透き通るような世界で俺がやるべき唯一のこと   作:THE TOWER XVI

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運命の交差点

 屋根の上。

 

 静かに降り立った俺の横に、当然のようにドローンが並ぶ。

 

 後部に露出していたエンジンノズルを格納し、視線を下に落としたドローンは呟く。

 

「不可解なタブレット……三条ヒイロ、近くに先生がいる。おそらく目的地はこの下の屋根裏部屋だ」

「先生が……? いや、待て、アリウスの部隊はここに?」

「進路から推測される経路上ではあるな」

 

 素直に捉えるなら、先生はこれを止めに来たと考えるのが妥当か。なぜ、先生がアリウスの動きを察知できたのかは不明だが。

 

「ちなみに、狙いは……」

「この屋根の直下の空間に、端末が一つ。使用履歴からして、所持者はその傍だ」

 

 ドローンからワイヤーフレーム表示の建物のホログラムが空中に投影される。その中に、それぞれの位置が光点で浮かび上がった。

 

「配置から推察するに、残りの端末はその部屋の警備のものだが……先生率いる部隊が一階から侵入を開始した。移動していた端末の位置が床付近で停止している。恐らく無力化されている」

「味方ってわけじゃないのか……?」

 

 守りに来たにしては警備を制圧していっていると思しき先生の動き、接近するアリウスの部隊。そして、彼女──聖園が俺にこの位置を送った理由。

 

「そもそも、携帯の中まで分かるなら、誰がいるかも分かるだろ?」

「下にいるのは桐藤(きりふじ)ナギサだ。ティーパーティーの生徒会長の一人……標的に選ばれる可能性は十分だ」

 

 なるほど、ナギちゃんか。

 

 見えて来た理由の断片に、ついつい俺の口角が上昇する。

 

「先生の近くにはおそらく二人の生徒」

「どういう関係かは知らないが、頼まれたのは確かだな。先生たちに便乗して、俺も仲間に入れてもらうか」

 

 なぜ聖園本人が来ないのか、何処からこの襲撃を知ったのか……そして中途半端に位置情報だけを送った意味。

 

 疑問を置いて、俺はワイヤー射出機を手に取ると、先端を雨どいにひっかけて、窓の上端まで降下する。

 

 自由にした左手を九鬼正宗に添え、先生と思しき三つの光点が扉の向こうに辿り着くのを見計らい──引き金(トリガー)

 

 足で壁を蹴って、離れるように弧を描いた俺は、振り子が揺り戻る勢いのまま窓をぶち破った。

 

「こんばんはー!」

「なっ、外から……!?」

 

 テーブルに座っていた有翼の少女が慌てて立ち上がる。

 

 驚愕を顔に貼り付け、腰元の拳銃を引き抜いて俺に向ける。

 

 同時に、ガラスの割れる音を聞いて、扉からもなだれ込んできた。

 

「もう来たのか……!? 予定よりも早すぎる……!」

 

 明滅するマズルフラッシュ。

 

 銀髪の少女のアサルトライフルが火を噴き、銃弾が魔力障壁とかち合って火花が散る。

 

「タイムタイム!! 僕、悪イ人間ジャナイヨ!!」

 

 散らばるガラス片と共に床に着地して、俺は両手を上げ目を潤ませながら訴えかけた。

 

「「「……」」」

 

 しんと静まり返る部屋。銃を向けられたまま、膠着状態に陥る。

 

 入る部屋、間違えたかな……?

