透き通るような世界で俺がやるべき唯一のこと   作:THE TOWER XVI

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ルビコン川の手前で

「おっと熱烈な歓迎だな」

 

 銃撃が傾斜した魔力壁の上で滑って、火花を散らしながら斜め上へと弾かれる。

 

「……ねぇ、攻撃を止めて」

「しかし、相手は部隊の四分の一を一瞬で壊滅させるような──」

「私は止めてって言ってるんだけど、聞こえなかったのかな?」

 

 聖園の一声で、銃声が止まる。

 

 重い静寂が地上を埋めて、俺はいつもの調子で軽口を叩く。

 

「初めて会った時みたいに紅茶の一つでも出せれば良かったが……まあ、俺たちの仲なら、今さら行儀(マナー)なんてどうでもいいよな?」

 

 語り掛ける俺に、聖園は無言で俯く。

 

 アリウスの兵士は俺に銃を向けて警戒する中、彼女は口を開いた。

 

「……うん、そうだね。私も、久しぶりに話したい事が沢山あるから」

「久しぶりといっても、一週間程度だけどな」

「一週間も、だよ」

「何を……」

「あ、そっか、まだ居たんだっけ? もういいよ。私はここに残るから、先に行きなよ」

 

 口を挟んできたアリウスの兵士に、聖園はどうでも良さそうに返す。

 

「どういうつもりだ……あくまで我々はそちらの要求で──」

「そうだね。でも、今はそういう気分じゃないかなぁ。それに、元々私が居なくてもやる予定だったんでしょ? あの時みたいに」

「……」

「なんなら、私の知らない別の部隊が先行してたりしてね。それとも、私が居ないと困ることでもあるのかな?」

 

 ガスマスクでその表情は窺い知れないが、聖園から顔を逸らして、アリウスの少女は後方にハンドサインを出す。

 

「……各員に伝達。指揮は私が引き継ぐ。チームⅤ(エコー)からチームⅧ(ホテル)は私の元に。残りは負傷者を連れて撤退に当たれ。撤退のルートは各々の小隊長の判断に任せる。証拠は残すなよ」

 

 統制の取れた動きで部隊を分けると、部隊の一部が気を失っている仲間を抱えて撤退を開始した。

 

「……では、我々は行くぞ」

「うんうん、頑張ってね~」

 

 指揮官と思しき少女は残った部隊と共にその場を離れ、聖園がそれを笑顔で見送る。

 

 アリウスの部隊は闇夜に紛れて姿を消し、振り返った彼女は懐かしむように俺を見つめた。

 

「あの時みたいに月も綺麗だし、夜の噴水の前で二人っきりなんて、ロマンチックな映画の一場面みたい」

「この時間帯の噴水は止まってるみたいだけどな」

「それは仕方ないよ。こんな時間に外にいる子なんて、よっぽどの悪い子だけだから」

 

 コンクリートの土台に、大理石と黒い鉄で出来た噴水の前。

 

 俺との間に距離を横たえたまま、彼女はささやく。

 

「ヒイロは、あの後どうしてたの?」

「図書館で調べものと、軽い歴史観光。そう言うミカはどうなんだ?」

「私は……正直退屈だったかな。ヒイロがいた時が楽しかった分、逆に前よりも、普段が寂しくなっちゃったかも」

「美食研究会とは、あの後には何もなかったのか?」

「ハルナちゃんなら、この前なんか水族館(アクアリウム)から貴重な魚を盗んで騒ぎを起こしたみたいで……ふふっ、流石に私がいくら勝手気ままな問題児でも、一緒にいたら大問題だよ。何回か、やり取りはしたんだけどね。トリニティの美味しいスイーツのお店とか、まだ流行ってないような所も知ってるから、凄いよね」

 

 何気ない雑談にくすりと笑った後、会話が途切れて、静寂が残る。

 

 憂いを帯びた表情を見せて、彼女は切り出した。

 

「……それにしても、なんで、とは聞かないんだね。それもそっか。だって、ヒイロ、送った位置情報を無視して、ここに来たぐらいだからね」

 

 聖園は納得するように小さく笑って、俺は微笑む。

 

「すぐ駆け付けてやるって言ったろ? 俺が言った相手は、お前だからな」

 

 まっすぐ見つめる俺に、聖園は静かに両目を見開いて。

 

 そのまま視線を地面に落とすと、俯いたまま嬉しそうにささやく。

 

「それで本当に私を見つけ出して、来てくれるのが……なんというか、ヒイロらしいよね。それを嬉しいって感じちゃってる私が嫌になっちゃうよ。だって、私には、そんな資格、ないのに」

 

 ゆっくりと、聖園は手に持ったサブマシンガンを俺に向ける。

 

 俺は微笑んだまま、ただそれを眺めた。

 

「気分じゃなくなったのは本当だよ? 何とかしてみようとしたのも、本当。でも、やっぱり私じゃダメみたい。私はもう、行くとこまで行くしかないんだよ」

 

