透き通るような世界で俺がやるべき唯一のこと   作:THE TOWER XVI

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失楽園(Paradise Lost)

 本来、ここで成るはずだったトリニティとゲヘナの和平条約、エデン条約。

 

 その調印式は何者かの攻撃により中止せざるを得ない状況になっている。

 

 撃ち込まれた極超音速巡航ミサイルは撃墜したものの、妨害に用いられた『名もなき神』の力による電子封鎖は解けていない。

 

 桐藤が積み上げてきたものを思えば、犯人を明らかにしてさっさとまた調印式が出来る状況まで戻したいが……そのためにも、今は事態の収拾が先か。

 

 この攻撃を仕掛けた相手が誰かは関係なく。電子機器が使えない現状、トリニティとゲヘナの仲の悪さを考えれば、最悪の場合もあり得る。

 

「三条ヒイロ、マキシマム・カイザーV4をここに再現しよう」

「要らないね?」

「三条ヒイロ、地中貫通弾(バンカーバスター)により、この地下のカタコンベを消滅させることもできる」

「それ地上も無事じゃすまないよね?」

 

 割れたステンドグラスの破片を踏みながら、先生の元に走っていると、先導しているドローンが物騒な手段を提案してくる。

 

 やたらアピールしてくる自称神の全ての提案を却下していると、一瞬考えるように黙って、再び口を開く。

 

「三条ヒイロ、預言者を──」

「いや、大丈夫だから。神の力はそうやすやすと見せるものじゃないだろ……?」

「……それもそうだな。そこを左だ」

 

 漸く静かになったドローンから意識を外して、俺は目的の先生を見つける。

 

「あっ、ヒイロ! 無事で良かったよ。さっき凄く揺れたけど、巡航ミサイルは防げたの?」

「でかめの花火にしてきました。それよりも、早くここを出ましょう」

「そうだね。みんな古聖堂から脱出できたはずだけど、連絡が急に取れなくなっちゃったし……今頃みんな混乱しているかも」

「じゃあ、まずはゲヘナとトリニティのメンバーと合流する感じで」

「私が誘導してやろう。もっとも、その前に貴様に客だぞ」

 

 ドローンの視線の先、複数の人影を捉える。

 

 あの日の夜と同じ様なガスマスクをつけたアリウスの部隊と、その先頭には黒マスクの少女。

 

「作戦地域に到着。先生と……桐藤ナギサの護衛か。古聖堂が完全に崩壊してない時点でわかってたけど、やっぱり無事だったね」

 

 九鬼正宗の柄に右手を添えて。

 

 先生を隠すように俺は前に出て、対峙する。

 

「正義実現委員会がいないのは想定外だけど……いないほうが都合がいいや。先生もターゲットに入ってるし」

「君は……」

「それって、あのミサイルはアリウスの仕業ってことでいい?」

 

 不可視の矢(ニルアロウ)を充填しながら、先生の台詞を遮って俺はショートカットの少女に問いかける。

 

 彼女は先生から俺に視線を移して、答える。

 

「……そうだね。迎撃ミサイルで運良く撃ち落とせたみたいだけど」

「なら予定通りじゃないみたいだし、撤退してくれてたりしない?」

「それは……難しいかもね。こっちは成功しちゃったみたいだし」

 

 青白い肌に黒い装束とガスマスク。いつの間にか、改造シスター服のようなものを着た人型に囲まれていた。

 

「おぉ……戒律の守護者か……! まさか……これは複製(ミメシス)……! 三条ヒイロ、こいつらを捕獲しよう! 解剖すれば得られるものがあるかもしれぬ」

「解剖!? 人……ではないみたいだけど、だ、駄目だよ子供がそんなことしたら!」

 

 興奮するデカグラマトンに先生が反応して、騒がしくなる。

 

 お気楽なドローンの様子に、表情を変えずに少女が手に持ったミサイルランチャーを向ける。

 

「……言っとくけど、先生もあなたもここで終わりだから」

 

 彼女に追従する様に、アリウスの兵士も銃口を構える。

 

 ユスティナ聖徒会だけは動かず沈黙を保っていて──俺は引き金(トリガー)を引いた。

 

「こっちも今忙しいし、こういうときは」

 

 導体(コンソール)、接続──『操作:射出』──不可視の矢(ニルアロウ)ッ!

