透き通るような世界で俺がやるべき唯一のこと   作:THE TOWER XVI

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第五章 百合色狂詩曲(ラプソディ)(トリニティ前編)
亡命トリニティ!


 互いの視線がカードの上で交錯する。

 

 残り二枚の手札、その片方に俺は手を伸ばして──微かに上昇した口角。

 

 素早く反対側のカードに切り替え、親指と人差し指、中指でつまむ。

 

 引き抜こうとして、しかし、トランプが持ち主から離れるのを拒むように、プルプルと小刻みに振動した。

 

「おい、メイド! 潔く諦めろ……!」

「……私は、決して、力を込めて妨害するなんて卑怯な行為に手を染めてはいませんが……このままでは埒が明かないので、ヒイロこそ諦めて隣の札にしておくべきです」

「絶対そっちがジョーカーじゃねぇか……!」

 

 お互いにぐぐぐと唸りながら、俺と飛鳥馬は最下位を決める戦いに身を投じていた。

 

 その隣で、開始早々に上がってしまった生塩が、同じく暇になり自身の作業に戻っている調月に話しかける。

 

「普段からこんな風に遊んでいるんですか~?」

「そうね……でも、それなりにヒイロが居ないときもあるから、毎日ではないわ」

「それって、逆に言えば……頻繁に押し掛けているということになりません?」

「……別に、何も問題は無いはずよ。作業の効率に場所は関係ないもの」

 

 ユウカちゃんも大変ですね、なんて意味深に呟く生塩をよそに、俺と飛鳥馬のトランプ綱引きはついに破綻を迎える。

 

 大破したハートのキングが空中を舞う只中で、ひっくり返った俺は床に頭を打ち付けた。

 

「残念ながら無効試合となってしまったようですね。残念ながら」

「ババ抜きの勝敗に命をかけてたりする? おい、キングさんを見て見ろよ、誰かが敗けを認めないせいでこんな無惨な姿になったキングさんをよ!」

 

 俺はキングだったものを拾い上げると、片腕で目を押さえながら涙ながらに叫ぶ。

 

 表情をピクリとも動かさず、反省の欠片も無いメイドにその罪を訴えかけた。

 

「まあまあ、次は何して遊びますか? ついでに王様ゲームを真似て、勝った人が命令できるようにすれば……もっと面白いと思います♪」

「……俺、王様ゲームがラブコメ展開のテンプレって知ってんだ。悪いけど、絶対やらな──」

「でも確率的にはヒイロさんと誰かではなく、私と会長のような女の子同士のペアになることが多いとは思いますよ」

「よし、やろう!!」

 

 生塩の甘言にそそのかされ、元気よく俺は立ち上がった。

 

 さっと飛鳥馬が目にも留まらぬ素早さでトランプを片付け、戦場をリセットする。

 

「では、神経衰弱でも♪」

「特定の個人に有利過ぎるので却下」

「いつもならテレビゲームも手ですが……ここは、ミレニアム最強のエージェントから提案させていただきます」

 

 飛鳥馬は懐からカードの束を取り出す。

 

 (まばゆ)く輝くUN○(デッキ)

 

 油断一つない、余計な感情を排した無表情で、それを机の上に乗せる。

 

 こいつ……強いな……。

 

 決闘者(デュエリスト)としての俺の直観が囁き、俺はその眼差しに正面から眼を合わせたまま、片手で百合布教用空間(パーソナル・スペース)からマイデッキであるUN○を取り出す。

 

 静かに俺はUN○を口元に掲げて、叫ぶ。

 

決闘(デュエル)開始の宣言をしろォ!! トキィィイ!!」

決闘(デュエル)、開始ィ!」

「UN○は一つあれば十分な筈よ」

「はい、じゃあ、トキちゃんのを使いましょうか~」

 

 隅に追いやられた自慢のマイデッキを、俺は呆然と見つめた。

 

 札を配り終えたタイミングで、ふと生塩が顔を上げる。

 

「あら、この足音は……どうやら時間切れみたいです」

 

 何をと聞く前に、インターホンと共に扉が開く。

 

「ちょっと、ノア! いつまでヒイロの所に……ってリオ会長?!」

「あ、ヒイロが楽しそうなことしてる……。仕事漬けの私を放置して、楽しそうなことしてる……」

「先生のは自業自得です!」

「酷い! 鬼、悪魔、太もも!!」

 

