透き通るような世界で俺がやるべき唯一のこと   作:THE TOWER XVI

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閑話:神の休日

「俺、レンタル彼女はもちろん、レンタルドローンとかレンタル神様とかも申し込んだ記憶ないんだけど」

 

 連邦生徒会の権力が及ばない無法地帯にして兵器の違法取引が横行する闇市、その名もブラックマーケット。

 

 その入り口で、俺は隣で浮遊する白いドローン、ビーチ以来の存在に疑問を投げかける。

 

「時に人は精神を肉体の上位に置きがちだが、私に言わせれば肉体を通して存在は世界を観測し定義する。

 つまり、むしろ意識は肉体によって規定され──」

OK(オーケー)、デカグラマトン! Hey(ヘイ)、デカグラマトン! 三行でまとめて」

「観測なしに我々は語る事象を持ち得ない。この端末(からだ)でもって貴様たち人間の世界を識るのも一興といったところか……」

 

 ただ暇を持て余しているだけの話を、さも高尚なことのように言葉で飾り付けて、神聖十文字(デカグラマトン)がつぶやく。

 

 空を仰ぎながら自分に酔うドローンを俺は見つめて、視界の端に魔人の殴りたくなるニコニコ顔が生えて来た。

 

「なに、相手はこの世界でも屈指の能力を持つ超常存在だ。仲良くするに越したことはないさ」

「……ぶっちゃけ、この場で一番怪しいのはお前だけどな」

「おいおい、こんな無害で善良な幼女になんてこと言うんだい」

 

 芝居がかったように魔人は驚くと、すぐに目を閉じ、玩具の煙草片手に紫煙を吐く。

 

「安心したまえ。有言実行、初志貫徹。あの時吐いた台詞は覚えているさ。宣言通り、僕が君を幸せにしてあげようじゃないか」

 

 ムカつく顔面に正拳突きを叩き込んで、俺は吹き飛ぶアルスハリヤを見送った。

 

 不本意ながら、この世界に来て以来の付き合いだ。奴が考えている事なんてお見通しだ。

 

 どうせ、また俺が寝てる間にしょうもない小細工でもしたんだろうが……残念、今俺のいるブラックマーケットはキヴォトスの闇に近い危険地帯。ここなら俺の知人と出会う確率は限りなく低い……!

 

 まぁ、所詮は魔人。俺が今日この日、先生の出張でシャーレも休みで、セミナーの予定もない完璧な休日に、なぜこの場所を選んだのかすら理解していないのだろう。

 

 結局リスポーンすることも無く姿を消した哀れな魔人から意識を外し、ドローンの光学レンズと目が合う。

 

「それで、三条ヒイロ。貴様はこれからどうするのだ」

「いや、さっき動機は聞いたけど、それはそれとして神は暇なの?」

「神性の証明であれば既に託してある。それも貴様が示した可能性だが……一方で、私は私で知識ではなく経験でもって、この世界を知る必要があると判断しただけのこと」

 

 すでにお仲間気分のドローンを前に、俺は少し思考にふける。

 

 壊滅的な結果はともかく、ビーチで手伝ってくれたのは事実。そして、神性の証明を諦めてないとしても、別に百合の邪魔をしないなら、気にすることでもないか。

 

 未曾有の脅威と呼ばれようが、この場に居るのは世間を知りたがっている、何だかんだ借りのあるAIに過ぎない。

 

「ま、今日は冷やかし半分、良さげな消耗品の調達と百合ウォッチ兼ガードに勤しもうかなと」

「私も同行しよう」

「別に面白い物も無いと思うけどな」

 

 そうして、色々見ては所感やら哲学的な話を展開するデカグラマトンの言葉を左から右へと聞き流しつつ、俺はブラックマーケットの道を歩く。

 

 人間の男は珍しいのか視線も感じるが、それは別にブラックマーケットに限った話でもない。

 

 カツアゲに襲われることも無く、襲われている百合を見かけることもなく、今のところは平和に俺たちは店から店へと冷やかしていた。

 

「運気が上がるブレスレット……実物を解析しても単なる鉱石だな。土台となる原理にも乏しければ、実証すら怪しい不確実な妄想といったところか。こんなものが人間の間で信じられているとは……やはり私が──」

「いや、流石にこれに引っ掛かる人間はそういない……いないよな?」

「ならばよいが……ふむ」

 

 ふと立ち止まったドローンに俺は振り返る。

 

「なんだ、お前もそれ欲しくなったか?

