透き通るような世界で俺がやるべき唯一のこと   作:THE TOWER XVI

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古書の圖書館(アーカイブ)

「な、何様かは知りませんが……」

「絶対的存在にして神だ」

「……そ、その、失礼ですが、あ、頭がおかしいのでは……? えっと、これは……向こうに人がいるわけじゃない、ですよね……?」

「残念ながら、向こうはいるが人間じゃないし、これがあいつの正気(デフォルト)だ」

「全て聞こえているぞ」

 

 自称神に慄いて、同じ人間である俺の隣に来てささやく少女に首を横に振る。

 

 そういえば、デカグラマトンの本体は見たことないし知らないな。知ったところで大した意味があるとは思えないが。

 

「で」

「へぁっ?!」

 

 すぐ隣の彼女に声をかけると、一瞬目が合って、至近距離にいたことに気付いたのかコミカルに慌てて距離を取る。

 

「ちゃんと本を読むつもりなら、居てもいいって話だよな」

「騒がしくしない、なら、文句はないです……。こ、この子たちも読まれるためにあるわけですし……。よ、読めたらの話ですよ……外の人がそう簡単に読めるとは、思いませんが……!」

 

 ぎこちなさを感じさせる足取りで立ち去った彼女は、定位置なのか修復途中に見える本の前に座ると細縁の丸眼鏡をかける。

 

「騒がしくしたら、遠慮なく追い出しますし……さっさと諦めて、か、帰ってください……」

「ああ、ありがとな」

 

 一応の許可を出してくれた彼女に笑顔で感謝すると、古書館の主は何か言いたげに口を動かして、逃げるように顔を伏せて作業を始める。

 

「それで、本を持ってくれば……いや、てか神なら、開かなくても透視とかできないの?」

「そうだな……理論上可能なはずだ。テラヘルツ波により、各ページで得られる反射波の時差を得れば……インクの吸収率を踏まえ、規則性からノイズを除去し文字を統計的に推定も可能……つまり、観測の上で論理的な推論も組み合わせれば実現可能な範疇……必要な機器を生産しよう」

 

 深い考えのない思い付きのつもりが、不可能ではないのか、ドローンはぶつぶつと呟く。

 

「だが、試験機の到着には物理的な時間を要する。その間に文字の形状は把握しておいたほうが良いだろう。その本のページをめくっていけ」

「さっき言ってた辞書とかじゃなくていいのか?」

「読み取りの推論においては、文字の形状で十分だ。無論、単語単位の推論もできればより精度は高まるが、段階を踏まねば始まるまい」

 

 なんだかんだこちらが気になってるのか、本の扱いについて警戒しているのか、チラチラと視線を感じる中。

 

 手近な本の中で状態のよさそうなものを選んで、上から覗くドローンのために捲っていく。

 

 その後、機材が到着し、玄関まで取りに行って運び込むと、俺は手持ち無沙汰になった。

 

「もしかしなくても、俺はお役御免……?」

「次の段階に移るまでこの数冊で十分だ」

 

 自律して忙しなく動く機械と、集中しているのか空中で静止しているドローンを見る。

 

 手伝えることもなさそうだし、ここは神に任せて、俺は場の空気(TPO)をわきまえた百合の補給に勤しむか!

 

 満面の笑みで椅子を引いて座ると、懐の布教空間(パーソナルスペース)から『私の百◯はお仕事です!13』を取り出した。

 

 屋根裏部屋にいたときは、定期的に聖園が来ていたため纏まった時間をとって読めていなかったが……偶には落ち着いて読む時間があるってのも、良いもんだ……。久々の摂取が身に沁みるぜ……。

 

 夢中でページを捲り、読み進めて──

 

 

 

「三条ヒイロ」

「おわぁ!!」

 

 机の下から俺の腹のあたりに、ずいと出て来たドローンに思わず叫ぶ。

 

「お、大声を上げないでください……ここ、響くので……」

「す、すまん。神が考え付く限り最も不快なパーソナルスペースの犯し方をして来たから……」

「呼びかけても気づかぬ貴様が悪い。兎に角、次のフェーズに移るぞ」

 