 とたんに騒がしくなった部屋で、俺は早瀬に話しかける。

 

「ノアが来るなんて珍しいと思ったけど……先生のとこに用事でもあったのか」

「ええ、それで用事が終わってもノアが帰ってこないから来てみれば……って、そうよ! なんでヒイロの部屋に会長がいるのよ!」

「いや、なんなら最近よく来るけど……」

 

 驚きを隠さず、早瀬は調月のほうを見て、俺も見る。

 

 視線を集めた調月は気まずげに目を逸らすと、手元の手札を置いてタブレットに逃げた。

 

 確かに、一緒に遊ぶイメージはなかったし、実際に最初のほうはゲームをしたりしてるのは俺と飛鳥馬だけで、調月は参加せず隣で仕事を進めていただけだった気がする。

 

「まあ、処世術として合理的な選択だからな!」

 

 フォローのつもりで俺が笑顔で発言すると、調月がつぶやく。

 

「それは……少し違うわね」

 

 短い沈思の末、確認するように口にした。

 

「非合理的な行為であることは変わらないし、私に似合わないことも自覚している……でも、そう……トキを見ていると……私だって、ヒイロと仲良ししたかっただけよ」

 

 今度は俺が視線を集め、表情を笑顔で固めたまま、冷や汗を流す。

 

「……何か、不適切なことを言ったかしら……? ……っ、今のは、少し表現が見つからなかっただけ……!」

「ふふっ、責任重大ですね♪」

「どうやら、私とヒイロの仲良しオーラは周りには毒のようです。これからも二人のラブラブっぷりを見せつけていきましょう」

「やらないよ? って、そうだ、先生もいるってことは何か俺に用事があったんだよなァ!」

「えっ、いや私はユウカについてきただけ──」

「じゃ! 俺は先生と話してくるから!! 四人で続きやりなよ!! せっかくだしさぁ!」

「ちょっと、ヒイロ?!」

 

 早瀬を身代わりに置いて、素早く部屋を脱出する。

 

 先生と……当たり前のようについてきているメイドと共に、廊下で並んだ。

 

「では、どこに行きますか。私も同行します」

「君は主人のところで仲良し作戦を開始してください。いや、本当に頼む……俺の中の最高法規たる百合保護法に反しない限りでなんでもするから……!」

 

 いつもの無表情でささやく飛鳥馬に、俺は深く頭を下げて懇願する。

 

「仕方ありません。戸締りをしておくので鍵を貸してください。物理鍵の方を所望します」

「あ、うん、これでいい? わざわざ悪いな」

ぶいぶい(だぶる・びくとりー)。ヒイロの部屋の鍵の確保に成功しました。これから毎日、朝から晩まで仲良しビームが放てます」

「いや、あとでちゃんと返してね……?」

「わかりました。では、合鍵を作った後、責任をもって返却するとしましょう」

「おい」

 

 するりと飛鳥馬は逃げ出して、扉の向こうに姿を消す。

 

 静かになった廊下で、俺は先生と二人取り残され──空気を切り替えるように明るく口を開いた。

 

「よし、じゃあ行きましょうか! お仕事だって手伝っちゃいますよ!」

「でも、ヒイロも隅に置けないね」

 

 揶揄するように先生がニヤリと笑う。

 

「いつの間にか女の子が増えてるし。まぁ、仲がいいのは良いことだからね」

 

 微笑みを浮かべうんうんと頷く彼女を前に、俺は改めて現状を突き付けられる。

 

 正直、あのビーチ(地獄)から状況は悪化する一方だ。

 

 部屋に入り浸ったり、無許可で家具や小物が設置されたり、真綿で首を締めるように、護るべき百合の方からじわじわと距離を詰められている。

 

 だが、断じて、俺の部屋はシャーレのフリースペースでもなければ、行政の優しさあふれる憩いの場でもない。

 

 このまま現状に甘んじていいのだろうか? いや、良いわけがない!! 俺の百合IQ180の脳がささやいている!! この先は、破滅だ!!

