透き通るような世界で俺がやるべき唯一のこと 作:THE TOWER XVI
人気の少ない町外れの建物。
隅には蜘蛛が人間に邪魔されることなく、悠々と住処を構えており、床の割れ目からは、大地に家を建てる人類に反逆せんと、逞しくイネ科の雑草が顔を出していた。
「騒ぐな! 言うことを聞かないと大変なことになるぞ!」
「あ、あなたたち、いったい誰ですか? 何の目的で……!」
そんな久しく人に忘れられていた部屋の中。
ならず者たちに連れ込まれた有翼の少女は、地べたにへたり込んで、白い制服を汚したまま眼前の相手に問う。
気丈に振る舞う彼女に、見慣れたヘルメット装備の三人組は銃を向けたまま下卑た笑みを浮かべた。
トリニティがお嬢様学校だからと言って、自治区の全員がお嬢様なんて訳も無く、むしろキヴォトス中の皮算用のままに動く無法者たちが、蜜に吸い寄せられる虫のように集まってくるのだろう。
「そりゃ、身代金に決まってるだろ。トリニティなら沢山お金を持ってるって聞いたしな!」
「ま、あんたはあの学園が身代金を支払うまで、ここで大人しく捕まっていればいいんだよ。余計なことは考えるな!」
「が、学園と交渉を!?」
「そうだ! もう連絡はしてある! あんたのところの生徒を返してほしかったら、てね!」
驚愕に、少女は目を見開いて──状況の把握はもう十分だ──傍で潜んでいた俺は
「はいはい、そこまで。折角三人でトリニティに来てるんだから、誘拐じゃなくて観光で楽しい楽しい思い出作りをしようぜ」
手を叩いて出現した男に、この場の視線が全て集中する。
「だ、誰だ?!」
「通りすがりの百合紳士」
微笑んだ俺は、羽付きの少女を庇うように、彼女の前へと移動する。
「で、今から三人仲良く観光してくれるなら、半徹して作った友達から進展間違いなしお勧めドキドキスポットをまとめた俺特製パンフレットを献上しちゃうけど?」
俺はおどけたようにヘルメットの三人組に話しかけて、三人はお互いに顔を見合わせると、ニヤニヤと嘲笑う。
「何言ってんだ、こいつ? もう連絡はしてあるから、後は金を受け取るだけなんだよ! だいたい、一人で三人に勝てるわけないだろ!」
「あっ、そうだ! こいつも人質にすれば、お金も二倍になるんじゃね?! あたいって、天才か?!」
「たしかに! すっげー財テクじゃねぇか! んじゃ、お前! 人質な!」
「まあ、こうなるよな……」
嬉々として銃を向ける彼女たちを前に、力を抜いた自然体から重心を落として、半身。
左手で九鬼正宗の
蒼白い閃光が足元から迸り、一足で飛び出す。
最早何回繰り返したか分からない動作。
予め右手に持っていた
「うわっ、消えた?! うぐっ!!」
「げっ!」
「て、テメェ!!」
一人を力のまま左から右に薙いで、吹き飛んだ体がもう一人を巻き込みながら古びたタンスに激突。
木材がひしゃげる音とともに、濛々と埃が舞う。
「このっ!」
近距離の敵に対し、咄嗟に手に持った棒で殴る動作が出たのか、最後の一人は銃床を振り下ろして──逆袈裟。
切り上げられた剣線が金属に叩きつけられ、揺らぐ光剣から紫電が弾ける。
仰け反るように少女はたたらを踏み、刃を返した俺は正面からヘルメットに振り下ろす。
叩きつけられた
少女はふらりと左右に揺れたのち、後ろ向きに昏倒する。
そのまま俺は気を緩めることなく、最初に吹き飛ばした二人を視認する。念のため
三人とも気絶して動かなくなったことを確認して、俺は息を吐くと九鬼正宗を納刀した。
「で、大丈夫そう? 怪我とかない?」
「あっ……! い、いえ、大丈夫です!」
俺がニコリと笑って傍によると、慌てたように少女は立ち上がる。
背の白い羽をパタパタとさせる彼女を頭からつま先まで見つめて、怪我がないことを確認した俺は頷く。
「良かった良かった。綺麗な花に傷の一つでもあったら、君の未来のお嫁さんに申し訳なくて自分を縊り殺したくなるからね」
「お嫁さん……? って、わ、私の為に、そんな責任を感じる必要なんて……」
しかし、トリニティに来てから見かけてはいたが、改めて近くで見ると邪魔になりそうな羽である。どうやら、飛べる、というわけでもなさそうなので、なおさらだ。
法律とかの規制で、飛んでいるのを見たことが無いだけで、本当は飛べたりするのかもしれないが……。
「そ、そうでした! 早く逃げないと……!」
わき道に逸れていた俺の思考を、少女の声が引き戻す。
焦ったように俺の手を取ると、部屋の出口へと駆け出した。
引っ張られるままに俺は聞き返そうとして、目の前の扉が爆散する。
「ちょっ、次は何だ?!」
「きゃっ!」
咄嗟に、少女の手を後ろに引く。
倒れる華奢な体躯を下から掬うように抱き上げ、バックステップ。
翼を縮こませた彼女をお姫様抱っこした状態で、俺は闖入者に対峙した。
「き、来てしまいました……!」
「くっ、くくくっ、くひっ……!」
砂ぼこりの中で、二丁の長砲身の銃器を手にした人影が形を作る。
影は不気味に揺れて、いや、相手を幻惑する歩法の一種かッ!
