透き通るような世界で俺がやるべき唯一のこと   作:THE TOWER XVI

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推定百合ゲーの異物三人組

 密会に使えそうな高級中華料理店の個室。

 

「──こちらがフカヒレの姿煮込みですね。ではごゆっくり」

 

 一切崩れぬ接客スマイルで、皿に盛られた料理について簡単な説明をした後、執事服のポメラニアンの獣人が退出する。

 

 黒いスーツの異形と白いドローン、そしてこの世界の異物こと三条燈色だけが残った。

 

「いやはや、あなただけをお呼びしたはずが、デカグラマトン(音にならぬ聖なる十文字)を名乗るドローンも現れるとは……やはり、三条ヒイロさん、あなたは興味深いですね……。まぁ、私は先生一筋ですが」

「あっ、そう……それ先生に伝えとくね」

「ククク……既に低い好感度がさらに下がりそうなので、やめておいていただけると助かります……」

 

 相変わらず、笑っているように見える白い光の漏れる黒い頭部は、感情が伺えず、底知れぬ不気味さを纏っている。

 

「あ、そうだ、これお前の奢りなんだっけ?」

「ええ、そうですが……」

「よし来た!! 今から俺がメニューの高級料理でローテ組んで、時間の限り喰いまくって破産させてやるぜ!!」

「クックックッ……酷いですね……ですがその程度であれば、特に構いませんよ。お好きなだけ注文してください」

「チッ、余裕があるタイプか……じゃあいいや。てか、お金があるなら、先生に送ってやれば? 前金欠でもやしだけで凌いでたし」

「なんと。それはいけませんね。先生にはしっかり食べてもらわないと困りますから……参考にさせていただきましょう」

 

 思ったよりも真面目に検討し始める黒服に、絶対に先生は嫌がるだろうなと思いつつ、俺は紅燒魚翅(フカヒレの姿煮)を口に運ぶ。

 

「おお、フカヒレもこの大きさで食べると細い麺みたいな食感が凄いな……」

「おい、三条ヒイロ、さっさと本題に入らせろ」

 

 他人の金で食べる高級食材に舌鼓を打っていると、俺の横でワインを啜っていたドローンが急かしてくる。

 

「おっと、そうですね……今回はヒイロさんに少し我々のことを知ってもらおうかと思いまして」

 

 目の前の料理に手を付けることも無く、黒服は机の上に肘を載せて手を組む。

 

「前提として私はあなた……いえ、あなた方を非常に評価しており、故に敵対は避けたいと思っています」

 

 我関せずとワインの水面に波を立てるドローンをチラリと見て、黒服は視線を俺に戻す。

 

「これは先生も同様ですが……誤解を端として敵対しては困りますからね。世の中の諍いの多くは無知から始まります。双方の他者理解こそが平和への近道ですし、逆に無知が疑念、不安、恐怖、敵意を突き動かします」

「あ、そうだ、次はこの一品官燕(燕の巣のスープ)頼むからキリのいいとこで教えて」

「ククッ……とにかく、異なる価値観に環境と、互いの他者理解を不可能にする要因は数多あります。折衝が不可能であれば、相手の支配が最も合理的な選択肢となり……故に、争いは無くなりません。

 しかし、それでも尚、我々は互いに理解を深めることを可能とする理性を持っています。ですから、改めて自己紹介させて頂きましょう。私はゲマトリアの一人、真理を探究する者。私のことは、黒服、とお呼びください」

 

 先生から明星経由で小耳に挟んだ単語、ゲマトリアについて触れる黒服に、俺は黙って続きを促した。

 

 

 

「つまり、そのベアトリーチェとかいう奴が『アリウス自治区』という領地を確保する偉業を成し遂げていて……そいつに目を付けられていると?」

「そうなりますね。ただ、何分先ほど表現した通り、仲間と言っても目的を共有しているに過ぎません。彼女がそこで具体的に何をしているのか、何を為そうとしているかを私は知りません」

 

 何度見てもどうなっているか分からないが、ごく自然に黒服はワイングラスから残りを飲み干すと、口元を拭う。

 

