透き通るような世界で俺がやるべき唯一のこと   作:THE TOWER XVI

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決意と誓い

 左から抜刀。銀が弧を描いて──銃のトリガーガードと銃身の窪みで止まって、伸びて来た片手に掴まれる。

 

「あはっ、前から気になってたけど、案外軽いね」

「おいおい」

 

 そのまま力任せに折られた光剣(ルークス)の欠片が舞う中、その常識外れな光景に思わず呟く。

 

「毎回思うが、キヴォトスの人間のその力は何処から出てんだよッ!」

「安心して、もし私が本当の人殺しになっちゃったときは、私も後でそっちに行ってあげる!」

 

 笑顔で物騒なことを口にする聖園に、俺は頬を引きつらせる。

 

 バックステップと同時に導体(コンソール)を付け直して、刀を再生成(クラフト)

 

「うんうん、意外と悪くないかも! あのときは断られたけど、これなら面倒なこと全部置いて、二人でいつまでもいられるね」

「それは冗談でも洒落にもならねぇな……あと言っとくが、俺の行き先は地獄だぜ」

「ふふっ、良かった! それなら一緒だね。だって、私もきっと地獄行きだからね☆」

 

 会話と並行しながら、左手で導体(コンソール)を忙しなく付け替え、次の数手の布石を打ち続ける。

 

 銃を片手に持ったまま、今度は聖園が前へ出て、俺は引き金(トリガー)を引いた。

 

 導体(コンソール)、接続──『属性:光』、『生成:球』、『操作:破裂』──発動、光球(ライト)

 

 閃光で夜空が埋まる。

 

「きゃっ」

 

 薄暗い月明かりの中に放たれた光に、聖園は呻いて、硬直する彼女に俺は人差し指と中指を向ける。

 

「ちょっと心苦しいが、俺もさっき死ねなくなったからな!」

 

 描いた経路線(レール)に沿って不可視の矢(ニルアロウ)を射出する。

 

 一度地面すれすれに沈み込んだ矢は、彼女の愛銃を下から突き上げて──すかさず刃を返して、左から右。

 

 反動で上空に持ち上がった彼女の手を、光刃の峰が捉えた。

 

 紫電が弾ける。

 

 未だ視界が戻らず、よろめく彼女の手から短機関銃は回転しながら弧を描いて、茂みへと落ちる。

 

 それを横目に、俺は光剣を一回転させて鞘に納めた。

 

「あーあ、後で銃を探さないと」

「手伝ってやろうか?」

「狙ってやっておいて、よく言うよ。閃光弾といい、思ってたよりも面倒な戦い方だね」

「生まれてこのかた、三度の飯より己の卑しさを見せつけることを生き甲斐にしてきたもんで。

 ともかく、これで武器もなくなったわけだし、失望ついでに降参してくれると助かるんだけど」

「ふふっ、最初から正々堂々なんて求めてないよ。それに……銃なんて、ヒイロに使うつもりも無かったし」

 

 動く。

 

 間に生成(クラフト)した魔力壁をものともせず突っ込んでくる彼女に、俺は鞘ごと九鬼正宗を振り抜く。

 

 間合いを超えて飛翔した鞘に、一瞬驚いた聖園は咄嗟にそれを払いのけて、眼前。

 

 既に踏み込んでいた俺は、右の掌だけ滑らせ、刃を返さず両手で袈裟斬りを繰り出した。

 

 聖園の首筋目掛けて、月光を浴びた銀刃が閃き──差し込まれた左腕に阻まれる。

 

「峰打ちって、普通に危ないし、峰側はそこまで強度があるわけじゃないから、刀にも悪いんだってね」

「あくまでこれは魔法の剣なんで。だいたい、それを片腕で止めてよく言うぜ。俺なら骨が折れてるな」

「それって……これぐらいでも十分効くってことかな?」

 

 彼女はそのまま腰を落として、自由な右手で拳を握り込む。

 

 視界の端に収めた俺は咄嗟に九鬼正宗の位置をずらして、防御姿勢──吹き飛ぶ。

 

 魔力障壁も紙細工のように拳が貫き、直撃。

 

 背中まで衝撃となって突き抜けて、俺は足で地面に二つの線を引きながら止まった。

 

 骨まで持っていかれたな。

 

 感覚がなくなった右手を、魔力線で無理やり補強して誤魔化す。

 

「あれ、手加減しすぎたかな?」

「いや、結構効いたぜ、今の。でも、やっぱり降参してくれない? 刃物で素手の少女をボコる趣味はないんだけど」

「別に私は気にしないよ? むしろ、私だって、できればヒイロを傷つけたくないんだよ?」

 

