透き通るような世界で俺がやるべき唯一のこと   作:THE TOWER XVI

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ティーパーティーのホスト

 自称神の無許可無免許ブラック再生医療のお陰か、俺は一週間と経たずに復活した。

 

 しかし、いくら何でも運び込まれたときの重傷度合いからの回復が速すぎるとして、無事、経過観察の刑に処されてしまった。

 

 目を盗んで脱出することも考えたが、聖園にアリウスとの和解を手伝うと言った手前、反故にするわけにもいかず。甘んじて、俺は病院生活を受け入れていた。

 

 以前の予想から大きく外れることもなく。

 

 聖園本人の自供による推定外患誘致罪も、証拠不十分に加えティーパーティー内のパテル派の都合や桐藤の意向、エデン条約前という情勢が合わさり、表向きは噴水の器物破損によるエデン条約までの自宅謹慎に落ち着いたようだった。

 

 事実はティーパーティー内の極一部に留められ、聖園が関わっていたことは知られないまま。

 

 あの一件はアリウスの襲撃として認知され、トリニティでは対アリウス融和派と強硬派に分かれ議論が盛り上がった末に、関心は直近のエデン条約へと移っていた。

 

 大方の問題は解決へと収束している。

 

 アリウスのスパイとして潜入していた白洲アズサも、ティーパーティーとは独立に大きな権力を持つ教会関係の集団、シスターフッドが後ろ盾となって正式にトリニティの生徒として認められたようだ。

 

 自称神が生きていると言っていた百合園セイアの件もシスターフッドが把握していたようで、救護騎士団の団長と共に誰も知らない場所に身を隠しており、命に別状はないという。

 

 (きた)るエデン条約を除けば、トリニティは何事もなかったかのように平穏を取り戻していた。

 

 そんな中、聖園を言いくるめて口止めし、夜間の不注意による転落事故として今回の怪我を通した俺はというと──

 

「やあやあ、おはようヒーロ君! 今日も思わず外に出たくなるような、清々しい朝だね。おやおや? 僕の目が正しければ、朝っぱらから少女を両脇に侍らせているように見えるのだが……?」

「……」

「百合の守護者(笑)」

 

 ──百合IQ180の頭脳でも予測できなかった計画外の事象により、いつしか阿慈谷が見せてくれた鶏のマスコットキャラ(ペロロ様)のような歪んだ顔をベッドの上で晒していた。

 

 聖園と桐藤の百合を護り切ったという意味では、聖園をあそこで止めることができて良かったが……自宅謹慎と言いつつ監視が緩いのをいいことに、暇を持て余した聖園は毎日のように俺の元を訪れていた。

 

 夜になり一度帰ったかと思えば、数時間後には寝間着姿にフォルムチェンジし布団への侵入を試みる始末。

 

 飛鳥馬や狐坂がいた日には、百合の欠片もない地獄のサンドイッチが完成し、心身ともに消耗した俺は早々抵抗する気力すら失っていた。

 

 早瀬と生塩に会いたい……いや、ゲーム開発部も砂漠の中では極上の甘露だ……百合が……この病室には、あまりにも百合がなさすぎる……!!

 

 そんな、理想の百合ライフには依然として遠い日々のある日。

 

「こんにちは、三条ヒイロさん。ティーパーティーのホスト、桐藤ナギサと申します」

 

 象牙色の長髪に金色の瞳。有翼の少女が、軽く頭を下げて自己紹介をする。

 

 あの襲撃事件以来の顔。

 

 優雅な所作で微笑む桐藤に、俺も反射的に頭を下げ返す。

 

「あはは、ナギちゃん堅い~! ヒイロ相手ならそんなにかしこまらなくても大丈夫だよ!」

 

 そんな余所行きモードと言わんばかりの気品のある彼女とは対照的に、俺の隣に座っている聖園が楽しそうに笑う。

 

「……ミカさん、ヒイロさんは他校の生徒です。トリニティの生徒会、ティーパーティーとして──」

「そういえば、ミレニアムの子たちが来てたもんね……そうだ! ねえねえ、ヒイロ! トリニティに転校しない?」

「ミカさん……?」

「だって、ミレニアムのセミナーって仕事が大変って聞いたよ? 私なら、そんなことヒイロにはさせないのに……」

「えっと、一応、桐藤に話させてあげたら……?」

 

