透き通るような世界で俺がやるべき唯一のこと   作:THE TOWER XVI

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策士の策

「やっぱり、私達とほとんど変わらないね。うん、その『たくあん』ってプリントされた服のセンス以外は完璧かも!」

「……貴女みたいなお嬢様が気にかけるほどの人間じゃないですよ、俺は。こんな人気のない場所でクソダサTシャツの男と二人きりなんて、何されるか分かったもんじゃない」

「そんな風に言われるとますます気になっちゃうね。それに、もしそのつもりなら、さっきの子のお礼を素直に受け取っておけばよかったのに。きっとあの子なら、喜ぶんじゃないかな? あんなことされたら、私も勘違いしそうだもん」

「えっと、見てたの……?」

「正義実現委員会の子たちが到着したところからね☆」

 

 つくづくタイミングが悪い。何故こうも興味を持たれる羽目になるのだろうか。この体は呪われているのではないだろうか。

 

 ……まあ、三条燈色は百合ゲー史上最低最悪のクソ野郎だからな。俺もモニター越しに呪詛を吐いた一人である。悪霊も憑いてるし。

 

 心当たりしかないが、今は百合のために使ってやるつもりなので、切実にやめてほしい(懇願)

 

「それで、一応尾行はバレたわけだけど、挨拶したし、お別れってことでいいかな?」

「えー、そこまで警戒しなくていいのに。だって、まだお互いに名前すら知らないよ?」

「俺の名前は山田タロウ。最近好んでいるカップリングは──」

「嘘はよくないと思うけどなー、ヒイロ君? 今のは、ちょっと傷ついたかも……」

「はい。大変申し訳ございません。嘘をつきました。私めの本当の名前は三条燈色です」

 

 秒で本名を当てられた俺は誠心誠意謝罪して、気づく。

 

「って、俺の名前は知らないんじゃなかったのかよ」

「えへへっ、ごめんね! ヒイロ君のことは最初から、先生から聞いてたんだ」

 

 後ろで手を組んで、彼女は微笑む。

 

「先生が言ってた男の子ってどんな感じなのかなって考えてて。そしたら、丁度、様子を見に来た誘拐現場で活躍してたからびっくりしたよ!」

 

 どんな風に先生が言及していたのかは分からないが、珍しい人間型の男を見に来た、とかであれば理解はできる。

 

 それに、単なる珍獣観察なら問題ない……のか?

 

「でも、良く分かったな。先生が言ってたからって、俺が三条ヒイロとは限らないだろ」

「ほらそれ。『たくあん』って書いてあるから」

「先生は俺のことを、クソダサTシャツを着ている男として紹介したのか……まあ、その方が良いか!」

「えぇ、良いんだ……」

 

 燈色の悪評が増える分には何一つ困らないことに気付いた俺は、先生の既に高い評価をさらに上げて笑った。

 

 少女は困惑して、話題を戻す。

 

「そうだ、私の方の自己紹介をしてなかったね! 私は聖園(みその)ミカ、ミカでいいよ」

「じゃあ、聖園さんで」

「……あはは、やっぱり急に馴れ馴れしかったかな? ごめんね?」

 

 しおらしく声を落として、頬をかく彼女に固まる。

 

 俺への好感度が下がるよりも先に、自責の方に傾いた聖園に俺は慌てて叫んだ。

 

「ご、ごめんねぇ! ミカがあまりにも可愛いから、恥ずかしくて! つい、そっけない態度取っちゃったぁ!」

 

 いくら好感度不要論で武装しようが、女の子を泣かせるのは解釈違いも甚だしい。

 

 俺は声を張って、態度の急変に驚く聖園をチラリと窺う。

 

「そ、そっか」

「そうそう。そういうこと、そういうこと」

 

 何がそうなのか分かってないまま、ゴリ押して、何とも言えない雰囲気が静寂と共に辺りを包む。

 

 視線を彷徨わせた聖園と、俺の視線が合って、目を逸らされる。

 

 絶妙な空気を打ち破るべく、俺は口を開いた。

 