 お互いに間合いを測ったまま、円を描くように移動する。

 

 途中でさりげなく鞘を回収した俺は、導体(コンソール)を換装すると静かに九鬼正宗を構えた。

 

 俺の意思が変わらないと知った聖園は、表情を消して──

 

「……そう。なら、しょうがないよね」

 

 消え──強化された眼球が、(かが)んだ彼女を捉える。

 

 襲い来る打撃の先に刃を置いて、垂直に光剣(ルークス)に乗せる。

 

 受け流し、回り込むように彼女の体勢を崩して、上段からの振り下ろし──衝撃で蒼白い魔力光が弾ける。

 

「ヒイロも悪いんだよ。突然トリニティもゲヘナもアリウスも、何も関係ない所から現れて……あんなの見せられたら……もう一度やり直せるかもって勘違いしても、仕方ないじゃんね」

 

 揺らぐ光刃を躊躇なく掴んだ彼女は、驚愕に目を見開く俺の前でささやく。

 

「でも、あのバーベキューだって……ハルナちゃんたちだって、結局、ヒイロが居たからなのに……。私一人じゃ、何をどうすればいいのか……全然わからない……」

 

 銃弾でも基本的に傷つかない肌にもかかわらず。

 

 よほど力を込めて握り締めているのか、たらりと血が腕を伝って流れ落ちていた。

 

 俯いていた彼女は顔を上げて、その様々な感情が入り乱れる瞳と目が合う。

 

「ねぇ、なんでなの……? なんで、私を置いて、どこかに行っちゃったの……? あの時、ヒイロが私の前からいなくならなかったら……ずっと一緒にいてくれたら、私は今でも物語のヒロインでいられたはずなんだよ……?」

 

 縋るように訴えかける琥珀色の瞳に、俺はゆっくりと瞼を下ろした。

 

「悪いな、俺には自分の命よりも大事なものがある」

 

 ──いーくん。

 

 脳裡に、かすかに聞こえた懐かしい声。

 

「ブレたら終わりなんだよ、俺は。一度口にした誓いを蔑ろにしたら、俺はもう二度と、自分の足で立てなくなる……」

 

 両目を、開く。

 

 腰から力を入れ、軋む刀を押し込んで、俺は聖園に微笑みかけた。

 

「それに、助けられるだけのヒロインなんかじゃないだろ、お前は」

「そんなこと……!」

 

 光剣(ルークス)の解除と再生成(クラフト)。前のめりに彼女の姿勢が崩れる。

 

 不意の狭間で刃を振るい──今までとは段違いの速度。

 

 落ちる重心をそのままに、一歩前に足を出した彼女は俺の懐に潜り込んでいた。

 

 銀線が既に誰もいない空間を走る。

 

「全部……全部、セイアちゃんがあんなことになっちゃった時から、私じゃもう、どうしようもなくなって……」

 

 代わりに、引き絞られた拳が、無防備な俺をその先に捉えていた。

 

「今更戻って来て、邪魔しないでよ……!」

 

 衝──撃。

 

 正面から綺麗な一撃を貰った俺は、勢いよく後ろへと吹き飛んだ。

 

 腰、肩、頭。

 

 地面に体躯を打ち付けながら転がって、噴水の土台に叩きつけられる。

 

「が……っ?!」

「ぁ……」

 

 肺の中の空気と共に血を吐く。

 

 コンクリートの破片が両脇から転がって、白い煙が舞い上がる。

 

 魔力障壁と強化投影の筋骨格強化があってこれかよ。数本、骨が折れて肺に刺さってるなこれ。

 

 俺は口元の血を拭いながら、前を見て、打撃を打った体勢のまま固まっている彼女を捉える。

 

 自分でやったことが信じられないかのように狼狽える彼女に、俺は笑みを浮かべて、いつも通り軽口を叩いた。

 

「あぁ……今のは効いたぜ。少し、だけどな」

 

 少し動くたびに体の中で暴れ回る痛みも無視して、俺は立ち上がろうとして──引っかかる物体に気づく。

 

 腹から突き出た細く黒い棒は、壊れた噴水の鉄筋か。

 

「ッ……救護騎士団に、連絡しておくね。だから、終わるまでそこで大人しく──」

「へっ、悪いが」

 

 両手足に力を籠める。

 

「その頼みは聞けねぇなァ……」

「えっ……なんで……だ、駄目だよ、動いちゃ」

 

 襤褸(ぼろ)切れのような俺を前に、未だ無傷に近い少女の方が、むしろ気圧されている。

 

 動揺を隠せない彼女の前で、俺は無理やり上体を引き抜いた。

 

