透き通るような世界で俺がやるべき唯一のこと 作:THE TOWER XVI
当然と言えば当然だが、あの少女たちの目的は聖園であって、バーベキュー用の器具や食材ではない。
後で処理するつもりだったのか、それとも、そこまで気が回っていなかったのかは謎だが、食材類とグリルは公園に残されていた。
炭だけ備え付けの火消し壺に入れ、今度は場所選びや準備を黒舘たちに任せ、俺は聖園の邸宅へと向かった。
ニヤニヤと笑う魔人のシンメトリーの形相は、期間を空けても、懐かしさよりもムカつきが勝った。
「……」
「いや、なに……?」
「……なんでもないさ。ただ、順調そうで何よりと思ってね」
棒付き飴を片手に、さも意味ありげに微笑むアルスハリヤの顔面を見て、とりあえず一発、俺は拳を叩き込んだ。
吹き飛んだ魔人はむくりと起き上がると、戦々恐々とした眼で俺を見る。
「ま、まだ僕は何も言ってないぞ……?」
「ご、ごめん……何故か、俺の右手が勝手に……顔面に吸い寄せられて……! くっ、まずい、また俺の右手が……!!」
「誰の顔面がブラックホールだ。まあいい、茶番はこれくらいにして……おい、拳を構えるんじゃない! 本当に終わらないぞッ?!」
慌てるアルスハリヤに、俺は拳を下ろした。
「それで? 正面から大手を振って会いに行くのかい?」
「いや、時間も遅いし、あの様子からして……いつもみたいに、ミカに一階の扉を開けてもらうわけにも行かないしな」
ゴシック調の白い邸宅の周囲を確認していると、アルスハリヤが鬱陶しい手つきで肩に手を回してくる。
「くっつくな! 頬を、密着させるな! かぁ! 気持ちわりぃ!!」
「おいおい、魔人にだって傷つく心はあるんだぞ? 僕のお勧めの侵入経路はあそこだね。こういう時は、窓から入るのが空き巣のセオリーだ」
指さした先を視線で辿ると、そこには屋根裏部屋に繋がる採光用の
微かに部屋明かりがカーテンの隙間から漏れていて、屋根裏部屋の存在を知る人からして誰がいるのかは明白だった。
「人が居ると分かって入る空き巣なんていねぇだろ」
「だが、強引に連れ出す悪役ムーブにはちょうどいい、だろう?」
俺は答えず、なんだかんだお世話になっているワイヤー射出機を手に取る。
腐れ魔人に乗せられるのは癪だが、元からあの窓以外の選択肢はないか。
光学迷彩は塀の直ぐ側で解いて、強化投影や重力制御を軸に、草木の植えられた壁、家の側面と俺は乗り越える。
窓の前にたどり着き、窓枠を叩くと、振り返った少女と硝子を挟んで目が合った。
目を丸くする聖園に俺は片手を上げて、彼女は慌てたように駆け寄ってロックを外すと、窓枠を開けてくれた。
「良かった! 無事だったんだ……」
「見ての通り五体満足」
「あの後、正義実現委員会に報告するとか言ってたし……私から、委員会側に無視するようには言ったんだけどね。でも、もう会えないかと思ってたから……良かった」
安堵するように聖園は呟いて、俺は微笑む。
「ありがとな、わざわざ。ちなみに、それってミカの方は大丈夫なんだよな」
「あ、うん! 全然! 心配いらないよ。こう見えて、私って結構偉いから。それよりも、ヒイロは中に入らないの?」
純粋な疑問を口にする彼女に、俺は屋根の上に立ったまま用件を切り出す。
「ああ、それなんだけど、今日のリベンジと行かない? バーベキューの続き、みんな待ってるぜ?」
俺は手を差し出して、彼女は驚いたように俺の手と顔を見る。
一瞬手を持ち上げかけて、躊躇うように降ろすと、困ったように笑った。
「あはは、私は、いいかな。ほら、また迷惑はかけられないし」
「迷惑?」
「だって、私がいなかったら、きっとヒイロもみんなも、今ごろ……私がいると、いつも滅茶苦茶になっちゃう」
俯く聖園に、俺は窓枠から屋根裏部屋の床に飛び降りる。
「原因があるとすれば、お前じゃなくて、飛び入り参加してきたゲブラにあるだろ。それに、要するにお前が行きたくないとか、そういうわけじゃないんだよな?」
「もちろん! 嫌だとか、そういうのじゃないよ! でも……」
「じゃあ、決まりだな」
歯を見せて笑った俺は、彼女を抱え上げる。
突然の行動に驚く少女を無視して、さっさと窓枠をくぐって外に出た。
「えっ、ちょ、ちょっとヒイロ!?」
「嫌だって話なら、あいつらを説得してやってもいいが、そうじゃないなら大人しく俺に攫われとけ。完璧な美食のために連れてこいって言われてるからな!」
