のままに近づこうものなら、全力で始末しに行って生まれて来たことを後悔させてやる所存だ。

 

 双眼鏡で近くに他の脅威がないか確認しながら、俺は零す。

 

「ま、俺たちは陰でコソコソしながら、舞台の裏側を務めるぐらいで良いんだよ」

「僕としては君は、スポットライトを浴びながら女の子に挟まれてこそ輝くと思うのだが……」

「黙れ異端者。

 で、あの公園の被害を軽減する方法ない?」

 

 アルスハリヤを一喝した俺は、デカグラマトンに尋ねる。

 

「私は確かに貴様に協力しているが、飽く迄もビーチについてだぞ」

「いや、ごめん。神の凄い所見て見たいって思ったけど、そうだよな、流石に天候相手じゃいくら絶対的存在と言っても──」

「良かろう。私の神性を知らしめよう」

「(この神、チョロすぎんだろ)」

「豪雨による被害の多くはその水量に起因する。十分な排水能力さえあれば、雨水による土砂の運搬や浸食も問題とならない」

 

 そう言うと、明らかに公道を走っていいのか疑問な建設機械たちが、大雨で人気のない通りに侵入してくる。

 

「付近の建設現場は休業中のようだからな。借りさせてもらおう。タイミング良く、カイザーコンストラクションとやらがこの地域に装備を持ち込んでいたおかげで、生産の手間を省けたな」

「ルール無用な借用と運用行為はともかく、カラーリングが白と黄色のお前仕様なのは、いつの間に? 塗る時間とかあったか?」

「私は絶対的存在だぞ。表面の塗装程度いくらでも操作できる」

 

 この世界の神秘みたいな摩訶不思議現象の類かと納得して、双眼鏡を構える。

 

 突如現れ、黙って協力してくる機械たちに呆気にとられるも、別に害がないと判断したのか先生たちは作業に戻った。

 

 ショベルカーやらが即席の水路を作ったり土砂を戻したりする中、さらなる被害が発生することもなく、やがて雨も上がる。

 

 履帯の跡だけ残して建設機械も撤収し、心なしか打ち解けた先生と少女たちを、雨雲の隙間から覗いた陽光が照らした。

 

 お礼を言っているのか、頭を下げる彼女たちに、先生も微笑んで──俺は百合の芽生えを確信した。

 

 満面の笑みと共に双眼鏡を仕舞うと、魔力線での強化に任せて屋上から飛び降りる。

 

「サンキュー、デカグラマトン。糞の役にも立たない魔人をリストラして超有能な神と組んだ甲斐があったぜ」

「おい、ヒーロ君、精神世界で何度も僕の名前を叫んでいた君は何処に行ったんだ?」

「とりあえずサクッと、先生が一人になったところを迎えに行こうぜ。勿論、バイクはあの悲劇を繰り返さないために無しで頼む」

「本当にこの僕を無視するつもりか……?」

 

 胡散臭い笑みを引っ込めて、俺を窺う魔人を放置して俺は足を進める。

 

 機械の目からは逃れられないと豪語していただけあって、監視カメラ等のデータを介して先生をマークしているデカグラマトンは、理想的なタイミングでの接触を導いてくれた。

 

 角から偶然を装って先生の前に飛び出すと、朗らかに笑いかける。

 

「あれ、先生? 奇遇っすね」

「あっ、ヒイロ」

「また何かに巻き込まれたんですか? 良かったらこのタオルをどうぞ。そのままだと風邪を引きますよ」

 

 驚く先生に、さっと百合布教用空間(パーソナル・スペース)からタオルを取り出し、押し付けた。

 

「ありがとう……ちなみに、これヒイロの──」

「完全なる新品であり、そんなふうに鼻に押し当てて吸ったところで、出荷元の工場でパックされた産地直送の匂いだけなのでそれだけは覚えて帰ってください」

「そ、そっか……ご、ごめんね? つい癖で」

 

 手慣れたように匂いを嗅ごうとする先生に、百合保護法に則り適切な配慮が為されていることを俺は早口で捲し立てる。

 