 

「三十六計逃げるに如かずってな!」

 

 眼前に経路線(レール)を構築し、十二の矢(トゥエルブ・アロー)を同時に撃ち放つ。

 

 経路に沿って紫電が奔り、放たれた鏃がそれぞれ古聖堂の柱と激突する。

 

 砂埃と共に轟音を打ち鳴らし、支えを失った天井が俺と少女の狭間で崩落した。

 

「じゃ、先生、失礼!」

「わっ」

 

 先生を抱きかかえて、崩れ落ちる瓦礫を盾に俺は遁走する。

 

「……めんどくさい」

 

 少女がそう呟いて、アリウスの部隊が反対側の入り口から撤退する光景を最後に、落下した天井が視線を遮った。

 

 

 

 

 

「トリニティにとっても想定外みたいね」

 

 外に飛び出した後、ドローンの先導のもと合流したゲヘナの風紀委員長──空崎(そらさき)ヒナが呟く。

 

 豊かな白髪を靡かせる少女は、小柄ながらも委員長としての圧倒的な風格がある。軽々と肩に掛けている、身の丈以上のマシンガンの威圧感もあるが。

 

 一人で殲滅したのか、周囲には気絶したアリウスの兵士が転がっていて、あの亡霊の姿も見えなかった。

 

「エデン条約を自分で滅茶苦茶にする理由もないだろ。ただ、アリウスの問題はトリニティ内部の問題と言えばそうだが……」

「どちらにしても、アリウスはトリニティと同じようにゲヘナも憎んでいる。実際に、マコトの飛行船も炎上しながら墜落してたし、ゲヘナも狙った攻撃なのは間違いない」

「ヒナも協力してくれるなら、百人力だね」

 

 黒い手袋の手首の部分を伸ばして、ぱちりと位置を調節する彼女に先生が嬉しそうに言う。

 

 ただ、先生と俺の状況に、空崎は訝しげな視線を向けた。

 

「……それはいいのだけれど、先生は何をしているの?」

「あぁ、うん。ヒイロにおぶってもらった方が速いし……ここ落ち着くし」

「代わってくれるなら、喜んで代わります。いや、むしろお姫様抱っことかしてくれたら、俺が全力で二人を守護る……!!」

 

 百合IQ180の俺は、先生がアビドスの出張を経てゲヘナの風紀委員長と仲良くしているという噂を見逃しなどしていない。まさか、待望の先生と空崎の百合を傍で鑑賞できる機会が来るなんて……! 素晴らしい……!

 

 やっぱり、身長差カップルのつま先立ちキスは最強だと古事記にも書いてあるしな!!(論理の飛躍)

 

「そ、そう……まあ、私が戦った方が効率的だと思うから、そのままで問題ない」

 

 鼻息を荒くする俺と、えへえへ言いながら俺の背中でもぞもぞする先生を前に、微妙そうな顔をして空崎が今後の話に移る。

 

「ゲヘナの車両がある。必要なら直接トリニティに乗り付ける事もできるはず……先生たちもそれでいい?」

「うん、問題ないよ」

「ナビなら神もいるしな。先に風紀委員の部隊との合流を目指しても大丈夫だ」

「……なら、甘えさせてもらうわ」

 

 三人で方針を決めると、移動を開始する。

 

 道中、ユスティナ聖徒会が現れるたびに、空崎がマシンガンの掃射で吹き飛ばす。

 

 その威力に俺は口笛を吹いて、疑問を零す。

 

「結局この幽霊みたいなのはなんなんだ?」

「ユスティナ聖徒会の再現だ。古聖堂で行われた公会議のもと、アリウスを弾圧した実力行使部隊であり、別名、戒律の守護者……要するに、以前説明したように戒律を守らせるための暴力装置だ」

 

 浮遊するドローンがスラスラと言葉を並べる。

 

「とはいえ、何故、数百年前の存在であるユスティナ聖徒会がこの場に複製として存在しているかは……」

 

 途中で台詞を区切って、光学レンズの映す先。

 

「そこの小娘に聞いたほうが早いだろう」

 

 膨大な数の亡霊を連れた先程交戦した少女と、更に増えた新顔。

 

 咄嗟に前に出て警戒する空崎の後ろで、俺は先生を下ろした。

 

 黒マスクの少女が囁く。

 

「……合流されちゃったか。それで、ヒヨリ、何で先に攻撃してないの?」

「えへへっ……空崎ヒナも結局無傷みたいですし……どうせ他のターゲットが逃げてて居ないなら、皆さんを待とうかなと……す、すみません……」

 