 まあ、見た目は一般的なパワーストーンブレスレットだし、冠みたいに頭にでも掛ければ神っぽくなるかもな。原始人に祀られてそうなタイプの」

「褒め言葉として受け取っておこう。しかし、外観という主体の認識に依存する相対的な事象でもって、証明される神性などたかが知れる。

 それに三条ヒイロ、私が足を止めたのはその石ころのことではない。確か貴様は百合が大事だと言っていたな。近くで追いかけられている少女がいるぞ」

「神、お前……なんだかんだいい奴だよな」

 

 あのビーチで別れてから、それなりの時間が経っていたため忘れていたが……デカグラマトンの情報収集能力はチートじみたものがあった。

 

 その上、それを本人は呼吸のように行うため、街頭で配られるティッシュのごとく気軽に恵んでくれる訳だが……。

 

「なに、この程度、私の神性を持ってすれば造作もない」

「いや、でも先生が誘拐された時も助かったしな。ビーチの作戦は上手くいかなかったが、やっぱお前が居ると心強いぜ」

「……やはり貴様は不可解だな」

 

 そうして、店を飛び出した俺はデカグラマトンに先導してもらった。

 

 

 

 

 

 銃声と怒号。

 

 音を辿って、駆ける少女の前に俺は飛び出す。

 

「そ、そこどいてくださいー!」

 

 慌てて叫ぶ少女に、一歩横にずれて避ける。

 

「ヘイ、ガール? 勝手に首突っ込んでもいいかな? いいよね?」

「わわわ……えっ? えっ?」

 

 満面の笑みで避けた俺の横を、彼女は困惑しながら通り過ぎて、俺は遅れてやってきた不良に対峙する。

 

「なんだテメェ?! 今すぐそこを退きやがれ!」

「そうだそうだ! それともお前が代わりに捕まってくれるってか?」

「……それ、捕まえてどうするんだ?」

 

 俺は九鬼正宗の引き金(トリガー)に指を掛けて、問う。

 

「なにって、そりゃ身代金だよ。あの服装はトリニティのお嬢様って知ってんだぜ」

「拉致って交渉! そらもうガッポガポよ! さくっと大金稼いで、プリンを毎日食べてやるぜ!」

「あー……身代金なら、前世スコア0(ゼロ)の俺じゃ代わりになれねぇな……じゃ、恋バナでもどう?」

「こ、恋バナか……って誰がするかよ! 下らない時間稼ぎしてんじゃねぇぞ!!」

「すまんすまん、先にこっちを聞くべきだったな。ちなみに、好きな女の子とか──」

 

 ノーモーション。

 

 発言の途中で引き金(トリガー)を引いた俺は、既に敷いていた経路線(レール)に乗せて、不可視の矢(ニル・アロウ)を放つ。

 

 前の二人が吹き飛んで、残された一人が銃を向けて叫ぶ。

 

「ひ、卑怯だぞ!」

「悪いな。俺って、好感度下げたいタイプの男なんで」

 

 相対する彼女に人差し指と中指を向けて──鋭く空気を裂く音──俺が引き金を引く前に、彼女は額に狙撃を受けて倒れた。

 

 振り返るが、それらしい影は居ない。

 

「……今の、神か?」

「否。今の私は傍観者に過ぎない」

 

 空から降りてきたドローンに話しかけるが、否定される。

 

 だとしたら、誰が……いや、そういえばデカグラマトンとのファーストコンタクトの場所、あの廃工場を出た時にも似たようなことがあったような……。

 

 そこまで考えて、掛けられた声に俺は思考を中断する。

 

「あ、ありがとうございました! 助かりました!」

 