 

「アズサちゃん、どうかしましたか……?」

「イレギュラーが発生した」

「っ、白洲(しらす)アズサさんに、浦和(うらわ)ハナコさん……! まさか、裏切り者は一人ではなく……!」

「ねえ、裏切り者ってどゆこと……?」

「あらあら、これは……見ない顔ですね」

 

 扉から桃色の髪の少女が現れて、左下に銃を向けたまま探るような視線を俺に向ける。

 

 そして、『裏切り者』と口にした、象牙色(アイボリー)の髪を腰丈まで伸ばしたナギちゃん──桐藤は迷うように、銃口を俺と彼女たちの間で彷徨わせた。

 

「これは自己紹介する流れかな? アイスブレイクに、はじめましての挨拶をしようぜ」

 

 九鬼正宗の柄を押さえた俺は、とりあえず場を和ませるために自己紹介のカードを切る。

 

「俺は三条燈色。百合ゲーの販売サイトに張り付いて、発売と同時に購入する速度はここの誰よりも速いと自負しています。皆さんとは格が違うので、そこんとこ、よろしくお願いします」

「私は白洲アズサだ。単独でのゲリラ戦には自信がある。よろしく頼む」

「なるほど……。私は先ほど紹介していただいた通りの、浦和ハナコです。そうですね……自分を解放することに関しては、たぶん誰にも負けないと思いますよ」

 

 浦和はニコリと笑って、三人の視線はまだ自己紹介していない一名に集中する。

 

「ど、どういうつもりですか……! このような会話に何の意味が……! あなた達は、私をセイアさんのように襲撃しに来たようですが、私は……!」

 

 足の震えを誤魔化すように、桐藤が必死に叫ぶ。

 

 その姿を見て、俺は浦和たちに目を合わせたまま(おもむろ)に桐藤の方へと移動した。

 

 近づく俺の背に冷たい銃口がひたりと触れて、持ち主の動揺が振動として伝わってくる。

 

 そのまま、肌で己の命を奪える凶器を実感しながら、俺は彼女を守るように斜め前で立ち止まった。

 

「そうだな、俺は君の素敵なお友達に頼まれて、君を護りに来たってところかな、ナギちゃん?」

「な、ナギちゃん……?! いえ、まさか、ミカさんですか……?」

「そういうこと。ま、俺は信用できなくても、その銃なら信用できるだろ」

 

 今も背中を狙っている拳銃に言及して、俺は銀髪と桃色の髪の少女に目を向ける。

 

「さっきは自己紹介サンキュー。でも、こういうわけだから、戦うなら先に俺を倒してもらわないといけないんだけど……」

「いえ……大丈夫です。本当はどっきりを仕掛ける予定でしたが、既にレールは外れてしまったようなので、今回は仕方ありませんね」

「どっきり……? 何を言って……?」

「……私達も目的は同じだ。桐藤ナギサを襲撃から守る為に来た」

「……?!」

 

 構えていた小銃を下ろす白洲に、後ろで驚愕する気配が伝わってくる。

 

「ま、待ってください! トリニティの裏切り者が学園内にいて、可能性が最も高いのは、転校してきた白洲アズサだと……そもそも、守るとは、いったい何から……!」

「そうだな。その通り、私が裏切り者だ。私が、桐藤ナギサのヘイローを破壊するために、アリウスの任務を受けトリニティに潜入している『トリニティの裏切り者』だ」

「や、やはり、そういう──」

「だが、私は私の意思で抗うと決めた。ここで、合流する予定のアリウスの部隊を止める。私には、まだ皆と一緒に学びたいことが、たくさんある」

 

 白洲の強い光の宿った瞳に、桐藤は言葉を返せず止まって。

 

「そういうことだよ、ナギサ」

 

 扉の前に立つ、微笑む大人の姿。

 

「アズサは裏切り者でもスパイでもない、もう立派な補習授業部の一員なんだよ」

「先生も、いたのですね……」

 

 日常で見せる姿とはまた異なる、もう一つの側面。

 

 見てるだけで安心してしまうような、泰然とした雰囲気を身に纏った先生が姿を現した。

 

 チラリと後ろを見て、桐藤はその銃を両手で握ったまま下に向けていた。

 

「先生もそちら側なら、真実がどうあれ、私のとれる選択肢はそうありませんし……そもそも襲撃なら、こうして話す必要もない、ということですよね……」

 