「とりあえず、歩きながらもっと落ち着ける場所見つけない?」

「うん、そうだね! そうしよっか!」

 

 路地裏で立ち話をするのもなんだと、二人並んで場所を移すことにした。

 

 

 

 

 

 入り口と窓際に沿って設置された日よけの下に、路上の一部を占拠してテーブルと椅子が並んでいる。

 

 夕食にはまだ早すぎる時間帯。

 

 カフェのテラスで、居心地の良い陽気に包まれ、ティーカップを傾ける。

 

「──それでねそれでね! ナギちゃんが突然ロールケーキを……あ、ごめん、さっきから私ばっかり話しちゃってるよね?」

「いや、続けてくれ。今、君のおかげで俺はとても満たされている……俺が、もっとミカの話を聞きたいんだ」

 

 俺は心の底からの感謝と共に微笑みかけて、聖園が目を丸くして固まる。

 

「わーお、男の子ってみんなこんな感じなのかな。びっくり。まあ、ヒイロ君がそう言うなら、いいんだけど……」

 

 彼女の愚痴──俺の百合IQ180のシナプスによる変換を通せば惚気とほぼ変わらない──を聞きながら、俺は菩薩のような笑みを浮かべて、心の中で天に感謝をささげた。

 

 先生と共に、学外脱出して、良かった……!

 

 度々聖園の話に出てくる『ナギちゃん』という名前……幼馴染らしいが、確実に友達以上の親密度……ぺろっ、これは百合の味!!

 

 ミレニアムじゃ百合の欠片も無い世界に追い込まれていたが、トリニティには百合がある!!

 

 学外脱出したところで何も変わらないだろう、なんてアルスハリヤは宣っていたが、現状をみれば奴の方が間違いだったことは決定的に明らか……!

 

 ビーチは失敗に終わったが、やはり俺は百合IQ180の男……百合のこととなると、魔人すら置いて加速する俺の頭脳が我ながら恐ろしいぜ。

 

 自信も百合も取り戻した俺は、久しぶりの幸せの供給を堪能する。

 

 日頃溜まっていたものを全て吐き出す勢いで、相槌や時折の話題の提供を挟んで、止めどなく彼女の話は続いた。

 

 そうして、いつの間にか、黄色と赤が混じった夕雲が空には浮かんでいた。

 

「ねぇねぇ、ヒイロは暫くここに居るの? また今度話そうよ!

 ほら、さっき言った通り、みんな最近ピリピリしてるからさ。なんだか、久しぶりに楽しくお喋り出来たし!」

「お役に立てたなら、俺も本望。でも、そうか……泊まる場所を考えてなかったな……」

 

 そういえば、学外脱出したのは良いものの、トリニティに構える拠点を忘れていたことに気付く。

 

 かといって、先生に迷惑かけるのも、百合的な意味でも無いし……まあ泊まる場所ぐらいは探せばあるだろう。

 

 俺は考えを纏めて、聖園の声に視線を戻す。

 

「あ、あのさ、それならさ……」

 

 手元を見つめた彼女は、躊躇するように口をもごもごと動かした後、こちらを見つめてささやく。

 

「ヒイロがよければなんだけど……うちに来る? 屋根裏部屋が空いてたはずだから……」

「えっ? それは流石に不味くないか? 家ならもちろん、男女一つ屋根の下なんて論外だし、寮とかなら猶更、男子禁制だったりするだろ」

 

 突然の誘いに驚く俺に、聖園は慌てたように手を動かす。

 

「そ、そうだよね! ごめんね! こんなに自由にお喋りできたのも久しぶりだし、今日みたいに外に出るのも難しいから……つい。

 もう沢山付き合ってもらってるのに、更に迷惑をかけるのは、良くないよね」

「まあ、別に話を聞くぐらい、それこそ素敵なお友達にだってできるさ。何なら俺は、それを遠くから眺めたり後でお二人のツーショットでも送って頂けたりすれば、最高に満足です」

 

 俺は取らぬ百合を数えながら、ニチャリと笑みを深める。

 

 しかし、目の前の少女は、不意を突かれたように、曖昧に言葉を濁した。

 