「ど、どうして……やめてよ……。私に、そこまでする価値なんて……ヒイロが、そこまでする価値なんて、ないよ……!」

「関係ねぇよ。俺が見てぇのはハッピーエンドだからな」

 

 空いた穴からぼたぼたと地面に落ちる赤。

 

 零れ落ちる血を放置して、俺は手に張り付いている九鬼正宗の引き金(トリガー)をもう一度引く。

 

「確かに、自分の肯定、否定をする権利は自分にしかない……でもなァ!」

 

 生成(クラフト)された白い刃。その切っ先を少女に向けて、俺は臓腑の奥から己の信念を叫ぶ。

 

「不運を自分の責任と思い上がって、地獄に行こうとしているやつ一人止められないで……自分から自分を傷つけるような真似、黙って見てられるかよッ!」

「だ、駄目だよ、私のせいでヒイロまで──ッ」

 

 足元ごと魔力を爆発させる。

 

 迸る紫電が周囲を染め上げ、瞬間、俺は距離を消し飛ばした。

 

 振りかぶって、上段。

 

 空気を鋭く切り裂き、明らかに迷いが見える彼女に光剣を叩きつける。

 

「違うな。勝手にお前のせいにするな。俺が死んだとしても、俺が、俺の意思で、自業自得で死んだだけだ」

「なんで……そこまで……」

「そして、これは通りすがりの自称神のお言葉だが、因果関係は所詮人間の認識に過ぎない、なんて話があるらしい」

 

 いつの間にか、壊れた噴水から水が噴き出て、雨のように辺りに降っていた。

 

「百合園が死んだのはアリウスのせいにも、お前のせいにも……極論、脇が甘かった百合園のせいにもできる」

「わ、分かんないよ……! そんなの、許されるわけが……!」

「許されないなんて、一体、誰が決めた? 一体、誰が決めている?」

 

 上空から降り注ぐ人工的な雨。

 

 地上の露出部分が壊れた程度で、元栓が締まっている噴水が動くわけもない。明らかに作為的な合図。

 

 俺はふっと微笑んで──引き金(トリガー)──水の生成(クラフト)は必要ない。必要なのは、そこに存在する材料に魔力を通し象ること。

 

「許されるかどうかなんて話は、最初から生者の勝手な解釈だ。言っちゃ悪いが、死人に口無しだ。どんなに言葉で飾ろうが、当の本人がいなけりゃ贖罪も罰も、生きている側の自己満足でしかない」

 

 魔力を右腕の砲台に収束させて、徐々に不可視の弾頭を形作る。

 

「結局、お前は優しいから……一人で抱え込んで、思い詰めて……でも、お前が罪を背負って不幸になったところで、一体、誰が喜ぶんだ……? もう一度、立ち止まって、自分をよく見てみろよ……お前の隣には、誰がいる? 誰が、いた?」

 

 冷たい水が血で汚れた体を洗い流す中。

 

 濡れた髪の隙間から緋色の瞳を覗かせて、俺は眼前の少女に問うた。

 

「なぁ、百合園も居なくなって、お前まで居なくなったら……残された桐藤はどうなるんだ……?」

 

 聖園は、ゆっくりと目を見開く。

 

「今、この瞬間に! 過去も因果関係も関係ない、確かに実在する現実にッ! お前が見るべき相手がいるだろうがッ!!」

 

 唖然と瞠目する彼女を、俺は刃で軽く押して──お互いに反対方向へと倒れ込む狭間で、左腕を土台に、右腕に備えた巨大な砲台を交差させるように構えた。

 

 (ゼロ)距離。

 

 魔力によって練られ、完成した水の巨矢が、その姿を地上に現す。

 

 術式同期、魔波干渉、演算完了。導体(コンソール)、接続──『操作:射出』──不可視の矢(ニルアロウ)

 

 撃ち──放つ。

 

「過去ばっか見て、今ある大切なモン見失ってんじゃねぇぞッ!」

 

 ドッッ──巨大な矢は猛烈な勢いで射出され──吸い込まれるように正面の少女へと着弾した。

 

 音が消し飛ぶ。

 

 一帯の草木が仰け反り、圧縮された空気が白い衝撃波となって四方へと疾走する。

 

 反動で俺は後方に吹き飛んで、凄まじい勢いで地面に叩きつけられた。

 

 遅れて、聴覚を取り戻し、水が地面を叩く音が静寂に混ざり出す。

 

 頭が痛い。血を流しすぎたのか思考が鈍る、視界も霞む。

 

 だが、まだだ。

 

 まだ、終わってない。

 

 背中を抱きとめる泥濘(ぬかる)んだ大地が、俺の意識を安寧へと引き()り込もうとして、唇を噛み切って俺は己を保った。

 

 この噴水の水がデカグラマトンの合図で正しいなら、先生たちのほうは無事アリウスの部隊を撃退できたのだろう。しかし、それでも尚、聖園が一人で襲撃を続行する可能性はまだ残っている。

 

 あの聖園の強烈な一撃に加えて、零距離射撃の自爆と地面への落下は流石に堪えたが……今ココにいる俺は、俺だけは、絶対に倒れるわけにはいかねェ……!