 石畳に反射した月光が、彼女の表情を照らし出す。

 

「だから、ヒイロ……私を止めないでね」

「生憎、俺は百合ゲー史上最低最悪の悪役だ。嫌がる女の子に付き纏うのが、俺の本職ってやつでね」

 

 九鬼正宗の柄に手を添えた俺は、ヘラヘラと笑った。

 

「悪いが、今夜は俺に付き合ってもらうぜ」

 

 

 

 

 

 閃光。

 

 尾を曳く銀弾が魔力障壁とかち合って、三発目で障壁が砕け散る。

 

 その隙に身を屈めて前に出ていた俺は、空中で舞う魔力障壁の残滓の只中を突っ切って距離を詰める。

 

 腰に溜めた光刃を振り抜いて、間に現れた銃身に受け止められる。

 

「さっき、ナギちゃんのところには先生がいるって言ってたよね」

「先生と、あと浦和と白洲の二人が居るな」

「そっか、アズサちゃんが……でも、二人だけなんだね」

 

 お互いに刃と銃を交差させた奇妙な間で、聖園がささやく。

 

「いくら先生でも、あの数を相手にするのは大変なんじゃないかな? やっぱり、ここでこんなことしてる場合じゃないよ」

「自称神が雑に作った爆弾で半壊する程度の相手なら大丈夫さ」

「っ、ヒイロは、分かってないんだよ! だって、それで……それで……」

 

 声を詰まらせた彼女は、顔を伏せると、銃を振り抜く。

 

 細腕から出ているとは思えない力に、俺は姿勢を崩されかけて、咄嗟に後ろに飛んで距離を取った。

 

「そうだね。分かった。教えてあげる。私とナギちゃんがティーパーティーの生徒会長なのは知ってるでしょ?  でも、ティーパーティーの生徒会長はトリニティの三大派閥からそれぞれ一人選ばれる。つまり、私達二人以外にもう一人いたの」

「百合園セイア。サンクトゥス分派の代表にして、現在は療養中、だっけか」

「そこまでは、知ってたんだ」

「これでも、最近は図書館に入り浸ってたし、通りすがりの自称神様もいたからな」

 

 俺がそう言うと、少し聖園は笑って、すぐに表情を戻す。

 

「セイアちゃんが入院中ってのは嘘。本当は、ヘイローを壊されたの。アリウスに」

「……だから、俺にあの位置情報を送ったわけだ。今度は、桐藤が狙われているから」

「本当は最後まで送るかは迷ったんだけどね。でも、私を見つけてくれるぐらいだし、送らなかったとしても、たいして変わんなかったかもね。

 とにかく、これで早くナギちゃんのところに行かないとまずいって分かったでしょ? だから、一緒に──」

「それで、辿り着いたら、さっきまでアリウスと一緒にいたミカは何をする気なんだ?」

 

 固まる彼女に、俺は静かに問う。

 

「止めるだけなら、俺と会ったあの瞬間にアリウスを裏切るという選択肢もあった。俺は先生が向こうにいるから行かせても大丈夫だと言ったが、その場で俺を説得して共闘に持ち込むことだってできた。

 それに、白洲が言うには、アリウスがお前を騙してトリニティへの入学を手引させたって話だが……わざわざ『騙した』って表現したのはなぜだ? 最初からアリウス側は百合園を狙っていて……それをお前は知らずに入れてしまったんじゃないか?」

「……」

「百合園もトリニティのティーパーティーの生徒会長の一人だ。アリウスという外部からの襲撃をそう簡単に許すほど無防備なわけもない。和解がしたいとか、トリニティで学びたいとか、そういう願いを騙られて……おそらく、お前はアリウスをトリニティに手引きしてしまった」

 

 果たして、自分の行動が引き金となって、誰かが死んでしまったとしたら……それは、一体どれほどの衝撃だろうか。

 

 どれほどの傷を、この目の前の少女につけていったのだろうか。

 

「……流石だね。でも、少し違うのは、実際にセイアちゃんのところまで手引きしたのも私ってことかな」

 

 俯いた彼女は、手に持った愛銃を下に向けたまま、独白する。

 

「ちょっとした悪戯(いたずら)心だったの。いつも口を開けば難しい言葉ばっかり使って、小言のうるさいセイアちゃんにちょっと痛い目をみてもらおうって。そしたら……私の知らないうちに、あんなことになって……でも、ヘイローを破壊しろとは言ってないよ。私は人殺しじゃない」

「……」

「あはは、そうだね。ゲヘナが嫌いだからとか、エデン条約を邪魔するためにとか、そう誤魔化したこともあるけど……結局、私のせいでセイアちゃんがあんなことになっちゃったのは、変わりがないもんね」

 

 聖園は陰のある表情で自嘲して、黙っていた俺は口を開く。

 

「だから、アリウスの部隊を道連れに、正真正銘のトリニティの裏切り者になるってか?」

 

 真剣な表情で見つめる俺に、聖園は瞠目して、微笑む。

 