「あー、うん……」

 

 先ほどの楽しそうな表情に僅かに差した影。

 

 事情のありそうな反応に、俺は反射的に百合鑑賞から脳のリソースを切り替える。

 

「それは難しいかも。だって私は……ううん、ごめん、やっぱ何でもない!」

 

 何事もなかったかのように、聖園は笑顔を作って礼を口にする。

 

「とにかく今日はありがとう。その、今度はヒイロのことも聞きたいかな、なんて……あはは。じゃあ──」

 

 別れを切り出そうとした彼女を遮って、俺はテーブルの上の伝票を手に取り席を立った。

 

「いや、悪い。気が変わった」

 

 ニヤリと口端を曲げて、俺は彼女の琥珀色の瞳を上から覗きこむ。

 

「その屋根裏部屋にお邪魔してもいいかな? 俺、こう見えて屋根裏部屋経験者なんだよね」

「あっ、うん……うん! もちろん!」

 

 彼女は呆気に取られて、意味を理解すると勢い良く何度も頷いた。

 

 

 

 

 

 陸八魔の寮に侵入した時のように、透明人間と化して屋根裏部屋に侵入を果たした俺は、埃の被った部屋を掃除する。

 

 展開式の梯子によって上ることが出来るこの部屋は、聖園が偶然見つけたものだとか。

 

 いつしかの黃の寮(フラーウム)の屋根裏部屋に比べれば、変な旅行の土産等の雑貨も無いこの部屋は寂しげだ。

 

 金のきめ細やかな彫刻の施されたロウソク立てや、重厚な硝子で作られたパチネ技法のテーブルランプ、ボヘミアングラスが、寂しく片隅に身を寄せ合っている。

 

 物置にしては中途半端な数の家具が置かれた空間で、布団だけ敷いて、俺は銭湯へクラウチングスタートを切る準備を始める。

 

「それにしても、ヒーロ君。初日から女の子の家に転がり込むなんて、君の勤勉ぶりには頭が上がらないよ。百合の破壊者として、花丸満点のムーブだ」

「はいはい、お前は後で頭を上げたくても上げられないように、逆さで地面に埋めてやるよ。お行儀よく、そこで息を止めて待っとけ」

 

 俺の言葉に、横倒しになったオーク材の戸棚の上で寝転がっていた魔人は起き上がると、その場で腰かける。

 

 薄暗い部屋に浮かび上がる翠玉の瞳。軽薄な笑みを口元に、彼女はささやいた。

 

「もっとも、彼女も彼女の目的がありそうだが。丁度君を見つけたなんて言っていたが、本当の所はどうだか」

 

 黙って視線を向ける俺に、足を揺らすアルスハリヤは口角を上げる。

 

「確かに、君はあの寂しがりやなメイドを始めとして、周囲に女の影を欠かさないモテ男だ」

「は? 俺を中心に半径一光年は百合に溢れてたが??」

「実際にワンルックで狐面の少女をノックアウトした実績もあるし、多感な時期の少女が、突然目の前に現れた百合の破壊者に運命的なものを感じてしまっても、まあ仕方ないだろう」

「だから百合があったつってんだろ、黙れクソがボケがカスが(早口)」

「ただ、いくら話が弾んだとしても、まだ知り合って一日そこらの相手をこっそり連れ込むものか? しかも、彼女はそれなりの立場のようじゃあないか」

 

 一区切り言いたいことは言ったのか、棒つき飴を取り出す魔人の前で、俺は口を噤んだ。

 

 包装を外す音が耳朶を叩く中、ここに来るまでに見たものを思い出す。

 

 三条家の別邸と同じかそれ以上に大きいこの邸宅は、聖園ただ一人の為に存在しているようで、当たり前のように使用人も居る。

 

 前世で望まぬラブコメ展開を強いられながらも、黃の寮(フラーウム)の屋根裏部屋に引っ越すまで住んでいた別邸の経験からして、見慣れているまであるが……同時に、聖園が相応のお嬢様であることも示唆している。

 