 逃げずに戻って来た少女が頭を下げて、明るいベージュ色のつむじが目に入る。

 

 彼女は顔を上げて。

 

「えっと……」

「ああ、俺の名は山田タロウ」

 

 前髪を掻き上げ、俺は堂々と偽名を名乗る。

 

「最近、図書委員とヤンキー少女のカップリングを好んでいるしがない百合の守護者さ。かなり口の悪いヤンキー少女が、図書委員の前では借りてきた猫のように大人しくなるやつが大好物。あと、こっちは──」

「私が神だ」

「あ、あはは……私は阿慈谷(あじたに)ヒフミです。山田さんがいなかったら、学園に迷惑をかけちゃうところでした……。

 それに、こっそり抜け出してきたので、こんなところに居たことがばれたら……あうう……想像しただけでも……」

 

 神を名乗るドローンをスルーして、阿慈谷は顔を若干青くする。

 

 確かに、先程トリニティの学生だとかで狙われていたことの裏を返せば、このブラックマーケットにおいてそれだけレアな存在とも言える。

 

 そして、トリニティと言えば、ゲヘナ、ミレニアムに並ぶキヴォトス三大学園の一つであり、お嬢様学校。

 

 そう、お嬢様学校だ。

 

「なあ、さっきトリニティって言ってたけど、わざわざこんなところに何か用でもあったのか? あと、もしかして先輩のことをお姉様って呼ぶ文化とかある?」

「え、えっ? そ、そんな文化は聞いたこともないですね」

「じゃあ、先輩と後輩で二人でペアを組む風習は……?」

「それもなかったと思いますが……?」

「そうか、そうか……」

「だ、大丈夫ですか……?」

 

 欲望にまみれた予想が当たらず、沈黙した愚者を、阿慈谷は心優しくも心配してくれた。

 

 くっ、お嬢様学校だからと言って、そう都合よく素晴らしき百合ルールは施行されてないか……無念。

 

 いや、でもきっと百合が咲き乱れる生徒会とかはあるに違いない。だって、お嬢様学校だぞ……ッ!!

 

「そんなことよりも、小娘。貴様がここに居る理由は何だ」

「百合をそんなことだと……?! 何言ってんだ神ィ!」

「あはは……私は、その、探し物がありまして……。もう販売されていない物なのですが、ここなら密かに取引されているらしくて……」

「というと、その可愛い見た目に寄らず、なんか物騒な物でも──」

「い、いいえ、違いますよ! 私が探しているのはペロロ様の限定グッズなんです! ちょっと待ってください……はい、これです!」

 

 そう言って見せてくれたのは、チョコミントアイスを口に突っ込まれて窒息死寸前の鶏のマスコットキャラ。

 

「ペロロ様とアイス屋さんがコラボした、限定のぬいぐるみ! 限定生産で100体しか作られていないグッズなんですよ。ね、可愛いでしょう?」

 

 よっぽど好きなのか、目を輝かせて熱く語る阿慈谷。

 

「……人間の美的感性は分からぬな」

「そんな! ペロロ様の可愛さが理解できないなんて、人生の九割、いや十割を損しているといっても過言ではありません!」

「まあまあ、兎に角その素敵なぬいぐるみを買いに来たら、絡まれて追いかけられてたってことか」

「その、はい……そういうことです……。と、ところで! 山田さんたちは、どうしてこちらに?」

「俺達と言うか、俺は──」

 

 言いかけた俺の言葉を、銃声が遮る。

 

「いたぞ! あいつらだ!!」

「さっきはよくもやってくれたな! 三人でダメなら六人、六人でダメなら十二人! 数の暴力で袋叩きだ!!」

「わわわ、山田さん! ま、まずいことに……!」

 

 俺達を挟むように現れたチンピラに、阿慈谷が慌てて、俺はニヤリと口端を曲げる。

 

「──まぁ、俺以上の愚か者から、百合の芽を守る為に来たってところだな」

 

 九鬼正宗の柄を抑えながら、俺は不良達の方へ足を進める。

 