 長大なスナイパーライフルを両手で持った少女がにへらと謝って、瓦礫の上につば付き帽子を被った少女が現れる。

 

「いや、それでいい」

 

 彼女の一言で雰囲気が引き締まる様子から、彼女がリーダーなのだろう。

 

エデン条約機構(ETO)は確保した。『戦術兵器』も予定通りだ。巡航ミサイルに勘付いて散開したようだが、相手が分散するなら我々は戦力を集中して各個撃破するだけだ」

「……」

 

 陰からフードを被って顔の前面をガスマスクで覆った少女も現れて、アリウスの部隊の中でも特徴的な四人が揃う。

 

 それを見て、俺と空崎の背後に居た先生が口を開いた。

 

「……君たちが、アリウススクワッド?」

「あ、あの先生に知られてるなんて……私達も有名なんですねぇ……」

「いい意味じゃないと思うけどね」

 

 スナイパーライフルを抱えた少女の少し嬉しそうな反応に、黒マスクの少女が一言加えて、リーダー格の少女が先生の問いに答える。

 

「……ああ、そうだ。私たちが『アリウススクワッド』だ。ようやく会えたな、先生」

「アズサから聞いていたからね。君たちのことも助けて欲しいって」

 

 先生は微笑んで、一瞬何を言っているのか理解できないという顔をした少女は、正面の大人を睨めつける。

 

「……助ける? 自分の立場が、分かっているのか?」

 

 ガチャリと周囲を囲むユスティナ聖徒会が先生……正確には空崎に銃口を向ける。

 

 そういえば、初めて邂逅した際も先生と俺の前ではユスティナ聖徒会は攻撃する素振りを見せていなかった。

 

 ユスティナ聖徒会はトリニティの戒律の守護者、つまりトリニティの法を守る警察組織と考えればその適用範囲はトリニティのみが対象……いや、空崎はゲヘナの風紀委員長だからこの仮定は違うか。

 

 どちらにしても、少し試してみる価値はあるな。

 

「まあまあ、ちょっち待ってよ?」

 

 驚く空崎を庇うようにユスティナ聖徒会の銃口の前に立つと、銃口が泳ぐように乱れる。

 

 理由は分からないが、あの亡霊には制約があるみたいだな。

 

 俺は少し口端を持ち上げて、ヘラヘラと眼前の少女を見つめる。

 

「俺ってバカだから、何が起きているか、よくわかってないんだよね。そのハイレグシスター服の幽霊が何なのかとかさぁ。折角だし、教えてくれね?」

 

 割り込んできた俺を見た後、笑みを崩さない先生にチラリと視線を移して少女は話し出す。

 

「……我々はトリニティに代わり、『通功の古聖堂』で条約に調印した」

「ほう。やはりあの古聖堂が鍵か」

「どういう事かな?」

「私たち『アリウススクワッド』が、楽園の名の下に条約を守護する新たな武力集団……『エデン条約機構(ETO)』になったということだ」

 

 分かった風に呟くドローンと尋ねる先生に、彼女は答える。

 

「これは元々、私たちの義務だった。本来ならば第一回公会議の時点で、私たちが行使すべき当然の権利。だが、それをトリニティが踏みにじった。私たちを紛争の原因、すなわち『鎮圧対象』として定義し、徹底的に弾圧を行った」

「いや、違うな。当時少数派に過ぎないアリウス分派にそのような力は──」

「お前は空気読んで黙って聞いてろ! す、すいやせん。こいつ、古書を最近読んで分かった気になってるだけなんで、へへへ、許してくだせえ……」

「三条ヒイロ、貴様! 私を愚弄するか! これは数多の記録と総合的な推論に基づく蓋然的な──」

「ヒイロって、三下の真似が上手いよね」

 

 途中で空気を読む気のないドローンが水を差すも、何とか誤魔化せたのか、話を続けてくれる。

 

「……これからは『アリウススクワッド』がエデン条約機構(ETO)としての権限を行使し、『鎮圧対象』を定義し直す。ゲヘナ、そしてトリニティ。この両校こそエデン条約に反する紛争要素であり、排除すべき鎮圧対象だ」

 

 ゲヘナとトリニティ、その両方を『鎮圧対象』として定義し、『エデン条約機構』として戦争を仕掛けると表現した少女に、俺は微かに口端を曲げた。

 