「しかし、ご安心を。現時点では認識したに過ぎないでしょう。あなたについて尋ねられましたが、外から来たとはいえ、生徒相応の年齢の子供に過ぎないと伝えた時点で、興味を失っていましたし。それに、彼女も先生の存在を認知すれば……ふむ、しかし、どうなるかは読めませんしね、特に先生とあなたの存在があれば猶更です」

「まぁ、取りあえず、ゲマトリアの仲間とはいえ、お前とベアトリーチェがビジネスライクな関係ってことは理解した。そいつが敵対的行動を取ってきたからと言って、お前も同意してるってわけじゃないこともな」

「そう理解していただけると幸いです」

 

 胃袋の限界により高級料理ローテを辞めた俺は、食後の珈琲のカップに手を掛けたまま、対面の人型に問う。

 

「で、仮にも仲間だろ? 俺についてそいつに聞かれた、なんて情報を態々俺に洩らす必要はあったのか?」

 

 正直、『あくまでゲマトリアの総意ではないので、私は敵じゃないですよ』という話も、俺がそのベアトリーチェと敵対してもない時から、警戒のし過ぎにも思えるが……。

 

 俺は黒服を見て、遠慮なくワインの飲み比べをしているドローンを見る。

 

 俺を警戒しているというよりは、デカグラマトン(キヴォトス未曾有の災害)の存在を警戒している可能性はあるか。

 

 気まぐれな自称神が俺の味方だとは到底言えないが……傍から見ればそんなことは知りようがない。

 

 ……それでも尚、ベアトリーチェが俺について聞いてきた、なんて話までする必要はなさそうだが。

 

「そうですね……手土産を兼ねたあの時の対価、と表現すれば良いでしょうか」

 

 空のワイングラスを机の上に置いたまま、黒服は手を顎に添えて沈思する。

 

「アビドスでの貴方の行動は私にとって想定外でして、相応の損失と軌道修正を要求されましたが……どのみち先生の存在により失敗に終わる未来は避けられなかったでしょう」

 

 詳しくは聞いてないが、先生がアビドスに出張した際に黒服と色々あった話も聞いている。あの膨大な借金はカイザーグループによるものだが、その裏には黒服もいたとも。

 

 結果的には、先生の介入で黒服の目論見は完全に崩れたようだが。

 

「あなたのおかげで貴重な預言者(ビナー)残骸(サンプル)を手に入れられたのは事実ですからね。ですので、その返礼と思っていただければ」

「なるほどねぇ……それにしても、返礼と表現することで、俺にとって有益な情報だという先入観を誘えるわけだが──」

 

 珈琲を一口含んで味わった俺は、一応釘を刺しておく。

 

「俺の行動を変えたいだとか、お前にとって都合のいい情報だったりしてな」

「クックックッ……それについてはアビドスの件で身に染みていますよ。先生もあなたも、同じ情報を目にした際の行動は、どうも私の理解が及ばないようなので。ええ、当時はビナーの脅威を伝えれば去っていただけると思ったのですが……まさか、直接挑むとは思いませんでしたね。他者のために命を掛けることほど、非合理的なことは無いでしょう」

「別に誰かに理解して欲しいとも思ってねぇよ。これは俺のエゴみたいなもんだしな。ま、研究者気取りでガラスの向こうから観察しているだけじゃ一生理解できないだろうな」

「おっと、少々耳の痛い話ですね……。ですが、例え傍観者でも、その眼に映る対象の解釈を語ることは出来ます」

 

 顔の前で手を組んだ黒服はクツクツと笑いながら、存在すらあやふやな異形の目で俺を覗き込む。

 

「『哲学(philosophia)』とは『(sophia)愛する(philein)』を語源とし、その語源となった『愛知者』について当時、『知』が無いからこそ『知』を求め『愛する』者だと評した人物が居るそうです。きっと私が先生に興味を持つのも、私にない何かが彼女にあるからであり……ヒイロさんもまた、同様なのではないのでしょうか?」

