透き通るような世界で俺がやるべき唯一のこと 作:THE TOWER XVI
百合園セイアは生きている、そう断言したドローンは、周囲の人間の反応を気に留めることなく素早く俺の元に移動する。
俺が手に持っていたジャンクの『属性:光』の
「おぉ……ついに手に入れたぞ……これぞ、不可解の一つ、魔術に繋がる
「ま、待って! セイアちゃんが生きてるってどういう事?! だって、セイアちゃんはあの時──」
「なんだ、小娘? 私は私の観測から推論しているに過ぎない。だが、現時点では、彼女が死んでいると仮定する方が難しいぞ」
「だって、アリウスは、確かにヘイローを破壊したって……」
「ふん、伝聞か。では、貴様は実際にヘイローが破壊された百合園を見たわけではないのだな。それでは推論ともいえん」
ドローンは冷たく切り捨てると、光学レンズのフォーカスを聖園から外す。
「大方、貴様は嘘を吐かれたか、もしくは彼女たちも騙されていたのか、そのどちらかだろう」
「ほ、本当に……セイアちゃんは生きてるの……?」
果たして本当に信じていいのか、嘘の可能性を恐れるように聖園は問いかける。
ただ、手に入れた
「どうした、三条ヒイロ?」
「お前、そもそも何処で百合園を知ったんだよ。だいたいいつも俺の所にいたはずじゃ……いや、これは本体じゃないから他にも端末があるのか……」
「……この端末は二つとない特別製だがな。まあ良い。平易に表現するならば夢の世界だな。奴の予知能力に関連する力だろう」
「……予知能力……そんなことも知ってるなんて、本当、なのかもね……」
布団を抱き締めた彼女は呟く。
「そっか……破壊されたって聞いただけだから……そうだよね。私は、この目で見たわけじゃないもんね……」
まだ受け止め切れていない感情を整理するように、目を閉じる聖園を俺は見つめて、そこにドローンが口を挟む。
「どうせ、そこの小娘が心配なのだろう。伝言ぐらい頼まれてやろう」
するりと
「だってよ?」
「じゃ、じゃあ……私が謝りたいって……」
咄嗟に起き上がった彼女は、少し言いかけると口を噤んだ。
「ううん……やっぱり、いいや。セイアちゃんが戻って来た時に、自分で言うから。だから、今はいいよ」
聖園は小さく笑って、待つことを選んだ彼女に俺は微笑む。
それに、つまらなさそうにドローンは高度を上げると、俺の頭に勝手に着陸する。
「そうか。恐らく綻びが出ている奴の絶対性を、さらに否定してやれると思ったのだがな。まあ、百合園セイアが私の方が正しかったと認めるのも時間の問題だろう」
「おい、なんで俺の頭の上に乗った?」
「そういえば、誰か聞いてなかったね? ヒイロの知り合い? 結構ヒイロに馴れ馴れしい感じだけど?」
「私は絶対的存在だ。貴様にもわかりやすく言えば、神だな」
「わーお。凄いね。それシスターフッドとかの前であまり言わない方が良いと思うよ。私はいいけど、この学校、結構そういうのに敏感な子もいるから」
「ああ、貴様らの信仰か。古書で読んだが、終末論は特に人間の性が透けて見えて面白いな。しかし、所詮人の理性から生まれた蜃気楼のようなものだ。正とも誤とも証明できぬ存在と、今ここに実在し思考する私……どちらが絶対的存在に近いかなど、論じるまでもあるまい」
今更だが、教会もあるトリニティにおいて、このドローンは結構危ない存在なのかもしれない。
古関がそういうのを気にするタイプで良かった……いや、逆に自分が神だと主張する場合は、狂人扱いで相手されないからこそ、むしろ問題ない可能性がある……?
