透き通るような世界で俺がやるべき唯一のこと   作:THE TOWER XVI

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胎動する脅威

 トリニティの古聖堂、『通功の古聖堂』。

 

 かつて、第一回公会議が開かれ、トリニティ総合学園が成立し──アリウスへの徹底的な弾圧の引き金となった始まりの場所。

 

 今回、エデン条約の調印式の会場として選ばれたのもこの場所だ。

 

 地下にカタコンベの入り口を擁するこの聖堂は、一度自称神と共にこっそりと観光に訪れていた。

 

 その時は放置されみすぼらしい廃墟だった建物も、エデン条約の会場として選択された今、改修を経て当時の豪華絢爛な威容を取り戻している。

 

 精妙な彫刻が施された石壁に、自然光を受けて宙に浮かび上がる巨大なステンドグラス。深い歴史を持つ建物特有の、荘厳な空気を身に纏っていた。

 

「……止まっていないで行きましょう。報道ヘリに張り付かれるのは、あまり愉快なことではありませんから」

 

 古聖堂を見上げていた俺は桐藤に急かされる。

 

 上空。このキヴォトスにおけるテレビ局、クロノス報道部のヘリがこちらに側面を向けて飛行していた。

 

 確かに、変に注目を浴びるのも良くない。

 

 視線を戻した俺は彼女の護衛と共に古聖堂内部に入り、中央ホールへと向かう。

 

 正義実現委員会の部員やゲヘナの風紀委員などが警備にあたり、張り詰めた空気の中、慌ただしくトリニティ、ゲヘナ双方の幹部級の生徒達が準備している。

 

 以前助けたティーパーティーのメンバーの子も混ざっていた。じっとこちらを見ているのに気づいて手を振り返すと、本人は恥ずかしそうに慌てて、その周りが騒がしくなる。

 

 目に映る女の子同士のじゃれ合いに百合を見出し、満面の笑みで頷いていると、今度は直接俺の腕を取って桐藤に引っ張られたりしつつ。中央ホール前でラフな白シャツ姿の大人の女性の背中を見つけた。

 

 一目ではシャーレの先生とは分からない緩い服装の彼女は、振り返ると俺達を見つけて表情を綻ばせる。

 

「おはよう、ヒイロ、ナギサ」

 

 物腰柔らかな笑みを浮かべて、既に古聖堂に着いていた先生が合流する。

 

「先生……? どうしてこちらに?」

「ヒイロから連絡があってね。始まるまで暇だし、丁度いいかなと思って」

 

 桐藤の疑問に先生が答えて、俺も口を挟む。

 

「ま、シャーレの権限があればもしもの時も融通が利くだろ」

「それは、流石に政治的な意味を持ちすぎて……いえ、シャーレの制服も着ていないようですし、その見た目ならあまり騒がれることはなさそうですね。……逆に、不審者扱いされそうです」

 

 まだ始まるまで時間がある為、関係者席に移動して近況報告もろもろの話が続く。

 

「明日からヒイロもシャーレに戻ってくるんだよね?」

「まあ、そのつもりですけど……」

「いやぁ、なら良かった良かった。最近、ユウカから頻繁に訊かれるからね。私は帰ってきたのに、まだヒイロは帰って来ないのかって」

 

 本来ミレニアムのセミナーの所属である俺がトリニティで活動できているのも、シャーレの超法規的な権限に拠る。

 

 先生のトリニティ出張についてきている体で、シャーレの部員としての立場を利用して今まで好き勝手やってきたが……流石にセミナーの仕事を放置し過ぎている以上、一度戻らないとまずそうだ。

 

 容易に想像できる、早瀬に圧をかけられる先生を思い浮かべ、俺は頷く。

 

「ああ、なるほど……いつも、ほんとすみません。先生がいてくれて助かりました」

「ふふ、でも私もエデン条約には賛成だしね。ゲヘナとかトリニティとか関係なく、生徒同士には仲良くして欲しいし、ヒイロとナギサがそのために頑張っていることはとてもいいことだから」

 

 先生は優し気な眼差しで俺達を見つめる。

 

 ただ、俺の隣の桐藤はその端正な顔を微かに曇らせた。

 

「そういえば、ヒイロさんはミレニアムの所属でしたね……」

「……?」

「いえ、すみません。あの日の言葉に報いるためにも、今は調印式を終わらせましょう」

 

 少女は薄く微笑むと、俺から視線を外して席を立つ。首を傾ける俺を置いて、待機していたティーパーティーの子に声を掛ける。

 

 ゲヘナ側の代表である万魔殿(パンデモニウム・ソサエティー)の議長、羽沼(はぬま)マコトの飛行船が今どこに居て、後どれぐらいで到着するか等の話が聞こえてくる。

 

 調印式の時間が近づき忙しくなってきた空気を察しつつ。中央ホールの外へと足を向けると、少しの間、改修された古聖堂を見て回ることにした。

 