 

 体温を奪う冷たい雨の抱擁も振り切って、俺は震える手で起き上がろうとして──

 

「もう、いいよ……私の敗けでいいから……」

 

 星空を背景に現れた少女に、俺は優しく押さえつけられる。

 

 俺が止める暇もなく。

 

 服の一部を破いた聖園は傍に膝をついて、慣れない手つきで俺の腹に空いた穴の止血を試みた。

 

「ちょ……タオルとか、自前のが」

「いいのいいの。ヒイロの言う通り、先に行かせた子たちは失敗しちゃったみたいだしね。どっちにしろ、私の敗けだよ」

 

 憑き物が落ちたように、彼女はそう口にする。

 

「それに、さっきので体も所々痛いし、私も泥だらけになっちゃった」

 

 その冗談めかすような、何処か清々しい笑みを見て。

 

 全身に張っていた力を抜いた俺は、介抱されるがままに問いかけた。

 

「なんだ……もう自分で自分を責めるのはやめてくれるのか?」

「ううん、今でも、やっぱり私の責任だと思うよ」

 

 上体を起こそうとする俺を押さえたまま、包帯のように彼女は俺の体に布を巻く。

 

「けど、ナギちゃんまで傷つけていたら、それこそ、どうしようもないもんね。独りよがりな自分勝手はもうやめにする。それに……私が行くって言ったら、ヒイロはこんな体でも無理して止める気なんでしょ……?」

 

 心配する様に見つめてくる瞳に、俺は迷いなく肯定した。

 

「当たり前だろ。言ったろ、自分で自分を傷つけるような真似、見逃すつもりも許すつもりもないからな。

 お前は、絶対に、この俺が幸せにしてやるよ(桐藤との百合的な意味で)」

 

 俺は優しく微笑みかけて、少女は目を丸くする。

 

「そ、そっかぁ……。じゃあ……しょうがないよね……」

 

 誰に聞かせるでもなく聖園はささやくと、恥ずかしげに俯いて、視線を自分の手元に戻した。

 

 慣れていないながらも、彼女は丁寧に応急処置を終えた。

 

 星空の下。

 

 血で汚れるのも(いと)わず、聖園は俺の頭を膝の上に乗せる。

 

「あのさ、ありがとね。私を見つけて、止めに来てくれて……。あの夜も、今日も、何度も私に手を差し伸べてくれて……」

「何言ってんだ? 俺はお前の邪魔をしにきただけだぞ。嫌われることはあっても、礼を言われる筋合いはないな」

「もう。またそうやって……こんな体になってまで頑張っておいて、そんなこと言われても、誰も信じないよ……?」

 

 心配半分、嬉しさ半分、口元で小さく弧を描いて。

 

 彼女は俺の前髪を優しく撫でつける。

 

「うん、そうだよ。だって、ここまでされたら、誰でも……」

 

 目を伏せてぽつりと呟き、聖園は途中で黙り込む。

 

 そんな彼女を俺は見つめて。

 

「あ……な、何でもないよ!」

 

 はっと気づいたように、彼女は頬を染めて誤魔化した。

 

 ──まぁ、きっと今の彼女なら、もう大丈夫だな。

 

 その姿に、俺は笑みを零して、暫く穏やかな時が過ぎる。

 

 ただ、お互いにそこにいるだけの静かな夜。心地のいい柔らかさと温かさに、やがて睡魔が訪れ、無意識に瞼が落ちる。

 

「なぁ、ミカ……」

「ど、どうしたの……?」

 

 身動ぎする彼女の上で、目を閉じた俺はゆっくりと語りかける。

 

 体に残ったなけなしの力を使って、彼女に今伝えたいことを言葉にした。

 

「膝枕は、俺じゃなくて女の子にしてくれ……。可能なら、愛する女の子を見つけて、その子にしてあげてくれ……」

「ふふっ、なにそれ」

 

 俺に膝を貸したまま、彼女は小さな笑い声を漏らす。

 

「ヒイロはやっぱりヒイロだね」

 

 仄かな熱を持ったささやきが耳を撫でる。

 

 二人、夜の広場で。

 

 俺の意識は夢の中へと落ちていった。

 

 

 

 

 

 

 

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