足元から蒼白い魔力光が弾けて、屋根を蹴って空中に飛び出す。
突然の飛び降りに驚いた聖園は、しがみつくように俺の首に手を回した。
「大丈夫なの、これ?!」
「いいから手を離すなよ!」
落下しながら、片手に握った
自重を軽くして、ふわりと別の家の屋上に着地すると、地面を蹴って再び飛び上がる。
魔力線による強化と組み合わせ、俺たちは屋根から屋根へと弧を描いた。
そうして、白い月が浮かぶ薄明の下、蒼白い魔力光を曳いて空を飛ぶ。
次第に慣れたのか、聖園は抱きついていた手を緩め、俺の顔を見つめていた。
「悪いな、こんな運び方になって。車とかあったら楽だったんだが……」
「ううん、だいじょうぶ」
目を伏せた少女は、腕の中で俺の方に体の向きを変えて、身を預けてくる。
「むしろ、なんだかこうしてると……物語のヒロインになったみたい」
聖園は控えめに微笑んで、俺はニヤリと茶化した。
「でも残念ながら、おとぎ話ならお姫様を攫った悪役から救い出す王子様役が欠けてるな」
「……ヒイロって、いつもそうやってはぐらかすよね」
顔を上げた彼女は、俺の首に回した手に力を入れて、距離を詰めてくる。
一歩間違えれば唇が重なりそうな距離で、少女は甘えるように囁いた。
「私じゃ、ダメかな?」
「な、なにが……?」
吐息が鼻先をくすぐる。
頬を上気させる聖園は、その期待という熱を帯びた琥珀色の瞳に俺を映している。
強引に連れ出す男という図式にしては、なんか違う雰囲気になってないか、これ……?
見つめ合うこと数秒。
耐えられなくなった俺が目をそらすと、彼女はくすくすと笑った。
「えへへっ、やっぱなんでもなーい! 大胆なことするから慣れてるように見えて、そうでもないよね。ヒイロの耳赤くなってるし♪」
「お、俺は百合IQ180の男だぞッ! 女に興味なんてない……い、いや、俺は女好きの最低な節操なし……あ、頭がおかしくなる!」
三条燈色の顔という、死に顔以外面白みのないものを、聖園は何が楽しいのかニコニコしながら飽きずにずっと見ていて、目を合わせないようにした俺は急いでバーベキュー会場へ向かった。
当然、美食研究会と合流する前に降ろそうとしたが、子供っぽくわがままを言い出して、翼も使ってしがみついてくる聖園を引き剥がすのにひと悶着ありつつ。すでにいい具合の炭火を用意していた黒舘たちと合流し、天然のプラネタリウムの下、森の中の公園での夜中のバーベキューは行われた。
焼きそばに加え、異常な量のマシュマロが増えていた時は思わず頬を引き攣らせたが、無事そのほとんどは鰐渕と獅子堂の胃の中に消えた。
焼きマシュマロ数個で飽きたメンバーで、胃を労りながら寝転がって星空観賞会を開き、最後は全員で後片付けを済ませる。
黒舘たちは次のメインディッシュの準備のために一回ゲヘナに戻るらしい。
軽トラで近くまで送ってもらった後、去っていく彼女たちを見送って、俺たちのちょっとした夜遊びは幕を閉じた。
次の日の朝。今日も屋根裏部屋に敷いた布団から体を起こす。
少し遅めの早朝五時頃に起き上がった俺は、枕元の端末を手に取ると、寝ぼけ眼のまま1枚の写真を画面いっぱいに開いた。
百合の摂取によって、急速に
昨日の戦果を確認し、俺はニチャリと口角を上げた。
記念撮影をさりげなく誘導し、計画通り撮影者側を確保した俺は、燈色抜きの完璧な集合写真を手に入れていた。
「まだ微かな初々しい遠慮がありながら、相手は全く気にしていないこの絶妙な距離感に、非常に繊細な心模様が垣間見えてとても素晴らしいですね……(早口)」
「起きて早々何やってるの? 私の写真なんか見て……言ってくれたら、いくらでも撮って送ってあげるのに」
ついつい百合について評論を口走っていると、聖園が覗き込んでくる。
頬がくっつきそうな距離に、俺は慌てて布団の上を一回転して距離をとった。
「すごいびっくりするじゃん! あはっ、そんなに慌てなくても何もしないよ」
「なんか、距離近くない……?」
「そうかな? 元からこれくらいだったと思うよ」
とぼけるように聖園は言うが、起きたときに聖園がいたのは今回が初めてだ。
単に、俺が珍しく遅めに起きたのもあるかもしれないが……。
「下は大丈夫なのか? 起こしに来たときに、お前がいなかったら騒ぎになるだろ」