 少し見えて来たな。

 

 トリニティに代わり調印した条約、古の戒律の守護者ユスティナ聖徒会、紛争を解決するエデン条約機構とその鎮圧対象。

 

 ゲヘナとトリニティが鎮圧対象なら、それ以外──シャーレの先生と、一応ミレニアム所属の俺は対象外になる。

 

 そう考えれば、先生と俺に対してはあまり攻撃の意思を感じないユスティナ聖徒会の動きに納得がいく。

 

「じゃあ、アリウスは……」

「トリニティとゲヘナをキヴォトスから消し去る。この条約の戒律、その守護者達と共に、文字通りにな」

 

 先生の言葉に、少女はその冷徹な瞳で俺達を睥睨して宣言する。

 

「貴様らは第一回公会議以来、数百年にわたって積み上げられてきた恨み……私たちの憎悪を確認することになるだろう」

 

 おもむろに銃口を持ち上げて、彼女は先生に狙いを定める。

 

「……だがその前に、貴様を処理しておくとしようか。シャーレの先生……貴様が計画の一番の支障になりそうだと、彼女は言っていたからな」

 

 銃声が鳴って──空中で蒼白い魔力光と共に火花が弾けて、弾丸が地面に刺さる。

 

「……っ!」

「一番の支障になるってことは、逆に言えば、俺たちにとっては最強の女神ってことか」

「ヒイロ……?」

 

 ニヤリと笑った俺は、九鬼正宗から白い刀刃を引き抜いて、肩に掛ける。

 

 引き金(トリガー)──発動、強化投影(テネブラエ)──パチリと紫電が足元を奔る。

 

「大体視えて来たぜ。そのエデン条約機構(ETO)の鎮圧対象って、トリニティとゲヘナ限定だろ? だから、ミレニアムの俺とシャーレの先生相手にはその亡霊は機能しない訳だ。現に、ユスティナ聖徒会は俺を無視して、今も空崎を狙ってる」

「……」

 

 銃弾を防いだ魔力障壁に揺らぐ光剣(ルークス)と、キヴォトスでは見ない現象に警戒しているのか。

 

 膠着状態の最中、俺は頭を固定したまま後ろの空崎にだけ聞こえるように小声でささやく。

 

「ゲヘナの風紀委員長さん。先生を頼めるか?」

「早まらないで。あなたが残る必要はない」

「いや、俺は少なくともユスティナ聖徒会から攻撃されない。だが、お前が残った場合、このキリがない数全部も相手にする羽目になる。なら、俺がこいつら四人を止める方が確実だ」

 

 まあ、折角の逃避行は女の子同士でやって欲しいのもあるけど。そんな百合が生まれるかもしれない展開に、燈色(ヒイロ)をインするのは御免被る。

 

 動かない俺に、曲げる気はないと察したのか空崎が折れる。

 

「……納得はできないけど、理解はした」

「悪いな。委員長の優しさが身に染みるぜ」

「へ、変な言い方はやめて。……ヘイローがない、外の人でしょ。合流したら必ず助けに戻るから、無理はしないで」

 

 そう言って、空崎は背後のユスティナ聖徒会を掃射して退路を確保すると、先生を抱えて飛び出す。

 

「先生、しっかり掴まってて!」

「えっ、ちょ、ヒイロを置いてく訳には……!」

「安心してください、ヘイローなくてもまあまあ強いんで。あ、でも俺が帰って来なかったら、シャーレの冷蔵庫の奥にあるミラクル5000食べても良いですよ」

「その遺言はシャレにならないよ?!」

 

 最後まで騒がしいまま、長距離を驚異的な身体能力で飛んだ空崎に連れられ、先生の姿が瓦礫の向こうに消える。

 

「つ、追撃を……!」

「おっと、それ以上先には行かせられねぇな」

 

 雷の如く。

 

 追いかけようとしたスナイパーライフルの少女の手前に、魔法の矢が破砕音を打ち鳴らして落ちる。

 

 会話の間に装填しておいた不可視の矢(ニルアロウ)を、俺は経路線に沿って高速で射出した。

 

 突然爆発した地面に少女は動きを止めて、四人の視線を集めた俺は口角を上げる。

 

「てなわけで」

 

 鞘の導体(コンソール)を換装しつつ、自然体のまま俺は不敵な笑みを浮かべた。

 

「ここから先は、俺を倒していけってな」

 

 

 

 

 

 

 

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