「アリウスの意図通り、首謀者としてスケープゴートにされたとしても……桐藤を護って、アリウスへの憎しみも自分が受け止められるならいいだろうってか? むしろ、罪深い自分への当然の報いだってか?」

「えへへっ、そう言われると、なんだか悲劇のヒロインみたいだね」

「桐藤は、お前が怪しいって話を浦和からほのめかされたとき、必死に否定しようとしていたぞ」

「ナギちゃんも可哀想だよね。躍起になって裏切り者を探していたみたいだけど、本当の裏切り者はすぐそばにいたわけだし」

「今なら、まだお前はアリウスに騙された被害者だ。だが、この先は立派なクーデターの首謀者ってことになる。そうなれば、今の生活だって」

「大丈夫大丈夫、成功させれば、ナギちゃんの代わりに私がティーパーティーのホスト(トップ)だからね」

「だが、お前だって、それが長続きはしないことはわかってるだろ」

 

 俺は、自ら破滅へと向かっているようにしか見えない少女を見つめる。

 

「そもそも、あんな大部隊じゃ悪目立ちも良いところだ。すぐに何があったのか明らかになる。そうなれば、派閥争いの盛んなトリニティが、力によって現状変更されたティーパーティーのホストに正当性を認めるとも思えない。

 正義実現委員会やシスターフッドだって従うことはないだろう。何よりも、クーデターという力による支配を持ち出した時点で、より強い力に負けるのがオチだ。あの程度のアリウスの部隊じゃ、いとも簡単に潰されるだろうな。それに何よりも、お前自身がホストなんて立場を求めていない」

 

 肌寒い夜風が間を吹き抜けて、笑顔を消した聖園は視線を地面に落としてささやく。

 

「でも、もうアリウスは止まらない……憎しみだって、私の手に負えないほど大きくて……ナギちゃんだってセイアちゃんみたいに殺されるかもしれない……!」

「桐藤なら先生がいるから大丈夫さ。それに、止めるべきはアリウスの方だ」

「それは……! 今更そんなこと……今更……」

 

 聖園は表情を歪めて、言葉に詰まった先に、作り笑いを浮かべた。

 

「ごめんね。結局さ、私にはその手を取る資格なんてないの」

 

 その今にも消えそうな笑みを見て、俺は九鬼正宗の柄を右手で強く握り締めた。

 

 確かに、取り返しのつかないことなのだろう。その責があるならば、許されて良いことではないのだろう。

 

 だが、悪意を前に、聖園はあまりにも優しすぎる。

 

 どう理屈を捏ねたところで、明確な故意を持って手を下したのはアリウスで……悪戯としては行き過ぎていたのかもしれないが、それでも騙された被害者だと主張しても良かったはずだ。

 

 自分は悪くない、アリウスが勝手にやった、私は騙されただけ。そう、逃げることだってできたはずだ。

 

 バーベキューの時も、聖園は乱入したゲブラでもあの羽付きの少女でもなく、自分を責めていた。

 

 そして今、彼女は自分が地獄に堕ちて当然だと、そう言いながら。まるで自傷するかのように、破滅的な未来へと突き進んでいる。

 

 アリウスの最終的な目的は知らないが、百合園の時のように今度は桐藤を狙っているなら、きっとこの悪意の差し金は高笑いが止まらないだろう。

 

 成功すれば桐藤を排除できて、失敗しても聖園がその実行犯として罪を被ってくれる。

 

 それも、聖園はそんなことは百も承知で、自分には地獄がお似合いだと独り自分を責めながら、喜んで引き受けてくれているのだ。

 

 ──誰が誰とか関係なく、ああやって仲良くできたらいいのにね。

 

 『理性的認識の及ばぬ想像上の事象とは、正誤の知り得ない独断的な仮定にすぎない』そう、早朝の素振りをする俺の横で、何時しかあの自称神は講釈を垂れていたが。

 

 もし……もし、アリウスへの憎しみもその身で引き受けようなんてつもりなら、もっと救われない。

 

「気に入らねぇな……」

 

 あぁ、そうだ。

 

 今、ここで、彼女がこれ以上先に進むのを止められるのは、俺だけだ。

 

「なぁ、どうしても無理か?」

「うん……ごめんね。もし邪魔をするなら、ヒイロには少し寝ててもらおうかな?」

「そうか……分かった」

 

 銃を持ち上げる聖園に、俺は九鬼正宗の鯉口を鳴らす。

 

「あくまで、お前がこの先に行くというのなら……お前が、自分で自分を責めるのをやめられないというのなら……」

 

 鞘の中で、顕現する。

 

 手元で光剣(ルークス)の蒼白い魔力光が漏れて──俺は、目の前の少女に啖呵を切った。

 

「俺が、俺の見たい景色のために、ここでお前を止めてやるッ!」

 

 引き金(トリガー)

 

 紫電が(はし)る。

 

 強化投影(テネブラエ)により強化された足で地面を踏み込み、俺は前へと飛び出した。

 

 

 

 

 

 

 

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