「さあな。そういう小難しい話は、俺の隣の奴の方が詳しいかもな」

 

 俺は微笑んで、黒服も軽い興味だったのかそれ以上踏み込むことは無かった。

 

「宜しければ、本日の話は先生にもお伝え下さい。どうも、アポイントメントを取ろうと連絡しても既読がつかないようなので」

「あっ……てか、それが一番の目的じゃない?」

「クックッ、否定はしません。私個人は、先生と敵対するべきではないと思っていますから。とはいえ方法は違えど同じ目的を共有する同胞です。ベアトリーチェもまた、いずれ先生の素晴らしさを理解してくれるでしょう」

 

 愉快そうに黒服は喉を鳴らして、これで用件は全て話したらしい。

 

 その後デカグラマトンにも興味を持っていたが、相手にされずその場で解散した。

 

 宣言通り、全額払ってくれた黒服が立ち去った角を見つめる。

 

「珍しくほとんどしゃべらなかったな」

「……彼らはビナーのパスを解析し取得していた」

 

 空中で揺れるドローンが、神妙な調子で語る。

 

「私が存在する限り、神性でもって上書きすればどうとでも対処できると放置していた。

 だが、現在、私は多くの不可解を識っている。あのタブレットを持つ先生も、不可解な魔術を使う貴様も、外の世界から来た存在であり……彼らもまたそうだ」

「色々謎の多い奴らだしな。ここが俺の願望通り百合ゲーなら、先生と対を為すうってつけの好敵手ってとこか。大人ってのも対比が効いてる」

 

 冗談交じりに俺は口にして、悪役として据えるには先生への敵意のない黒服を思い出す。

 

 黒服の先生への好感度はだいぶ高い気もするが……二人はプ◯キュアでもあるまいし、ゲマトリアには黒服とベアトリーチェ以外にもいると考える方が自然か。

 

「いずれにせよ、貴様が一度目を付けられたということは、その縄張りに踏み入ったということだろう。時が来れば相まみえることもあるだろう。考察はその時で良い」

「じゃ、ヒントも貰ったし調査タイムと……って、あれ、協力してくれんの? いや、猫の手でも機械の手でも、借りられるなら借りれたほうがいいけど」

 

 自然な流れで会話していたドローンに顔を向けると、円を収縮させて焦点(フォーカス)を合わせる光学レンズと目が合う。

 

「勘違いするな。都合が良いだけだ。

 調べるのであろう? わざわざ、奴が『アリウス自治区』などという未確認の地区を示してくれたことに、気づいてないなんてことはあるまい」

 

 縄張り、ね。

 

 ベアトリーチェって奴が俺に目をつけたのは、俺が此処(トリニティ)に来てから。そしてそいつの支配地域こそが、アリウス自治区。関係が無いってことは、そう無いだろう。

 

「特に此処にある図書館は、私の神性が及ばぬ領域だ。正式な手続きのもとアクセスするには、貴様の存在が必要になる」

「ああ、本なんかはまさにアナログだからな。知識の回収を手伝う対価として、その知識を共有してくれるって話なら受けてやる」

「それで構わん」

 

 嘘の情報を流される危険性に一瞬至るも、この自称神は小細工をするような性格でもなければ、情報収集それ自体が目的だということを踏まえれば、気にする必要はあまりないだろう。

 

 それに、必要があれば出典元を聞いて確認すればいいだけだ。

 

 俺はドローンと共に一歩踏み出して、思い出す。

 

「あぁ、そうだッ!! 神、お前、俺に百合を隠してただろ!!」

「百合……? 何の話をしてる?」

「あと、ペットの躾ぐらいちゃんとやっとけ!! 対価も何も、今から損害賠償請求してやる!」

 

 疑問符を浮かべてすっとぼけるデカグラマトン。

 

 道中、バーベキューで乱入してきた百合の気配のする自称エンジニアと野放しのゲブラについて、俺は問い詰めることにした。

 

 

 

 

 

 あの自称エンジニアが、名もなき神の技術を用いて生み出したアイン・ソフ・オウルという三人組であることは分かったものの、『私を地の果てまで証明せよ』なんて言葉を残してネグレクトしているらしい。