「こんな時間にはまだ誰も起きてないから大丈夫大丈夫。それよりも、写真なんか見なくても、ここに本物がいるよ?」
布団の上に手をついて距離を詰めてきた彼女は、薄く頬に朱を散らして、いたずらっぽく笑う。
無防備な胸元。緩い寝間着から覗く、白磁のような艶やかな肌に視線を持っていかれて、正気を取り戻す。
近づく彼女の肩を押さえ、安全距離を確保した後、斜め上の天井を見ながら諭す。
「年頃の娘が不用意に男に近づいてはいけません。男というのは、性欲にまみれた薄汚い獣なんです」
「へー、それって……ヒイロも私のこと、そういう目で見てくれてるってこと?」
「馬鹿野郎、お前、俺は百合の守護者だぞ。百合をそんな目で──」
「ふぅーん? じゃあ、確かめてみよっか☆ えい!」
「ちょ、やめ、ほわぁあっ!」
薄着だけにダイレクトに伝わってくる柔肌の感触とふわりと香る甘い匂いに、俺は半ば狂乱しながら叫ぶ。
急に抱きついてきた聖園を、必死で引き剥がすと、俺は懐から取り出したファ◯リーズの引き金を引いた。
「うわぁぁぁあああああああああああああああ、消えろぉぉおおおおおおおおおおおおお!!」
「わぉ」
ロボットアニメで死ぬ前に乱射するモブのごとくファブリー◯を浴びせ、除菌率驚異の99.9%の力で三条燈色の痕跡を消し去った俺は、肩で息をする。
聖園も聖園で思い切った行動だったのか、顔を赤くしていて、俺は血走った目で抗議した。
「はぁはぁ、いいか……お前も恥ずかしかったんだろ……? そういうことは、冗談でもするんじゃないぞ……」
「ごめんね、私って元々わがままな子だから。でも、ヒイロも興味があるって分かってよかったよ!」
「ヨクナイ」
立ったまま警戒する俺の前で、聖園は後ろの箪笥に腰かけて見上げてくる。
先ほどの悪戯っぽい笑みから、儚さを含んだ微笑みへ。隣を叩いて座るように誘う彼女に、俺は一人分開けた位置に腰を下ろした。
「……ヒイロって、そろそろここを出ていくつもりでしょ?」
「それは……ああ、そうだな」
「バーベキューで一緒に星を見たときから、そんな気がしてたんだ。今日、部屋の中を見て、やっぱりそうなんだって」
聖園が見つめる先には、俺が来たときに近い状態まで戻っている空間がある。
バーベキューが終わった時点で、ここに居る限り俺が出来ることはもうないと感じていた。
聖園の抱えている何かを知る上でも、そろそろトリニティ自体について調べる必要があるだろう。
それに、せっかく聖園と美食研究会の間にパイプをつないだのに、三条燈色がここにいたら挟まる未来しか見えないしな。
「ねぇ、本当に行くの? ヒイロとなら、面倒な事も大事な事も、みんな忘れていられる気がする……だから──」
「俺にはやるべきことがあるからな。ミカも、そうじゃないのか?」
「……どうだろうね? ヒイロのせいで、今までやってきたことが、全部そういう気分じゃなくなっちゃったって言ったら、どうする?」
距離を詰めて来た聖園は、小首を傾けて蠱惑的に覗き込む。
そこから上体を戻したかと思えば、寝転がって俺の足に頭を載せて来た。
「あ、おい?!」
「うーん、硬くて微妙だね」
勝手に人の膝を借りておきながら文句を口にする聖園を、さっきと同様に引き剥がそうとして、ぽつりと話し出した彼女に手を止める。
「本当はさ、初めて美食研究会の子たちを見た時、かなりびっくりしたんだよ。なんなら私は、ゲヘナなんて大嫌いな筈なのに……」
横向きになった少女は窓の向こうの雲に視線を移して、俺は大人しく耳を傾ける。
「噂通り嫌な子だったらゲヘナを嫌う理由になるし、都合がいいかなって思ってた。だけど、みんな色々変わってるけど、真っ直ぐだったからさ。私の周りでゲヘナの悪口ばっか言ってる子よりも、ずっとね。
むしろ私みたいなドロドロとした世界の住人からしたら、羨ましいかも。あんなふうに、自由に好きなことに一直線になれるって」
「美食研究会は、流石に一直線すぎる気もするけどな……」
「ふふっ、そうだね」
思い出すように目を閉じて、少女はクスクスと声を漏らした。
「なんで私はゲヘナが嫌いだったんだっけって思って……取り返しのつかない事なのにね? ほんと、酷い話だよ。これも、時間が経ったせいかな? それとも、今はヒイロが居るせいかな?」
自嘲する様に呟く聖園に、俺はその意味を聞き出そうとはせず、微かな衣擦れの音と共に、穏やかな静寂が残った。