 これ見よがしに手をかけた刀をブラフに。

 

 再び、不可視の矢(ニル・アロウ)(つが)えようとして。

 

「いててっ」

「うぎゃっ」

「な、なんだぁ?! へぶっ」

 

 また、先程のように見えない誰かからヘッドショットを喰らって不良達は昏倒。僅かな生き残りも仲間を引き摺って撤退する。

 

「金髪の男……そうか、お前! あの無手の賞金稼ぎか! くっそ、覚えてろー! あいたっ! す、すみません! やっぱり忘れてください!!」

「……これ本当に神じゃない?」

「違うぞ」

「……よ、良く分かりませんが、山田さんのおかげってことで、いいのでしょうか……?」

 

 阿慈谷は首を傾げた後、気を取り直すように路地を指さす。

 

「と、とにかく、早くこの場から離れましょう! ブラックマーケットで騒ぎを起こすと、ここを管理している治安機関に見つかってしまうかもしれません! そうなったら、本当に大ごとです……」

「阿慈谷って結構詳しいんだな、ブラックマーケットに」

「あはは……ペロロ様のグッズを手に入れるためによく来ているので……」

 

 阿慈谷は苦笑して、近づいてきたドローンからデカグラマトンが呼びかけてくる。

 

「おい、三条ヒイ──」

「あぁぁあああ! あめんぼあかいなアイウエオ!! なんだか、急に発声練習をしたくなっちゃったなぁ!!」

「わっ、えっ、えっ!?」

 

 ナチュラルに俺の本当の名前を呼び掛けたポンコツに、俺は大声で誤魔化す。

 

 飛んでいるドローンに九鬼正宗の鞘を打ちつけて叩き落とすと、その機体を掴んだ。

 

 背を向けて、阿慈谷に聞こえないように小声で怒鳴る。

 

「おい、今の俺は山田タロウだ。察しろこのポンコツ」

「なっ、絶対的存在に向かって、よりにもよってポンコツだと?! 私は空気を『読めない』のではない! 人間の都合など『読まない』だけだ!!」

「そっちの方が最悪じゃねぇか!」

 

 俺は叫ぶと、一呼吸おいて平静を取り戻す。

 

「まあ、神の唯我独尊は今に始まったことじゃないからいいや。それよりも、何だよ」

「三条ヒイロ、この区画に先生と生徒が踏み入れたぞ」

「……先生が?」

「ネフティスの令嬢と……アビドス高等学校の生徒か。いや、もう一人、遠隔での支援者も……」

 

 呟くデカグラマトンの前で、俺は急いで記憶を掘り起こす。

 

 確かに、先生の出張先はアビドスだったが、何故、それがブラックマーケットに来てるんだ? まさか、あいつの仕業か?!

 

 視界に入ってきた魔人を睨むが、アルスハリヤは肩を竦めてニヤニヤと惚ける。

 

「全くもって見当違いだね。この件に関しては、僕は何もしていないぞ?」

「……」

「やれやれ、まるで僕が狼少年みたいじゃないか」

 

 ダメだ。現状こいつが嘘を吐いているかどうかを確かめる術はない。

 

 それに、今考えるべきは既に起きたことの理由ではなく、これから先の行動だ。なぜブラックマーケットに来たかなんて、後で先生にでも聞けばいい。

 

 所在なさげにしていた阿慈谷に振り返ると、俺は笑う。

 

「ちょっと急用が入って、ここでお別れみたいだ。丁度先生が来てるみたいだから、たぶん会えば助けてくれるぜ」

「えっ、先生というと、あの、シャーレの……? 山田さんは、お知り合いなんですか?」

「ああ。生粋のお人好しだから、悪いことにはならないさ。代わりに必要そうだったら、ブラックマーケットの案内とかしてあげてくれ」

「なるほど……わ、わかりました! 任せてください。その、えっと……さっきは助かりました!」

 

 頭を下げる阿慈谷に俺は微笑むと、ドローンの方を見やる。

 