脳の予測した動きに反するように、一息に影は距離を詰め、まるで突然そこに現れたように出現する。
濡羽色の髪を乱雑に伸ばして、圧倒的な気配を纏う存在は二丁のショットガンを下から引き抜いた。
「くひひひひひひひひひ! きええええええええっっっ!!!」
「アルスハリヤァ!!」
コンマ数秒の開眼。
緋色の線をなぞって振り上げた右足で床を踏み抜く。
床を支える一本の木材を軸に、直角に重ねられた床材ごと床のパネルが持ち上がった。
即席の防御壁により分断し、その隙に窓から遁走しようとして──発砲音が連続で鳴り響く。
「げへへっ!! げへへへへへへへっっっ!!」
「どんな攻撃速度だよッ!!」
こちらには当たらないまでも、一瞬で穴だらけにされた床材が宙を飛び、天井や壁に叩きつけられ、砕け散る。
クソッ、そう簡単に逃がしてもらえるほど甘くはないか。だが、命に代えてもこの百合だけは死守するッ!
姿勢を落とすと同時に、距離を消し飛ばして再び眼前に出現する影に、覚悟を決める。
「悪い、投げるぞ! 先に逃げ──」
「ま、待ってくださいッ!!」
「きえええ、え……ぁあ?」
少女の必死な叫び声に双方の動きが止まる。
俺は少女を窓に向かって投げようとした体勢で。
乱入者はそのショットガンをあと数十センチ横にずらせば、俺の額を捉える位置で。
刹那の邂逅と攻防は、一旦の決着を見せた。
「いや~、助かったっす。ツルギ先輩が戦っていたら、きっと建物も倒壊してたっすから」
「……」
先ほどの凶悪な雰囲気を潜め、押し黙ったままの少女を背後に。
枝毛一つない綺麗な黒髪を腰丈まで伸ばした細目の少女、
同じような黒い制服を身に着けた彼女たちは正義実現委員会、なんていう大仰な名前のトリニティの治安維持部隊、風紀委員に相当する実働部隊らしい。
「しかも、ティーパーティーの方をまたPTSDで病院送りにしたら、今度はなんて言われるか……いや、ほんと、ヒイロさんが先に倒しておいてくれて良かったっす」
「まあ、未来の百合の為にしたことですから。気にしないでください。趣味と言うかなんというか、俺は百合を護るために生きているので」
「百合っすか……?」
仲正は小首を傾げて、俺は彼女の後ろの、件の凄まじい戦闘を見せた少女、
「はぁ……」
ぼーっと空を見ている彼女は、憂鬱げに、ただ溜息を洩らした。
今はすっかり鳴りを潜めているが……あの凶悪な笑顔は中々忘れられるものでもない。敵どころか人質がPTSDになるのも無理ないな、と納得する。
「じゃ、あのヘルメット団の処理はお願いします」
「まかせるっす」
「……えっと、で剣先、でいいかな?」
「……あ?」
「初対面でツルギ先輩に話しかけに行く人もいるんすね……」と小声でつぶやく仲正を余所目に、百合IQ180としての確認を敢行する。
「いや、さっき思いっきり壁壊してたけど、体とか大丈夫?」
「……」
「俺も派手に床壊したし、折角の綺麗な肌に傷でもあったら悪いしな」
好感度不要論で武装した俺は、未来の百合のことだけを念頭に、無遠慮に剣先の手を取った。
派手に石壁を破壊したとは思えない、綺麗な細腕を見て、改めてこの世界の人体のイカれ具合を再認識する。
まあ、あの戦闘力からして、剣先も小鳥遊のような上澄みも上澄みの存在のようだし、俺の心配も杞憂なんだろうが。
見える範囲では傷一つないことを確認して、頷く。
「見た感じ大丈夫そうだな。良かった良かった」
俺は笑みを浮かべて、剣先は目の前で俯くと小刻みに震え出す。
「……く、くっ」
「く?」
「くひゃあぁぁぁああっ!!」
弾丸のごとく飛び出し、倒壊を免れていた建物をぶち抜いて、一瞬で姿が砂埃の中に消える。
遅れて、結果的に壁を二枚失った家はパンケーキのように潰れた。
轟音と爆風ののち、唖然とする俺と、額に手のひらを当てた仲正が残される。
「いや、なんか、ごめん?」
「これは、ツルギ先輩が人見知りなだけなので、仕方ないっす」
気まずさを残したまま、後始末を正義実現委員会の彼女たちに任せて、俺は次なる百合を求め飛び出した。
その後、人質にされていた少女が、事情聴取を終えたのか追いかけて来てお礼をしたいと言ってきたが、丁重に断った。
最後まで見送る少女に片手を上げて、俺は大通りを下り、脇に路地裏を見つける。
直方体の大型のゴミ箱が設置され、地面には油か何かの汚れが染みついた細道。
建物に挟まれた人気のない空間に足音を響かせ、俺は小道を進んで──行き止まりの壁の前で立ち止まった。
「それで、姿を見せたらどうだ?」
「……あはっ、よく分かったね?」
「ふっ、殺気がだだもれだ」
「え?! そんな物騒な目的じゃないよ?!」
「すみません、中学時代から大切に温めていた子供心に言ってみたかっただけです。本当はカーブミラーとかで気づきました」
「そ、そっか、思ってたよりも変わった人なんだね」
軽く鎌を掛けて、百合を護るために世界が送り込んできた刺客の類ではないことを確認した俺は振り返る。
「気になって追いかけて来ちゃった☆」
桜色の髪は、毛先で薄い水色へと神秘的なグラデーションを描いている。
気を使って手入れされていることが分かる髪をふわりと腰まで伸ばし、背にはアクセサリーがきらめく一対の天使のような羽。優し気な目元は可愛らしい印象を与える。
薄汚れて暗い路地裏には不釣り合いな、純白の少女が立っていた。