「……誰が誰とか関係なく、ああやって仲良くできたら、本当に良いのにね」
「出来るさ」
微笑む俺を、僅かに見開いた琥珀色の瞳が映す。
「どこの学校の人間か以上に、同じ学校の中でも人それぞれ性格も嗜好も価値観もバラバラだろ。人間だからこそ、全員が全員仲良くなることは無いだろうし、逆に一人一人なら気にしない奴らもきっといる」
「なにそれ、結局みんなが仲良くは出来ないって言ってない?」
「でも、学校だとかそういうイメージだけで、知らずにいた相手と始まる友情だってあるさ。
……それにしても、百合的にも非常に良いな。本来交わらないからこそ尊い関係がそこに在るわけだぁ。俺は素晴らしい考えだと思うぞ(満面の笑み)」
「ま、ヒイロならそう言うよね。私の前にゲヘナの友達を連れて来るぐらいだし」
納得する様に口元で弧を描いて、小さく笑う。
「もう一度、やり直そうだなんて……甘い考えだよね?」
「そうか? 失敗しない人間なんていない、むしろ次同じような失敗をしないようにすることが大切だ、って言うだろ?」
「うわ、なにそれ。それは流石に……なんか、薄っぺらくない? びっくりするほど、心に響かないね?」
「お前、この台詞を今まで口にしたことのある全員に謝れよ。薄っぺらいってことは、みんながよく言うぐらい支持率の高い言葉ってことだろうが」
俺が過去の人類を代表して謝罪を求めると、少しの間を空けて聖園は笑った。
「あーあ、トリニティでもゲヘナでもない立場が欲しくて先生を呼んだし、何かが変わるんじゃないかって期待したのも、私だけど……やっぱり、ヒイロのせいだからね全部。もう一度、話してみる。上手くいかなくても、始めたのは私だからね」
立ち上がった彼女は、俺に背を向けて歩き出す。
その背を俺はただ黙って見送って、くるりと聖園が振り返る。
「一応ここ、手伝うよとか言ってくれる場面じゃない?」
「あまり知られたくないんだろ?」
「……そうやってちゃんと見てるところは、好きだけど今は嫌い。女の子は形だけでも言ってほしかったりするんだよ?」
「じゃあ、言わなくて正解だ。俺に関する好感度は低ければ低いほどいいからな」
「また、そうやって距離を取るじゃん。そういうとこは直した方が……あっ、けど、ヒイロはそのままの方が良いね、うん」
そこで一度会話は途切れて、少女は視線を床の上で泳がせながら、口を開く。
「バーベキューの時、迎えに来てくれてありがとね。あの時に一番、トリニティもゲヘナも関係ない私でいられた気がしたから。それが、良いことかはわからないけど……ヒイロにもあの時のことは覚えておいて欲しいなぁ、なんて……えへへっ。じゃ、じゃあね! バイバイ!」
そのまま隠し階段に聖園は足を掛けて、降り始めた彼女に俺は軽い調子で声をかける。
「ま、何かあったら連絡しろ。すぐに駆け付けてやる」
「……いつも思うけど、落として上げるみたいなそういうとこ、ずるいよね。でも、うん……わかった。その時は、待ってる」
パタンと木製の蓋が下りて、空間に静寂が戻る。
「勿体ないなぁ。甘い声で、世間から目を逸らしてここで永遠に現実逃避を続けよう、とでも言えば、依存に依存を重ねた爛れた関係にもなれたかもしれないのに」
「なるかよそんな関係。恋愛脳極めて頭おかしくなったか?」
「まぁ、そうなったところで、僕としても退屈だがね」
玩具の煙草を咥えたアルスハリヤは、紫煙で輪っかを作って飛ばすと、俺に視線を送る。
「それで、どこか行く当てはあるのかい?」
「行く当てなんて、なけりゃ見つけるだけだろ」
さっさと身支度して片づけた俺は、窓から脱出する。
数週間お世話になった邸宅を最後に見上げて、窓に見えた人影に軽く片手をあげる。
身をひるがえして、足元へ魔力を込め飛び出して──
──数時間後、俺は華の欠片もないメンツで机を囲んでいた。
「いや、なにこれ? どういう人選……?」
「クックックッ……以前のリクエストに応えさせていただいたまでですよ。立ち話では興がないとおっしゃっていたので……」
「おい、三条ヒイロ。私のグラスにワインを注げ」
「なんで、口も胃袋も無い奴が、お酌を要求してんだよッ!!」
前を見ると、不気味な黒スーツの異形。横を見ると、白いドローン。
俺を含めた推定百合ゲーの異物三人組は、何故か中華料理店の個室で赤い上品なテーブルを囲んでいた。