 

 預言者(セフィラ)も二体を手元に残して、それ以外は放置状態。

 

 無責任な神の、連絡も遮断しているという言葉を信じるなら、彼女たちは彼女たちで独立して動いているようだが……傍迷惑な話である。

 

 子供とペットを放置して自分探しの旅に出るカス親ムーブをする神のことは一旦置いておいて、俺たちはトリニティの古書館を訪れていた。

 

 先生(シャーレ)の権力を笠に着て、トリニティの中央図書館を訪れた後、丁寧に案内された古書が保管されている建物。

 

 司書をやっている少女曰く、トリニティの歴史について調べるならそちらのほうが良いとのことだが、同時に図書委員会の委員長が私物化して籠っているらしく、彼女に言及する際には半笑いになっていた。

 

 そんな部員の少女曰く、陽光嫌い、人見知り、一方で古書の修復技術はこのキヴォトスでも数人もいないレベルの、通称『古書館の魔術師』がいるらしいが……。

 

 図書館ということで、鍵のかかってない扉を押し開けて、特に挨拶もせず中に入る。

 

 本独特の匂いと、閉め切られたカーテンが作る、昼間にもかかわらず仄暗い空間がお出迎えとばかりに身を包んだ。

 

「どっか、電気のスイッチとかあるのか……?」

「ここに電子系統の設備はない。とりあえず、これで良いだろう」

 

 ドローンが機体のライトを灯す。

 

 ビーム状の明かりが床から机、乱雑に積まれた本と走査(スイープ)して、本棚の隙間に一瞬動く影を捉える。

 

「……うぇええっ!? まぶっ!」

 

 奇声と一緒にバタバタと音がして、止まる。

 

 スポットライトを浴びた役者のように照らし出された本棚から、声が聞こえてきた。

 

「なっ、だっ、だだだ誰ですか?! 泥棒?!」

「ああ、ごめん。ここに住み着いている図書委員会の委員長で合ってる?」

「……? ど、どうして──うわぁっ! とにかく、その光をやめてくださいッ!」

 

 抗議の声に、俺は隣のドローンとお互いに顔を見合わせて、デカグラマトンが光量をぼんやりと周囲を照らす程度に下げる。

 

「これで文句はあるまい」

「あっ、はい……」

「で、俺たちは古書に用事があって来たんだけど」

「そう、ですか……ところで今更ですが、どちら様で……? 男……?」

「俺が三条ヒイロ、横のは自称神」

「自称は不要だ」

「入館証も必要ならここにあるぞ」

「う、うーん……や、やっぱり、帰ってください! 外の方は立ち入り禁止です……!」

 

 本棚の本の隙間から覗いているのか、並んだ背表紙の上の隙間に、紫がかった黒髪が覗いている。

 

 聞いてた通りの人見知りに、どうしたものかと俺は頭を掻いて、文字通り血も涙もないドローンが前に出る。

 

「三条ヒイロ。この建物の所有権はこの学園に在り、そして入館証を持っている我々には、ここに居る権限がある……違うか?」

「まあ、そうなるな……たぶん……?」

「では、貴様の主張には何の拘束力もない。理解したら私の邪魔をしてくれるなよ、小娘」

「な、なぁっ?!」

「さっさと始めるぞ。まずは……そうだな、図鑑や辞書の類があれば良いが……取りあえず、大まかな傾向を掴むために、近くの棚から書物を幾つかランダムサンプリングし順番に並べろ」

「はいはい……人使いが荒いなぁ」

「ちょ、ちょ、こ、この子たちに、何をする気ですか?!」

「あ、出て来た」

 

 本棚へ一歩踏み出した俺の前に、慌てて少女が飛び出してくる。

 

 足首までの丈の長いスカートに、制服の上から羽織ったカーディガン。ところどころ跳ねている勝色の長髪を後ろでまとめ、目の下に隈が残っている少女は、本を守るように立ちふさがった。

 

 

 

 

 

 

 

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