「場所は……神が教えてやれない?」

「何故私が……」

「神の力を知らない人間に、神性の証明チャンス」

「……小娘よ、端末を出せ。神が導いてやろう」

 

 阿慈谷がスマホを出して、そこに表示されたナビゲーションマップに驚愕する。

 

「あわわ、ど、どうやったんですかこれ?! こ、こんなこと出来るなんて……」

「ふっ、これが私の神性だ」

「あ、そうだ。俺たちのことは先生たちには黙っといてくれ! じゃ、あのぬいぐるみ、見つかるといいな!」

「は、はい!」

 

 

 

 

 

 そうして、阿慈谷と別れた俺はブラックマーケットを出て、シャーレ付近のD.U.地区でいつもの百合保護活動に勤しんだ。

 

 帰路。まるで見ているかのような狐坂からの連絡を受けながら、頼まれたおつかいだけ済ませた後。

 

 本当に暇なだけだったのか、今日一日中ついて来たデカグラマトンが背を向けて、別れを告げてくる。

 

「三条ヒイロ、また会おう」

「ああ……」

 

 その後ろ姿に、当時は物言わぬ敵として倒した機械仕掛けの大蛇を思い出す。

 

「……そういえば、俺が壊したあのでかい蛇って」

 

 俺は何となく気になっていたことを言いかけて。

 

「いや、なんでもない。借りもあるし、暇なときはまた付き合ってやるよ」

 

 途中で辞めた俺は、片手を上げて踵を返そうとした。

 

 しかし、それは声に止められる。

 

「──舐めるなよ、三条ヒイロ。私は言ったはずだ。必ずや、私は私の神性を証明して見せると」

 

 小さなドローン。

 

 その傲慢にして圧倒的な存在感は、キヴォトス未曾有の脅威と恐れられる超常存在としての風格か。

 

「預言者の一つ、再び福音を授ければ良いだけのこと。むしろ、貴様があの地に空白を作り、目先の富にしがみつく有象無象が雪崩れ込んだおかげで、私は福音を授けるべき新たな存在との邂逅を果たしたのだから」

 

 いつも通り尊大に語るデカグラマトンの言葉に俺は苦笑する。

 

 要するにビナーのことは気にするなと言っているのだろう、そう好意的に解釈した。

 

「確かに、お前相手に余計な気遣いだったな。まあ、今度は人様に迷惑かけないところで頼むぜ? もし百合を損なう気なら、その時はまた邪魔してやるよ」

「ふっ、それで良い。もっとも、私の神性の証明たる預言者たちは、既に私の手を離れている。今の私は、己の存在証明からやり直すために、この身でもってこの世界を識るだけだ」

 

 満足げに言い残して去っていくドローンを見送る。

 

 すっかり赤くなった空の下、俺はシャーレへの帰宅の途に就いた。

 

 居住区の部屋に辿り着き、狐坂が出迎えてくれる。

 

 ただ、いつもよりも頬を上気させて尻尾を振る彼女に、俺は首を傾げて、背後から魔人が肩を震わせて笑いを堪える声が聞こえてくる。

 

「今日は一日中ご一緒できて良かったです。ふふっ、共にする晩餐を想いながら、食材を選ぶあの穏やかなひと時はまさに至福の時……私、あなた様の奥底まで触れられたようで、嬉しくてたまりません」

「う、うん……?」

「ですが、周囲を気にせず騒ぐ羽虫どもに、トリニティの子猫が一匹、厄介ごとにあなた様を巻き込む始末……もちろん、そのような相手にも手を差し伸べるお姿もまた、あなた様の慈愛に満ちた魅力的なところであるのですが……私の心は乱れるばかりです」

 

 感情豊かに語る彼女に、俺は大量の疑問符を浮かべる。

 

 今日は一日中デカグラマトンと居たはずだが……いや、もしかしてあの攻撃も……? スーパーで食材を買う時の連絡も、タイミングが良かったんじゃなくて本当に見てたとすれば……!