 少女に平謝りして、テーブルの下をくぐって出て行くドローンについて行く。

 

「解読の準備は整った。現状は両側から読み取ったとしても、精度も踏まえれば一冊ずつが限度だが……」

 

 箱型の機械。左から投入され右へと本が流される。数秒と待たずに、本の内容と思しきものが据え付けられたディスプレイに表示される。

 

 ぱっぱとデカグラマトンはページを送って見せ、機械から出てきた本を手に取り、画面と同じような文字列を確認した俺は感心する様に呟いた。

 

「おお、ちゃんと中身を読めるもんなんだな。何書いてるか全くわからんけど。でも、流石は神! そこに痺れる憧れる!!」

「ふっ、当然だ。これもまた、私の神性と言ったところか……」

 

 俺がいつも通り(おだ)てると、満更でもなくドローンは悦に浸る。

 

「じゃ、次は解読ってことだよな?」

「ああ、それこそ辞書や図鑑の類があれば話が速いが……」

 

 本棚に大量に並んだ本を眺める。

 

 いくら一瞬で本を読めると言っても、一冊ずつ。何千冊もある本を読んでいくのは骨の折れる作業だ。

 

「ま、それっぽい図の載ってるやつを探してくれば──」

 

 考えるより前にさっさと俺は動こうとして、言葉を止める。

 

 いつの間にか、傍に数冊の本を抱えた少女がいた。

 

 音を立てて、机の上に彼女は持ってきた本を載せる。

 

「……ふぅ。じ、辞書なら、解読して注釈を付けたものが、ここにあります」

 

 追い出そうとしていたのに、打って変わって協力的な少女に、俺とドローンはじっと本と彼女を見つめる。

 

「こ、これは、その……か、勘違いしないでください。事情や話など知ったことではありませんが、長居されたり本棚を荒らされても困るので……そ、それに、その機械は、素直に凄いと思いますし……」

 

 視線を逸らしたまま、少女は言い訳のような言葉を並べた。

 

「ふん、貴様の協力などなくとも──」

「わーい! 嬉しいなぁ!! ありがとう!! 助かるよ!」

 

 明らかに余計なことを言おうとしたドローンを手で押しのけて俺は前に出る。

 

 彼女の両手を取って、上下に振り回して勢いで誤魔化した。

 

「……?!」

「それにしても、昔の言語なんてよく読めるな……古書館の魔術師とは聞いていたけど、流石だな」

「そ、そうやって褒められても、何も出ませんが……あと、その……ち、近いというか……」

「あぁ、ごめんごめん、いきなり触っちゃって」

 

 デカグラマトンのフォローをしつつ好感度下げを達成できたと確信した俺は、笑顔でぱっと手を放して距離を取る。

 

「まあ、嫌とは、言ってませんが……古書を解読できたところで、評価されることも、少ないので……。

 と、とにかく、これだけで読めるとは思いませんし……諦めがついたら、出て行ってください……」

 

 そう言って、定位置に戻る彼女を見送る。

 

「古書館の魔術師だか知らないが、私は絶対的存在だぞ。いいか、三条ヒイロ、今から小娘の手など借りる必要はないと証明してみせよう」

「張り合うな張り合うな。既に、本を閉じたままデジタル化する技術だけでも十分神性の証明になるって! いやー、ミレニアムプライスにでも出せば入賞は確実だろうな~!」

「ふむ……そうか?」

「そうそう。てか、冗談抜きで実用性って観点じゃほかの候補を圧倒できるぞ、たぶん」

 

 どう考えても、光学迷彩下着セットよりは真っ当な発明品である。開いたら壊れかねない本を読めるなら尚更だ。

 

「貴様が私の神性を正しく理解しているなら、固執する必要もないか……。せいぜいこの辞書は私が有効に活用してやろう」

 

 折角の時短チャンスを無視しようとする自称神を止めて、俺は少女が持ってきてくれた本を機械に通す。

 