「単語として口にはしてなかったが、周りがピリピリしているというのもエデン条約関係なんだろうな」

 

 俺は、しゃがみ込んだまま、床の木目を視線でなぞる。

 

 特殊な立場に加え、彼女の口にした言葉。さらに、俺について先生から聞いたという事実、つまり、先生との面識の存在。

 

「学校間の条約となると、当然生徒会相当の組織の出番になるし、聖園が関わっていてもおかしくはない」

「先生と共に現れた君は、あの時の言葉を借りれば、まさに不確定要素。そういう意味では、何するかわからない相手を手元に置いておくというのは悪くない手だね。

 勿論、彼女の目的がエデン条約そのものか、それともまた別の物か、我々が知る由もないが」

「どっちにしろ、俺がやることは変わらねぇよ」

 

 聖園が一瞬見せた影を、百合の守護者としても俺としても、見過ごす理由は無い。

 

「なに、さっきも言った通り、息が詰まるような現実の中に現れた君に、純粋に運命を感じたなんてこともあるだろう。安心しろ、ヒイロ君のことは僕が幸せにしてあげようじゃないか」

「はっ、悪いがこっちは百合ゲー史上最低最悪のクソ野郎だ。理想の王子様像なんて秒針が身じろぎする前に逸脱して、恋愛対象圏外に瞬間移動してやるよ」

 

 魔人の戯言を鼻で笑って、俺の第二の屋根裏部屋生活が始まった。

 

 毎夜、なかなか好き勝手外出もできないらしい聖園の相手をしながら、俺はこの家に来る聖園の世話役にも目をつける。

 

 もちろん、俺の存在がバレれば大問題不可避だが、俺の百合IQ180の頭脳なら、目に見えない幽霊として場を整えて誘導する程度わけはない。

 

 数日を経て、邸宅を訪れる女の子同士の百合を勝手に幽霊としてサポートし、その約二割を進展させた俺は、絶好調の波に乗った勢いで、本命の計画を実行することにした。

 

 昼頃。好奇の眼差しを浴びながら、俺はファミレスのボックス席を一人で占領する。

 

 コーヒーカップを横において、手元の端末の画面を真剣に睨む俺は、単語を打ち込み検索をかける。

 

 カラフルな文字や画像の上で指を滑らせて──トリニティ自治区外縁部の海辺の公園か……これが一番良さそうだな。

 

 いくつかの候補を巡り目星をつけた俺は、リンクをコピーしてSNSアプリ(モモトーク)の画面を開いた。

 

 ここ数日、聖園を見ていてわかったのは、対等に気楽に話せる相手の欠如。

 

 だからこそ、突然日常に降って湧いて来た、身分関係なく接する部外者の俺にああまで興味を持ったのだろう。

 

 ならば、やることは簡単。そういう立場を気にしなさそうな相手に巡り合わせるだけでいいのだ。後は百合の咲くままに、特異性を失った燈色君はフェードアウトでゲームセットだ。

 

 まだ、あの時の聖園の見せた表情の原因は分かっていないが、それは百合を整えた後、俺がサポートに徹するのも手だろう。いずれにしても、百合に遅いも早いもない!

 

 そう結論付けて、俺はメッセージの送信欄に海辺の公園のリンクをペーストする。

 

「いやはや、僕には、せっせと自分で自分の腹に爆弾を巻き付けているようにしか見えないがね」

 

 対面に座るアルスハリヤが、上品ぶった仕草で手に取ったカップに口をつける。

 

 その見当違いも甚だしい例えに、俺は鼻を鳴らした。

 

「言っとけ。確かに一時期、俺自身が俺の大事な脳のことを信じられなくなっていたが……今は違う。事実、ここに来てから、全てが上手くいっている……やはり、俺は百合IQ180で間違いなかった……!」

 

 やれやれと言わんばかりに肩を竦める魔人を無視して、用件について俺はリンクに数行添える。

 

 今も近くにいるはずの知り合いに送信し──

 

 ──数分も待たず返事が来て、俺はニチャリと笑みを深めた。

 

 

 

 

 

 

 

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