 自嘲するように囁いて、気が抜けるように崩れ落ちる彼女を咄嗟に支える。

 

「おっと、大丈夫?」

「あ、はい……す、すみません、腰が抜けて……」

「って、そうだ、ヒイロ! こんなところで何やってるの?!」

 

 桐藤の背に手を回して支えていると、気づいたように先生が駆け寄ってくる。

 

「ミカに頼まれて……」

「そ、そういえば、ミカさんとは一体どういう関係で──」

「えっ、もしかして、ヒイロここでも──」

 

 待て、ここがアリウスの襲撃部隊の目的地だと分かっているのは、アリウスのスパイだという白洲がそう言っているから。先生が知っているのもそれが理由だ。じゃあ、その位置情報を……襲撃の存在を、なぜ聖園は知っているんだ?

 

「さっき言ってた裏切り者ってなんだ? アリウス部隊を手引きしているスパイって話か?」

「それは……セイアさんが襲われた際にも何者かが手引きを……待ってください、アズサさんはスパイだとしても、私のセーフハウスをどのように知ったのですか……?」

「私は上から指示されただけだ」

「要するに、アズサちゃんはスパイでも末端の実行犯でしかないということですね。

 そもそも、スパイとして転校させるにはそれなりの力が必要だと思いますし、セーフハウスの位置の件といい、ナギサさんが探していらっしゃる裏切り者は、私たちのような一般生徒ではなく、ティーパーティーの中にいらっしゃるのではないでしょうか?」

「そんな、はずは……」

 

 目を細めて問いかける浦和に、桐藤は唇を震わせながら否定しようとして、白洲が補足する。

 

「……転校については、アリウスがティーパーティーのメンバーであるミカを騙して、私をこの学園に入れたと聞いている。ハナコには一度説明した通りだ」

「ええ、この話は既にアズサちゃんに教えてもらっていたんですけどね」

 

 浦和は微笑んで、桐藤に視線を投げる。

 

「ですが、今この話を聞いたナギサさんなら、誰が一番怪しいかは分かっているんじゃないですか?」

 

 その言葉に、桐藤は激しく動揺した。

 

「そ、それこそ……! あ、あり得ません! だって、そんな……それでは……」

「他にも、今回のナギサさんの無茶な戒厳令に合わせて、都合よく正義実現委員会が移動も出来なくなっているみたいですし……そんな権限があるなんて、ナギサさん以外に考えられるのは──」

「さっきも言ったが」

 

 浦和の言葉を遮ると、桐藤に笑いかける。

 

「あいつが俺にこの場所を教えたのは、お前を護って欲しいって意味の、尊い想いによるものだと俺は解釈した。俺の百合IQ180の頭脳がそう言っているから、間違いない。

 つまり、ミカナギはキテる」

 

 唖然とする彼女に、俺はそう断言した。

 

「ミカナギがキテる……何かの暗号か?」

「また、ヒイロが変なこと言ってるだけだから、アズサは気にしなくていいよ?」

 

 真剣な顔で呟く白洲を先生が諭して、浦和がクスクスと声を漏らす。

 

「ふふっ、そうですね。すみません、ついどっきりが出来なかった分、意地悪をしたくなってしまって……。ナギサさん、先程の話は私の個人的な推測ですので、あまり思い詰めないでください」

「まぁ、それに、本当のところは本人に直接会って聞くしかないさ。想いも事情も、まとめて全部な」

 

 俺は笑って、桐藤の手を取ると背中を押して立たせる。

 

「じゃ、一旦落ち着いたみたいだし、お邪魔虫の俺はクールに去るぜ!!」

 

 そのまま、俺に寄りかかりそうになった彼女を、流れるように先生の方に預けた。

 

「先生、あとはよろしく!」

「えっ、ヒイロは?!」

「ちょっとした約束を果たしに」

 

