透き通るような世界で俺がやるべき唯一のこと   作:THE TOWER XVI

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歴史と現在

 布教用の『マリア様が◯てる』全三十七巻と機械を残して、俺とドローンは古書館を去り──それからは、日課のように訪れていた。

 

「うぇぇ……ま、また来たんですか……。あ……い、今のは、ヒイロさんが嫌だという意味ではなく、そこのドローンを見て、つい……」

「別にフォローしなくていいぞ。俺自身がこいつ(三条燈色)のアンチだからな。

 ま、古関には悪いが、ここが一番静かで落ち着くし、このドローンに読み聞かせしないといけないから許してくれ」

「言っておくが、私は人間の手を借りずとも良いのだぞ。専用の設備を導入するだけだ」

「そ、それは、やめてください……こ、この子たちに何かあったら怖いですし……」

 

 元々、神聖十文字(デカグラマトン)が本を読むのを手伝う代わりに、その情報を共有してもらうという条件だった。

 

 本棚から取り出す部分も機械で出来るとの話だったが、古関が本が傷つくのを恐れていたので、結局俺が本を持ってきて読み込ませる形で落ち着いている。

 

 その間に、機械の画面で翻訳された古書を読んでいるので、それなりに勉強にはなっているが。

 

「あ、そうだ。これ」

「す、すみません……いつも、ありがとうございます……」

 

 来る途中に買ってきたアイスアメリカーノを彼女の机の上に置く。

 

「こればっかりは……予防線を張らずにおいて、本当に、良かったです」

「まあ、あの機械を使ってくれるだけで、実質こいつに読ませてやってることになるからな」

「それは……実際、解読には便利なので、お互い様といいますか……。わざわざ、もう一台用意してもらいましたし……」

 

 そう言って古関は隣の機械に視線を移す。本の解読作業の補助として使えるらしく、デカグラマトン的にも本を読み込む分には都合がいいので、結局二台目を入れることになっていた。

 

 古書の情報を流出させるのもどうかと、後から思ったが……どうせ古書の内容に興味のある人が居なければ、この子たちもそのまま読まれずに放置されるよりかは、頭のおかしいAIに読んでもらったほうがマシ、というのが古関の談。

 

 そんなことを思い出しつつ、話を飲み物に戻す。

 

「ああそうだ。いつもそれだけど、たまには別のも飲みたくならないのか? コーヒーに入れるものを固定している俺の言えたことじゃないけど」

 

 砂糖とミルクに、シナモン少々。いつもの珈琲を入れた保温瓶を機械の隣に置く。

 

「いえ……これが、作業には丁度いいので……」

 

 解読中と思しき書きかけの本の前。少しの間、彼女は口元を緩めたが、すぐに表情を戻して、俺を見て迷うように問う。

 

「そ、その……単純な、疑問なのですが……トリニティの歴史を調べて、何か意味はあるのでしょうか……」

 

 珍しい彼女からの質問に、俺は意外な面持ちで古関を見つめる。

 

「以前話した通り、大抵の方は、昔のことなんて知ったところで意味がないという見方をしますし……ここずっと、ちゃんと読んでるのが意外といいますか……」

 

 目を逸らした彼女は、言葉を選ぶように喉を動かす。

 

「き、期待してなかったわけではなくて、ですね……外の人と違うとは、あの少女同士の謎の恋愛本を大切にしている様子から、分かってはいましたが……それでも、こうして毎日、自分以外の誰かがいて、それに自分も慣れつつあるというのが、不思議に思えて……つい、理由が気になってしまって……。す、すみません、その、ま、まとまりのない話で……」

 

 逃げるようにペンを取って、作業に戻る振りを見せる彼女に俺は考える。

 

「理由か……たぶん、期待しているような、純粋な動機じゃないぞ。単なる実利的な情報として読んでるだけだし。ほら、歴史は単なる昔の出来事じゃなくて、今に続いている面もあるだろ?」

「歴史は時に大河に例えられるが、上流の水量から河口の水量を求めることもできる。過去からの予測と現在の観測を元に生物は現状を推論するというが、それに近い概念だな」

 

 黙っていたドローンが口を挟んできて、俺は付け加える。

 

「ま、あとは百合ゲーマーとして、設定資料集とかは隅々まで履修してたから、苦にならないのもあるかも?」

「せ、設定資料集、ですか……? 百合のことになると、相変わらず意味が分かりませんね……」

 

 首を傾ける俺を、呆れたように古関は見て、デカグラマトンが強制的に会話を終わらせた。

 

「いずれにせよ、我々は歴史の価値について議論しに来たわけではない。三条ヒイロ、さっさと続きを進めるぞ」

「はいはい。ま、また何かあったら遠慮なく。必要だったら、いくらでもお喋りの練習相手になってやるぞ。将来の、百合のためにもな!」

「そ、それは……余計なお世話です……」

 

 嫌そうな顔をする彼女に、俺は満面の笑みを返して、いつものように、ドローンの後を追う。

 

 本棚を見て回りつつデカグラマトンが興味を持ったものを集め、机に戻るとスキャンを繰り返し、その間に資料を読み進める。

 

 期待していた内容と違った本もあったが……数日も通えば、大まかにトリニティ総合学園に関する歴史的な経緯は見えてきた。

 

 過去から現在。

 

 確かに、自称神が例えたように、歴史とは水の流れのようなもので……川の水が突如消えたなら、それはさながら扇状地の伏流のように、脈絡もなく蒸発したのではなく、誰にも観測できない何処かに『潜った』と考えるべきだ。

 