「……なるほどね。それにしても、なんだかセイアちゃんとお話してるみたい。これだけでもう、お腹いっぱいになっちゃった!」
「貴様には理解など求めてもいない。それよりも、三条ヒイロ。古書館に戻るぞ。私にはまだ残している書物がある」
「ダメだよ。ヒイロはまだ安静にしとかないと。ね、ヒイロ? 一緒に寝よう?」
余り相性が良くないのか、早々に聖園とドローンは会話を切り上げて、各々俺に話しかけてくる。
「ふん、だが、そもそも小娘の心配など無用だ。運び込まれた時点で私が処置しておいたからな。初日に多能性幹細胞移植により欠損部分の殆どを補完し──」
「えっ? 俺、お前に体弄られているの? なんか急に怖くなったんだけど」
思わず自分の体を見る俺に、アルスハリヤが耳元に現れてささやく。
「安心しろ、ヒーロ君。この死廟のアルスハリヤから見ても、治療は完璧だ。危険なら、この僕が止めているさ」
なんだこいつ……。
恩着せがましくウインクした魔人は紫煙と共に消え失せて、俺はジト目で見送った。
「失礼な……私の治療を受けられるなど、これほどの幸運、この地には存在せぬぞ。いずれにせよ、貴様は約束通り私と古書館に行くべきだ」
「そんなの、一人で行けばいいじゃん! 自分を神様と思い込んでいるドローンなんて、ヒイロは気にしなくていいよ!」
聖園がベッドの隅に退避していた俺に近づいて来ると、腕を引っ張ってくる。
「ね? ヒイロも安静にしとかないといけないし、一緒に入ろ?」
小首を傾げた彼女は、無邪気さに蠱惑的な視線を織り交ぜ誘ってくる。
ドローンと聖園の間で取り合われるなんて、よく分からない状況だが……百合の守護者として俺が選ぶべき選択肢は決まってるも同然……!
「よし、神! 一緒に古書館に行こうぜ!! なんだか俺、急に神学とかに興味が湧いちゃったかも!! 大昔の神の証明の歴史とか、急に気になってきちゃったなぁ!!」
満面の笑みを浮かべた俺はドローンの提案に嬉々として答えて、聖園に謝罪する。
「悪いな、ミカ、俺、こいつと一緒に読書してくるわ!」
「ふーん……あっ、そうだ! ねえねえ、神様って、あのビー玉みたいなのを調べるので忙しかったんじゃなかったの?」
「それは……そういえば、そうだな」
聖園の言葉に、デカグラマトンがふと気づいたように沈思する。
「そもそも、なぜ私は三条ヒイロと古書館に行くべきだと思ったのだ……? 古書館はいつでも行ける……むしろ、今は導体の解析を優先すべきだ……なぜ、私はあのような非論理的な行動を……」
「え、神……?」
「小娘、貴様の言う通りだ。私は導体の解析の為ここを離れよう。三条ヒイロのことは好きにするが良い」
「だって、ヒイロ? じゃ、私と一緒におねんねだね?」
「おい! 待て!! み、見捨てるのか?! この俺を?!」
一瞬で心変わりして、あっさり俺を捨てた血も涙もないAIに愕然とする。
「
「どっちもいつでもできるよ?」
俺の声は届かず、ドローンは窓からさっさと出て行く。
小さな背中が空に消えて、秒で裏切られた俺は、体から衝撃が抜けないまま布団の中に連れ戻された。
香りが絡み合い、吐息の熱さと共に肌をくすぐる。
「これで二人っきり、だね?」
掛け布団を被せて二人だけの空間を作ると、少女は頬を上気させて艶やかな笑みを浮かべた。
「い、一応、無表情のメイドとか先生とか、まだ来るかもしれないだろ……?」
「ミレニアムの子ならもう向こうに帰ったし、先生はアズサちゃんの正式な転入手続きとか話し合いとかで色々忙しいみたいだし、暫く来ないから安心していいよ♪」
「で、でも、ほら! ミカもこんな所にずっといていいのかよ? 勝手に抜け出したりしてたら、きっと、みんな心配してるんじゃないかなぁ……?」
「心配しなくても大丈夫だよ。だって私、いま謹慎中だからね☆ そもそも学校も行けないから、ヒイロが構ってくれないとむしろ暇なんだよ?」
その琥珀色の瞳に俺を映した聖園は、甘えるように囁く。