 ベッドの上で、聖園が肩がくっつくような距離まで詰めてくる。

 

 身を寄せてくる彼女から俺は顔を逸らして、俺達の前で凄みのある笑みを浮かべる少女をチラチラと窺う。

 

「……」

「あっ……その、ごめん。しばらく大人しくしてるね……?」

 

 目の前でくっついていたのが恥ずかしくなったのか。桐藤の視線に気づくと、俺から少し距離を取って黙り込む。

 

「……では、あらためて。今回の件について、出所不明の動画が流れ、アリウスの存在とその脅威が明るみになりましたが……この動画は、三条ヒイロさん、あなたが……?」

「……!」

「正確には、俺じゃないけどな。知り合いの神様の仕業だ」

 

 隣から感じる視線には目を向けず、俺は微笑む。

 

「勿論、その神様に『お願い』したのは俺だから、そういう意味なら俺で合ってるな」

「そうですか……。いえ、ちょっとした確認ですので。いずれにせよ、今日私がヒイロさんの元を訪れたのは、あなたにトリニティとして正式に感謝を示すためです。トリニティを代表して、感謝させてください」

 

 静かに再び頭を下げて、呆気にとられる俺達の前で続ける。

 

「アリウスの半数をヒイロさんが撤退させたと聞き及んでいます。また、エデン条約を目前に、こうして潜在的な脅威を把握することができたのも、あなたの力添えがあってのことです。

 そして、ここからは……トリニティの代表ではなく私個人として、ミカさんを止めてくださったことに感謝させてください」

「ちょ、ナギちゃん?!」

 

 慌てる聖園の横で、俺はニヤリと口角を上げる。

 

「別に感謝されるいわれも無いけどな。好きで俺はやっただけだし、大体、今回の襲撃にミカは関係ないだろ?」

「ええ、そうですね。安心してください、何も今回の襲撃の件とは言っていませんから」

 

 くすりと桐藤は微笑んで、言外に今回の襲撃の表向きの情報への同意を仄めかした。

 

「ただ、ヒイロさんがいなければ、きっとこうしてミカさんと今のように喋ることも出来ていなかったのは確かです」

「ナギちゃん……そうだね。ごめんね、私、自分のことばっかりで」

「ふふっ、それはもう昨日終わった話です。私にも、猜疑心に囚われて、ミカさんのことを放置していた責任があるので、お互い様です」

 

 優しく聖園を見つめる桐藤の慈愛の眼差しに、俺は探し求めていた百合を見出して感激する。

 

 病室に置いて行かれたまま、後から仲直りしたという話を聖園から聞いてはいたが……そうか、ミカナギはちゃんと完成していたんだね……!

 

 やはり、俺は、間違ってなかった……! 百合は、ちゃんとここにあって……俺は、成し遂げたんだ……!

 

 涙を流しながら、腕で両目を押さえた俺は感動に咽び泣く。

 

「よかった……ほんとうに、よ゛がっだ……!」

「えっ、何で泣いてるの?!」

「ど、どうかされたんですか……?」

「俺は、嬉しいんだ! 俺は、お前らがちゃんと仲直りできたんだなって……それが、嬉しい……! 今、俺は、とっても幸せだ……!」

「ヒイロ……そっか、そこまで私の事、心配してくれてたんだ……。うん、私、ちゃんと頑張るよ。ヒイロの為にも!」

「嬉し涙なら、いいのですかね……?」

 

 困惑する桐藤と決意を新たにする聖園の横で、俺はおいおいと涙を流した。

 

 その後、アリウスの部隊やカタコンベの話、無効化されていた筈の防犯カメラが襲撃を捉えていた件などへと桐藤は話題を移す。

 

 そこで、すっかり調子を取り戻した聖園がいちいち口を挟んだり、俺に肩をくっつけた状態でちょっかいを仕掛ける様子についに桐藤がキレた。

 