 複数の記述が存在する、『第一回公会議』において追放されたアリウス分校……すなわち、黒服の口にしていたアリウス自治区の『アリウス』を冠する集団。

 

 多くの派閥によって成り立つトリニティ総合学園は、元来複数の独立して権力を持つ派閥が集まってできた学園であり。

 

 当時その統一に際して唯一反対したアリウス分派は、徹底的な弾圧を受け、やがて地上から姿を消したという。

 

 アリウスを除く全ての派閥は、『第一回公会議』を経て現在のトリニティとなったわけだが。

 

 ポンペイのように噴火と共に火砕流に沈んだわけでもなく、ヘラクレイオンやカノープスのように地震と共に海に呑まれたわけでもなく。

 

 天変地異に襲われた記録もなく、相当な人数であるはずの彼女たちは、一体どこに消えたのだろうか。

 

「まあ、空が無理なら地下しかないよな」

「何か面白いことでも見つけたか?」

 

 独り言にドローンが反応して、俺は下唇を親指でなぞりながら、問いかける。

 

「いくら神秘があろうが、キヴォトス(ここ)にラピュ◯……天空の浮島って、ないよな?」

「……観測可能な範囲では存在しない筈だ。無論、観測不可能だが存在していると仮定は出来るが……そのような無いも同然な存在について論じたところで、無意味だろう。発想としては、実に興味深いが」

「じゃあ、地下は?」

「アリウス自治区の話か。カタコンベなる地下迷宮の図が読み取った一冊にある。古書に残されている情報が正しく、それを彼女たちも知っていたとすれば……聖徒会の弾圧から逃れるなら、そこだろうな……」

 

 レンズの向こうで、絞りを調節するように円が拡大し、硝子(ガラス)の上を鈍い虹色が弧を描く。

 

「調べてみるか?」

「当然」

 

 俺は機械から離れて、古関が顔を上げて聞いてくる。

 

「え、えっと……どこかに行かれるんですか……?」

 

 ペンを片手に、丸眼鏡を掛けた彼女と目が合う。

 

「その、まだ九時ですし、帰るにしては……いつもより、だいぶ早い気が……」

「ちょっと、面白そうなのが見つかったから、観光しに」

「そ、そうですか……お気をつけて……?」

 

 古関の見送りに後ろ手を振って返して、俺はデカグラマトンと共に古書館を出る。

 

 すでにかなりの量の書物を記録し、歩くミニ古書館と化したドローンの力もあり、カタコンベの入り口もすぐに見つかった。

 

 屋根は失われ、壁だけが一部残っている聖堂の下。大理石の柱に蔦が這う、変哲もない古代の遺跡。

 

 合流した白いコンテナから蜘蛛のような超小型機が放たれる様子を俺は眺めて──

 

 

 

 

 

 数日後。

 

 デカグラマトンの言葉に、慌てて夜の鍛錬を切り上げて飛び出す。

 

「三条ヒイロ、カタコンベの入り口より一個小隊規模の集団の出現を確認した。無線内容からして、アリウス自治区の所属で間違いない」

 

 そもそもカタコンベの入り口は、三桁に迫る膨大な数が存在しており、そのうちの極一部だけが奥に通じる本物だとか。

 

 他にもいくつかの遺跡を巡って、同じようにデカグラマトンが調査用の自律機械をばら撒いていたが……その中の一つで当たりを引いたらしい。

 

「団体さんでどこに行くって!?」

「学園の中心部だな。蓋然性の高い建物を絞ることは出来るが……何らかの情報を傍受しない限り、進路から正確な目的地を特定することはできぬぞ」

「それにしても、そのままだと正義実現委員会にぶつかるんじゃ……」

 

 少なくとも、パトロールしている彼女たちが知らない部隊を素通りさせるとは思わない。

 

 俺はふと口にして、デカグラマトンはその可能性を否定する。

 

「それは無いだろう。現在、トリニティ学園には戒厳令が敷かれている。一部の建物に警備を集中させているようだ」

「それは何とも、タイミングのいいことで」

 

 俺は唇を曲げる。

 

「その戒厳令をアリウス側が知っているかどうかでだいぶ話が変わるな」

 

 もし、戒厳令がアリウス側の読み通りか工作なら……一個小隊で狙うのは警備の手薄な場所になるだろう。一方、そうではなく、トリニティ側がアリウスの襲撃を読んでのことなら……そのために警備を固めている筈で。まあ、この場合は俺が助ける必要は無い。

 

「もし行くなら警備が薄い場所なんだが……そもそも、こっそり団体さんの方に合流すればいい話だな」

「ああ、追跡すれば自ずと目的地に辿り着く」

 

 俺は九鬼正宗(マジックデバイス)引き金(トリガー)に手を掛けて。

 

 端末が震える。

 

 ロック画面上でも表示される差出人。

 

「ミカ……?」

 

 モモトークを開いて、何気ない会話の下。数日の空白を挟んで今日の日付の下に、吹き出しで囲まれた位置情報が挿入されている。

 

 文字すらなく、ただトリニティ学園の本館のある一点にピンが立っていた。

 

「どうした? 部隊の位置は特定しているぞ」

「……いや、予定変更だ。先に寄り道しようぜ」

 

 動きを止めた俺を不審がるデカグラマトンの横。

 

 俺は遠くを見つめたまま、片手で端末の画面を切って懐に仕舞う。

 

「学園の敷地内に奴らが来てからでも遅くないし……ワンチャン、ジャックポット(大当り)だ」

 

 ──それに、すぐに駆けつけてやるって言ったしな。

 

 下肢に魔力線を通し、俺はドローンを置いて飛び出した。

 

 

 

 

 

 

 

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