 

 

 

 

「おー、ここは当時のままなのかな? すごいところだね」

「だが、これも造られた表層に過ぎない」

「……」

 

 古聖堂の回廊。

 

 陽光が差し込み、所々崩れた壁面と蔦や苔が作る幻想的な風景に、ついて来た先生が感嘆の声を上げる。

 

 そして俺の頭の上からは、ふてぶてしい合成音声が響いた。

 

「見るべきはここに漂う、『神秘』のような何かだ」

「たしかに、なんだか神秘的な雰囲気があるよね」

「この地下には数十キロにも及ぶ大規模な地下墓地(カタコンベ)が存在する。物理的な構造自体は既に調査済みだが……ここで行われた第一回公会議に、当時の戒律の守護者であるユスティナ聖徒会……この場所が他の聖堂の廃墟と異なり、何かしら特別な意味を持つものであることには変わりがない」

「ユス……生徒会? ティーパーティーじゃなくて?」

「ユスティナ聖徒会は、現在のシスターフッドの源流に当たる組織だ。百年以上も前の話だが……いわば当時の暴力装置だな」

 

 饒舌に、先生の問いに俺の頭に居座るドローンは答える。

 

 俺を見捨てて導体(コンソール)の解析をすると言い残し姿を消していた自称神は、自由気ままに再びその姿を見せていた。

 

「いずれの法治国家も警察組織、即ち暴力をもって成立する。それが国家が法を執行するために必要だからだ。

 そして、契約、法、戒律……そのいずれも……国家と民の間だろうが、王と民の間だろうが、神と人の間だろうが……約束は等しく、正負を問わない報酬が存在して初めて確約される。聖徒会は罰や恐怖という負の報酬でもって戒律を担保する組織であり、故に、戒律の守護者と呼称されるのであろう」

 

 自称神は一通り自身の見解を述べて、俺は囁く。

 

「……しばらく見てなかったけど、もう導体(コンソール)のことはいいのか?」

「貴様の言う魔術演算子は未だに観測できていないがな。しかし、導体の量子回路との類似性も見えてきた。いずれ検証に協力してもらおう」

「おいおい、それこそ、契約なら対価がいるぜ?」

「問題ない。信者が神を信仰するのは、神罰を恐れ、そして祝福を求めるからだ。貴様にとっても、私の(もたら)す祝福を拒む選択は合理的ではない筈だ」

 

 確かに、公園での先生の百合サポートといい、過去の実績もある。全てをマイナスにする腐れ魔人と比べれば、その有能さは天と地の差で……これは、やはり……俺たちこそがキヴォトス百合百合コンビだった……?

 

 小首を傾げる先生の前で、俺は肩を組むようにドローンを脇に抱えるとニヤリと笑う。

 

「いいね。百合IQ180の俺と、キヴォトス未曾有の災害であるお前が組めば、百合の甲子園出場だって夢じゃねぇ」

「そんな甲子園は存在しないぞ」

「とにかく、ギブアンドテイクって話だよな。で、神様は俺にどんな飴をくれるの?」

「三条ヒイロ、アリウスの襲撃は終わっていない」

「そりゃ、計画頓挫してそのまま諦められるほど人間は良くできてないからな。もう一回を狙うのは……」

 

 俺は唇をへの字に曲げる。

 

 失敗に終わっているとはいえ、一度目は百合園セイア、二度目は桐藤ナギサを狙っていた。白洲の裏切りを知ったアリウスが、百合園セイアの生存について何処まで知っているかは分からないが……少なくとも、今、桐藤ナギサがここに居る。

 

 この古聖堂を調印式の会場としたゲヘナ側の意図は分からない。だが、お誂え向きにも、この地下にはアリウス自治区と繋がっている可能性の高いカタコンベ。

 

 もちろん、以前の襲撃とは異なり、今回はゲヘナも加わった上での厳戒態勢だ。調印式のタイミングで仕掛けるのは、自殺行為と言って良いはず……よっぽどの隠し玉でもない限り、調印式を狙うのはリスクが高すぎる。

 

「今日だとすれば、とんだ自信家だな」

 

 アリウスだって馬鹿ではない。わざわざトリニティとゲヘナの両方に喧嘩を売るような破滅的な一手に出る可能性は低い、そう俺は考えているが……どちらにせよ、気を抜く理由も警戒を怠る理由もない。

 

「先生、そろそろ戻りましょうか。余裕持っておきたいですし」

「ああ、うん。そうだね。さっきヒナからもうすぐ着くって連絡があったから、私はちょっとそっちも見てくるよ」

 

 沈思していた俺が声を掛けると、先生は端末を軽く振って俺に答える。

 

 先生と別れた俺は、拾った自称神と一緒に中央ホールへと足を向けて、ドローンが動きを止めた。

 