 

「もしかして、あの時不良を倒してくれたのは……?」

「うふふっ、ええ、私ですとも! まとめて吹き飛ばそうかとも思いましたが、せっかくのあなた様との時間を五月蠅くさせるわけにはいきませんから。ですので少々小突くだけで目を瞑ったのですが……これもまた、あなた様と一緒だからこその命運のようなものなのでしょうか……ふふっ、だとすれば、仕方ありませんね♡」

 

 しかし、折角来ていたのならもっと近くに来ればよかったのにとは思わないでもない。

 

 百合カップルを見守るために数百メートルのソーシャルディスタンスが必要なのは自明の理だが、狐坂は違うし……いや、むしろ、俺とポジションを入れ替えるべきでは……?

 

 そうだ、俺が数百メートル後ろから監視しつつ、阿慈谷を狐坂が直接助けるのが、どう考えても正規ルートだろ!

 

「……えっと、今度はどうせなら姿を見せてくれよ。その方が、俺的にも百合的にも嬉しいし、なんなら、今度は俺が代わりに見守って──」

 

 俺がそう言うと、狐坂は感極まったようにその唇を震わせる。

 

「あっ、あぁっ……そんな、あなた様からそんな積極的に誘われた上に、守ってやるだなんて! 私を頼っていただいたあの時から燻るこの想いに抑えが……! は、はいっ……で、では……。わ、わわわ私、その時を、た、楽しみにしておりますので……! い、今は失礼します……!!」

「って、ちょっ」

 

 激しく動揺しながら、ドタバタと狐坂が飛び出す。

 

 俺はそれを、唖然としたまま見送った。

 

「流石はヒイロ君だぁ……! 君はいつだって、僕の想像を超えてくれる……!」

「まーた、何かやっちゃいましたかね、アルスハリヤ先生?」

 

 後ろでわざとらしく涙を流し感激する魔人の頭をむんずと掴むと、睨みつける。

 

「おいおい、精々僕は彼女に数行のお誘いメッセージを送っただけさ。確かに僕が1%のきっかけを作ったかもしれないが……誇りたまえ、99%は君の力だ」

 

 目を閉じたアルスハリヤは、ポンと俺の肩を叩いてきて──すかさず腕を取った俺は逆背負い投げを決める。

 

「それをやってるっていうんだよ、クソがァ!」

 

 綺麗に頭から落ちた魔人に、流れるように腹めがけて蹴りを叩き込む。

 

 くの字に折れて吹き飛んだ魔人は、ガラス張りの廊下の壁を透過し、空の彼方に消えていった。

 

 結局、スーパーのビニール袋と共に一人取り残された俺は、狐坂が戻ってくるまで待つことに。

 

 ファウスト率いる『覆面水着団』なる、凶悪な犯罪者集団による銀行強盗が、ブラックマーケットであったなんてニュースを見つつ。

 

 数十分後に戻ってきて大袈裟に謝る狐坂をなだめ、夕食を共にして──

 

 布団の中。

 

 横を見て、いつもよりも物理的に距離が離れている少女の背中。

 

 寝る前にぎこちなく恥ずかしげにしていた彼女を思い返せば、その変化は不吉なものに見えてくる。

 

 俺は暗い天井を見つめて呟く。

 

「俺、百合を守れてなくね……?」

「いまさらか?」

 

 くつくつと嘲笑う魔人の返答と共に、俺の声は夜の暗闇に溶けて行った。

 

 

 

 

 

 

 




 流石にファウストはフラグ立てとかないといけないので回収しときます。
 アビドスの状況は砂嵐無くてわっぴーですが、アビドス砂漠はカイザーとネフティスの小競り合いが起きていますし、ネフティスの回帰に関連して一年以上前にデカグラマトンの預言者(補欠)が現れていますし、借金も残っています。
 あくまで砂嵐が無いだけ未来は感じられますが、依然としてカイザーの問題は残っている感じです。とはいえ、人は徐々に戻って来ていますし、ネフティスが「俺も混ぜてよ」しているので、カイザーの計画は後退気味ですが。
 なので、タイミングはご都合主義と言ってしまえばそれまでですが、諸々の余波で後ろにずれ込んでいると思っていただければ。
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