「ああもう五月蠅(うるさ)いですね!! それにさっきから、目の前でイチャイチャと! 私とヒイロさんが話すのを邪魔するぐらいなら、今回の騒動で溜まっているティーパーティーの仕事でも処理してきてください!!」

「ひぇっ……えっ、で、でも私謹慎中……」

「自宅謹慎です! 他人の目に触れない病室ぐらいならと、見逃していましたが、どうやらもう元気みたいですしね。これからは自宅だけで十分でしょう」

 

 桐藤は携帯を取り出すと、一言二言何処かに連絡する。

 

「そ、そんな……! ご、ごめん、今度は本当に大人しくしておくから! せっかく、最近ヒイロも諦めて一緒に寝てくれてたのに!」

「部屋にはたまたま置き忘れられた書類があるかもしれませんが、わざわざこちらまで持ってこなくても大丈夫ですよ。ミカさんは謹慎中ですからね。その代わり、その場で処理しておいてくださいな」

 

 端末を仕舞うと、ティーパーティーの護衛の娘らしき二人が入って来て、桐藤は微笑む。

 

「ミカさんを自宅まで送ってあげてください。どうやら、帰り道がわからなくなってしまったようなので」

「な、ナギちゃん……?! こんなのって、酷い! ヒイロも見てないで助けてよ!」

「悪いな、ミカ」

 

 縋るように助けを求める彼女に、俺は笑いながら謝る。

 

「ま、桐藤もエデン条約前で大変だろうし、書類仕事ぐらい手伝ってやりなよ。それに、俺とずっと一緒に暇を持て余すわけにも行かないだろ」

 

 申し訳ないが、これ以上布団の中でくっつかれると、いつ間違いが起きて本当の意味での百合殺しに至るかも分からない。

 

 そろそろ限界が近かった俺にとって、渡りに船だ。是非とも、聖園には一時の気の迷いだったと気づいてほしい。

 

「ふふふ、ヒイロさんは物わかりが良くて助かります。では、よろしくお願いしますね?」

「「は、はい……!」」

 

 ニッコリと桐藤に笑顔で頼まれた少女たちは、びくりと背筋を伸ばす。硬直している聖園の両脇を固めると、彼女を引っ張って慌てて出て行く。

 

「そ、そんなぁ……。で、でも、ヒイロ! 私、絶対に諦めないから! 待っててね!」

 

 肩越しに不穏な台詞を残して、素直に連れていかれた聖園が扉の向こうに消える。

 

 笑顔で桐藤はそれを見送ると、椅子を引いて立ち上がった。

 

「では、ミカさんが居なくなったところで……本題に入る前に、少しお茶でも淹れましょうか」

 

 一瞬帰るのかと勘違いした俺は、ベッドに腰掛けたまま彼女を見つめる。

 

 桐藤は棚の上に置かれたティーポットを確認すると、そのまま併設された電気ケトルを手に取った。

 

「お茶を淹れるなら、俺が……」

 

 俺は立ち上がろうとして、微笑む彼女に止められる。

 

「これぐらい任せてください。先ほどは触れませんでしたが、あの時のお礼をまだ出来ていませんでしたし」

「お礼を言われるようなことしたか……? 俺的には、さっきの百合でこっちがお礼をしたいぐらい……やべ、思い出したら泣けてきた。生まれてきてくれてありがとう……生きていてくれて、ありがとう……!」

「えぇ……そのような感謝のされ方は、初めてですが……」

 

 困惑しながらも、手慣れた手つきでケトルに水を入れて沸かすと、飛鳥馬や狐坂が置いていっていた茶葉の入った缶を手に取る。

 

「これは……かなり良質な茶葉もありますね」

「俺はそんなには詳しくないけど……」

「いえ、これを選んだ方はかなり見る目があるようです」

 

 楽しそうに彼女はティーポットの網に茶葉を入れる。

 

 そのまま手際よくお茶を淹れると、さらに自分で焼いたというアールグレイ・クッキーまで用意してくれた。

 

「ふふっ、お口に合えばよいのですが」

「いや、正直毎日食べたいぐらい美味しいけど……」

「それは良かったです。でしたら、本当に毎日持ってきましょうか?」

 