 いや、そもそも癖ってなんだ……? まさか他の生徒相手にも嗅ぎに行っているのか……? 先生が大人というのもあって、百合と表現するには一線を越えてただの変態な気もするが……ちょ、ちょっとこれ以上考えても不毛だな。

 

 俺は脱線しかけた思考を中断する。

 

 そして髪の水分を拭い終えた時を見計らって、来る途中で購入した缶コーヒーを差し出した。

 

「あと、これもどうぞ。缶コーヒーですが、冷えた身体には温かいモノがいいですからね」

 

 タオルを頭にかけたまま、先生は両手で熱を持つ缶を受け取る。

 

 ちなみに前世(エスコ)では、スコア0の俺は自販機からドクター◯ッパーしか買えなかったが、キヴォトスではその縛りから解放されている。

 

 もしここがエスコだったら、危うくドク◯ーペッパー(ホット)を先生の好みに関わらず飲ませることになるところだったな……。

 

「ヒイロには、ここに来てからずっと助けられてるね……実はあの機械もヒイロが裏で手を回してたりして」

「まさか。俺は天才ハッカーでもないですから、あんな芸当できませんよ」

「そっか、それもそうだね」

 

 先生は呟いて、二人で並んで歩き出す。

 

 ふと俺は思い至って、口を開いた。

 

「……ちなみに、今度ビーチとか誘ったら来ます?」

「えっ……そ、それって……」

 

 今日再認識したが、先生の百合戦闘力は億越えだ……上手くいけば先生の百合ハーレムでビーチを地獄(ヘル)から天国(エデン)へ塗り替えることだって……! おいおいおい、我ながら禍を転じて福と為す最強の策じゃねぇか……?! 後でデカグラマトンとも相談しないと……!

 

「ま、まあ、先生として生徒の頼みは断れないからね、ヒイロのお願いなら──」

「アリスとかゲーム開発部のみんなも来ますし。いやー、先生が居れば百人力ですから。そうだ、なんなら俺の代わりに行ってくれても!」

「……そっか、そっか、そういえばヒイロはいろんな所で女の子と仲良くしてるもんね」

「先生?」

「私はあの子たちの様子を見ないといけないからね。私のことは気にせず、生徒同士で仲良くすればいいんじゃないかな」

「先生……?!」

 

 歩くペースを上げてずんずん先に進む先生を俺は慌てながら追いかけて、先生は途中で足を緩めて笑う。

 

「ごめんね、ちょっとした冗談。どっちにしても、今は難しいかな。まだあの子たちの問題は終わってないから」

「それもそうですね……まぁ、俺には強力な助っ人が居るので気にしないでください。先生が居なくても何とか俺の理想を掴んで見せます」

「な、なんだか、ビーチじゃなくて戦場に赴くような気概だね……?」

「いえ、ビーチとは戦場です。この覚めない夢を見続けるための関ケ原にして分水嶺。百合を護るための最終防衛ライン。突破されたが最後、俺は百合IQ180を名乗れなくなる……!」

 

 真剣な眼差しで遠くを見据える俺を先生はチラリと見て、片手でポンポンと頭を叩いて来た。

 

「ヒイロなら大丈夫だよ。ヒイロに助けられている私が保証する」

「別に大したことはしてないと思いますよ……?」

「この前とか、バイクに乗ってカッコよく助けに来てくれたのに?」

「あのバイクの制御してたの、自称神であって俺じゃないですよ?」

「だとしてもだよ。他にも、シャーレで毛布とか掛けてくれてるの、ヒイロでしょ。それに、今もこうやって来てくれたからね。だから、ありがとう」

 

 先生の綺麗な笑みに一瞬呆気にとられて、俺は気恥ずかしさを誤魔化すように後頭部を掻きながら目を逸らす。

 

「まあ、これも俺の目的のための一種の投資なので」

「ふふっ……なら、そういうことにしておくね」

 

 どこか嬉しそうな先生と肩を並べ、俺は雨上がりの道をシャーレへと歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 




でもこの後ビーチで完全敗北するんだよね……。
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