俺が無言で耐えていると、今度は俺の腕を抱き込んで、表情を隠すように顔を埋める。
「ごめんね、ヒイロ……。私って、やっぱりめんどくさいよね?」
顔を隠した聖園は、腕を抱き締める力を強めて内心を吐露する。
「ヒイロも迷惑してるって、分かってる……けど、本当に夢みたいで……これが夢だったり嘘だったらって思うと……怖くなるの……。だから、今日だけでいいから、一緒に……」
萎むように口を閉じると、少しの間を置いて、彼女は誤魔化すように笑った。
「あははっ、やっぱり何でもない! 私もヒイロを困らせたいわけじゃないし……いつまでも、ヒイロを私の我儘に付き合わせるわけにも──」
「なんだか、急に、眠くなって来たなぁ! 暫くは、安静にしておくべきだよなぁ!!」
結局、無理するように明るく振る舞う彼女を、俺は無視することが出来ず、手のひらを返した。
「……ふふっ、なんだかんだヒイロも甘いよね。ほんと、良くないよ。そうやって甘やかすから、どんどん私みたいな悪い子が調子に乗っちゃう」
くすりと笑った少女は、片手の人差し指で俺の体をゆっくりとなぞる。
意味深な仕草に、俺は本当にこれで百合は守れているのか、滲む不安と共に疑念に駆られる。
「私、きっと一生忘れないよ? あの時、私の為にぼろぼろになってくれる人が居て、幸せにしてくれるって言ってくれて……そして、今日は私の考えなしな夢も、手伝ってくれるって言ってくれて……。
連れ出してくれたあの夜の思い出も、大切に仕舞っておこうって思ってたのに……そんなの、ダメに決まってるじゃん」
そう言って、聖園は再び俺の腕を抱き込むと、俺と目を合わせて笑む。
彼女の瞳は、吸い込まれそうなほど余りにも純粋で綺麗で──俺がこれ以上の抵抗を諦めるには十分なものだった。
「えへへっ、今更なしって言っても離さないから。だから、これからもよろしくね、ヒイロ?」
片腕を抱き締められたまま、少女の想いを前に身動きが取れなくなった俺は、病室の白い天井を仰ぐ。
桐藤や百合園のような素敵なお友達と仲直りして俺が不要になれば、百合は取り戻される。三条燈色はそれまでの、一時的な代替品だと……そう俺は信じて。
一先ず、彼女が前を向けたなら、それでいいか。
少女の温もりと共に、今日ぐらいは静かに羽を休めることにした。
何処までも広く、地平線も見えない白い空間。
「確かに、君が言っていたように私の予知は絶対ではないのかもしれない」
ティーカップを置いた狐耳の少女は、久しぶりの来訪者に目を向けることもなく語りかける。
「だが、一度染みついた考えはそう簡単に正せるものでもない、本人ですらもね。ほら、水の入った筒に鼠を入れて、不動状態に至るまでの時間を測る実験があるだろう?」
「
「一度助かる経験、すなわち希望を得た鼠は、そうでない鼠よりもずっと長く水面で泳ぎ続けるというが……逆に絶望だけを見続けた鼠は、どうなるのだろうね?」
皮肉るように、椅子に凭れて口端を曲げる少女──百合園セイアに、小さなドローンが光学レンズの奥を廻す。
「それは貴様のことか? それとも、予知の見せたナニカか?」
「どちらも、かもしれないね。何時しか君と話した絶対性……君が信じる君の絶対性と、私が信じる私の絶望的な予知の絶対性」
白い空を仰いだ百合園は手のひらでひさしを作って翳す。
「あの時、君は証明のできない信仰だと断じたが、実にその通りだね。信仰とは不思議なもので、客観的には能動的に信じているように見えるが、主観的には受動的に信じているものだ。
私も、本来は君に賛同すべきなのだろう。確かに変わり始めていると希望を抱いて、己の予知に立ち向かうべきなのだろう。だが……だが、私に私が囁き続けている……『変化したのは、悲劇の序章に過ぎない』……この物語の結末はその全貌を現しておらず、エンドロールで締めくくるには早すぎる」
そのまま重力に抗わず下ろした手で両目を覆って、彼女は独白する。
「多少変わることなら、何度もあった。そして……その度に、私は視た。収束する未来は、変わらない」