 先生の声に軽く返して、俺は自分が壊した窓から外に飛び出る。

 

 空中で九鬼正宗の引き金(トリガー)を引く。

 

 俺は下肢を強化しながら着地して、律儀に外で待っていたドローンが合流した。

 

「何故といわんばかりの顔だが、この機体は数多ある私の端末の一つに過ぎない。貴様を待つためだけに時間を浪費などしておらぬ故、付け上がるなよ」

「お、おう……まさか、このまま付いて行く気?」

「アリウスの部隊の元に行くのだろう? 私もゲマトリアの動向には興味があるからな」

 

 そう語るドローンを見て、俺は口を開く。

 

「なぁ、以前、俺の魔術に興味があるって言ってたよな」

「そうだが……教える気になったか?」

「いや、全部じゃねぇ。だが……ここに、ジャンクの『属性:光』の導体(コンソール)がある」

 

 ビー玉のような球体を胸元から取り出す。

 

 人差し指と中指の間に挟んで、俺は月明かりに翳した。

 

「俺と取引(ディール)をしようぜ? 具体的には、人探しと情報操作を頼みたい」

 

 レンズの前で俺はニヤリと笑って、己を絶対的存在と定義するAIは鷹揚に承諾した。

 

「不可解な道具のサンプルか……良いだろう、三条ヒイロ。私の神性を見せてやろう」

 

 

 

 

 

 ガスマスク装備の兵士が黒い影となって地上を進む。

 

 先ほどの小隊規模の部隊とはまた別の、中隊規模の大部隊。

 

 デカグラマトン曰く、小隊規模の部隊は既に先生たちと交戦中らしく。この大部隊は彼女たちが要求した増援か、もしくは小隊の方は先遣隊で、こちらがアリウスの本隊だろうとのことだ。

 

 ただ、そんなことは関係なく、俺は俺の待ち人を、進路上の広場で望む。

 

 噴水の前。

 

「な、なんだ貴様」

 

 眼前に突如現れた男に、片手を上げて止まるように先頭の少女が指示する。

 

 俺はゆっくりと立ち上がると、バットに見立てた九鬼正宗で素振りをした。

 

「おーい! 聖園ー!! 野球しようぜ! 野球!!」

 

 大声に部隊がどよめくが、リーダーらしき人物は冷静に指示を出す。

 

「ただの狂人か。さっさと黙らせろ」

 

 銃口が次々と俺に向く中、ニヤリと唇を曲げた俺は懐から白い球体(ボール)を取り出す。視線を集めたまま宙に放り投げると、(バット)を構えて、打つ。

 

 空高く弧を描く自称神(デカグラマトン)謹製の爆弾。

 

 それを全員が見上げて──

 

「ッ、伏せろ!!」

「おせぇよ」

 

 ──中央から分離し円筒形に変形した弾頭は、側面から大量の子弾を正確に射出しながら地上の一帯を吹き飛ばした。

 

「おおー、ストライクバッターアウトってな! 流石神!」

「この場合のバッターは貴様だろ。それよりも、あの導体(コンソール)を忘れるなよ」

「オーケー、じゃ、情報工作と全部終わったときの合図、よろしくな」

 

 隠れていたドローンが爆炎と混乱に乗じて姿を現し、念を押すように俺に耳打ちして去っていく。

 

 それを見届けて、俺は正面に向き直った。

 

 煙が晴れた先。開幕の爆撃から、計算通り残った部隊。

 

 先頭の桜色の髪の少女と目が合って、俺は口端を上げる。

 

「なんで……」

「ああ、ナギちゃんの方ならご心配なく。先生たちが代わってくれたから」

 

 喜びも悲しみも驚きも()い交ぜに。

 

 複雑な表情で呟く少女に、俺はいつもと変わらない調子で声をかけた。

 

「だから、その後ろの部隊は先に行かせて、俺と二人でお喋りしようぜ」

 

 

 

 

 

 

 

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