 形態素解析がどうとか、頻度分析がどうとか、いろいろ語るドローンの話は聞き流して、貰った本を通し終えたところで、古代語の解析はほとんど終わったようだった。

 

「思ったよりも早いな」

「今回は答えもあれば時間のかかる要素はない……それに、異文化圏の言語でもなく、飽く迄も古代語だ。ある程度の類似性がある上、そもそも単語が分かれば文脈の推論と大量の事例を元に文法も分かる。道理だろう」

「とりあえず、これで後はアリウス自治区とかに関係する情報を見つければいいわけだな」

 

 『植物誌』──画面上で自動翻訳を通して、表示されている古書のタイトルを見て、俺は本棚に視線を戻した。

 

 深くは考えてこなかったが、あれでも地球ではあった前世(エスコ)と違って、このキヴォトスは別の世界のはずだ。しかし、言葉は特に支障もなく通じているのは……いや、それを言ったらババ抜きといったゲームの概念だって……。

 

 思考がわき道に逸れて、デカグラマトンの声に現実に引き戻される。

 

「手当たり次第、全ての情報をこの場で記録しても良いが……必要ならば、貴様の都合を優先しよう」

 

 わざわざ俺の回答を待つように、ドローンが光学レンズを向ける。

 

 まあ、神秘だの神を名乗るAIだのが存在する、推定百合ゲー世界の真理を追い求めたとて、好奇心を慰める以上の意味はないか。

 

「そもそも一度に全部吸収せずとも、一部は楽しみに取っておいてもいいんじゃないか?」

「……なるほど、あえて未知を残し、予測という名の多様な期待を投影できる余白を残すのも──」

「ちょ、読めたんですか……?!」

 

 楽しみは取っておいたら、程度のことを大袈裟にデカグラマトンが形容していると、傍で驚きの声が響く。

 

「し、信じられません……それも、こんなに早く……」

 

 驚愕する少女の視線の先には、機械の画面(ディスプレイ)

 

「合ってるか、見せてやったら?」

「そうだな、小娘もこれで私の神性が理解できよう」

 

 俺が自称神にそう言うと、少女は慌てたように素早く移動して確認し始める。

 

「ちなみに、タッチディスプレイによりページを(めく)ることも可能だ」

 

 補足を入れるドローンを余所に、食いつくように画面をなぞっていた彼女が動揺を隠さず呟く。

 

「こ、この子の内容であっています……。ほ、本当に古代語は、何も知らなかったんですよね……?」

「そうだ。これこそが私の神性。その眼で理解するがいい、私のことを『頭がおかしい』などと形容した小娘よ」

「え、えっと……そ、それはすみません……ですが、神を名乗るのは普通に……。な、何でもありません……」

 

 根に持っていたのか……。

 

 下手に何か言っても面倒なことになると察したのか、器の小さい神を前に反論を引っ込める。

 

「……色々な見方がある、ということですかね。外の方というにはあまりにも特殊な事例にも思えますが……。と、とにかく、これなら開いたら壊れそうな子も傷つけず、翻訳も出来るということですよね……」

 

 機械の前で興味を隠せず独り言を漏らす彼女に、俺は口を開く。

 

「試してみるか?」

「あ……こ、これはそういう、つもりではなくて……いえ、期待していないかと問われれば、嘘になりますが……出来るわけがないなんて言ってしまった手前、自分でもどうかと思いまして……ええっと……」

 

 気づいたように俺とドローンを見て、本を抱えたまま誤魔化すような笑みをにへらと浮かべる。

 

 沈黙が降りて、頬を上気させた少女は視線を逸らして零した。

 

「まあ、はい……」

「じゃ、代わりにというか、ここの本には詳しいんだろ? こっちの調べたいことについて聞いてくれるってことで、どう? 神もそれでいいよな?」

「私は別にどちらでも構わぬ。情報が得られるなら、順序に固執する理由も無い」

「というわけで、追い出されずに済みそうだし、まずは名前を聞いてもいいかな。そういえば、聞きそびれていたし」

 