「ほう。これは……」

 

 面白がるように、光学レンズを天井──その奥の空へと向ける。

 

 デカグラマトンとの付き合いも長い。その経験が、俺の脳裡で警鐘を鳴らす。

 

「高度30km、推定速度、マッハ9.6。画像識別……特徴的な斜め衝撃波用のインテーク……スクラムジェットエンジンか。ラムジェットエンジンの理論限界であるマッハ5を優に超える巡航速度……現在の技術水準では有り得ないな」

「一応、聞くけど、何の話……?」

「早期警戒衛星によりミサイルの発射炎を確認した。軌道からして弾道(Ballistic)ミサイル(Missile)ではないが、画像解析の結果、このキヴォトスには存在し得ない兵器──」

 

 既に九鬼正宗の引き金(トリガー)に手をかけた俺の横で、好奇の光をレンズに宿したドローンは喜悦を滲ませる。

 

 キヴォトス未曾有の災害(デカグラマトン)が喜ぶような時は、大抵──

 

「──恐らく、オーパーツである極超音速(Hypersonic)巡航(Cruise)ミサイル(Missile)だ」

 

 ──碌でもないことが起きる時だ。

 

 

 

 

 

 

 

「まったく、人間というのは完全な私たちと違い、感情的で非論理的ですね。そうは思いませんか、私の可愛いアイン?」

 

 人間の目にあたる部位を黒い帯で覆った少女は、黒いマスクで口を覆った少女に抱き着くように頬を寄せて問いかける。

 

「ふぇっ、そそそ、そんなこと急に訊かれても……でも、今回の相手は思考回路が分かりやすくて、困らなかったかも……?」

「要するに都合が良いってことだよね。アインも言うね!」

 

 良いことを言っているように見せて、自然と相手の悪口になっているアインの言葉に、黒いイヤーマフのようなもので耳を隠した少女がケラケラと笑う。

 

「べべべ、別にそういう意味では……! で、でも……やっぱり、そういう意味かもしれません……」

「『崇高』だとか何とか、色々喋ってたけど……あんな無駄だらけで不確実性の高い儀式に頼っているようじゃ、制御なんて夢のまた夢だよね!」

「まあまあ、ソフ、そう言うものではありません。叶わない夢を見るのも、愚かな人間の特権ですから」

 

 デカグラマトンのエンジニアを名乗った三人組。

 

 目を黒い帯で覆ったような外見の少女、オウルは嘲るように口角を上げる。目的の為に少しだけ手を貸した(利用した)相手を、彼女は脳裏に描いていた。

 

「私たちとしては、あの方を誑かすあの男を排除出来ればそれで良いのです。あの程度の協力で後は勝手にやってくれるなんて、実に効率的で喜ばしい話です」

「私の、フライホイールちゃんの試験にもなる……!」

「一石二鳥ってやつだね!」

「いっせき……? どうせソフの人間知識ですね。既に正確に述べている事象を、わざわざ別の言葉で置き換えるなど非効率だと思いますが……まあ、人間は元から矛盾に満ちた存在なので仕方ないでしょう」

 

 オウルはアインに抱きついたまま体を揺らすと、からかうような笑みをソフに向ける。

 

「ソフが人間の影響を受けるのは勝手ですが、こういう場では控えてくださいね? 私のアインに悪影響が出ちゃいます」

「ちょっと! それを言ったらオウルだって、そうやってアインにくっついて! 悪影響だよ!」

「あわわわわわ」

 

 アインを取り合うように、オウルとソフが喧嘩を始める。

 

 ひとしきり追いかけっこが続いた後、予定調和の如くからかい過ぎたオウルがノックアウトされて収束する。

 

「ふんだ!」

「ソフは暴力的で困りますね……いててて」

 

 倒れていたオウルは頭を押さえながら体を起こすと、脱線した話を戻した。

 

「いずれにしても、人間同士で勝手に潰し合ってくれるのであれば、どうぞご自由にという話です。私たちも、あの男にいつまでも(かかず)り合うほど暇ではありませんしね」

「お姉様……」

 

 オウルの暇ではないという言葉に、アインが声を漏らす。

 

 未だに筒の中で眠る、一回り背の高い白い少女に、彼女は想いを馳せる。

 

「大丈夫だよ! 掟の解読もちゃんと計画通り進んでいるし、ここには私たちを邪魔する人達なんていないからね!」

 

 耳を覆った少女、ソフがアインを元気づけるように笑う。

 

 その横で、人差し指を顎に当てたオウルは口端を曲げる。今頃、海を隔てて離れた大陸で始まっているだろう対岸の騒動を脳裏に描いて呟いた。

 

「失敗しても私たちは困りませんが……精々上手くいくことを願ってますよ、ゲマトリアのベアトリーチェさん?」

 

 

 

 

 

 

 

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