 

「やっぱり、良くない! なにも良゛く゛な゛い゛!!」

「だ、大丈夫……?」

「女の子は、女の子同士で遊ぶべきなんだ!! どんなに誤魔化したところで、俺の部屋に集まったら、結局、燈色が間に挟まってるじゃねぇかッ!!」

 

 急に嘆きだした俺を前に、困惑する先生は話を変える。

 

「え、えっと……あ、そうだ。またしばらく出張になりそうだから」

「俺は絶対に百合を──ん? またアビドスとかですか?」

「いや、今度はトリニティから呼び出されていて……頼みごとがあるらしいからね」

 

 トリニティ……トリニティか……。

 

 お嬢様学校というだけで、推定百合力は大幅に補正が入る。

 

 そして何よりも──

 

「俺も、連れて行ってください!」

「えっ?」

「連れて行って、くださぁい!!」

「えぇ……?」

 

 学外脱出、これしかない!!

 

 友達が引っ越して疎遠になるなんて話も珍しくはないように、物理的な距離を置くことは解になり得る筈だ……いや、解であってくれ(懇願)

 

 とにかく、現状維持のその先に未来はない。必要なのは変化……! 俺はここで終わりだなんて、嫌だ!!

 

「ここで……ここで『おしまい』なんて、そんなのはイヤなんだ……! 俺は……俺は……! この願いを……胸に抱いた理想(エデン)を……諦めたくなんか、ないんだ……! だから、先生……頼む……! 俺を……トリニティに連れて行ってくれぇ゛え゛!!」

 

 俺は額を床に擦り付けながら、全身全霊の土下座を繰り出す。

 

 わたわたと、先生は俺の顔を上げさせようと慌てふためいた。

 

「そ、そんなに必死にならなくても、大丈夫だよ?! 連れてくから?!」

「ありがとう……! ありがとう……!!」

 

 膝を地に着けたまま、世界を抱きしめるように両手を広げ、俺は満面の笑みで涙を流した。

 

 

 

 

 

 そうして、翌日。

 

 俺は石畳の上に立っていた。

 

 瀟洒(しょうしゃ)な石造りの建物。遠目にゴシック様式の巨大な時計台と、その尖塔が目に入る。

 

 大理石の外壁には、緻密なレリーフや彫刻が施され、歴史的価値を見る者に納得させる。

 

 ただ、時代に取り残されているわけでもない……街に目を戻せば、一階に入っている硝子張りの店舗は洗練された色彩と照明設計で、己を上流階層向けの流行最先端としてブランディングしている。そして、顔を少し動かせば、天高く伸びる大廈高楼が離れた区画に群を成していた。

 

 そんな、雑に表現するなら、ビッ◯・ベンを擁する英国・倫敦(ロンドン)のような街並みの中で。

 

 トリニティの生徒会、通称『ティーパーティー』に呼ばれている先生と別れ、俺は街の下見に出かけていた。

 

 好奇の視線を浴びながら、トリニティ総合学園の校門から下ること少し。

 

 早速、百合の定点観測に向いた場所を見つける。

 

 俺の灰色の脳細胞が選定したベスト百合ウォッチ・スポットは、クレープ屋の正面を望める木陰のベンチ……!

 

 一番安いシュガークレープを手にした俺は、一般客を装いながらクレープ片手に談笑する少女たちを網膜に焼き付ける。

 

 食べさせ合いっこだと……! 待て、あそこに生クリームが口元についた少女が……! しかも二人組のペア!? これは、まさか……来るのか……? あの指でぬぐって自分の口に運ぶ、天真爛漫な少女も赤面不可避の伝説の百合シチュが……!

 

 固唾を呑んで見守っていると、若干周りがざわつく。

 

 特に気にせず、素晴らしい瞬間を目撃しようと俺は目を凝らしていたが……その衆目を集める人物に視線を遮られ、顔を上げる。

 

 仕立ての良い軍服のコートを羽織り、陽光に色めく銀糸を靡かせる少女。

 

 まだ口のつけられていない色とりどりの果実の乗ったクレープを片手に、余裕のある笑みを浮かべた彼女は、紅の瞳に俺を映して親しげに話しかけてきた。

 

「奇遇ですね、ヒイロさん。お隣、失礼しても?」

「いや、ここで何やってんの?」

 

 質問を質問で返した俺に、彼女──黒舘ハルナは静かに微笑んだ。

 

 

 

 

 

 

 

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