 軽い調子で微笑む俺に、彼女はそういえばそうだったと言わんばかりに固まった。

 

 

 

 

 

「そうかそうか、そういえば古関はリアル図書委員長なんだよなぁ」

「い、言い方が、どことなく気色悪いですね……」

 

 古関(こぜき)ウイと自己紹介してくれた彼女に、俺はネットリと呟く。

 

 委員長ヤンキーと図書委員ヤンキーのカップリングが素晴らしいことは自明だが、図書委員長ヤンキーか……それはもう、最強なのでは……?

 

 そんな安易で浅はかな妄想を頭に浮かべながら、本棚の間を先導する彼女について行く。

 

 早速、俺は古関に頼んで、トリニティの歴史関連の書物を集めるのを手伝ってもらっていた。

 

「個人的に、図書委員とヤンキーには思い入れがあるからな」

「言っておきますが、ヤンキーなんて、がさつそうですし……絶対に入れたくありません……。そ、そもそも、外の方は嫌いです……」

「じゃあ、こうして付き合ってもらっている俺は幸運だな。ああ、もちろん、俺のことはそのまま嫌っていてくれ……俺が、推奨する」

 

 ニコニコと笑う俺に、目の前の古関は歩く速度を落として、神妙な声でささやく。

 

「……今日初めて会った人に、言う事ではないかもしれませんが……そういう所は不思議と、親近感を覚えてしまいます……か、勘違いかもしれませんが……。

 その、私も、先程実感されただろう通りの、気難しい性格ですし……意図的にそう振る舞っているのも、あるので……そうやってパーソナルスペースを確保しようとするのは、分かる気がします」

「あ、これ素ね? 素で、俺は少女同士のカップリングの妄想でクソキモイ・オタクスマイルを浮かべてるだけね……?」

「……まあ、そうですよね。私も、他人からそんなこと言われたら、絶対否定しますし……。す、すみません……今のは、忘れてください……」

 

 何か勘違いをされている気がしたまま、本棚から本を選んで取っては抱える彼女を追いかける。

 

 途中で不意を突いて、さっと重ねられた本を奪った俺は、手が空いて挙動不審な彼女を連れてドローンの下に戻った。

 

「これ、全部頼むわ!」

「機械に通すのは貴様がやれ。その後は私が見てやる」

「み、見てはくれるんですね……。あれ、えっと……これで私の役目は、終わり、ですかね……?」

 

 本当にこれだけでいいのか、と逆に不安そうに古関が呟く。

 

「もう十分助かったけどな。こうして教えてくれなかったら、総当たりする羽目になってたしな」

「既に解読できるなら……背表紙をみれば、流石にそこまでする必要は無いと思いますが……と、とにかく、なんだかこの程度では、対価として釣り合ってない気がしまして……お、落ち着かないと言いましょうか……」

 

 律儀に気にする彼女を前に、俺はドローンに声を掛ける。

 

「でも、別に神はなにかやって欲しいことも無いだろ?」

「当たり前だ。私が何故、小娘から施しを受ける必要がある」

「ふーん、じゃあ、代わりに俺に付き合ってもらおうかな……?」

「へ……? あ、予め言っておきますが……ぜ、絶対に、外には行きませんよ……!」

 

 警戒する古関に、機械に本を読ませる手を止め、俺は口角を上げる。

 

「大丈夫大丈夫。この場で済むから」

 

 布教空間(パーソナルスペース)に手を突っ込んで、一つひとつ丁寧に机の上に積み上げる。

 

 無感動なドローンと唖然とする古関。

 

 誰もが言葉を失い、声を発せない空間で、完成した聳え立つ本の塔。

 

「お前もこの世の至宝を読まないか?」

 

 全三十七巻の『マリア様が◯てる』を積み上げた俺は、両手を広げる。

 

 圧倒的な威光を前に、古関はただ慄いた。

 

 

 

 

 

 

 

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