上を向いていた頭を戻して、溜息を吐いた少女は目の前のティーカップを手に取った。
「君には私が根拠のない予知を信奉している狂人に見えているかもしれないが……私からすれば、私が信じたくなくとも、予知が私に予知を信じさせている。そう、まさに受動的に信じていることになるね」
ティーカップに残った紅茶に、上品に口を付けて、百合園はそこで言葉を止めた。
「能動と受動の二項対立で捉える事自体の
では、その
「そうだね。時だけは平等に無慈悲に過ぎ行くものだからね」
薄く微笑む彼女に背を向けたドローンは、紅茶の一杯も飲まずに去ろうとして、ふと気づいたように立ち止まる。
「一応聞いておくが、まだ戻らぬのか? 貴様がトリニティの学園から姿を
「そうだね。それで合っているとも。犯人がアリウスであり、手引きしたミカも幼い悪戯心を利用された結果と判明した今であれば、この永い夢から目を覚ましても良いのかもしれない。だが、一方で……破局が訪れると理解していながら、舞台に戻る者もいないだろう」
「ふむ……その貴様の知り合いが、謝りたい、といったような事を口にしていたが?」
「……それは」
「まあ、どうでもよいことか。私は貴様らの関係性に興味などないからな。三条ヒイロの言う百合の価値は、私にも未だよく分からぬものだ」
最後に独り言をこぼして、ドローンは夢幻の空間から姿を消した。
残された少女は、夢の世界で視た記憶を思い返す。
「ミカ……許すも何も、そこまで君が思い詰めているとも、思ってもいなかった」
自身の死を知らされ、激しく動揺し思い詰める姿、自罰的に破滅へと突き進む姿。
「そうだね……私は、自分勝手で衝動的で欲張りで、時に自傷的な……そんな君が好きではなかったのかもしれない。だが……私もまた、君の抱えていたものを、感情を、知ろうとする努力を怠っていた。私も……すべてが終わったその時には、私も謝るべきなのだろう……お互いに伝えあい、それで……」
口にしかけた言葉を百合園は止める。
破局が訪れると諦めておきながら、その先の未来を語る愚かしさを自嘲して、静かに、夢の中で動かない少女は微笑む。
「一つ忘れていたよ。最終的に破局へと収束するとは言ったが、この変化は……本来、裏切り者の魔女と誹られ、今頃学園の監獄に幽閉されていた筈の君に与えられた、この救いは……きっと祝福すべきものなのだろうね」
一人、今日も彼女はティーカップを傾けた。
割れた窓ガラスと、ねじ曲がったアルミサッシ。床の上には落ちた天井の破片が散らばっている。
月光の照らす廃墟を四人の少女が歩く。
「つ、ついに始まるんですか……? よ、ようやくこの時が……でも苦しいんですよね、辛いんですよね……?」
「……うん。でも大丈夫、苦しいのは生きてる証拠」
身の丈以上のケースを背負い、青竹色の長髪を後ろで結わえた
「ひ、姫ちゃんが手話で何か言ってますけど。えっと……」
「……あの子はどうなった、って? 気になるの、姫?」
「……」
その二人の真ん中で、顔を覆った黒いガスマスクに白いフードを被った
「……どうでも良くない? 結局は早いか遅いかだけの問題で」
「その辺にしておけ」
先頭を歩いていた少女が、一言で制すると、残りの三人も会話を辞める。
口元を覆う硬質なマスクを装備し、濃藍の髪に無地の野球帽を身につけた少女は、窓から暗雲の立ち込める空を見て呟いた。
「黒い雲……明日は雨になるな」
「あ、雨ですか? 嫌ですね、雨はジメジメして……苦しいですし、気持ち悪いですし……」
槌永の言葉には返すことなく、帽子のつばを片手で押さえた少女──
「……アズサ。どれだけ足掻こうと、お前は抜け出すことは出来ない」
失敗した桐藤ナギサの襲撃計画。
舞台にすら立たずに逃げた、あのトリニティのお嬢様は元から当てにはしていなかった。それよりも、今の錠前の心の
「お前の体は覚えている。すぐに思い出すはずだ、真実を……曰く」
──
暗雲は、そこに迫っていた。