 彼女の金色の瞳と目が合う。不意を突かれた俺は息を忘れて──続く言葉に呼吸を取り戻す。

 

「……冗談です。交渉では相手との場の空気づくりも大事な要素ですからね」

「オー冗談、冗談ね! オーケー・オーケー、俺も、ジョウダン、スキ」

 

 危ない危ない。一瞬、気づかないうちにミカナギを破壊してしまったのかと思って、心臓が止まりかけたぜ……。

 

 百合の守護者であるこの俺が、百合の間に挟まるなんて、それこそ質の悪い冗談(ジョーク)だ。

 

 息を吐いて落ち着きを取り戻した俺は、笑顔で口を開く。

 

「えっと、それはそれとして、俺的にはこれでヒイロ・アウト、ミカ・インで、俺は二人のお茶会を眺める係になりたいなって」

「勿論、ミカさんが居るときでも良かったのですが……あの調子だと何かと話が進まなさそうでしたので」

 

 一口付けて味を確認すると満足げに小さく唇で弧を描いて、桐藤はティーカップを机の上に戻す。

 

「まず、あの時、私を純粋に守っていただいたにも関わらず、銃を向けるような真似をしたことを、謝らせてください」

「それは……あの時のお前の立場なら、あれが最善手だっただろ? 窓ガラス割って入ってくる奴なんて、怪しい以前に襲撃犯でしかないしな」

「それでも、あの時……絶望の淵に立たされていた私を、一人守ってくださった背中は……きっとヒイロさんが思っている以上に、私には大きく映っていましたよ?」

 

 そんな大袈裟な、と俺は返そうとして、大事な物に触れるように微笑む彼女に口を噤む。

 

「ヘイローのない方にとって、銃弾の一発が致命傷になるそうですね。あの時のヒイロさんの行動の本当の意味を知って……正直、私が引き金を引いていたらどうするつもりだったのだと、言いたい気持ちもあります。

 しかし、同時に……数分といえど文字通り私の為に命を賭してくださったヒイロさんなら、信じてみたいとも思ったのです」

 

 あくまでトリニティのトップとしての威厳を保ったまま、その瞳に一抹の不安をのぞかせて、桐藤は俺を見つめる。

 

「エデン条約の調印式までの間、私の護衛を引き受けていただけませんか?」

 

 その誘いに、俺はコンマ数秒、思考を挟んで──どう考えても百合に挟まる危険(リスク)の方が高いと結論づける。

 

 俺は聖園と桐藤の素晴らしきミカナギに賭けて、ここまで命を張って来たんだぞ? 既に聖園の方の雲行きが怪しいのに、三条燈色が桐藤の護衛(笑)にでもなってみろ。そんなの、百合に挟まるって言ってるようなもんじゃねぇか。

 

 何という、トラップ。落とし穴。

 

 百合IQ180じゃなかったら、見逃してたね。

 

 もちろん、答えはノー一択。ただし、ここで桐藤を悲しませるのもノー・センキュー。即ち、仕方ないと思えるカバーストーリーで断りつつ、代案を立てて解決する!!

 

「えっと、実は俺、これから毎日『一日十二時間の百合謝恩祭の実施』と『一日四時間の百合ポエムの自作』と『一日八時間の睡眠』の三本セットでこれから忙しくなる予定で──」

「それだと、食事や入浴等の時間がなくなりません……?」

「……」

「ふふっ、鍛錬の時間も、ですよね。毎朝欠かさず剣を振っている殿方がいると、救護施設でも密かに話題になっているそうですよ?」

 

 完璧な作戦がいきなり頓挫して俺は黙り込む。

 

 慈愛の眼差しでもって俺の失態をスルーした桐藤は、ティーカップを手に取ると持ち上げる。

 

「もちろん、お礼はさせていただきます。例えば、百合に随分こだわりがあるとか──」

「俺は、詳細も聞かずに頷く手合いを『間抜け』と呼んでいるが……とりあえず、話を聞かせて貰っていい?」

 

 前のめりに身を乗り出して、俺は拝聴の姿勢を取る。

 

 パタリと背中の翼を動かした少女は、艶然と微笑むと、紅茶を口に運んだ。

 

 

 

 

 

 

 

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